屋形舟
己に近しい者、そう考えてみるものの思い当たる節はない。何せ、風来坊の弥次郎とは最近知り合ったばかりだ。とどのつまり、右近にとってその教育係とは見ず知らずの人物なのである。
しばらく試案ののち、善左の言葉で引っかかったものがあった。
怪しい人物は見つけなかった。つまりは……
「舟は?」
「屋形舟が何隻か通ったな」
「乗っていたのは?」
「流石に知らん。……お前ぇにしちゃ気づくのが遅かったな」
「私は土左衛門を見ていないんだ」
「……ほぅ?」
表向きは見てくる時間がなかったなのだが、実際のところは見せてもらえなかったのだ。同心たちに片された後だった。
見ていたら顔役のところに来る前に気づいただろう。
おそらく屋形舟に括りつけられていた。それをさりげなく外したのだ。敢えてここで。
「私に喧嘩を売っているのかな?」
「それもあるだろうが、お前ぇが知らねぇ情報をくれてやる。今持っている甘納豆と有平糖を全部置いていきやがれ」
「銭で駄目か?」
ここにいる子どもたちやら、他に行くところに手土産で持っていく予定だ」
「ここいらにいる餓鬼どもには俺からやっておく。他の部分はまた買え」
何処に持っていくのかを知ったうえで、言っている。
「……ほれ」
「こっちは早かったな。もうちっとごねるかと思ったんだが」
その上で、卓をトントンと叩いた。銭も置いていけということだ。
「がめつくなりやがって」
「かかか。仕方ねぇだろが。俺ぁここいらに住む奴らを食わせんといけねぇからな」
銭を少しばかり多めに置く。かなり痛い出費だ。
「あの御仁な、むかぁしはよくここいらに顔を出してたんだよ。坊ちゃんが抜け出して何処に行くか分からんかったからなぁ」
「捜すのに此処に来ていた?」
「おうよ。銭や食い物と引き換えに坊ちゃん捜しを手伝ってくれと。松壽様も一緒に来ていたなぁ」
「初耳なんだが」
「だろうなぁ。行き違いになるといけねぇから、よく俺の親父と白湯飲んでたなぁ」
善左は捜しまわったくちか。
「だからあの風来坊は……」
「おう。ここいらを根城にした。ある程度上になりゃ、事情も知ってやがる」
「口の堅さでは、皆敵わないな」
「だろうなぁ。坊ちゃんを捕まえてくりゃ、駄賃が別に貰えるし、捜した奴らも一緒に勉学を教えてくれるし。慕われていたさ」
それが出来たのは元服するまでだという。年数を聞けば、右近とは入れ違いだ。
「この辺りにも喧嘩をふっかけている、ということか?」
「おうよ。あと松壽様にもだろうな。
何せ、松壽様もあの方を慕っていた。だからこそ、仇討したい。だが、奉行になったことで、それが出来ない。だとしたら事件からも遠ざかって、裁きも己ではしない」
どうやっても公平性を疑われるだろうからなぁ、と笑って言う善左だが、逆に怖い。
「……あんたの情報網が気になるな」
思わず素で言い返した右近である。
先ほどその話が出たばかりだ。いくら顔役とはいえ入ってくるのが早すぎる。
「蛇の道は蛇だ。それにここにあの土左衛門が上がったんだ。すぐに調べらぁ」
慕われかたが半端ない。
「出来すぎたお方だな」
「当ったり前ぇよ。何せ松壽様の教育もなさったんだ」
風来坊の、と言わないあたりがすべてを物語っている。
「逆に出来すぎて煙たがられたか」
「それしかねぇだろうよ」
いやね、時代劇の中で悪巧みに使われるのは何かな……と考えたらこうなりました。
そして、留守居ですが、実は悪役パターンと善人パターンで揺れ動きました。
悪役というか、武士以外はどうでもいいという傲慢パターン。その時はアガサクリスティーのオリエンタル急行に近いトリックになったんですが。(;'∀')
誰も寄せ付けないところで、川岸に住む住人たちが溺死させるという……。
はなしに齟齬が生じそうだったのでお蔵入りです。
代わりにだいーーぶ頭の柔らかい留守居になってしまったことよ