万事屋「辰屋」
見世の裏で声をかけられ、左近はそのまま吉原を出た。
「邪魔するよ」
「おや、いらっしゃいませ。せっかくなら表からいらしてくださいよ。旦那様のいらっしゃる時に」
「おや、いないのかい? 来るように言われて来たんだが」
「え? でも旦那様は今吉原の茶屋に番頭さんと一緒に……」
「おや、そうだったのか。こちらも吉原から戻ってきたばかりなのだが」
「えぇぇぇ!?」
右近と話していた丁稚の叫び声に番頭補佐がやってきて、こめかみを抑えていた。
「安心しなさい、甚兵衛。まもなく旦那様も戻られる。左近の旦那は裏の庭で待ってていただこう。外で待たれると外聞が悪い」
「悪いねぇ」
「悪いと思ってらっしゃるなら、吉原で声をかけられたときに、茶屋へそのまま向かってください」
長い付き合いのせいか、番頭補佐はそっけなかった。
「ね? 今回も店だっただろう?
楽し気に戻ってきたのは辰屋 碁左郎。吉原で生まれ、吉原で育ち、江戸で店を構えた。「辰屋」と言えば、江戸で知らぬ者はいないと評判の大店で、店主は「辰碁の旦那」と親しまれている。
「私に、あの茶屋に行けと? 奇人変人揃いのあの茶屋へ?」
「あすこの常連よりあんたの方が奇人変人でしょうが」
辰碁の後ろに控えていた番頭補佐がぼそりと呟く。それが辰碁のつぼに入ったらしく、大爆笑である。
「お前も言うねぇ」
「この店紹介してくれたのは感謝しますが、それはそれ。あんたにどれくらいあたしが振り回されたと思ってんだ、この外道左近が。
大方旦那様も、左近に振り回された奴から、吉原にいるって聞いて茶屋へ呼んだんでしょうよ」
「うちの番頭補佐はすごいねぇ。大当たりだ。
見世の用心棒殿が苦虫噛み潰した顔していたからね、話を聞いたら左近がいるって言うじゃないか。だったら久方ぶりに話をしたくてねぇ」
ひとしきり笑った辰碁が涙を拭きつつ言う。流石辰碁。他人の懐に入るのがうまい。
「辰屋に来た理由はもう一つあってね。万事屋『辰屋』に入っている噂話を聞きたくてね」
金子を出せば、二人の顔が変わった。
辰屋 碁左郎……蔦屋重三郎がモデル。無論万事屋「辰屋」も彼が構えたお店がモデル。万事屋だったかまでは忘れた(ヲイ)そのうち調べます
番頭補佐……一時期蔦屋で手代をしていた、曲亭 馬琴がモデル。ついでに、こちらに出てきた番頭さんは、初代番頭で蔦重さんの婿養子になった番頭さんがモデル。
茶屋について……本来の茶屋とは違うと思っていただければ。どちらかというと、情報が行き交う社交場の様なもの。実際そういった側面もありましたが、こちらで使う茶屋は、文化人相互交流場であり、芸術家がパトロンを見つけたり、パトロンになりたい人たちが集まる場所だと思っていただければ




