遊郭へ
――遊郭「吉原」――
男の天国、女の地獄。金ですべてが買える場所。様々言われているが、右近に言わせてもらえれば、どれも違う。
しいて言うなら「女の園」だ。教養あり、美しく客あしらいの上手い一部女性が力を持つ。そして、それを取り仕切るやり手と店。
力を持たぬ女性はどうなるのか。掟の中に守られていれば何とかなる。守られていない女性は、不幸になる。掟を破ったものは、誰であれ等しく罰を受ける。女性だけではなく、陰間もか。
花を売る、というのは男であれ女であれ、同じことなのだ。
右近はとある大見世の裏へと回る。御用聞きが表から行くのであれば、問題しか生じない。
「失礼する」
「おや、右近殿ではないですか。お帰りください」
嫌味たらしく見る男に、やり手か店主を呼んでくるよう心づけを渡して頼んでいく。
「誰かと思えば右近かい。金にならん、出ておいき」
「何、聞きたいことがあって」
「出ていけ、という言葉が聞こえんのかい?」
「聞こえている。これはこの店の花と禿に」
そういって手渡すのは、遣手が好きな甘味だ。
「甘味でつられると思うのかい?」
「思わない。思っていたら裏から来ない。私が聞きたいのは一つ」
「ふざけんじゃないよ、誰が……」
甘味を入れた袋を開けた遣手が黙った。
「今すぐかい?」
「いや、事件解決後だな」
「仕方ないね。不知火にも伝えておくよ」
「助かる」
不知火、とはここにいる太夫だ。その次の位に準ずる格子は二人で、泡沫と浮舟。この二人は双子である。
獣腹と忌み嫌われるが、何故か有名で人気の格子だ。太夫にも引けをとらない。
この吉原内でも有名な格子になったのは、二人の売り出し方やら、遣手と店主の持つ力、そして二人の努力と才能の結果だ。
……二人が、双子であるにもかかわらず、あまり似ていないのも要因に挙がるのかもしれないが。
「で、話は何だい?」
「単刀直入にいう。この界隈で舟を仕入れた見世、もしくは個人はいるか?」
「舟て……隠語でもなんでもなく、現物の舟かい。んなもん仕入れていたら、噂が広が……」
やり手の顔が強張った。
間違いなく思い当たる節が一つはあり、そして、このやり手が口に出せない相手。大体察しがつくというものである。
「何、今度平次郎と釣りをしようという話になってな。風来坊が聞きつけて、舟も用意して釣りをしようなどとほざきやがった」
「何処の風来坊だい。釣りごときに舟を新調なぞ考えさせんじゃいよ。そこまで金があるなら、うちの見世で遊ばせな。呼出しなら金は要らんよ」
「私のつけ、ということかな? お断りだね、風来坊からきっちり金をとってくれ。散茶くらいならあっさり一夜の夢を買うだろうよ」
「いい金払いの客になりそうだねぇ。振袖新造でも見繕っておくか」
「……私は何も聞いてないよ」
新造から見繕うとは、どれくらい搾り取る気なのか。散茶を進めた自分が言えることではないのだが。
「大体のところは分ったよ。まぁ、想像していた通りかな」
「可愛げのない」
「私に可愛げが欲しいか?」
「不気味なことを言うんじゃないよ。あんたが可愛くなったらお日様が西から昇ってきちまう」
「酷いな。じゃあ、今日はこの辺で」
「御用聞きなんぞ、さっさと引退しちまいな。きょうだいや親御さんが心配しとるよ」
「……私は天涯孤独だよ、遣手」
遣手とは善左並みに軽口を叩けるが、二言目にはこれだ。右近は天涯孤独だというのに。
「ふん。ほんっとうに可愛げのない」
先ほどとは違う口調に、右近は苦笑するだけだった。
簡単用語集
遊郭内での花魁の位
1太夫
2格子……太夫に準ずる遊女
3散茶
4座敷持
5呼出し
……などなど 本来花魁というのは江戸中期以降で、その頃には太夫と格子は姿を消しており、花魁という呼び方は当てはまらないのですが、わかりやすさを重視してみました。
振袖新造……見習いのこと。花魁の代わりに客の元に呼ばれても床入りまではしない。位の高い花魁になるのが約束されている見習い。
まぁ、右近も言ってますが遣手は風来坊をカモにする気です




