ギルド受付パーティマッチング
「80番でお待ちの方〜」
伸びやかな乙女の声で呼ばれ、80番の番号札を握りしめていた少年は弾かれたように声を上げた。飲み物のコップが結露で覆われ、注がれた酒は随分ぬるくなっている。
「っぶねえな気をつけろ!」
「すっ、すみません!」
茹だるような人の熱気に焦らされ、足をテーブルにぶつけながら走る。麦穂の色をしたみつあみを揺らし、彼はギルド受付のカウンターへと急いだ。清潔そうな髪、かっちりとした服装の受付嬢が、完璧な笑顔で迎えてくれる。
「パーティマッチングの方ですね」
「あの、さっき呼ばれ__札がっ」
安堵に綻んでいた少年の顔が、一瞬で青ざめる。
「お客様?」
「ちょっと待ってください、本当にボクっ、あ、あれ…?」
少ない荷物を肩にかけ、何も触らずに来たのだが、手の中にあるはずの番号札がどこにもない。少年は目を白黒させ、無いとわかっている服のポケットや荷物の中をあらためた。
「番号札をお持ちでなければ、予約し直していただかないといけませんが」
勘弁してよね、と受付嬢の目が訴えている。マッチングの相手にも迷惑がかかるのだ。少年はますます青くなった。
「ほん、本当に…嘘だ、そんなはず」
知らずのうちに冷えていく指先が震えてうまく動かなくなる。ほとんど泣きそうになりながら荷物を探る少年を、とうとう受付嬢が冷めた目で見つめだした。
「……」
そしてその一連の流れを、遥か後方から誰かが見ていた。
豊かな体躯と滝のようにこぼれ落ちる金髪、白金の鎧に身を包んだ神々しい美丈夫。軍神の名をほしいままにする長剣使いは、テーブルの一つにむけてゆっくりと進軍を開示した。
「へへ、マヌケだぜあのガキ」
「おめぇマジでやったのかよ」
「駆け出しの冒険者は上級者と組まされるからな。今日の仕事は楽だぜ」
「はやく行ってこいっつーの」
「そろそろ豊穣聖母辺りがあたらねえかな〜」
その時、騒がしいギルドの中で一際声を潜めて笑うテーブルにひとつの巨大な影が落ちる。
「その札を渡しなさい」
手甲に包まれた太い指が手のひらを上にして開かれる。
男たちの笑いが止んだ。
「お?」
そして、彼らは目の当たりにする。
北峰ギルムヘイムの竜殺し。
伝説を拾い歩く者。
軍神。
様々な名前でもて囃される、上級も上級の冒険者を。
「聞こえなかったかい。それを、こちらに渡しなさい」
「アルバーツ!あれ、なんで…」
「探窟王がこんな小せえギルドに…!」
肩書きや体格からくる威圧感もさることながら、神が手掛けたようなその美貌に男たちは圧倒された。顔立ちは端正だが、なよなよとした雰囲気はどこにもなく。流れるような金髪も、羽ばたくような密度の睫毛も、まるで絵のようにぴたりとはまるのである。
「やれ、全く仕方のない人たちだね」
脳を抜かれたように呆ける男の手から、アルバーツは木の札を拾い上げた。腰につけた袋から、もう一つ。彼が持つとビスケットのように小さく見える木の札を、揃えて手の中に握り込む。清らかな碧眼は、次に、カウンターの前でオロオロする少年の後ろ姿を写した。
「少年。捜し物はこれかね」
軍神が声を張ると、麦穂のみつあみが弾かれたように振り返る。つられた受付嬢が視線を上げて、嗚呼と納得したような声を漏らす。
「アルバーツさん」
「あ、アルバーツ!?ギルムヘイムの竜殺し!?」
本物!__感極まる少年の声を浴びながら、アルバーツは悠々とした足取りでカウンターへ近づいた。
「80番だ」
「ええ、確かに。本日の依頼書はこの3枚です」
英雄が一枚板の天板にニ枚の木札を差し出す。受付嬢が取り上げる80の文字が焼印で刻まれた番号札を、少年は信じられない気持ちで見送った。あのアルバーツと肩を並べて歩けるなんて!__望外の喜びに、骨も痺れるようである。
「お二人の力の差を考えてお選び下さい。アルバーツさんほどの技量があれば大丈夫でしょうが…」
受付嬢の目が少年を映す。言いにくそうに消える言葉尻の意味を捉え、美丈夫は安心する笑みを浮かべ、頷いた。
「分かっているとも。少年、一枚目は君に選んでもらおうかな」
「僕が、そんな…いいんですか?」
憧れに目を輝かせる少年は、しかし気後れした風に手を彷徨わせた。依頼書は一枚ずつ採取、討伐に分かれており、金箔押しのもう一枚は特に難しいとされる害獣の駆除であった。
「これにします」
「…勇気があるね。なら残り2つも受けてしまおう」
少年が選んだものと合わせて3枚の依頼書が受付嬢に手渡される。きっと結い上げた黒髪を揺らし、受付嬢は初めてまともに少年を見た。
「よろしいですか?」
伏し目がちな翡翠の瞳が、彼の実力を尋ねている。少年は力強く頷いた。
「はい!」
次の瞬間、受付嬢が3枚の依頼書に受付完了の判をおしたのであった。