【file8】大江戸人情絵巻『ここみくさん』
あたいの名前はおぎん。今年で十歳になった。
長屋におっ父とおっ母と弟と三人で住んでいる。
おっ父はかんざし職人だ。あたしも十三になったらいいのを作ってもらうことになってる。
うちの長屋にここみくさんが引っ越して来たのは、あかるい秋の日のことだった。最初は誰もが驚いた。あたりまえだ、異人さんがこんなところに住むだなんて、誰も思ってなかった。
『ろぎあ ここみくです』
『そひあ ここみくです』
ほんとうはもっと奇っ怪な名前だったけど、あたしたちにはそう聞こえた。夫婦揃ってとても綺麗な、異国のお人形さんみたいな顔をしてて、あたしは大人たちの後ろから見とれてた。
ことばも綺麗に喋りなさった。
『どうぞよろしくお願いします』
お辞儀のしかたも綺麗だった。
ここみくさん達は不思議な服を着てらした。あたいが知ってる異人さんの服ではなくて、まるで提灯みたいな黒いものを腰にはいていた。それに銀色のぴかぴかつるつるした上から下まで繋がった服を着ていて、夫のろぎあさんは頭の後ろにおかしなちょんまげを結ってらした。それはすごい長いちょんまげで、髪は金色なのにそれだけ真っ黒で、まるで馬のおちんちんみたいに後ろにぶら下がってた。
「ここみくさん達は、お仕事は何をなさっておいでなんで?」
二つ隣のおじちゃんが聞くと、とっても綺麗な笑顔で、ろぎあさんが言った。
『子種の収集です。私たちは科学者でして、様々な星の子種を研究しているのです』
誰も意味がわかんなかったけど、誰もが「へえ」「なるほど」と、わかったようにうなずいてた。
あたいはすぐにここみくさんと仲良くなった。子供の得意技だ。ろぎあさんの前で弟とメンコ遊びをして見せると、見たことがなかったようで、とっても喜んでくれた。
そひあさんはあたいにお化粧をしてくれた。異国の上等なものらしくて、お肌に優しいし、いい香りがした。あたいが笑うとそひあさんも綺麗に笑った。
そひあさんは小麦みたいな色の長い髪を垂らしてて、綺麗だけどちょっともったいないって思った。お姫様みたいに結って、おっ父のかんざしをつけたらもっと綺麗になるのに。
それを言うと、困ったように笑って、言いなさった。
『私たちは髪は結わないの。いつでも後頭部を開けられるよう、垂らしているのよ』
よくわからなかったけど、異国には異国の文化があるもんな。あたいは無理強いはせず、大人しく引き下がった。
ここみくさんご夫婦はたちまち長屋の人気者になりなさった。大人も子供も、誰もがお二人の綺麗さにいい溜め息をつき、お二人の気さくさに触れてほっこりした。
活きのいい魚が手に入ったら美味しいところをここみくさんに御裾分けした。お二人も珍しい異国の木の実とかを気前よくくださった。
あたいももらって食べた。それは食べたこともない味で、『ばなな』という名前のものらしかった。本当は黒くて甘い『ちょこれえと』というものがあたいは食べてみたかったんだけど、ここみくさんの国にちょこれえとはないのだと仰った。
ある日、いい魚が手に入ったので、おっ父があたしに言った。
「おいおぎん。この魚、ここみくさんとこに持ってってあげな」
あたしは嬉しくなった。ここみくさんとこに行って、笑顔を見せてもらえる。それだけで。
「うん。行ってくる」
あたしは小さなたらいに入れた魚を持って、駆け出した。
夕間暮れだった。逢魔が時とか呼ぶのだとも近所のおばさんから習ったことがある。影が道に黒く伸びて、あたいより先に走って行った。
ここみくさんとこの入口の戸が少し開いてた。あたいがそこから声をかけようとすると、中から不思議な音が聞こえてきた。
ぴっちょん、ぴっちょん。
ぐっ、ぎっ、ぐっ、ぎっ。
そんな音だった。
何かしら? と思って、あたいは思わず息を殺して中を覗き込んだ。するとここみくさん達はそこにいて、不思議な音を立てているのだった。
お二人が背中をくっつけ合って囲炉裏のむこうに座り、橙色の空気の中、頭の後ろんとこをぶつけ合ってらした。そんなにぶつけたら痛いだろうと思うのに、ここみくさん達はまるで魂が抜けたような無表情で、耽りなさるようにぴっちょん、ぴっちょんという湿った音をどこからか立てて、どこを見てるのだかさっぱりわからない目をして、口をお二人ともきゅっとすぼめて、やがてぱんぱんという音を立てて激しく頭を揺すぶり始めなさった。
「あれ」
あたいは思わず声が出た。
ろぎあさんのちょんまげが、どう見ても、そひあさんの頭の後ろに食べられていたのだ。
二口女の話をあたいはばあちゃんから聞かされたことがあった。そういう妖怪がいて、普段はとてもお淑やかな女の人のふりをしているが、夜になると後ろの口から大飯を食らうのだとか。
では、そひあさんは今、ろぎあさんのちょんまげを、後ろのお口で食っておられるのか。
なんでそんなもの食うんだ。ちょんまげは人の食い物ではなかろ。
怖くなって、だけどあたいは中に声をかけた。このままここみくさんが怖い人達になってしまうのは悲しかった。
「ここみくさん」
お二人はあたいの声に気づかずに、まるで夢中で頭をかくかくさせていらっしゃる。
「ここみくさん」
あたいが声を大きくすると、気づいてくれなさって、お二人ともからくり人形のような動きでこちらを振り返った。
『見たね?』
『見たのね?』
お二人の顔が怖かった。
でもあたいは嫌だった。お二人に優しいいつものここみくさんでいて、変わらないでほしかった。
だからあたいは小さいたらいの中の立派なお魚を見せて、笑った。
「ほら。こんなにいいお魚。おっ父がここみくさんとこに持ってけって言うから、持ってきたんだよ」
お二人はしばらく何の心もないような顔をして、あたいのほうをじっと見てた。
でもたらいの中に目を移すと、ようやくにこりと笑ってくださった。
『これは美味しそうな魚だね』
『おぎんちゃん、ありがとう』
あたいは二人が何をなさってたのかは聞かなかった。変な空気を振り払うようなつもりで、お二人に近寄ると、聞いた。
「異国のお話、聞かせて? 異人さんが私達と違うところ、聞きたい」
するとここみくさんは言いなさった。
『私達は本当は異国から来たのではないのだよ』
『本当は異星から来たのよ』
いつものここみくさんだ。
いせいから来たここみくさん。そうだ、ここみくさんは、威勢がよくて、優しくて、不思議なことを言うのがとても面白い、あたいのお友達なのだ。




