〜いつだって気まぐれで予測不可能な未来選択〜
こんにちは、水無月あめです。初めての投稿でとても緊張しています(笑)。ですが、身近であったことも含め、1年かけて一生懸命書いたので、とにかく楽しんで読んでもらいたいなと思っています。
春ちゃんの恋と友情を応援してください!
「小さな桜が春を告ぐ」
未来は、わからない。
いつだって、気まぐれで予想不可能。
それが、ときには涙に、ときに、は怒りに、そして笑顔に、姿を変える。
さあ、自分の未来は自分で切り開こう。
4月
真っ白なカッター、灰色のブレザー。膝下までの長いスカート。いちごみたいに真っ赤なリボン。わたしの足の形になった革靴。
去年はぶかぶかだった制服も、今ではぴったりわたしの体に馴染んでいる。初等部は私服だったから、なおさら大人びたように感じるんだ。
小桜春。夏生まれなのに、「春」。愛嬌がとりえの13歳。この春、五月ヶ丘学院中等部の2年生になりました。
「おはよう、春。」
「あ。葵、おはよ!」
ロングストレートの黒髪をなびかせながら歩いてきたのは、清水葵。
葵とは、初等部からの付き合いなの。ルックスもスタイルもいいから、小さい頃からモテモテ。誰もが羨む、美少女だよ。
もちろん、わたしもうらやましい!
でも、葵自身、恋が何かわからないって言ってるんだ。告白は、ぜんぶはっきり断ってきたんだよ。だからといって、ロマンチストでもない葵。
いつもクールで、沈着冷静、成績優秀の才色兼備!
「ねえねえ。今日、クラス替え発表だよね?今年こそ、同じクラスになりたい!」
「あ、そうね。去年は、1組と3組で別々だったしね。」
クラス替えがない初等部では、葵とずっと一緒だった。だから、去年、クラスがはなれて、すごくさみしかったんだ。
お弁当は、葵と、葵の同じクラスの子たちと一緒に食べてたけどね。
五月ヶ丘学院は、学院というだけあって、初等部、中等部、高等部、大学が固まってるから校庭も校舎もすごく広い。
敷地内を一周歩くだけで、15分はかかってしまう。
蔦がからまるレトロな校舎。購買がある食堂。
白いテーブルと椅子が設置されているおしゃれなテラス。
高等部生以上、立ち入り自由の屋上(わたしたちは中等部生だから、まだ入れないけど)。
学校の敷地内に、季節ごとに様々な花が咲き誇る庭園もある。
けっこう有名な進学校なんだ。
追加で説明しておくと、入学時の特待生・首席は一年間授業料全額免除。
特待生じゃなくても、何か特別な賞を受賞した場合、成績が1年間、上位3位以内に入っていた場合は、一時的に授業料免除になる。
それに対して、一年間、順位が最下位だった場合は強制退学という、厳しい規則でも有名なの。
掲示板に張り出されているクラス割り表を見るがために、廊下はすごい人だかり。
がっくりしている人、飛び跳ねて喜んでいる人、その喜びを分かち合っている人、真顔で離脱していく人。
試験の合格発表のときみたい。
でも、登校ラッシュの時間帯だからか、人だかりはますます大きくなっていく。
「春。」
クラス替え表を見に行ってくれた葵が、わたしを呼ぶ。
「え?どうだった?」
どくどく。心臓が高鳴る。
「同じクラスよ!やったわ。」
葵が、にこっと笑った。
よかった!
同じクラスなのが、すごくうれしいよ。
「きゃ〜〜〜!!私、彪くんと同じクラス!」
「あ、ずるい。私も一緒がよかった!」
「彪くんって、俳優さんみたいだよね〜。」
「あんな人が同級生なんて、本当、神様に感謝しかない!」
彪こと、水上彪はわたしと葵の幼馴染み。
初等部からは距離ができちゃったけど、保育園や幼稚園のときは、よく3人で遊んでいた。
小さい頃は、何も思わなかった。けど、周りから見るとほっとけないくらいのハイスペックなイケメンだったらしい。
近所でもちょっとした有名人だった。でも、初等部に入学したときくらいからかな、彪の周りはたくさんの女の子でいっぱいになってしまって……疎遠になった。必要以上に話さない関係になった。
それは、ただいる場所が、話す機会がなくなったからじゃない。今でも、胸が痛むもの。
まあ、この話をするのはもうちょっと先になるんだけどね。
「る?……はる?おーい、春!」
あ。やばいやばい。葵の話、全然聞いてなかったよ。
「大丈夫?水上のこと考えてたの?」
「あ……、うん。まあ、ね。」
「さ、教室行こ。グループワークで一緒にならなきゃいい話。大丈夫よ、心配することなんてないわ。」
うん、そ、そうだよね。葵のおかげで、心がすこし軽くなった気がした。
始業式が終わって、2年生の教室に帰ってきた。でも、今日の予定は始業式だけのはずだから、SHRをして終わりだと思う。
担任の先生は、優しそうな国語の女の先生。去年は熱血系の数学の先生だったから、内心、ほっとした。
わたしと葵は出席番号順だと、「こ」と「し」なのでちょうど前後になる。偶然でもうれしい。
わたしの隣は……「藤堂 響」。
机に貼ってある名前の紙をまじまじと見つめる。
うわ、かっこいい名前!
会ったこともなければ話したこともないけど、ひと目で美少年ってことはわかった。
みんながわいわい、立ち歩いてしゃべる中、藤堂響はワイヤレスイヤホンをして、指を机の上で踊らせている。
……エアーピアノ?
へえ。ピアノ弾くんだ。わたしも初等部まで習ってたから、ちょっと共感。
細くて長くて白い指。まるで、ピアニストみたいに、かろやかに弾いていた。
こっちが見ていることに気づいていないので、少し観察させてもらうことにした。からかいがいがありそうだもんね。葵は、苦手だっていうのに男の子に囲まれているし。他の女子から妬まれなければいいんだけどな。
ちら。藤堂響の方を覗き見る。
それにしても、どうやったらこんな美少年が生まれてくるんだろ。
綺麗な横顔。透明な縁のメガネの奥には、青みがかった澄んだ瞳。
くっきりとしていて高い鼻。小さい頃から、ピアノばっかり弾いていたんだろうか。肌がすごく白い。ほんと、二次元キャラみたいな顔立ち。サラサラの黒髪。すらっと細くて、今にも折れそうな手足と胴体。’’繊細’’の一言だった。
率直に、深い意味もなく、かっこいいと思った。見とれてしまうほどに。
「……君、何?」
ハッ。いつのまにか、冷たく鋭い視線を向けられていた。
「あー……。えーと、ご、ごめんなさいっ!」
とりあえず、謝らないと。人のことジロジロ見たりして、変な人だと思われたよね……。けど、二度見じゃ済ませられなかったんだもん。
「ん。ああ……君、名前は?」
「はひっ?!」
うっ。驚きすぎて、変な声が出てしまった。は、はずかしい……。
「ええと、小桜春です。小さいに、桜に、季節の方の春で。」
「ふうん。ああ、俺のことは、藤堂でいいから。」
フルネームで呼ばれたくないってことか。
期待してソンした。って、あれ?わたしは、期待していたの?誰に?何を?
熱されたみたいに、顔と体が一気に熱くなる。
あれ。男子と話すときって、こんな緊張してたっけ?
女子よりも、気軽に、愚痴ってたような……。
「あっ、あのっ、これは、『ひびき』って読むんですか?」
「……。悪い。俺、急いでるから」
かばんを持って、さっさと教室を出て行っちゃった。そっけない。
『ひびき』か『きょう』か、気になっただけなのにな。
「春〜!」
やっと抜け出してきたのか、髪の毛がぐしゃぐしゃの葵がいた。
「もう、ひどいよ。みんな。」
「人気者はつらいね。わたしなんか、誰にも挨拶されなかっ______」
なんで、今、藤堂のことが頭をよぎったんだろう。
「ん?どうしたの、春?」
「なんでもない!だいじょーぶ!」
むりやり、ピースしてみる。
先が思いやられる……。
それから何週間かたって、クラスがまとまりつつあったころ。4時間目の国語の授業のときに、事件は起こった。
「教科書の32ページを開いてください。今日は、このページを朗読してもらおうかしら。じゃあ、日直の高橋さん。お願いしますね。」
「……。」
「高橋さん?聞いてますか?」
「は、はい。」
高橋さんといえば、クラスでも地味な方で、いつも一人でいるイメージだ。
自主的な一匹狼の子もいるけど、そんな感じでもなさそう。まあ、始業式早々、風邪をこじらせて休んでいたから、浮いているのも無理ないよね。
でも、黒髪のストレートミディアムで、黒縁のめがねをしているからか、なんとなく「黒」のイメージがある。
「……ま、枕草子。清少納言。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、すこしあかりて、紫だちたる……」
耳をすまして、やっと聞こえるくらいの小さな声で、高橋さんは朗読を始める。
すると、いきなり誰かがガタッと立った。
「高橋ってさぁ、なんで、水上彪の教科書なんだよ?リア充かよ。」
え?
ひやっとした。
信じられない。人が一生懸命、朗読してるのに。
「……こら。私語は慎みなさい。あ、高橋さん、続けていいわよ。」
先生も少し動揺してから、ぎこちなく注意した。
でも、先生が注意したのにも関わらず、その男子は、
「え〜。だって、気になるじゃん。高橋って、ぼっちのイメージだけど、せいぜい女友達くらい隣のクラスにいてもいいんじゃないかな〜と思って!そしたらさ、水上の?!やば。マジやばい!」
と、せせら笑う。
小学校低学年の男子みたいなことを言ってるし……。
「林、マジウケる〜。だよねだよね!あたしも同感。」
「付き合ってるとか?うわ、これ拡散希望!」
ざわざわ。
林といつも仲良くしている、派手なグループの子が加勢して、嫌な雰囲気。
教壇に立っている高橋さんは、教科書で顔は見えないけど、肩がふるえている。
ああ。わかった。
高橋さんが最初、返事をするのに拒んだのはそのせいだったんだ。
朗読だと、教科書を顔の高さまで上げないといけないから、どうしても名前記入欄が見えてしまう。
なんで彪の教科書なのか、心の隅ではわたしも気になってたけど、そこまでおおっぴらに言う必要ないんじゃない?!そう言いたい。
他のクラスメイトも、’’理由”に気づいているのだろうか。何も言わない。
理由は、ただひとつ。
「林」という男子は、いわゆるガキ大将というもので、中1のときのいじめの首謀者でもあった。
手が出せないのは、次、自分が仲間はずれにされるかもしれないと思うからだ。
どうしよう。助けてあげたいのに、何も言えない。
「今は高橋さんが朗読してるんだから、静かにしてよ。」ってびしっと言いたいのに。歯がゆい。
林は、あのグループは、少しでもネタがあったら騒ぎたがる(いや、「林」だから、はやしたてる、かな?)。
西園寺くんのお父さんの会社とライバルの林は、都内でtopを争うお金持ち。
この学院に大量に寄付しているから、先生たちもキツく言えない。
金にものを言わせて融通を効かそうとする、ほんとうに意地悪い人間なの。
初等部からいっしょだったから、よ〜く知ってる。
わたしがこぶしを握りしめてうずうずしていると、隣の席の藤堂が椅子から立った。
「林、いい加減にしろ。高橋の朗読遮ってまでいう話じゃないだろ。くだらない。少しは高橋の気持ちになってみたらどうだ。」
正当で、説得力がある……!
藤堂って、友達と話したり遊んだりしてないから、てっきり、人前に立って話すことが嫌いなんだと思ってたけど、ちがうのかな。
林は、まだモゴモゴ言ってたけど、先生がキッと睨んだので、うなだれて教科書で顔を隠してる。
また、元通りの空気に戻った。
高橋さんが、これ以上いじられなければいいけどな。……それよりも、自分のことばかり考えて、きっぱり言ってあげられなかったことが、心にずんと深く沈んだ。
休み時間、わたしがぼぅっとしていると、右隣の席の女の子が声をかけてきた。
「あの、廊下で春ちゃんを呼んでる人がいるよ。」
「え?あ、うん。ありがとう。ちなみに、誰?」
「ええと、水上くんがね。」
びっくりしすぎて、椅子からずり落ちる。
「ひ、彪?!」
初等部の4,5年あたりから、避けられてると思ってたのに。今頃、どうしてだろう。
「春!こっち。」
彪がでかい声でわたしの名前を呼ぶものだから、みんなの視線がわたしに集まる。
ひええ。ちょっと、彪。
ここにはあんたのファンクラブやおっかけも大勢いるんだよ。そんなことしたら、わたしが恨まれるじゃない!
「あはは、ごめんごめん。ちょっと、二人で話せない?」
またまた語弊ありすぎなんですけど。
でも、ひさしぶりに話すのに、煩わしさが全然ない。これも、彪が好かれるところの一つなのかな。なんちゃって。
初等部と中等部が交わる、階段の踊り場で、彪が立ち止まった。
「話って?」
「あのさ。一部始終、葵から聞いたんだ。咲野のことを。」
咲野?
「高橋の名前だよ。知らなかった?」
あ、いや、知ってたんだけど。唐突だったから。
彪が知ってることにびっくりだよ。
「あ!国語のときのことでしょ?ひどいよね。林ってば。」
「うん、そのことなんだ。そのことなんだけど……」
何、ためらってるの。彪らしくないね。
「オレ、咲野と付き合ってるんだ。」
「ひょえええええええええ!」
そんな展開、思ってもみなかった。
「え、じゃあ、林の読みは当たったってこと?!」
「うん、まあね。春には言っておかなくちゃと思ってさ。でも、春に言ったから、もう明日には全校生徒が知っちゃってるかもな。」
「何それ。ひどい!わたしは、大音量のスピーカーか!?っていうか、なにのろけてるの。」
「のろけじゃないよ。咲野ってさ、ああ見えてけっこうツンデレなんだ。かわいいだろ?」
「結局、のろけてるじゃん。で、どうしたの?」
「なんだ、春は疑うかと思ってたのに。」
え?
ドキッとした。作り笑顔でごまかしていたけど、本当は、心が痛かった。
それを、わかったとか?
「葵は思ってた以上に冷静に聞いてたよ。それで、『おめでとう』だけ言って帰っていった。いつまでたっても変わらないね、葵は。」
そりゃ、葵は、葵だもん。動じないに決まってる。
でも、わたしは、葵みたいに、かっこよく、「おめでとう」って言えないよ。
疑っちゃうよ。
わたしは、今でも、彪が好きなのかな……。自分でも、よくわからない。
わたしの初恋の相手は、彪。
気持ちは伝えてないけど、彪もわかっていたみたい。葵も、応援してくれていた。
なんとも言えない、胸の奥がきゅっと痛くなるような、この気持ち。
ずっと、知りたくなかったんだ。だから、彪が避けてたんじゃなくて、わたしが避けていたのかもしれない。
真正面から気持ちを伝えて、もしフラれたら?
笑われたら?
けなされたら?
そればっかり考えて、立ち直れない気がして、冗談のようにごまかしていた。逃げていた。
今になってそのことを思い出すなんて、最悪だ。
「おーい、春?どうした?」
わたしが固まっていたことに気づいた彪が、わたしの顔を覗き込んでくる。
彪は、恋に興味がないと思ってた。
でも、それは、わたしの思い込みだったんだ。
「い、いつから、高橋さんの、ことを好きなの?」
動揺を隠しきれずに、しどろもどろで聞いてみる。
「中1だよ。助けてもらったんだ。教科書は、それのお返し。」
そうだ。最初からわかっていたじゃない、春。
彪は、わたしのことなんか見てないんだよ。わたしじゃ、助けてあげれない。
でも、高橋さんなら、彪の心を、たくさんのしあわせで埋めることができるんだから。
「おめでとう。おめでとう。よかったね、彪の初恋。」
わたしは、背伸びして、彪の頭を撫でた。
彪は、照れくさそうに、笑った。
わたしは、泣き笑いの表情になる。
天気はからっと晴れていたけど、わたしの心には、どんよりとした厚い雨雲が押し寄せていた________。
5月
もうすぐ春(季節の方)の合宿。五月ヶ丘学院は、イベントが盛んなの。
「今から、『合宿のしおり』を配ります。班員や、持ち物、自分が泊まる部屋をしっかり確認しなさい。」
授業でも、合宿に向けての講習や、打ち合わせの時間が増えている。
3組合同の班割り。
わあ、楽しみだなぁ。
初等部のときの修学旅行は、ほとんど先生が準備から何からしてて、守られてるって感じがしてた。自由行動もなかったし、行動範囲がせまかったというか……。
合宿だから、五月ヶ丘市からは出ないだろうけど、絶対、楽しいよね!
合宿が楽しくないはずがない。
そう思って、班割りを見る。
〈小桜春 藤堂響 高橋咲野 水上彪 久岡結衣 高宮律 友利霞〉
な、なにこのメンツ……。キャラ濃い!
ひ、彪も一緒なの?わー、これは何かの陰謀?うん、そうに違いない。
彪とはあれから、会話どころか会ってさえいない。決定的にふたりともが避けているって感じ。
高橋さんに悪いもの。彪の隣に、他の女の子がいたら、いやだよね……。
じゃあ、この合宿の3日間、ずっと気を遣わないといけないの?ああ、一気に、合宿が憂鬱になってきた。
わたしが、しおりを見ながらため息をついていると、隣から藤堂が話しかけてきた。
「何、ため息ばっかりついてんだよ。」
「……だって。」
涙目になりそうになったから、あわてて上をむく。
ミーハーな人たちなら、少なからずこの班のメンバーになりたかったはずだよ。
彪と高橋さんが付き合ってるっていうのは、瞬く間に広がっていったから、ほとんど全員、知ってるんだ。組がちがうのに合宿の班が同じなんて、少女漫画みたいなことが起こったんだよ?
あの二人は運命かもって、進展があるにちがいないって、思うはず。
「はー……。ま、よろしくな。はい、これ。」
へ?
「よろしく」?
しおりの班員欄をもう一度見て、更に驚いた。
ああああ!
藤堂も、同じ班だ!
「今気づいたのかよ。」
どおりで、「よろしく」なんてガラじゃないことを言うわけだ。
それと、渡された紙切れは、メアドと電話番号?律儀だなぁ。
あと、いちいちうるさいって言われそうだから小声にするけど、久岡さんもいるの?!
あ〜、説明しておくと、久岡さんは、本名、久岡結衣。
性格に難ありで、関わると色々面倒だと言われている。
気が重いよ。
このメンバーで、知らない顔は……〈高宮律〉〈友利霞〉。3組の人かな。
見たことないや。
それにしても、大丈夫とは思えない。事件が起こる予感。
まあ、悪い予感ほど、当たっちゃうんだけど。
「ただいま。」
「おかえり。早かったわね、春。」
家に帰ると、ママがキッチンから顔を出した。
「今、ケーキ焼いてるの。もうちょっとかかりそうだから、先にシャワー浴びてきたら?」
ケーキ?今日、またお祝いなの?
「ふふ。聞いて驚かないでよ?」
「うん。なに?」
言ってから、後悔した。ああ、これは絶対、柚に関わるお祝いだって気づいたから。
柚は、年子の妹。
大きくてくりくりっとした目、生まれつきの淡いチョコレート色で毛先がくるんとカールした髪の毛がチャームポイント。
わたしとは似ても似つかない、美少女なの。
3歳でぺらぺらと英語をしゃべりだしたときから、ママとパパは尋常じゃないって気づいてたみたいだけど、そこからさらにヒートアップ!
幼稚園に入るころには、世界中各国、ほとんどの言語をしゃべれる天才児になっていた。
数学もその時点で中学高校内容を解いていたし。
あの美貌なので、芸能界に入らないかと大量のスカウトが来たり、テレビで取り上げられたりと、一時期大スクープにもなったんだよ。
それでも柚は自意識過剰にならなかった。
「この才能は、神から授けられたもの。わたしが努力してきた、培ってきたものじゃない」ってずっとずっと、言ってたの。
そんな柚にも弱点があった。
それは、IQが超高いのと引き換えに、対人関係が下手なこと。
そのせいで、初等部の3年間、不登校だったんだ。
対人関係っていうのは、方程式の何万倍も難しいって、柚がよく言っていたな。
わたしと話すときも、率直に思ったことを言ってしまったり、ついつい毒舌になったりしていた。
周りの友達やクラスメイトから、仲間はずれにされて、学校を休みがちになり、不登校になった。
それでも勉強に心配がいらないって、当時は羨ましくてたまらなかったなあ。
柚が学校に行けるようになっても、ママやパパは腫れ物を触るような感じで話しかけていた。
よく、よ〜く、覚えてるよ。
それからというもの、ママがケーキを作る回数が増えた。
柚が何か一つできるようになるたび、お祝いケーキを作ってたんだもん。
おかげで、最近はケーキ飽きたけどね……とほほ。
今日は、なんのケーキだろう?
「春?おーい、春!」
ぱちん。現実に引き戻される。
あ、また、物思いにふけってた……。柚の過去を気にしてもしょうがないよね。
今は、元気なんだし。
「今日は、柚に彼氏ができましたケーキよ。」
え。
「えええええええええええ!か、彼氏?柚に?」
早いよ。誰とも話さなかった時期から2年も経ってないのに、もう彼氏ですか。やっぱり、天才は頭の回転スピードどころか回る方向すらちがうんだぁ。
「春はぼーっとしすぎよ。ケーキ焼けちゃう。早く、シャワー浴びなさい!」
忘れてた!
わたしはあわてて、脱衣場に駆け込んだ。
「お姉ちゃん、ちょっといい?入ります。」
ケーキを食べ終わって、自分の部屋でゴロゴロしていると柚が部屋に入ってきた。
「あ、うん。いいよ。どしたの?」
「ちょっと相談があるの。」
いつになく真剣な顔。
「明日、カレの誕生日なの。でも、プレゼント用意してなくて……。あと、パニックにならないように頭の中で一応、シナリオはできてるんだけど、やっぱりリハと本番はちがうしさ。」
た、誕生日!
いきなりビッグイベント。
「だから、おねがい!明日の朝イチ、一緒に買い物についてきてくれない?フラッペおごるから。」
思えば、明日は日曜日。部活もない。
「うん、いいよ。」
柚の頼み事だもん。聞かないという選択はない。
宿題も、教えてもらうときあるし、これからも教えていただきたいし、全然大丈夫です!
ふふ。フラッペ……!
(ん?悪事を働くなって声が、どこからともなく聞こえてきたような……。空耳かな?)
「ありがとう!さすが、私のお姉ちゃん。」
柚……。
でも、こんなことで褒めてもらっても、うれしくないんですけど?
「大丈夫、ケーキ食べ放題の券もあるから、今度の連休に行こうね!」
え?ほんと?
うれしい!柚、大好きっ!
柚が笑ったので、わたしもつられて爆笑した。
フラッペとケーキ食べ放題をエサにして釣られるとは、わたしは単純人間なんだろうか?
そして、翌朝。
柚に叩き起こされて、今朝ごはんを食べている最中です。
はむはむ。
今日の朝ごはんは、焼き立てトーストとコーヒー。コーヒーは、この前飲めるようになったばっかりだよ。
まだ苦いけど、「大人」って感じでうれしいから、自己満足程度で飲んでるの。
ときどき焦るんだ。
柚が、あまりにも大人っぽく見えるから。
一緒にいると、姉妹で買い物はいいね〜ってよく言われる。そりゃ姉妹だからそこは普通なんだけどさ。
たいていの人は、柚の方を見て「おしゃれでかわいいお姉ちゃんだね」って言うんだよ。
服装もスタイルも、ルックスもセンスも、柚の方が格上。
わたしはそのたびにしょぼくれる。
そして、柚は、そのたびに慰めてくれる。
けど、その優しさが、フォローが、余計悲しいんだよ。
みじめになってくる。
でも、今日は、ちゃんとお姉さんに見えるように、勝負服なんだ。
ノースリーブのロングワンピース、露出した腕は白いレースで覆う。
ちなみに、ロングワンピの色は、春らしい(これもまぎらわしいが、季節の方)桜色。
この前モールへ行ったときに、買ってもらった、ヒールを履くつもり。ちょっとは身長の追加になるかな〜なんて考えて、しばし浮かれ気味。
先週まで中間テストだったし、出かけるのはひさしぶり。
姉妹だけで出かけるのも、超ひさしぶりなの。楽しみ。
「やだ、春。彼氏でもできたの?そんなに浮かれて。」
で、できてないですよっ!どうせ。
わたしは柚じゃない。わたしは柚じゃない。
ママったら、はしゃぎすぎ。女子高校生みたいに騒いでると、恥ずかしいのはわたしと柚なんだからね。
「お姉ちゃん。電車の時間があるから、もう出たいんだけど……。」
いつも以上にはりきっておしゃれしている柚、登場(デートとかのときって、これよりオシャレするのかな)。
めずらしく寝坊したパパが、柚をぐるりと見回して、「かわいいなぁ、柚は。」だけ言って、書斎にこもっちゃったよ。
パパは小説家。それも、まったく売れない小説家。
わたしが小さい頃、ノリで軽〜く、「わたしも小説家になりたいな!」って言ったら、パパは真剣な顔でこう言った。
「小説家はやめなさい。パパも、夢が叶って小説家だけど、なってからの方がつらいんだよ。パパみたいにはなるなよ。」ってね。
ふむふむ。
諦めが早いわたしには、向いてない仕事だと思う。読書は好きだけど、書くのは苦手。
ずっと「辞める」という言葉のぎりぎりに身を置いてきたパパだからこそ、言えることだと思うの。
「お姉ちゃん、聞いてる?遅れちゃうよ。」
「え?あ。聞いてるよ。ちょっと待って。」
時計を見ると、8時53分。
げ、やばい。9時ぴったりの電車なのに!
あわてて立ち上がった拍子に、まだ残っているコーヒーのカップがひじにあたった。
バシャッ
あっ!
こぼれたコーヒーは、わたしの服に茶色いシミをつける。
「ええ〜〜〜〜!!どうしよう、ママ、タオル!」
「何してるのよ!はい、タオル。早く拭きなさい。本当に電車に遅れてもいいの?!」
着替えないと……。
あ、でもわたし、この服以外おしゃれなの持ってないし。
どうしよう。
ほんとに、ピンチ。大ピンチ!
電車の発車時刻が刻々と迫ってる。
「お姉ちゃん、56分だよ!」
あと、4分?間に合うかな。
ええと、とりあえず、汚れた服を洗濯に出して、ええい!もう普段着でいいや。
クローゼットの中をひっかきまわして、一秒を争う中、ようやく準備できました!!
「柚、行こ!」
家が駅前でよかった〜!
本当は、ヒール履いて走るとくじくから嫌なんだけど、見た目考えたら選択肢はひとつ。
すみません、神様。今度からはアラームかけて寝ますから、許してくださ〜い!
はあはあ、ぜえぜえ、はあ、ぜえ……。
電車のドア閉まりかけで、駆け込み乗車しました(よいこはマネをしないでね)!
「はあ、はあ、よかったね、乗れて。」
肩で息をしながら柚を見ると、全然息切れてない。
え?どういうこと?
「まさか、お姉ちゃん、200メートル走っただけで息切れてるの?!」
そんな真顔で言わないでよ……。余計つらいわ。
弓道部は、あんまりランニングしないから。
陸上部とは違うの。
って、ちょっと待って。
「あれ?柚、文化部だよね?運動不足にならないの?」
素朴な質問。
柚は確か、茶道部なの。
「体力づくりなしで、陸上部並みに体力が持つのはさすがにないでしょ?毎朝、近所をランニングしてるんだよ。あとは、土日にジムにも通ってるし。」
「え、ジム?」
だって、柚。中1だよ?
なんか、大人みたいだね。
「え?そこでできた友達もいるよ?ていうか、そこでカレとも出会ったし。私の一目惚れ。」
驚きを隠せないけど、ここは電車内なので表情だけで表現。
柚、変わったよね。
「ぷっ。今気づいたんだけど、お姉ちゃんの服、センスがウケるの。」
ハッと現実にもどって、自分の服を見た。
あのときは焦ってたから、まともに服見てなかったけど、ナンセンス。
やっちゃった〜。
ギンガムチェックの薄手のチュニック(それもフレンチスリーブ)。
それと、白いロングスカート。言い方によれば、いいように取れるかもだけど、本当に最悪。
「上の服が寒そう。今日はあったかいからいいかと思って、上着持ってきてないんだけど。大丈夫?」
見れば、柚は青いトレーナーにタイツでミニスカ。いかにも女子中学生って感じ。
「大丈夫だよ!それに、もう5月だし。薄着の人もいると思うよ。」
「それよりもさ。お姉ちゃん、お財布と携帯忘れてないよね?」
それはあたりまえでしょ!
いくらなんでも、それは忘れない……はず。
かばんの中をごそごそ探してから、柚の方を向いて、てへっと笑った。
「確信犯でしょ!もう。私のわがままとはいえ、ひどすぎる。」
許してください、柚様!
「最初からフラッペは奢る予定だったし、あんま変わんないよね。きっぷ代くらいか……。うん、ある。大丈夫。お姉ちゃん、元気出して!」
「あ、でも、奢ってもらってばっかりだと悪いから、フラッペは今日はなし。我慢する。」
「何に気を遣ってるのよ?ほんと、お姉ちゃん、おもしろいしおかしい。」
もう。「おかしい」はダメでしょ。
「少女漫画のヒロインみたいだね。」
「ちょ、ちょっと待った!少女漫画のヒロインってさ、ドジで、忘れ物常習犯で、天然で、甘えん坊の女の子だよね?わたし、そんなのじゃないよ!」
「ぷっ、なに、ムキになってるの……ふふ。おかしい……笑える、あはははははは!」
何一人で笑ってるの?って、ハッ。
これじゃ、わたしがまた妹みたいな感じになってるし!
だめだめ。
今日は、柚が主役のお出かけだけど、わたしはお姉さんらしくしないとね。
そんなこんなで、目的の駅到着!
降車して、きっぷ代を柚が払ってくれて、無事改札を出た。
「はぁ〜。どきどきした!」
「なんでお姉ちゃんが……。」
ここは、隣町の流れ星市。
おとぎ話に出てくるようなレンガで作られた住宅街と温泉が有名なの。
「予想外。さむ〜い。」
「電車に間に合ったのはキセキだけどね。お姉ちゃんのミラクルパワー。」
「へへ。そうかなぁ?」
照れちゃう。み、ミラクルだって……。
「褒めてないけどね。さ、街を見て回ろう。」
うん。
柚のカレに、とっておきのプレゼント、選んであげようね。
あれでもない、これでもないと選んだ結果、柚とおそろいのリストバンドにした模様。
「お姉ちゃん、ナイスアドバイスありがとう。なんでこういうのがいいってわかったの?」
「さっき、ジムで出会ったって言ってたでしょ?だから、デートはデートでもスポーツデートになるかなって思ったし。やっぱりおそろいはうれしいよね。」
いつも以上に、柚の目がキラキラしてる。
ふふ。わたしって、案外こういう仕事向いてるのかも?
柚が会計を済まし、お店を出て、またふたりで歩き出す。
「カレとは、夕方5時ごろ、いつものジムの前で会う予定なの。まだ全然余裕だし、ぐるっと見て帰ろうよ。」
「そうなんだ。」
と、ぐぅぅぅぅぅ。
わたしのお腹から、情けない音がなる。
「つまり、お腹が空いたんだ。お昼過ぎたしね。あ!ちょうどいいところに、クレープ屋さんがあるよ。食べよう!」
わたしはいちごとホイップクリームたっぷりのクレープ、柚はバナナとチョコのクレープを注文する。
クレープ屋さんの向かいにある公園のベンチにすわってクレープを堪能していると。
プルルルル プルルルル
柚の携帯から着信音がなる。画面に表示された名前を見て、柚の表情がぱあっと明るくなった。
あ。カレからだな。
あんなに嬉しそうなで満面の笑みの柚を、わたしは見たことがないよ。
「ごめんね、お姉ちゃん。すぐ終わるから。」
と言って、わたしに背を向けた。
声のトーンも1オクターブ高いし、いかにも「女子」って感じ。
わたしはぜんぜん恋愛経験がないから、何が恋する乙女かわからない。
彪に向けた感情は、たぶん、ただの「好き」だったと思う。
独占欲が人一倍、彪に向けては高かっただけかもしれない。
ああ、誰か言ってくれないかな。
彼氏いない歴=年齢でも、大丈夫ですよって。
柚の背中を見ながら、ふとそう思った。
「お姉ちゃん、緊急事態!謝罪会見を開きたいと思います!」
現実に引き戻される。
え?なに?会見?
「カレが、家の前で待ってるって。大事な話があるんだって!だから、ごめん。大急ぎで帰るね!じゃ。」
わたしが状況を飲み込めずにオロオロしていると、柚は足早に立ち去ってしまった。
柚のことだし、心配することは何もない。
今、心配なのは、自分自身なの。
突如、見えなくなった柚の背中に、わたしは叫んだ。
「わたしは、どうやって帰るんだぁ〜〜〜〜!!」
お金ゼロ。携帯も忘れたし、どうすればいいの?
このあたりに知り合いはいないし、このまま一晩過ごすのもムリ。
柚……。
なんで、肝心なところでお姉ちゃんを忘れちゃうの〜〜?!
漫画とか小説だと、「拾ってください」と書かれた段ボール箱に入って、イケメンな男子に拾ってもらうんだよね。
いやいや、現実世界では通用しません。
あ、交番に行けば迷子として扱ってもらえるかもしれない。
でも、交番ってどこ?地図もマップアプリもないんだよ。
ここの道、人気も少なくて、交通人がいないし。
同じような住宅がいくつも並んでいて、ここから動いたら、絶対に迷いそう。
絶体絶命、大ピンチじゃん!
それから何時間か経過。
公園で待ってみたけど、柚が戻ってくる気配も、親が迎えに来てくれる気配も、一切感じられなかった。
パパは書斎で没頭してるだろうし、この時間はママはスーパーのパート。
歩くしかないのかなぁ。いやいや、そんなのしたら、家につく頃には石ころになってるわ、わたし。
しかも、今日に限ってハイヒール。
走れない。
不幸に不幸が重なって、自分では、もう手に負えません……。
涙が出てきたけど、この前みたいに上を向く気にはなれなくて、うつむいた。
ああ、せめて、ジャンパーくらい着てくればよかった。すごく寒い。
昼間なのに、どんどん暗くなってきてる。
厚い雲が押し寄せている。夕立の予感。
先に、雨宿りできる場所を探さないと……と思ったけど、周りはすべて住宅街で、クレープ屋さんは移動販売車だったから、もうない。
こんなときに限って、公園にトイレもない。
視界がぼやけて歪んで、余計に悲しくなった。
手のひらにポタッと落ちた小さな雨粒は、たちまち、バケツをひっくり返したような大粒の雨になる。
明日から合宿だっていうのに、運が悪すぎるよ。
これで風邪引いたら、ママ、絶対許してくれないよ。
けど、天気は自分で左右できないから、どうしようもなくて、またうつむいた。
まつげから、雨に混じって涙がつたった。
家で飼っている犬のウールは、元捨て犬。
今日のような大雨の日に、用水路で見つけたトイプードル。発見したときは土まみれでドロドロで、衰弱状態だった。あのときのウールの目から、声が聞こえてきたの。『助けて。寒いよ。苦しいよ』って。
ママとパパを説得して、飼うことになった。それが、おととしの2月の話。
今ではすっかり、ウールは家族の一員で、癒やしの素なんだ。
「助けて。寒いよ……。」
小声で、つぶやいた。誰も来てくれないって、わかってる。
でも、ほんの一瞬、藤堂の顔が浮かんだ。
でも、その思いをかき消すのと、びしょびしょの髪の毛の水分を吹き飛ばすように、首を大きく横に振った。
はあ。
わたしは、ここで、銅像にでもなるのかな……。
ボトボトボトボト。
急に、雨の打ち付ける音が変わって、こだまして、顔をあげた。
すぐそこに、見覚えがある人がいる。
傘を差してくれている。
「何してんだよ?小桜」
と、藤堂……?
「偶然、通りかかったら、公園に人がいたからびっくりした。まさか、小桜だと思わなくて。」
「……ま、迷子。」
「俺、メガネかけてないのに、よくわかったな?」
「こ、声で。わかった。」
初めて、休みの日の藤堂に出会った。コンタクトなんだ。ちょっと意外。
「とりあえず、俺の親戚の家が近いから、そこに行こう。」
声のトーンは変わらないのに、なぜか、あったかくて、包んでいるみたいな優しい声。
パサ。
「寒いから。」
そう言って、藤堂が羽織っていたジャンパーを肩から被せてくれる。
「あ、でも、いいよ。藤堂が風邪引いちゃう。」
「その薄着で?びしょびしょなのに?」
う。それを言われると辛い。事実なだけに、言い返せない。藤堂がくすっと笑った。
ひとつ、気になることがある。
ほんとに、藤堂?
メガネありとメガネなしじゃ、全然キャラが違う。
メガネありの藤堂は、いつもだれにでもそっけなく、ドライな対人関係。恋に一切興味がなさそう。そして、毒舌・言いたいことははっきり言う、帝王タイプ。
メガネなしの藤堂は、カシミアみたいなやわらかい声で、別人(?)って思うほど、性格も真反対。
気でも狂ったのかな?
上目で、ちらっと顔を盗み見る。
「ん?もう少しだと思うから。寒いよな?」
さ、寒くはないんだけど。
顔が熱い。
たぶん、真っ赤?りんごみたいになってる気がする。
だって、だって、男子にこういうことされたことないんだもん!
恋愛経験ゼロなのに、意識してしまいそう。
藤堂は、いたってふつう。
まんざらでもないか__。
慣れてるのかなぁ。ちょっと複雑。
やがて、あるマンションに着いた。
「ここの、17F。たぶん、置いている俺の普段着があると思うから、風呂入ったあと着替えてな。」
「あ、はい。ありがとう。」
「なんで、あんなところに一人でいたのか、あとでじっくり話を聞くからな。ったく、俺までびしょびしょだ。」
ん?
ちょっと、いつものようにもどった……?
藤堂がインターホンを鳴らすと、中年のおじさんの声。
「お!ひーくんじゃないか。どうした?」
ひ、ひーくん?
あ、「ひびき」だからひーくんね。
なんか、急に幼く見えて、かわいい。
「まあ、ちょっと用事があって。少しの間お邪魔させてもらってもいいですか?」
「大歓迎だよ!うちにはボロボロのピアノしかないし、ユキだけだし、つまらないかもしれないけどさ。ちょっと待ってね。いま、玄関に行くから。」
どうやら、結構気さくなおじさんっぽい。
ガチャッとドアが開いて、”おじさん”が顔を出した。で、ぎょっとしてる。
あ、そうか。
わたし、さっきのモニターに写ってなかったのか。
「え?女の子?あれ、ひーくん、彼女ができたのかい?」
「ち、違います。たまたま雨の中見つけたんで、保護しただけで。ただのクラスメートですよ。」
「へえ。おじさん、期待しちゃったよ。まあ、風邪引いちゃいけないな。ユキ、お風呂沸かしてあげなさい!」
「は〜い!」
ユキちゃんという女の子が、元気よく両手をあげて奥に走っていった。
「さ、どうぞお入りになってください。」
成されるがままに家の中にお邪魔する。
部屋は、清潔感があって、シンプルでお洒落な感じ。
インテリアにもすごくこだわっていそうだな。
「とりあえず、このタオルである程度拭いて、お風呂場に行ってください。見ず知らずの家で心配かもしれませんが、設備は整っているので。」
「は、はい。すみません、突然押しかけてしまって。」
なんて親切な人なんだろう。
ハプニングにもすぐさま対応できるビジネスマンのよう。
ユキちゃんがお風呂場まで案内してくれる。
わたしが「ありがとう」と言うと、「お姉さん、お名前なあに?」と聞かれた。
「えーとね、はるだよ。はる。」
「はるちゃん?かわいい!じゃあ、はるお姉ちゃんって呼んでもいい?」
自然と思わずこっちまで笑顔になるような、無邪気な笑顔。
話してみてわかったけど、ちょうど小学1年生くらいかな。
「うん。いいよ。」
そして、「いってらっしゃ〜い」と手を振って、スキップでリビングに戻っていった。
温かいシャワーを浴びさせてもらって(すごい機能が多すぎてパニクったけど)さっぱりいい気分。
言われたとおり、用意してくださっていた服を着て、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
脱衣場から出ると、ユキちゃんが待ってくれていた。
「ひびきお兄ちゃんがね、ピアノ弾いてくれるんだって!ちょーど、パパがケーキ焼いてたから今から小さなパーティするの。はい、ごしょーたいじょー!」
クレヨンで「ごしょうたいじょう」と書かれたカードをわたしに渡す。
小さい子と話すのは何年ぶりなんだろう。
癒やされる。
リビングでは、和気あいあいと準備が進んでいた。
「あの、お風呂、ありがとうございました。わたしで良ければ、何か手伝います。」
「春ちゃんって言うんだってね?大丈夫だよ。ソファでくつろいでいて。」
「え、でも。申し訳ないです。」
「何を言ってるんだ?ひーくんの”はじめて”のガールフレンドだよ。大事にしないとな。」
はじめて?
えっと、何がだろう。
「女の子の友達だよ。ひーくんはね、友達づくりが下手で、男友達も最近でき始めたばっかりなんだ。ひーくんが生まれた頃から知っている僕からすれば、ひーくんは息子同然でね。よくわかるんだ。いいこだよ。だから、ひーくんのこと、これからもよろしくね。」
おじさんが、静かに耳打ちしてくる。
そうだったんだ……。
柚と似てる。
「さ、食べよう!」
おじさんが作ったフルーツケーキはすごくおいしいの一言だった。
お店でも売れるくらい。
そして、藤堂のピアノも聴いた。
学校のピアノも自由に使っていいんだけど、藤堂は恥ずかしがって弾かないから、聴くのははじめて。
「小桜。誰にも言うなよ。ピアノのこと。」
め、目つきがこわい。
獲物をロックオンしたときの狼じゃないか!
「すんばらしい〜!!やっぱり、ひーくんのピアノは最高だなぁ!さすが、全国大会優勝の経験者だよ。」
全国大会……優勝〜?!
そ、そんなすごい人だったの?
「ちょっ、おじさん……!そこは言うなって、さっき言ったのに!」
と焦る藤堂。
「はははは!悪いな、ひーくん。口をすべらせてしまった!」
豪快に笑うおじさん。
パーティも終盤となり、雨も小雨になってきた。
「あ、じゃあ、わたし帰ります。お世話になりました。」
深くお辞儀して、ドアノブに手をかける。
そこで、藤堂が話しかけてきた。
「まだ、話聞いてないんだけど。なんで、大雨の中、公園にいたんだ?」
「お。それ気になるな。」
わたしはしぶしぶ、ソファに浅く座り直す。
そして、おどおどと、今日あった一部始終を話した。
「……と、いうわけなんです。」
「じゃあ、春ちゃんはお金も携帯も持ってないんだね?」
「はい。情けない話なんですけど。」
「大丈夫だよ、落ち込まなくても。そうだな……今、春ちゃんには二択ある。1つ目は、ここから春ちゃんの自宅に電話して、親御さんに迎えを頼む。2つ目は、ひーくんと一緒に駅まで行き、電車に乗って帰る。ひーくんも、帰らないといけないだろう?」
「そうだな。明日、合宿だし。」
わ!
盲点だった。忘れてた。
「でもわたし、お金持ってないんです。電車に乗れません。」
「そこにひーくんの出番だよ!」
「……なんでも屋みたいに言うな。」
「奢ってもらうっていう気持ちで切符買ってもらえば、気が軽いだろう?それでも罪悪感のようなものが残るなら、合宿のときに払えばいいじゃないか。な?」
名案、だけど。ただのクラスメイトなのに、迷惑じゃないかと……。
恐る恐る、藤堂の顔色をうかがう。
「なんだ?小桜。おまえの彼氏に勘違いされたら……とか考えてるのか?じゃあいい。俺は帰る。」
へ?
か、彼氏?
いや、勘違いされるような人もいないんですけど。
藤堂は、さっさと帰る支度をして、玄関から出ていってしまった。
藤堂は、逃げ足が早い。
……一瞬でも、勘違いしたわたしがバカだった。
わたしを助けてくれたのは、明日から始まる合宿で人手が足りなくなるのを防ぐためだったんだろう。
そして、ベンチで泣いていたのがわたしじゃなくても、助けていた。
親切極まりない、このおじさんのところに連れてきていた。
一人で勝手にドキドキして、ほんの一瞬でも少女漫画のヒロインの気持ちだった。舞い上がっていた。
墜落。
「春ちゃん。正直に話してみなよ。チャンスは、まだ、残されている。はい、これ。」
おじさんが差し出したのは、藤堂のスマホ。
まさか、忘れて出ていったの?
「自然な流れになるだろ。仲直りしないと、明日の合宿の良し悪しに影響するぞ。じゃ、Good Luck。」
おじさんのぎこちないウィンクに、ふっと笑みがこぼれた。
「はい!小桜春、走ります!」
さっきよりも深く深く礼して、玄関を出た。
急に走り始めたから、肺と心臓が「なんだなんだ?」って言っている。
走れぇぇぇ!!
おじさんとユキちゃんがベランダから手を振ってくれている。
わたしはエンジン全開でスピードを上げた。
柚がリストバンドを買ったお店を過ぎ、雨に打たれた公園も過ぎた。途中、クレープ販売車ともすれ違った。
駅まで、もう少し。
何個目かの街角を曲がったとき、紺色の後ろ姿が見えた。
藤堂だ。
「とうどーーー!」
猛スピードで追いつく。
「は?なんだよ。」
ご機嫌ななめだ。ここは、忘れ物の話をしてごまかそう。
「あの、おじさんの家にスマホ忘れてたよ。」
ポケットから藤堂のスマホを取り出して、手渡す。
「はい、わたしの役目完了!じゃあね!」
反応を待ちたくない。そう思って、また走り出した。
「待て!」
大型の馬みたいに、藤堂が猛突進してくる。
「馬だの、狼だの、勝手に例えるのもいい加減にしろよ。っていうか、おまえ、帰れないだろ。」
しばらくスマホで何か検索していたかと思うと、いきなり腕を掴まれる。
「あと10分だ!走れば間に合う。急げ、小桜!」
え?ちょっ、このまま走るの?!
「反論あんのか?」
文句はないです!恩に着ることしてもらったと思ってるよ。でも、ちょっと恥ずかしい。
「そんなこと考えてる暇があるなら足を動かせ!遅い!」
だ、だって、そんなこといっても。長距離も短距離も苦手だし。
なんだか申し訳ない。
でも、今だけ、すごく頼もしいな。
今日、わかったことがある。藤堂は、ただの無神経で無愛想なつっけんどんじゃないってこと。
普段見せない分、わたし、ちょっと嬉しかったんだよ。
ねえ、藤堂。少しは気づいてるかな?
*****************************************
翌朝。昨日、全然眠れなかったので、今日も寝坊。
藤堂との1件もあるけれど、合宿の荷造りがまだで、夜中までかかっちゃって。
足りないものは、パパが深夜でも開いてるホームセンターを探して買って来てくれたけどさ。
昨日、帰ったときは7時前だった。
ママもパパも柚も、もう夜ごはんは食べ終わって、団らんしていた。
わたしのことなんか、気にかけてなかったんだなって思ったら、悲しくなった。
泣きすぎて寝落ちして、目が覚めたら10半すぎだった。
もう、そこからは思い出したくないよ〜。
「春、なんか、元気ないね。どうしたの?」
合宿行きのバスの中。
わたしがこっそりため息をついていたのを、隣の葵は知っていたみたい。
「あ、もしや、好きな子ができたとか?教えてよ。誰だろう?」
「葵は好きを理解してから言ってね!そんな気軽に言えるもんじゃないよ。」
「でも、いるんだ?きゃ。乙女だねぇ。」
他愛のない会話を交わしながら、五月ヶ丘キャンプ場に向かっている。
葵がここまでキャラ崩壊してるの見たことないけど、こっちもかわいい。
でも、葵は、まず恋を知らないと。
このときは、まだ、知らなかった。恋の辛さを、むなしさを、心の痛みを。
五月ヶ丘キャンプ場。しんとした新鮮な森の空気。それだけでテンションも上がってしまう。
「では、班ごとに整列!今日のスケジュールを発表します。」
班ごとか。葵とは、一旦お別れだ。
あ、思い出した!あの濃いメンツだよね。
かばんのポケットからしおりを取り出そうとして、手触りがないことに気づいた。
え!しおり、忘れてる!
どこかに落としてきたのかな。
すると、藤堂が歩いてきた。
今朝もなるべく顔を合わせないようにと頑張ってたから、今日初めて話す。
「小桜。これ、しおりだ。先生から2部預かってきた。忘れたんだろ?気づいてるぞ。」
がっくし。
気づかれてた。
でも、2部ってことは、もうひとり忘れた人がいるの?
「ああ。めんどくさい奴だけどな。」
と、藤堂が男子ときゃっきゃと話している久岡さんの方をちらっと見る。
「おまえ、女子なんだし、渡してやれよ。」
「え?!女子でも、しゃべったことないよ。」
「久岡だって、男子より女子の方が喜ぶだろ。」
喜ぶとは限らないじゃない!
「藤堂、班長なんだからしっかりしなきゃ。」
「だーもう!わぁったよ。渡してくる。おまえは並んでいろ。」
いつものクールさはどこいったんだか。
わたしは、6班の列に並んで座った。
あれ?彪の顔に、アザがあるような……?
確かに、ほっぺに、青アザがある。
どうしたんだろう。
打撲?……って、彪のことは考えるな、高橋さんに迷惑だっ!
体育座りで藤堂と久岡さんを待っていると、後ろに座っていた女の子がつんつんと背中をつついた。
「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったの。わたしは友利霞。よろしくね。」
透き通った声と、屈託のない笑顔。黒髪のボブヘアで、前髪までふわふわとしているのが愛くるしい。目はくりんと丸くて黒目がち。おとぎ話からでてきた白雪姫みたい。
「あ、えっと、わたしは小桜春。3日間、よろしくね。」
「こちらこそ。」
「あの、霞ちゃんでいいのかな?」
「霞でいいよ。じゃあ、春?」
「うん。」
新しい友達ができた。
うれしい。心がはずむ。
このメンバーでも、楽しくやっていけそう。
そのあと、先生から、細かいスケジュールの発表があった。ロッチに荷物を置いて、この辺りの散策して、お昼休憩。
午後は班別行動で山へ探検に行くんだって。
そして、今、お昼休憩が終わったところ。
「じゃあ、山へ行くぞ〜!」
彪が叫んだ。はじけてるね。
山といっても、ちゃんと山道があって、夜にある肝試しの予習みたいなもの。
やだな。肝試しはにがて。
山道を歩いていくと、ぬかるんだところや、落ち葉ですべりやすくなってるところ、落木など危険なところがいっぱいある。
「きゃっ!」
最後尾を歩いていた高橋さんが、ぬかるみでこけてしまった。服も結構ドロドロだ。
わたしはゆっくり近づいていたけれど、坂道だから、すべるのが怖くて足がすくむ。
わたしがしどろもどろになっている横を、霞が何事もなかったかのように早足で歩いていく。
霞は、高橋さんを起こし、首にまいていたタオルで泥をとって、自分が羽織っていたパーカを貸してあげた。
一瞬のためらいもなかった。
その素早さにみんな、ぽかんとしてる。
「ありがとう、友利さん。けど、これじゃ、パーカが汚れちゃうよ。あ、あと、タオルも。」
「わたしは大丈夫だから。ぬかるみ、気をつけてね。」
かっこいい。
助け起こしてあげられたとしても、わたしにはこんなこと、できなかったと思う。
でも、そんなに親切で、天使のような霞に、悪魔がささやくんだよね……。
「では、夕飯づくりに取り掛かってください。事前に決めた係をもとにして、臨機応変に動きなさい!」
合宿1日目の夕飯は、定番のカレー。
男子は、薪を割って火を起こす。
女子は、野菜をきったり、使った道具を洗う。事前にあった講習で決めた。
例外として藤堂は、みんなへの指示係とご飯を炊く係を受け持っている。
高橋さんが洗い物に回ってくれたので、今、わたしと霞と久岡さんは野菜を切ってる最中。
たまねぎを切っていた久岡さんの涙が止まらなくなったり、わたしはにんじんが硬すぎて指を切ってしまったけれど、それ以外はスムーズに進む。
先生も、ここまで段取りも全部テキパキ進められた学年はいない、と褒めてくださった。
ほとんどが飯ごうと鍋の中に収まって、みんな、木のいすに座って休憩している。
わたしは、高橋さんと初めて会話していた。
男子は相変わらずふざけたり、他の班の様子を見に行ったりしている。
先生は、生徒のいすの数に手違いがあったとかで、この場所にいない。
最後、カレールウを入れようと、霞が鍋の蓋を開けた。
その瞬間だった。
足元に置いてあった余りの薪が見えていなかったのか、つまづいてバランスを崩し、熱湯がぶくぶくいってる鍋に片手をつっこんでしまった……。
バシャッ
「あつっ」
鍋が地面に転がる音と、こぼれたカレーに、その場にいた全員が注目する。
わたしもそっちを向いて、目を疑った。
背筋がひんやりとするのを感じた。
冷や汗がつたる。
か、霞……?世界がモノクロになる。
霞が、ふらっと倒れかける。
「霞!!」
わたしがガタッと立ち上がったのとほぼ同時、ちがう班の男子が霞に駆け寄った。
みんなが場の状況を飲み込めずにいる中、その男子は軽々と霞をお姫様抱っこする。そして、走ってA棟を出ていった。
少しの間しんとしていたものの、ざわざわとみんなが会話しだす。
「どうしよう!霞が!」
わたし、パニック。
ああ、ごめんね、霞。
気づいてあげられればよかった。
でも、気づけなかった。どうしよう。
罪悪感でもどかしい。
わたしは、地面に転がったじゃがいもやにんじん、水浸しになったかまどの前を、もどかしい気持ちで見つめる。
そのうち聞こえてくる、非難の嵐。
どうしようもなくて、班のメンバーはうつむく。
「なんなんだよ。あいつの班のカレーどうなるの?」
「絶対わざとだよ〜。目立ちがりやだね。」
「あーあ。カレーが台無し。」
「いくらなんでもドジすぎ。」
「うちらのカレー分けるとかいやだな〜。」
「責任はその班の奴らだろ?関係ねえじゃん。」
なんでそんな無惨なこと言うんだろう。
関係ないからって、自分に被害が出ないからって。
ひどい!
そして、わたしの脳裏に、高橋さんが林にからかわれたときのようすが、走馬灯のように浮かぶ。
だめだ。
エスカレートしていく悪口を聞き流しながら、わたしは思う。
「前から思ってたんだけどさ、友利っておこがましいよな。」
「何かあるたびに自分が自分がって。」
「運が悪いんじゃね。」
「いい気味だよ。」
「いつもの仕返しみたいなもんで、ラッキーじゃん。」
「もったいねえなぁ、カレー。」
「可哀想だよね、班員の人たち。」
「全部友利が悪いんだろ?」
もう、無理。耐えられない。
あんなに優しくて、純粋な霞の、悪口なんて聞いてられない!
「やめて!!それ以上、言わないで!」
思ったより大きな声が出た。視線が集まる。
「霞を、責めないでよ!なんにも、悪くないんだよ。だから、お願い。悪口なんて、絶対にやめて!」
わたしはその場からダッシュで駆け出した。
後ろから、藤堂の叫び声が聞こえる。
けど、今は、無視無視。
霞とヒーロー役みたいなあの男の子、どこ行ったんだろう。
あちこち探し回ったけどいない。
わたしは、いつになく神妙になって、川のせせらぎを眺めていた。
霞に申し訳ない。
大怪我だったかと思うと、胸が痛む。
手伝えばよかった。
あとから思いついた自分が情けなくて、涙になって、川に落ちてく。
何分くらい経っただろう。体育座りのひざから顔をあげる。
視界がぼやけた。
「あー、ここにいた!悪いなみんな。迷惑かけた!」
ガサガサ。
背の高い草の影から、声が聞こえる。
「小桜!何してるんだよ。心配したぞ?」
「春っ!無事でよかった。」
葵、藤堂……!
「今、あちこち探し回ってたの。大丈夫、友利さんの怪我は、やけどですんだみたいだから。」
「なんでひとりで背負おうとしてんだよ。他の5人の気持ちも考えろよな。」
「通訳。一人で背追い込まなくても、他の5人がいるから大丈夫だよってこと。正直に言えばいいのに〜。」
慰めようとしてくれていることがうれしくて、また泣きそうになる。
「それよりもさ、友利さんのところ行こう。先生が、『すごく自虐していて、みんなに会わせる顔がないって言ってる』だって。」
「霞、いま、どこにいるの?」
「ロッチの休憩室。夕飯の件は一旦忘れて、励ましに行きなよ!」
「う、うん。」
葵がわたしの手をひっぱった。
「んじゃ、俺は行くわ。清水、あとは任せた!」
藤堂は片手をあげて、すばやく走り去った。
わたしたちの横を、涼しい風が通り過ぎる。
「春。わたし、恋を学んだよ?」
唐突に言われて、一瞬、思考が停止する。
「自分の恋じゃなくて、人の恋。誰が誰を想っているのか、誰のことを考えているのか。手に取るようにわかるの。わたしって魔術師かも?」
「葵、超人?」
「いや、それほどでも〜。」
「ぜんぜん褒めてないけど……。」
「じゃあ、わたしの実力、見せてあげようか?」
「ど、どういうこと?何するの?」
「安心して。いやなことは言わないから。」
「あ、うん。」
「簡単に言えばね。じゃあ、藤堂くんのことにしよう!実は、1ヶ月前くらいから観察していたの。」
「はぁ?完全に不思議ちゃんじゃない。」
「端的に言うよ。藤堂くんは、春のことが好き。春は?」
……え?
な、なに言ってるの。
「顔に書いてあるの。『春が好きです』って。」
ちょっと待ってよ。ありえないでしょ!
「春は、いっぱいいっぱい、藤堂くんに助けてもらったでしょ?ってことは、藤堂くんは、春をいっぱいいっぱい助けてたわけでしょ。雨の中助けてくれた話だって、あんなドラマみたいなのないよ?それからも、よくしてくれてるんだし。藤堂くん、あんまり女子と話さないのに、っていうか毛嫌いしてるのに、春と一緒だととっても笑顔なんだもん。絶対そうだよ。」
頭の中がはてなマークでいっぱいになる。
さっきまで枯れていた花に、大量の水をもらった気分。
「それでも、藤堂が単に優しいだけじゃない?ほ、ほら、高橋さんが授業で彪の教科書使ってるのがバレちゃったとき、助けてた!」
「春〜。動揺しすぎ。わたしとしては、春の意見が聞きたいのよ。どう?藤堂くんのこと、好き?」
「……。わかんない。」
本当にわからない。
もう当分、恋はいいやって思ってたし。
「しおりを忘れてるのに気づいて持ってきてくれたり、いつだって、春に優しいじゃない?好きじゃない子だったら、今みたいに、探したりしないよ。『心配』しないよ。」
嫌いじゃない。
藤堂のこと、嫌いじゃないよ。
けど、恋愛の「好き」じゃないんだよ______。
「そっか。わかった。わたしが焦りすぎた。」
「え?焦り……?」
「彪の1件があってから、なんとなく春が落ち着きなくて、無理に笑ってるように見えて。彪から咲野ちゃんの彼氏になったって聞いたときも、冷静に聞いていたけど心の中では怒ってたの。『この無神経男!』って。」
「葵。」
だいじょうぶだよ。
「あ、そこの001!保健室代わりになってるの。じゃあ、わたしの役目はここまでっ。」
ぴゅーっと葵まで走り去っていく。
一体、何だったんだろう。
でも、霞の具合が気になる。
言われたとおり、001のロッチのドアを、コンコンとノックする。
「すみません、失礼します。……あれ?」
養護の先生の姿は見当たらなく、隅の小さな椅子に霞が座っていた。
「は、春……!」
「霞!!大丈夫?!」
「うん。大丈夫。今は、痛くないよ。ほんと、ごめんね。わたしのドジで大変なことになっちゃって……。他の班の人からの非難の嵐だったって、聞いてる。たぶん、悔やみきれないよ。春を、傷つけたこと。最低最悪だよね、わたし。ごめん。」
「霞は謝らないで!わたし、傷が心配で、いてもたってもいられなくて。」
霞の右手は、見事に包帯でぐるぐるまきだった。
「でも、今夜の肝試しには出たいの!先生にお願いしたら、危ないから一人で行動するなって。でも、肝試しってペア制だよね?出られるよね?」
「相手が頼れる人だったらいいね。……あ。あのお姫様抱っこしてくれた人は?名前なんて?」
「はずかしかった。けど、嬉しかった。ええとね、武智悠真くん。」
パッと見ただけでも、印象に残りやすいルックス。ナチュラルで、入念に手入れしてそうな髪。目は細くてつり目だけど、優しそうなオーラがただよっていた。
背が高くてひょろっとしているけど、男らしくて行動力がある。
「A棟、戻ろう。さっき先生が言ってたの聞こえたんだけど、先生たちが予備のカレー作ってたんだって。だから、すこし安心した。もうみんなに迷惑かけなくてすむんだね。」
「霞!わたし、ぜんぜん迷惑じゃないから。むしろ、大歓迎だよ。しっかりものの霞なら、頼らないだろうって思ってたけど、すこしくらい頼ってくれたほうが嬉しいよ!」
霞とふたりで、A棟に戻ると、さっきのことなんかなかったかのように、わいわいと食事の準備が進んでいた。
「あ!ふたりとも。おかえり。」
葵が、わたしたちふたりを見て声をかけてくる。
「驚かないで聞いてね?……藤堂くんが、枠という枠をぶっ壊したの。」
は?
枠を、壊す?
よく耳をすましてみると、
「藤堂くん、かっこい〜!」
「ファンになっちゃうよね。」
「やるな、響!」
「あれは真似できない。」
「それよりもさ、武智くん!」
「ふたりとも、やるよな!」
え?え?
な、何があったの?葵、教えて!
「ふふ。説明しよう。」
葵が大学教授気取りで言った。
「これは、藤堂くんの勇気のおかげです。先生にお願いして、「班別」じゃなくて、ごちゃまぜにしてもらったの。だから、今はこんな感じでみんな楽しそうでしょ?班は必要なときだけでいいって、必死だったんだよ。しかも、さっき友利さんの悪口言ってた人に、「いい加減にしろ!」って怒ってくれて。一部の人たちの気持ちをくみ取ったんだと思う。」
藤堂……。
「いい加減にしろ!」は、どこかで聞いたことのあるようなセリフだけど、やっぱり、藤堂ははっきりズバズバ、物を言う人だ。
鶴の一声ってやつだなぁ。
「みんな、感心してるんだけど、友利さんをお姫様抱っこした武智くん!さっき、みんなの前で、武智くんが友利さんのこと好きって宣言して、どっちがいいかで論争になってるの。」
うわ!
堂々と言うの、度胸いるよね。
批判や非難は承知で言うんだもん。
横で霞がぽかんとしている。
そりゃそうだよね。とつぜん、好きって又聞きしてもねえ?
わたしは、倫世のほっぺをつんっと触った。
「どうしたの、霞?ほっぺが赤いよ〜?」
「え、え?!なんでもないよ!」
真っ赤になったほっぺを覆って、焦ってる霞がかわいい。
わたしと葵は微笑んだ。
こりゃ、波乱の嵐です。
カレーは、家や学校とは全く違う味で、すごくすごくおいしかった。
みんなと食べると格別っていうのは、本当みたい。
いろいろあったけど、楽しい一日だったなぁ。って、まだ残ってた。肝試し!
本当にいやだ。
嫌いだもん。こわいんだもん。
「春。藤堂くんと、ペア、なれるといいね。」
「いや、よくないわ!」
意味のありそうな顔で笑う葵に、わたしは小声でつっこむ。
ここは、昼間来た山の手前。
「みなさ〜ん、並んでくじをひいてください!」
先生の指示があって、みんな順々にくじをひいていく。
どくどく。誰と、なるんだろう……?できれば、くっつきたいから、女子でお願いします!
ついに順番が回ってきた。
まあるく穴があいた箱に、恐る恐る手を入れ、最初に手に触れた紙をつかむ。
番号は_______9。
番号を見ただけで、「肝試し」って感じでぞくぞくする。
隣の霞は、肝試しが楽しみらしく、番号だけでもう喜んでる。
わたしがやけどしたんだったら、絶対、肝試しやってないんだけどなぁ。
「霞、何番?」
「わたし、7!ラッキーセブン。」
あ、ちがう……。9番の人、誰だろう。あたりまえに気になる。
ひとごみをかき分け、葵がわたしのもとにやってくる。
「春!何番?」
「わたし、9番。」
「あ、惜しい〜。わたしね、7番なの。誰か、知らない?」
7?!霞だよ!
「あ、友利さん?よかった。男子だったらどうしようって、すごく心配してたんだ。わたし、肝試しはこわくない派なんだけど、友利さんはどうだろう?」
「あ、さっき、めっちゃ喜んでたよ。好きっぽい。」
「やった!じゃあ、思いっきり楽しめるね。」
葵なら、霞のこと安心して任せられるね。よかった。
葵は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら霞のところに行ってしまった。
いいな。
うらやましい。
あ、でもこんなマイナス思考だと、「楽しくない人」って思われるよね。9番の相手がわかるまで、にこにこしていよう。
ペアが誰かわかった人が多くなってきて、わたしはぽつんと取り残された。
と。いきなり、腕をつかまれて、紙を奪われる。
えっ?
見ると、藤堂だった。
わたしの紙と自分の紙を見比べて、「はぁ〜っ」とため息をついてる。
あ、もしや、また一緒?
『藤堂くんは、春が好き』。
葵に言われたことが頭の中をぐるぐる回って、やだ。意識しちゃう。
でも、わたしの手に乱暴に紙を押し付けると、くるりときびすを返してしまった。
あれ?ちがうの?
え、じゃあ、なんでため息……?
次にわたしの前に現れたのは、長身で茶髪のスマイル男子だった。
「きみ、9番?」
「あ、はい。」
「じゃあ一緒だね。かわいい女の子でよかった。」
か、かわいい………?
そんなこと、言われたことないのに。
ナンパみたいなノリで手をつかまれ、わたしは無意識にふりほどいていた。
なぜだろう、藤堂に何回も腕をつかまれたことはあったけど、別に気にしなかったのに。
「あ、ゴメンね。自己紹介もまだなのに、なれなれしかった?」
「い、いいえ。だいじょうぶです。」
「オレ、三宅穂高。よろしくね。」
「小桜春です。」
「春ちゃんね。肝試し、こわい?」
春、ちゃん……。他の男子といるときほど、藤堂の顔が浮かび上がって消えない。
藤堂だったら、初対面から変わらず「小桜」って名字で呼ぶのに。
嫌われてるのかな……?
わたしが長いことだまっていたので、チャラ男・三宅くんは独り言のように話し始めた。
「春ちゃんってさ、好きな子いるの?あ、付き合ってる人とかは?けっこうかわいいよね。モテるでしょ?あと、女の子の友達とか紹介してほしいんだけど。よかったら、ライン交換しない?オレ、こう見えて人見知りだからさ。友達になってよ。ねえ、春ちゃん?聞いてる?」
またぼーっとしてた!
いけないいけない。
不思議。なんでこんなに、藤堂のことばっかり考えるの……?
「えーと、具合でも悪い?大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です。」
あと2組進んだら、もうわたしたちだ。
夜の山の中なんて、こわいだけじゃない!
はぁ。ペアはチャラ男で馴れ馴れしいし、葵と霞が一緒だし、藤堂の妙な行動も気になるし、もやもやする。
「あ、次だよ、春ちゃん!」
どうも、みなさん、こんばんは。小桜春です。地獄のスタートです……。
結局、怖すぎてずっと目をつぶってた。
三宅くんに誘導してもらって、なんとかゴールまでたどり着いた。
一生、したくない……。
というか、三宅くん、ごめんなさい。
「小桜!」
ゴールでへなへなとへたりこんでいると、藤堂が走ってくる。
「大丈夫だったか?!清水から、おまえが肝試し苦手って聞いて、悔しかったんだ。」
な、何を悔しがってるのよ。
からかえばよかった、とか?ネタにしてやればよかった、とか?
え、最低!
「〜〜〜!あ、続きはあとでな!」
そう言ってまた走っていってしまう。
なんだったの、あれは?
情緒不安定っていうか、ご乱心?
大丈夫かな。
ペアはゴールしたら各自解散だから三宅くんはどこかに行ってしまったけど、まだ葵・霞ペアはゴールしてない。
楽しんでるのかなぁ。
あの二人、気が合いそうだったもんね……。
わたしがひとりで、とぼとぼとロッチに戻ろうとすると、トントン。肩を叩かれた。
ゆっくり振り返ると、紺色の天然パーマが特徴的な小柄な男子がいた。
「春だよね。」
「え、え、蒼くん?!」
蒼くんこと、日下部蒼は、幼稚園が一緒で初等部のときも同じクラスで、けっこう仲がよかった男子のひとり。
初等部は彪と疎遠だったから、蒼くんとの方が居た時間が長いかも。
4歳のころから葵に10年も片思いしてるんだって。
好きになった理由は、ジャングルジムに登って降りられなくなった蒼くんを、葵が助けに行ったことなんだ。
わたしもその場にいたから、知ってる。
あの頃の葵は、ほんと、ボーイッシュだったなぁ。
「葵」と「蒼」で、訓みが「あおい」で一緒だから、蒼くんは運命だって信じてるみたいなの。
「蒼くん、体……大丈夫なの?」
わたしがこうも心配するのは理由がある。
去年の今頃、自転車に乗っていた蒼くんは、大型トラックと正面衝突して、一時期意識が戻らないほどの重体だった。
だから、登校時間が長くなる、この学院には、もういないんだと思ってた。
「3ヶ月前、リハビリが終わって、検査にも異常がなくなって、戻ってきたんだ。けど、大事にするとまたびっくりして発作、起こしちゃうから。家を学院の近くに引っ越したんだよ。」
男子にしては高くて、甘くて、とろけそうな声。
ぽきっと折れそうな手足、痩せすぎた胴体。
小さい頃から体が弱かったのに、大事故にあったから、その知らせを聞いたとき葵とわたしは抱き合って号泣したんだよ。
「母さんと父さんに頼んだんだ。ぜったい、この学院がいいって。ぼく、葵のこと諦めない。」
え、じゃあ、葵のために、引っ越しまでしたの?
「恋愛は遠距離じゃ実らない。実感してるから。この恋を逃したら、ぼく、本当に自分のこと信じられなくなって、社会で自立できないと思うんだ。決めたから。今度は、ぼくが守るって。」
蒼くん……。
本気なんだね、葵のこと。
「当たり前だろ!にわかかと思ったのか?」
「そうじゃないよ。きっと、蒼くんなら、葵をしあわせにできる。蒼くんも、しあわせになるよ。で、今日はどうしたの?」
「さっき、母さんに車で送って来てもらった。野外での生活は、体に想像以上の負荷がかかるから、ドクターストップかかってるんだ。でも、すこしだけならいいって。」
そうなんだ。
ここを、「大変だね」じゃ、済ませちゃいけないと思う。
だって、蒼くんは、大変すぎるくらい過酷な苦労をしてきたんだもの。
「葵、今どこ?」
「まだ肝試しの途中だよ。たぶん、もうちょっと待ってたら出てくると思う。」
「そっか。なんか、力抜けるな〜。」
「今日、そんなかしこまってきたの?」
「春には親友だから言っとこう。この合宿中に、ぼく、葵に告白するんだ。」
え!
告白、するの?
「うん。だめ?」
「いや、そうじゃなくて。蒼くん、変わったなって思って。」
「昔のウジウジ虫みたいなぼくはもういないよ。脱皮したし。」
「じゃあ、まだウジウジ虫じゃん!カマキリも、脱皮してもカマキリでしょ?」
「成長したんだよ。今なら、本気で葵に好きって言えそうなんだ。だから、春は、新郎新婦どちらもの親友なんだよ。ありがたく思って。」
えっ?し、新郎新婦?!
蒼くんは、何を言ってるの?
「ぼくの両親が、来月見合いをさせるっていうんだ。だから、それまでに葵を婚約者にしておかないといけない。」
み、見合い……。
次元がちがう。
すると、蒼くんが近づいてきて、わたしをぎゅっと抱きしめた。
へ?
ちょっと、蒼くん?!
何やってるの。
葵に見られたら、蒼くんの信用なくなるわ!
気は確か?
「春。いままで色々ありがとう。入院中、葵のこともめっちゃめっちゃ考えてたけど、ぼく、春のこともすこしだけ考えた。」
ん。なんか、ちょっと傷つくんだけど……まあ今はよしとしよう。ここは、なんと言えばいいんだろう?
蒼くんが、さっきよりすこしきつめに抱きしめた。
そして、急に泣き始めた。
どうした、情緒不安定か?
「本当は、すごく怖いよ。フラれたら、一生立ち直れない気がして……。」
「もう!そんなことで悩んでるの?ウジウジ虫!全然、脱皮してないよ。」
蒼くんは、わたしの弟みたいな存在だった。
だからこそ、葵はそんなことしないと思うけど、万が一、蒼くんの将来を思って断ることがあったら。わたしは胸が痛い。
ここは、厳しくしないと。
「蒼くん。葵のこと好きなんでしょ?好きで好きでたまらないんでしょ?!じゃあ、何を迷ってるの。10年の想いを、正面からぶつければいいじゃない!小細工なんかしなくていいから、気持ちを伝えてよ。わたし、応援してるから。」
蒼くんの嗚咽がぴたっと止まる。
ここじゃ目立つし、誤解を招くかもしれないからと、草で覆われた茂みの端に移動し、話を続ける。
「蒼くんの気持ちはよ〜くわかる。頼りないかもしれないけど、わたしもそういうの経験してるし。けど、真っ向勝負だよ。言わなきゃ意味ない。」
「うう……わかってるよ、春。けど、けどさ、もしフラれたら……。」
「これじゃ無限ループじゃない!しっかりしてよ、男でしょ。」
「葵は、とくべつなんだ。誰よりも、何よりも。ぼくにとって、パールやルビーみたいな宝石より、希少で、高価で、高嶺の花なんだ。」
知ってるよ。
蒼くんが、いざとなったら誰より強いこと。
葵を守れるなら、命も惜しくないって思ってること______。
わたしは、そっと蒼くんの震える背中をなでた。
本当に、弟みたい。
そのときだった。
ガサガサ。周りの草木が揺れて、足音がする。
くま?それとも、イノシシ?
誰か、来る……?
懐中電灯で、ピカーッと顔を照らされる。
ま、まぶしい。
「小桜!!」
この声は、藤堂?また、神出鬼没だ!
「だ、だれ?」
藤堂と面識がない蒼くんは、ものすごくしどろもどろになってる。
「おまえ!小桜に何してるんだ。答えろ!」
「と、藤堂、そんなに怒鳴らないで。蒼くん、怖がっちゃうから。」
案の定、蒼くんはさっきよりブルブル震ええている。
ずっと、腫れ物を触るような感じで扱われてきたんだもん。
久しぶりに怒鳴られて、精神面やられたのかな……。
「何がだ。言い訳無用。話せ。」
そもそも、なんで、こんなに怒ってるの?激怒プンプン丸?
あ。もしかして、もう集合時間だった?!
「小桜。こいつは誰だ?」
「ひどい!!こいつとか言わないでよ。わたしの大事な大事な人なんだよ!」
その瞬間だった。
藤堂が顔面蒼白になって、よろっと座り込んだ。
目から光がなくなった。
「そ、そうか……。わかった。」
と弱々しく言って、立ち去ってしまった。
藤堂、今日、様子が普通じゃないよね。風邪引いてるのかな。
「ねえ、春。さっきの人、なんだったの?途中参加のぼくを気に入らない人とか?」
「さあ……。」
もうすぐ肝試しも終わるはず。戻ろう。
「そうだね。ぼくは、今からが本番なんだ。春、ありがとう!」
夜空には満天の星。
そして、三日月。
町外れの、山の中だから見られる景色だ。
街中だと、電灯や街の灯りが邪魔して、星があるかどうかなんてわからない。
すこし遠くに、こんな絶景が見えるところがあったんだ。
合宿1日目。無事、終了です。
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合宿も3日目と終わりかけ、残すは、海水浴のみ!
溺れる心配もあるけど、海は楽しみ。
小さいころに、ママやパパと行ったことがあるらしいけど、ほとんど記憶にないし。
女子は、学校指定のスクール水着に、ラッシュガードを羽織ってる人がほとんど。わたしも、日焼け止めは入念にしたし、準備オッケーだ!
と、その前に。ひとつ、気になることがあって。
朝から、葵と藤堂、二人とも様子がヘンなの。
やたらとわたしのこと避けてるし、会話もぎこちない。わたし、なんかしたかな?
白い砂浜、青い海と空。
太陽の光が波に反射して、キラキラ輝いている。
まぶしいくらいのいい天気。
「あ、霞。」
向こうから霞がやって来る。
「春。海水浴、楽しみ?」
「うん。そりゃもちろん。霞は?」
言ってから、ハッと気づく。
「あ、ごめん!やけどしてたんだよね。じゃあ、海、入れないね……。」
「そうなの。そこは残念。砂のお城作っとく。」
「へえ。じゃあ、わたしもそっちメインにしようかな。」
「だめ!春は、わたしの分もめいいっぱい海水浴してきてよ!楽しんでよ。」
「う。わかった……。あ、あれ?そういえば、葵がいないね。」
「葵ちゃんは、さっきちょっと一人になりたいって歩いていっちゃったよ。それと、葵ちゃん、言ってた。『蒼に告白されたけど、断った』って。恋より友情をとったんだね……。」
断ったの?!葵。
絶対、うまく行くと思ってたのに……。
蒼くん、大丈夫かな。
「そのことなんだけど!春。葵ちゃんを、元気づけてあげてよ。」
霞が、まっすぐわたしの目を見ながら言った。
「え、葵、元気ないの?」
さっきちらっと見かけた様子じゃ、ハキハキサバサバ、いつもどおりだと思ったけど。
「話してきてあげなよ。まだ、集合まで時間あるし。」
「う、うん。」
後ろめたい気持ちもあったけど、葵が元気ないなんてめずらしい。
よっぽど、蒼くんにきつく言ってしまったんだろうか?
ビーチサンダルをぺたぺた言わせながら、海岸沿いを歩いていく。
まつぼっくりの木の下で、しゃがんでいる人が見えた。
葵だ!
「あーおーいー!!」
大声で叫びながら駆け寄ると、葵は大粒の涙をこぼしていた。
「え?ど、どうした、葵?!」
それについては、わたしもびっくり仰天で、どうしたらいいかわからない。
葵はポーカーフェイスで、何かあっても、何もなかったフリをする。
全部、自分で抱えこもうとする悪い癖があるの。
だからこそ心配。
こんなに取り乱した葵、見たことないもの。
「葵、どうしたの?」
「ひゃ、ひゃる〜〜〜〜〜(通訳:はる)!!ごべんね(ごめんね)、ぼんどにごでんね(ほんとにごめんね)!」
わたしが手を差し伸べると、余計わんわん泣き出した。
ど、どうしたらいいの。
赤ちゃんみたいに泣き出す葵。
結局、わたしは、蒼くんにしたように、葵の背中をなでることしかできなかった。
しばらくたって、葵の涙が止まる。
まだ目は赤かったけど、ほとんどいつもの葵だ。
「で、なんであんなに泣いてたの?」
「……蒼に、告られた。」
知ってるよ。
蒼くん、わたしに、相談してたもの。
「胸がキュッとなって、息がほとんどできなくなった。なぜか、蒼が「男」に見えた。」
「そりゃ、女子じゃないもん。」
「そういうことじゃなくて。なんて言えばいいの、ええーと、春から見て、蒼はどんな感じ?」
「弟みたい、かな?」
「だよね。わたしも、そう思ってた。けど、そのときは違うの。雄の目をしてた。」
葵が、残りの涙を出さずに乾かすように、空を見た。
「逃げたくなった。こわかったの。いつもの蒼じゃなくて。」
変わったんだ……蒼くん。
がんばったね。
「でも、そのとき、気づいた。わたし、蒼のこと、好きかもしれないって。なのに!」
ハッと気づく。
悪い予感がする。
この葵の口調。すべて、諦めて、吹っ切れたみたいな……。
「わたし、気づくのが遅すぎたみたい。蒼が好きなのは、最初から、春だよ。」
息が詰まる。
状況も何も、飲み込めない。
「ち、ちがうよ。蒼くんが好きなのは、葵だよ!」
「わたしが浮かれてた。気づいてたもん、蒼がわたしに気があるって。だから、恋愛の保険は蒼だと思ってた。利用してた。何かあったら、付き合える。そう思ってた。本当、ひどいのは全部わたしだよ。」
やだ。
そんな悲しい話ってない……。
わたしは、葵と蒼でハッピーエンドになってほしいの。
わたしのことなんか、気にしなくていいから、ふたりには本音で話し合ってほしい。
「蒼ね、最後、言ってた。『片思いごっこ、楽しかった』って。わたし、蒼のおとりになってたの。春に振り向いてもらうために、わざと気を引いたんだよね、蒼。でも、悔しいと思わなかった。最初、蒼をコマにしたわたしが悪いから。自業自得だと思った。春を傷つけたくないって思ってるのに、どうしても春が羨ましくて、妬んだ。嫉妬した。ごめんね。」
たぶん、葵は今、心がボロボロだ。
わたしの存在が、この二人の仲を引き裂いたんだ……。
「そのときのわたしの邪悪な心は、春を傷つけて、春の周りの大切な人を傷つけて、絶望した顔が見たいって言ってた。そのターゲットを______。」
葵……。
「藤堂くんにしちゃった。最低なことして、藤堂くんを困らせた。ああ、わたしの本性って、これなのかも。世も末だなぁ。」
その瞬間。
わたしは、固まった。
比喩的にではなく、物理的に。
何もかも、わからなくなった。
頭の中が真っ白になったり、真っ黒になったり、点滅している感じ。
葵は……、藤堂に、なんて言ったの?
「蒼と、春が付き合ってるって。」
わたしは、気づいたら走り出していた。
肺が切れるように痛い。
みんなのいる海岸に戻って、姿を探す。
この学年だけでも100人超えなのに、通常のお客さんも混じって、砂浜はテントやパラソル、人で埋め尽くされる。
今、淡く胸にいだいているこの想い。
きっと、伝えてみせる。
好きだよ。藤堂。
この度は読んで下さりありがとうございました。次回も楽しみにしていてください〜。