「この腐敗した世界に産み落とされる以前より富と権力の奴隷に定められし因縁の軛と無情の枷による厭悪すべき束縛からの解放をここに宣告する!(意:婚約破棄を宣言する)」
「ほ、本当ですかアラン様!?」
卒業パーティーの会場という公衆の面前で婚約破棄を言い渡されたにもかかわらず、イザベラ公爵令嬢の顔と声は不思議と歓喜で満ち溢れています。周りにいる彼女の友人達も口々にお祝いの言葉を述べているようです。中には感極まって涙ぐんでいるものさえ見受けられました。
そんな不敬ともとれる彼女達の様子を全く気にすることもなく、右目を黒い眼帯で覆い、両手に魔法陣が描かれた黒い手袋をはめ、左腕に呪文のような文字列がびっしりと書き記された包帯を巻き、背中に黒い大剣(模造刀)を背負った壇上のアラン第一王子は高らかに宣言を続けます。
「なぜならば、この魂に深く刻印された不滅の誓いに導かれ、永劫流転の彼方より約束されし運命の伴侶を見出したからだ! 彼女こそ、私の紅蓮の炎のように燃え盛る愛を捧ぐに相応しい真の聖女である!」
アランの掛け声とともに、黒子に扮した王家の影によるスモークが焚かれ、舞台袖から編入生のルイズが悠然と現れました。純白のドレスを身に纏い、頭には紫紺に染められた薄絹のヴェールとイバラの冠を被り、本人が執筆したであろう分厚い魔導書を左手に携え、右手には隅々まで細かな装飾があしらわれた細長い杖を握っています。
アランに引けを取らない異様な出で立ちのルイズにどよめく会場。しかし、イザベラだけは拍手喝采して彼女を褒め称えました。
「素晴らしいですわ、ルイズさん! いいえ大聖女ルイズ様と呼ばせてください! どこからどう見ても私の完敗です! アラン様に相応しいのは、あなた様に違いありません! 潔くアラン殿下の婚約者の座をお譲りいたします!」
発言の内容とは裏腹に、嬉々として満面の笑みを浮かべ敗北宣言を行ったイザベラは、そのまま上品にお辞儀をして友人達とともに会場を立ち去りました。
「素直に負けを認めるとは……王太子妃の器では無かったが去り際だけは見事だったぞ、イザベラ! それでは引き続き、私とルイズの森羅万象に祝福されし比翼連理の契りを結ぶ神聖な儀式を執り行う!!」
会場の生徒達の多くは、華々しい門出の宴で訳の分からない珍事に巻き込まれてしまい、ぐったりとした表情をしています。ただ数名の生徒や教員達は壇上の二人の姿を憧れの眼差しで見つめて、密かに胸を躍らせていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王宮で頭を抱える国王夫妻。
「はあ……変人馬鹿息子だとは思っていたが、どこの馬の骨かも知れぬ女に惚れ込み、イザベラ嬢との婚約を破棄するとは……」
「今更頭を下げたところで、きっとあの子には許してもらえないでしょうね……むしろ、今までよく耐えてくれたほうだわ……それにしても、アランのように珍妙な振舞いをする令嬢がこの王国にいたことに驚きました……ひょっとしたら案外似た者同士の良い王太子夫婦になるかもしれないではありませんか、あなた……」
「そんな訳がないだろう! わしには、あの二人が交わしている言葉の一割も理解できんぞ!! ……奈落に放り込まれたような失意と暗澹たる絶望に蝕まれし我が心に神の慈悲と救済があらんことを……むっ!! わしは今何と!?」
「あなた……まさか……私が施した精霊達に祝福されし聖なる結界に綻びが……!?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さすがお父様ですわ!! 本当に素晴らしい逸材でした!!」
「そうだろう。大事な一人娘をあのような頭のおかしい王子にやってたまるものか! 国中を隅々まで探し回り、辺境の村であの聖女もどきの頭のネジが緩んだ女を見つけてきたのだ」
「有難うございますお父様! やっとあの変人から解放されて、最高に幸せですわ! ……でも、これからこの国は一体どうなってしまうのでしょう?」
「どうせあんな妄想の世界に生きている二人に国を治めることなどできまい……公爵家には王家の血が流れているのだ。今回の一件における国王の責を追求し、私が王位を簒奪することも可能かもしれん……今こそ勝機なり! 下剋上を果たし、我が掌中にあらゆる権力と富と名声を手に入れるのだ!!」
「お父……様……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後に「宙に舞う如く遍く伝播し内なる漆黒の闇と聖なる極光を顕現させうる不治の病」略して「宙に病」と名付けられる謎の奇病は瞬く間に国内全土へと広がり、王国は他国から様々な意味で恐れられるようになりました。
『Xx獄炎黒龍覇王と真聖天光王妃伝説xX 第壱巻』より抜粋