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ハガネのカナリア

【ゴミ捨て場令嬢番外編】森の玉子の話

作者: もよりや
掲載日:2021/05/13

「ねえ、ラミア。朝に来たお客さんは、なんでお腹が大きかったの」


その日は午後から、雨が降り出していた。

隙間だらけの、おんぼろの家の中。

私はラミアと、薬草を煎じたお茶を飲みながら、気になっていたことを尋ねる。


「朝の、お客。そんなもんが来たかい、キャナリー」

「来たわよ。吐き気が止まらない、って言ってたじゃない」


私を育てたラミアは、森の中で薬を売って暮らしていた。

九十歳の半ばで、耳が遠く、目もあまりよくはない。


「ああ、思い出した。あの妊婦かい。あの腹はそれ、ちびすけのお前も、鳥の巣くらい見たことがあるだろう」


うん、と私は、こっくりうなずいた。


「鳥の巣は、見たことある」

「じゃあ、巣に卵があったのは、見たことあるかね」

「ある。私、木登り好きなの。農家の小屋の、コーティン鳥の玉子だって見たことあるよ」


うんうん、とラミアは皺深い手で、自分のお腹を指差した。


「朝のお客にはな。あのでっかいのが、腹に入ってるのさ」

「でっかい卵が? コーティン鳥のより?」


コーティン鳥というのは、黄色いふかふかした鳥で、玉子も肉も料理によく使われるらしい。

多くの農家で、小屋に飼われていた。

ただ、とても高価なので、私はまだ食べたことがない。

もっと、もっとさ、とラミアはごつごつした両手を広げる。


「なにせ、人間が入っとる卵だもの。頭より、大きいのさ」


へええー、と私は感心と驚きで、ぽかんと口を開けてしまった。


「あっ、そうか、卵の中に、赤ちゃんがいるんだ。小鳥のヒナがかえったのも、見たことあるよ」

「うん。人の赤ん坊も、見たことあるだろ」

「あるよ。町に行ったとき。あれが入っているなら、大きいよね」


なるほど。と思いかけた私だったが、首を傾げる。


「でも、どうやってあんな大きい卵、お腹から出すの」


そりゃあね、とラミアはぐっとお茶を飲み、半分垂れ下がった瞼の下から、じっと私を見つめて言う。


「気合さ」

「気合!」

「どりゃああ! って、尻からひねり出すんだよ」

「尻から!」


私はますますびっくりして、その様子を想像した。


「痛そう。大変だねえ」

「大変だよ。だからうちに、薬を買いに来るのさ」

「どうしてお腹に、卵ができるの?」


これまで考えたこともなかったが、ますます不思議になってきて私は尋ねる。

ううん、とラミアは白くて長い眉を、ほんの少し寄せた。


「そりゃあね。結婚して、男とひとつのベッドで寝ると、時々できちまうんだよ」

「どうして?」


理屈がちっともわからなくて、私は繰り返す。


「どうしてどうしてって、ちびすけはうるさいね」

「じゃあ、ケッコン、ってなに」

ラミアが面倒くさそうにしているので、私は質問を変えた。


「なんで、男の人と寝るの」

「キャナリー。お前、いくつになったっけね」

「えっとね。六つ」

「そうかい。あと十年は、知らなくていいことだよ。でもまあ、退屈しのぎに教えてやってもいい。その代わり、あとで肩を揉むんだよ」

「うん、いいよ」

「水も汲んで、薪も用意するんだよ。それから、鍋もよく洗っとくれ」

「それはいつも、やってるじゃない」

「そうかね。ほいじゃ、教えてやろう。結婚てのは、男と女が、同時に病気になっちまうことさ」

「……病気? どこが悪くなるの?」


ここさ、とラミアは額を指差す。


「頭がいかれちまうんだよ。それでうっかり、一緒に暮らして横になって、隣でぐーすか寝ちまう。するとイタズラ好きの妖精が、女のヘソに種をまくのさ」


そうか、と私は両手を打ち鳴らした。


「わかった! それがお腹の中で、卵になるんだ!」

「ちびすけにしちゃ、頭が回ったじゃないか」


ラミアは言って、ふぉっ、ふぉっ、と歯のない口で笑った。


「じゃあ、種をまかれると、みんな気合で卵を出すの? 大変だねえ」

「そりゃそうだ。出さない方が、苦しいからね。農家のおかみさんも、気取ったご婦人も、お姫様も、みんな一緒さ」

「すごいねえ。そっか、そうやって、人間が増えていくんだ」


「そうだよ。王様の城にある後宮なんてのには、卵を産むためだけの女が、わんさといるんだ」

「ふーん。コーティン鳥の小屋みたい。でも、誰がそんなところで暮らすの?」

「欲にかられた、物好きな女どもさ。王様の卵を産むために、こぞって入るらしいよ」

「えええ。私だったら、絶対にイヤ」


ふぉっ、ふぉっ、とラミアはまた笑う。


「ハナタレのキャナリーや。あんたは入りたくても無理だから、心配しなさんな」

「ホント? じゃあよかった」


私はこれまで何回かラミアと一緒に、町に薬を売りに行ったことがある。

一軒の家の中に、大人の男女と子供がいることが多かった理由が、なんとなくわかった気がした。


「ねえ、でも。コーキューっていうのは、入りたくないけど。私もいつか、ケッコンはするのかな」


お茶菓子替わりの、爽やかな香りのする薬草の茎を噛みながら私は言う。

ラミアは肩をすくめてみせた。


「どうかねえ。しないほうがいいんじゃないかね。病気が治っちまえば、他人と暮らすなんて面倒なだけさ」

「病気のうちは、一緒にいるのがいいの?」

「そうさね。自分の病状を一番わかってくれるのは、相手だと思っちまうからね」


うーん、と私はますます首をひねった。

ずっと森の中にいて、絵本さえ一冊も読んだことがないせいか、ちっともイメージがわいてこない。


「覚えておおき、キャナリー」


ラミアはただでさえ皺深い顔を、くしゃっとしかめて言う。


「お前がいつか、男と一緒に病気になっちまったと思ったら。そのときは尻がぶっ壊れても、でっかい卵をひねり出す、覚悟をするんだよ」

「絶対、イヤ!」


きっぱり言うと、ごすっ、とテーブルの下でラミアが足を蹴る。


「痛い!」

「痛く蹴ったんだよ。そんならね、キャナリー。イヤじゃない、と思う男が見つかるまでは、決して同じベッドで男と寝たりするんじゃないよ。いいかい」

「言われなくても、そうするもん」


ずきずき痛む足をさすりつつ、私は空になったお茶のカップを片付け始めた。

正直、ケッコンなんてどうでもいい。

そんなことより話しをしていて、コーティン鳥の玉子が食べたくなってしかたがなかった。


(市場でたくさんの人が買っていたし、絶対に美味しそうだもの)


けれど一応、結婚や後宮という初めて聞いた言葉を、忘れないよう頭の中で、何度も繰り返していたのだった。



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