第1話 黒魔球
6月―――。
これから暑い夏が始まるわけだけど、私にとっての夏とは"夏の高校野球"だ。
私は1年生マネージャーとして、このベンチに座っている。
私には夢がある。
この野球部の皆と、必ずいきたいんだ。
『7番、ピッチャー、球魔カゲル君、背番号9―――――』
「ここが正念場だな」
カゲルはピッチャーを睨みつける。
相手高校のピッチャー―――冷凍 御飯は、まるで能面のような無表情でこちらをじっと見つめる。
「かかってこい!!!」
バットを構えるカゲル。
「くらえっ! 絶 対 零 度ッ!!!」
御飯から放たれたボールはまっすぐキャッチャーの胸元のミットへと突き刺さる。
「ストライクッ!!!」
ド直球。
だが、カゲルがバットを振れなかったのには訳があった。
「さっっっっっっむ……」
ボールが通り過ぎた道筋が凍結している。
キャッチャーミットはもちろん、カゲルの手元にも冷気が立ち込めていた。
「お前にボクの絶対零度が打てるものか!! フハハハハ!!」
「チッ、うっせー!! さっさと次だ!!」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
【魔球解説】
黒魔球『絶対零度』
手から放たれたボールはわずか0.01秒で
絶対零度(−273℃)まで急速に温度が下がり、冷気を纏う!
ボールにバットが振れようもんなら、
バットは凍結し、コナゴナに砕け散るだろうね。
そもそも、マウントやバッターボックス周辺が寒すぎて、
並の人間じゃバットを振ることもできないよ。
(訝重 小間生 監督 談)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「絶 対 零 度ッ!!!」
「うおらああああああああああ!」
カゲルがバットを振る!!
ジャストミート!
だが、バットは粉々に砕け散った。
ボールは少し球速を落としたものの、そのままキャッチャーの元へ。
「ストライクツー!」
「ちっきしょー!!」
「絶 対 零 度ッ!!!」
「ぬぶらぁああ!」
「ストライク!バッターアウト!!」
とぼとぼとバッターボックスに戻ってきたカゲル。
その眼前に一人の影。
「カゲル、残念だったな……。あの球を先に打つのは、この俺様だ」
「言ってらあ。お前にあの球は打てやしねーよ」
カゲルを煽るこの男は、カゲルと同じ1年生、無我林ダむだ。
『8番、ライト、無我林ダむだ君、背番号10―――――』
「ウオアワーオ!!!」
「ストライク! バッターアウト! スリーアウト! チェンジ!! ワオ!」
「おめーも打ててねーじゃねーか」
無我林に詰め寄るカゲルだったが、人のことは言えない。
すぐに切り替えてグローブを付け、いざマウンドへ。
カゲルは1年生ながらにピッチャーを勝ち取った、エリート部員だっ
カキ――――ン……。
「なん……だと……」
3回裏、カゲルの初球はいきなりかっ飛ばされ、ホームラン。
「おい!! カゲル! なにやってんだーーー!!!」
監督から檄が飛ぶ。
「くっ、そうか。さっきの絶対零度で……」
手がまだかじかんでいる。握りが甘かったのかもしれない。
点差はこれで0対1。
得点が取りにくい以上、1点とはいえ、この失点は大きい。
落ち込んでばかりもいられない。
カゲルは顔を上げ、叫んだ。
「まだこれからだ。出すぞ!! 俺の! 黒魔球!!!!」
カゲルくん。
あなたがいれば、きっといけるよね。