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ショートショート8月~

美味しい絵本、美味しい食べ物

作者: たかさば

物心ついたときから、私の周りには本があった。


もともと、貸本屋を営んでいた家の生まれである。

家を建て直すときに、ほとんどの本を処分したらしいが、奇麗な本や新しい本は少しだけ残したのだという。新しい本といっても、所詮古い、貸本屋にあった本だからずいぶん古びていて、チャンスを見つけては捨てたいと願うような、ぼろぼろの本がたくさんあった。


古い本はどこかみすぼらしくて、くすんでいた。


私はそれを一冊づつ引っ張り出しては、文字も読めないのに目を通し、鉛筆で絵を描き加えた。

漫画の描いてある紙面に自分の絵を描き加えることで、自分が漫画家になったような気分を味わっていたように思う。


本の扱いを知らない幼い子供の手にかかれば、古い冊子などあっという間にバラバラになった。

大きな本棚にみっちり詰まっていた古い冊子は、私の成長とともに数を減らしていった。


空いた本棚に、奇麗な絵本が並ぶようになり始めたのは、近所に図書館ができてからの事だ。


白黒ではない、前頁カラフルな、手触りの固い本。

家にある、ぼろぼろの本とはまるで違う魅力が、図書館の絵本には、あった。

同じものを何度も借りるので…、見かねた祖母が近所の本屋で絵本を買ってくれたのである。


毎月一冊、絵本を買ってもらえることになった。

毎月、一冊づつ増えていく絵本。


買ってもらえる絵本を選ぶのに、いつも頭を悩ませた。


自分のものになる絵本を厳選しなければならない。

何度見てもうれしい絵本を選ばなければいけない。


図書館で、私は色鮮やかな絵本に目を光らせた。


どの絵本が一番おもしろいか。

どの絵本が一番かわいいか。


どの絵本が一番おいしそうか。


私は、非常に、ひもじい子供、だったのだ。

ご飯をあまり食べない子供だった。

ご飯がおいしいと思えない子供だった。


お小遣いをもらっていなかったし、そもそもお菓子を食べる機会がほとんどなかった。


絵本の中の、色とりどりの食べ物に目を奪われた。

なんておいしそうなものがあるんだろう。

食べたい、食べてみたい、でも、図書館の本は食べられない。


自分の本になったら、食べても、良いはず。


買ってもらった絵本は、ほぼほぼ、かじった。


クッキーのページに残る、幼いころの自分の歯型。

目玉焼きのページに残る、幼いころの自分の歯型。

ホットケーキのページに残る、幼いころの自分の歯型。


かじった時に、頭の中でおいしいイメージが、確かに、広がったのだ。

絵本の中の、物語の、食べ物の味が。


何度もかじると、ページが破れてしまう。

破れたページからは味が消えてしまうと信じていた。

かじるのは、買った日、初めてその絵本を読むときだけと、決めていた。

月に一度だけ、脳内で楽しむ、私だけのごちそう。


幼稚園に入って先生に叱られるまで、ずいぶんたくさんの絵本をかじった。


チョコレートのページは、かじっていない。

一度かじったら苦くて、それ以来本物のチョコレートさえも嫌いになってしまっていたのである。

印刷インクがにがかったのか、紙がにがかったのか、ただのイメージだったのか。


ずいぶん年を取った今でも、チョコレートがあまり好きではないのだから、脳内フレーバーの威力たるや。


この暑さでずいぶん食欲が失せてしまった私は、おいしそうな絵本を手に取り…かじる事前提で購入を試みた。


ずいぶん年を取ってしまったからだろうか、美味しそうに見える絵本が、見つからない。


あれほどかじったお気に入りの絵本でさえ、かじりたいと思えなくなっていた。


目が、肥えてしまったのだ。

体も、肥えてしまったのだ。


ひもじかったあの時代に、確かに私の脳内に広がった、極上の味わいは。

もう、どこにも、ないのだった。


食べたことのない食べ物に対する、憧れが無いからなのかも、知れない。

食べたことのない食べ物が、すぐに思い浮かばないくらい…いろんなものを食べてきたという事か。

食べたことがない食べ物で、食べたいと思わせる、魅力のあるものが、見つからない。


見つからないというならば。


創作するしか、ないでしょう?


まだ食べたことのない、魅力あふれる食べ物を自らの空想力で創造し、この世に知らしめる。


美味い食べ物とは何か。

魅力ある食べ物とは何か。

虜にする食べ物とは何か。


夏バテなどどこかに吹っ飛んでしまう、美味しい食べ物。

ご褒美に出されることを期待して猛勉強できてしまう、美味しい食べ物。

イライラした気分がさっとウキウキした気分に変わる、美味しい食べ物。

悲しい涙が感動の涙に変わる、美味しい食べ物。


夏休みの宿題など、とうの昔の記憶になり果てた私だが、今年は自由研究をしてみようじゃありませんか。


研究結果は、もちろん、この場所で発表させていただきますとも。


がぜんやる気の出て来た私は、棒アイスを口にくわえつつ…パソコンに向かう。

おいしそうなワードをがっちゃがっちゃと叩きこんでいるうちに、おなかが久しぶりに、ぐうと鳴った。


…空腹は最高の調味料ってね。


きっと、最高に美味そうな食べ物が生まれるにちがいない。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお、いいですね。 で、自分の好みにあって、美味しいと思える、ものを書くわけですねぇ。栗ご飯とかどうですか? あ、で、ふと思ったんですけど、美味しいものを書く企画とかやれば面白いんじゃないか…
[良い点] > 夏バテなどどこかに吹っ飛んでしまう、美味しい食べ物。  こういう表現ぜひとも参考にしたいです。 [気になる点] 妹はガジガジやってたらしいですね。大の便から出てきたとさ。 [一言]…
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