俺はきっと君に一生恋し続ける
2年半ぶりの新作です。
どうぞよろしくお願いします。
環さん、俺はあの子を幸せにしてやれてるでしょうか?
俺はいつかあなたに言われた自分を誇れる
人間になれてますか?
———————————
俺と環が初めて出会ったのは10年も前の話。
好きな人と出会えたことを奇跡なんて表したりするが、 彼女との出会いはそんな風に呼べるものでもなく、むしろ 最悪な出会いであったと言っても過言ではなかった。
......
俺はその日、満員電車の中で吊革を掴むこともなく手持ち 無沙汰にしていたところ、前にいた女性のお尻をモゾモゾと触っている男性を見かけてしまった。
電車でそんな光景を見かけることが今までなかった俺は 注意すべきか躊躇った。決して痴漢推奨派なんて馬鹿げたものではなく、純粋に犯罪行為に関わりたくなかったのが本音だった。
そんな本音を持ちながら、頭の中では止めたほうがいい、 いや、変に巻き込まれない方がいいと天使と悪魔が囁きを 止めない。
結局、突如目覚めた正義感に従う形となり、
目の前にいる人が犯罪にあってる人という事実を見逃すことなどできないと判断。
俺は犯罪に染めるその手を掴もうとした瞬間、あろうことか俺の存在に気付いて手を引っ込め、俺が出した手を被害者女性が掴むという 悪夢のファインプレーが飛び出し、
「この人、痴漢です!」
俺の手を取った彼女の手が満員電車に大きく挙げられ、 俺は軽蔑の視線の的となった。
「いや、俺はやってないです」
「大体、痴漢をする人はそうやっていうんです。本当最低」
「いや、だから本当に...」
「君まだ若いよね?一時の欲望で人生棒に振るようなことはしちゃダメだよ!」
俺は心の底から人生終わったと思った。
やっぱり関わるんじゃなかった。
もう、どう否定してもダメな気がして死ぬことさえ頭を よぎったその時、
「あの...ごめんなさい。実は僕なんです」
その声の主は、手を引っ込め俺に罪をなすりつけようとした痴漢犯だった。
「え、だって...え、じゃあこの手は?」
俺の手を掴んだ彼女は状況が飲み込めず軽い
パニックを起こしているようだった。
「僕を止めようと彼は僕の手を掴もうとしたんです。僕は あなたが気付いたことに気づいたから彼になすりつけようと手を引っ込めました」
「じゃあ、私のお尻を触ってたのは?」
「はい、僕です」
つまりまとめると、罪を擦りつけれたところまでは良かったが、止めに入った俺が若かったのと、彼自身が、若者の人生を棒に振るという 罪悪感に耐えられなかったらしい。そんな心を持ってるなら痴漢なんでしなければいいのにとも思ったが、犯罪者に助けられた手前、そんなことは言えなかったが、ひとまず俺の無実は 証明された。
「えーと、あのごめんなさい!」
その後、彼女からは平謝りの嵐だった。
「ほんとにごめん。助けようとしてくれてたのに犯人扱い するなんて...」
「いや、いいですよ。まあ、ほんとあの瞬間は終わったって思いましたけど」
「ほんとにごめんなさい。あの、もしよかったらだけど お詫びも兼ねて、ご飯とかどうかな?私、昼ごはん食べ損ねちゃって...」
グ~
俺たちはあの後、警察に行き、話を聞かれてたりで気づいたら12時を回っていた。
お詫びなんて申し訳ないからと断るつもりだったが、体の ほうは正直だったらしい。
行きますと言わんばかりの音を立て、こんな音を聞かれては、遠慮しますとは言えなかった。
「あ、自己紹介まだだったよね!私、古賀環って言います!」
改めて正面彼女を見ると、かなりの美人だった。シルエットはスラッとしているというよりは 痩せてるような印象 だったが、綺麗に手入されているだろう髪はは艶やかな栗色をしているし、何より綺麗な二重でぱっちりした目が印象的だった。
「藤原岳です」
「岳くんか!よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
自己紹介は済ましながら歩いていると、駅から近かったの だろう。お目当てのカフェはすぐ
目の前に来ていたようだった。
「ここのカフェ行きたかったんだー!中々忙しくて行けな かったけど」
「なんかすみません、そんな行きたかったとこなのに俺なんかで」
「いいの、いいの!キッカケないと行く機会なかっただろうし!それより授業とか大丈夫?」
「それなら大丈夫です。ていうか僕、実は社会人なんですよね」
「え、まって、岳くん何歳なの?」
「21です。高校卒業してそのまま働き出したので社会人歴は4年目になりますけど」
俺は自分が高卒だというのが正直、嫌いだった。
俺の働く会社は学歴社会で、なにがあれば高卒だからだ。
仕事の成果を上げても、今度は高卒のくせにと皆口々に高卒を馬鹿にするような口ぶりだったからだ。
だからだろうか、意識したつもりはなかったが、多分 ぶっきらぼうな言い方になったのだろう。環さんは一瞬、 きょとんとした後、すぐさま笑顔でこういった。
「そっか、岳くんは高校出てすぐ働いたんだ!
偉いね!」
「え、偉いですか?」
俺は思わず聞き返す。
「偉いよ!親の奨学金とかに頼らず18で社会に出てなんて 凄いと思うよ?私18の頃なんてガキンチョで社会に出て 働こうなんて思えなかったもん。大学は何人友達作ろう かなーなんて思ってた」
「いや、それはそれでどうかと思いますよ」
「あ、ひどーい。でもね、ほんとそんなに自分のことを卑下しなくても大丈夫だよ。岳くんは立派だよ?自信持ちなよ」
「...そんな風に言ってくれたのは環さんが...
初めてです」
いつ環さんのことを好きになったのかと聞かれるならきっとこの時、この瞬間には僕はもう恋に落ちていたのだろう。
結局その後はひたすら俺の愚痴、というかお姉さんへのお悩み相談という感じで時間は過ぎていった。今考えればこの頃の自分の話ばっかりで環さんの話を聞くということはなかったなぁと我ながらに反省する。
「きっとさ、これからも辛いことはあると思うけどさ、 せっかくこうして出会えたんだし、
いつでも、いや、いつでもは無理か!でも、
またこうして話聞いたりするからお互い頑張ろうよ!」
「はい、本当ありがとうございます。 ほんと、痴漢と間違えられた人とこんなに打ち解けられる なんて思わなかったですよ」
これは俺なりの照れ隠しだった。
「あー、それ持ち出したら私何も言えないじゃん。これ私のRINEだからまたご飯行こうね」
「はい、またよろしくお願いします」
こうして彼女、古賀環と俺は出会った。
ここから2人の距離は瞬く間に縮まっていくこととなる。
社会に染まりきり、高卒ということを理由に否定、侮辱に 慣れてしまった俺にあの日、俺に暖かみをくれたこの人に 惚れていくのは時間の問題だったように思う。
月に1回、定例ランチなんて名前をつけてご飯に行っていたのが、気づけば2週間に1回、1週間に1回と会う頻度は増えていった。
会うたびに俺たちはお互いたわいの無い話から俺の高校時代の思い出話から、環さんの高校時代の話まで色々な話をしていった。
そんな生活が続くこと半年。その間俺の中ではどんどん 環さんの存在は大きくなり、好きという気持ちを自覚する までにはなっていたが、今の関係を壊して次のステップに 進む勇気を持つことができず、ずるずると恋心を隠したまま過ごしていた。
「よし、今日こそは言おう」
そんな覚悟を持って、少し背伸びをした高級料理屋を予約し、彼女をご飯へ誘った。
今までランチタイムを過ごすことはあっても ディナーに 行くことは一度もなかった俺たち、この日初めて俺は彼女にディナーのお誘いをすることになったのだが、断られて しまった。
「ごめんね、夜はどうしてもダメなの」
夜はダメという言葉が引っ掛かった俺だったが、どうしても諦めることが出来ず、どうしてもダメですか? と頼み込んだ。
自分勝手なのはわかっていたが、人生初の告白をすると決めた覚悟は固く、自分でも後戻りができなかったのだ。
「環さん、俺どうしても今日会いたいんです。無茶言ってるのは承知です。でも今日じゃなきゃダメなんです」
「わかった...そうだよね。フェアじゃないよね。じゃあ 今から送る住所にきて。そこでなら会えるから」
会社終わり、俺は送られた住所に急いで向かった。
「305号室、あ、ここか」
環さんから送られたきた住所はどうやら
アパートのようだった。
彼女の真意はわからなかったが、
あっ、家にお呼ばれしちゃったなんて淡い気持ちが脳裏を 霞む。
ピンポーン
「はーい」
環さんの声にしては幼すぎる声がドア越しに響く。
部屋を間違えたかと確認するが、そこは環さんが送ってきた住所、部屋番号で間違いなかった。
ドアを開けると小学校低学年くらいの少女とその子を抱っこした環さんが立っていた。
「...驚いたかな?」
俺はあまりの衝撃に腰を抜かしそうになる。
環さんによく似た、その少女は初めて見る俺に少し動揺を 隠せずにいたが、この子は...
多分、いや絶対環さんの子どもだ...
「あのー、えーと、とりあえずどうしましょ」
「...そうだよね、びっくりだよね。うーんと とりあえず 柚葉、自己紹介できる?」
「古賀柚葉です。小学1年生です」
「藤原岳です...社会人4年生です」
気づけば俺も同じように自己紹介していた。
「柚葉は私の娘なの」
「環さん、結婚されてたんですか?」
「ううん、結婚はしてないの。この子は私1人で育ててる」
彼女と会う時、俺はいつも自分のことばかり話していた。 環さんが聞き上手ということもあったのだろう。でも彼女のことを俺は何も知らなかった。彼女は今まで話してこなかったということを一つ一つ教えてくれた。
柚葉ちゃんは彼女が大学に通っていた頃、当時付き合って いた彼氏とできた子どもであること、彼にそのことを告げると彼は一方的に別れをきりだし、彼女の側からいなくなってしまったこと。親からは反対されたが、大学を中退し、今の今まで柚葉ちゃんを育ててきたこと。親は 最低限の経済的援助、つまりは毎月一定のお金を振り込んでくれるらしいが、実質音信不通になっていること、柚葉ちゃんが学校に 行ってる間である昼は会うことができても、夜に会うことができなかった理由がこれであったこと。
「私さ、偉そうに高卒で働くなんて凄いって言ってたけど私夫もいないシングルマザーなの」
「私の勘違いだったらごめんね。きっと今日私に言いたい ことがあってきたんじゃない?」
「はい......」
「でも今、岳君は今まで知らなかった事実を知った」
「......」
「それでも私に伝えることはある?」
「僕は...環さんが好きです」
「うん、ありがとう。でもね、私は岳くんに普通の恋愛を して欲しいの。普通の人を好きになって、普通の人と結婚 して、好きな人との子供を育てて欲しいの」
「私ね、正直、岳くんに惹かれてたの。でもこの気持ちは胸にしまっておくつもりだった。いつかは言おうって思ってたけど言えなくて...こんな私ダメだね。私はもう誰かに好きになってもらうような資格なんてないの」
「資格ってなんですか?じゃあ普通ってなんですか?
俺にとっては...環さんが特別なんです。一緒にいたい相手 なんです。環さんを好きになっちゃおかしいですか?」
「そんな風に言ってくれてありがとう。でもね、私はこの子を責任持って育てる。きっとみんなが憧れるデートだって できないし、岳くんが想像してるようなことはでき...」
「憧れるデートってなんですか?俺にとっては環さんと 会えるならそれが最高のデート、すべての時間が宝物 なんです。それに変えられることなんてありません」
「環さんはさっき、自虐的にシングルマザーって言いましたけど俺は凄いと思います。尊敬してます。それを聞いて 環さんを好きになって良かったと思いました。
環さん...あなたのそばにいたいと思いました。
俺が環さんを、そして柚葉ちゃんも大切にしていきます。
俺じゃ...ダメですか?」
俺の言葉に彼女は泣き崩れる。
「私ね、ずっとダメな人間だと思ってた。本当の自分が ダメな分、周りには明るく振る舞って...でもいつかはち切れるんじゃないかって...
でもこんな私でも幸せ願ってもいいのかな?
岳くんの私だけじゃなくて、柚葉も大切にって言葉、とても嬉しかった。嫌いになったら離れてくれていいからね。 答えはダメなんかじゃないです。私も岳くんの事が好きです。私と付き合ってもらえますか?」
俺は思わず彼女に抱きつき、
「絶対一生離しませんから」
今まで自己紹介依頼黙ってた柚葉ちゃんが大人の空気を 察してか急に、
「ねえねえ、ママのこと泣かしちゃいけないんだよー? ママぁこの人悪い人?」
どうやら俺は悪い人と怪しまれているらしい。
「ううん、いい人よ。私にとっては...そうね
ヒーローみたいな人よ」
「お兄さん、ヒーローなんだー!じゃあ変身してよー」
「環さん...俺変身なんてできないですよ」
「今日はお兄さん、変身ベルトがないから出来ないって。 柚葉、残念ね」
「えーだっさーい」
どうも最後まで締まらないのが俺ららしい。
こうして俺は衝撃の事実を知りつつも無事、環さんと付き合うことになった。
そこからの日々は本当に幸せだった。
俺は自分のことを認めてくれる彼女が出来たことが モチベーションとなり、色々言われるのは辛かったが、 また休日になれば環さんと柚葉ちゃんに会えると思えば 何だって頑張れた。
2人で過ごすデートは、相変わらず昼のランチデートが ほとんどだったけど、休日の日は柚葉ちゃんと3人で出かけることも増えていき、水族館、遊園地と言った大型レジャー施設にも足を運ぶようになった。
柚葉ちゃんは今まであまりそういうところに行けてなかったこともあり、俺と遊ぶ時=初めての体験ということで初めは本当にヒーローだと思ってたみたいで、割とすんなりと懐いてくれたと思う。
「ねえ、岳くん。私こんな幸せでいいのかな?」
「いいに決まってますよ」
「ゆずはもしあわせー」
3人でこうして笑い合える日がいつまでも続けばいいと、 そう願ってた...
幸せな時間はあっという間に過ぎていった。
環さんと付き合い始めて1年が経とうとしていたある日、俺は環さんと出会ってからの1年で仕事が順調に行き出したこともあり結婚という2文字を考えるようになっていた。
環さんから結婚というワードを持ち出すことはこの1年 なかった。彼女は口に出しこそしなかったが、子持ちである自分ではなく、他の人とという気持ちがまだどこかであったのかもしれない。
「ねえ、ヒーローさんはママと結婚するの?」
小学2年生に進級した柚葉ちゃんは初対面の時に、環さんがヒーローみたいな人と言ったのが原因で、俺のことをヒーローという小っ恥ずかしい名前で呼ぶようになっていた。
「そうだね。柚葉ちゃんはお兄さんがパパになるのには反対かな?」
「ゆずはね、むずかしいことはわからないけど、ママは ヒーロさんと会うようになってからわらってることがふえたよ?」
「ママがわらってるのゆずはすき!ヒーローさんといっしょにあそぶのもすき!だからね!
ままのこと大切にしてね」
屈託のない笑顔で告げる少女の言葉に俺は思わず彼女を抱きしめる。
「ありがとう柚葉ちゃん。絶対柚葉ちゃんもママのことも俺が幸せにするからね!」
「おねがいします!」
柚葉ちゃんからのお墨付き?をもらった俺はプロポーズを決意し、翌日環さんを少し豪華なランチへと誘った。 学生時代の友人のツテもあり、1時間だけ貸し切りにして もらうことができた。
「ねえ、ここって結構いいお店じゃなかった?大丈夫?」
「まさか環さんに懐事情を心配されちゃうとは...
大丈夫ですよ!まあ、でも今日は少し奮発しちゃいました」
「でも急にどうしたの?こんなにいいお店じゃなくても、 私はいつも通りのところでもよかったよ?」
何か普段と違う空気を察してか、少し苦笑いな環さん。
「環さん、あの!」
「ちょっと待って!はーふー。よし!OK! どんとこい!」
環さん、何か変なテンションになってるような気がするが、まあいいや。
「環さん、俺は...なんかこういう時って...頭真っ白になり ますね」
俺は一息、ふーと深呼吸し、
「一生大切にします。俺と結婚してください」
給料3ヶ月分...とまではいかないが、俺は今日の日のために用意した指輪を差し出す。
「本当に...本当に私でいいの?」
「このやり取り、付き合う時もしましたね。
はい、俺は環さんがいいんです。環さんじゃないとダメなんです」
「ありがとう...そうだね!私からの答えはひとつだよ? 不束者ですが、こちらこそよろしくお願いします」
「婚約おめでとうございます。こちらお祝いのケーキです」
「え、俺こんなの頼んでないような...?」
すると店員さんは口元にシーと指を当て、
「これは私たちからのお祝いなのでサービスですよ」
と小声で教えてくれた。
「ねえねえ、これいっぱいフルーツ乗ってるよ!ねえ、 岳くん!どこから食べる?」
「環さんは苺が好きなんですから、苺からでいいんじゃないですか?」
「好きなものだからこそいつ食べるか悩むんだよー。最初に食べるか後から食べるか。んー」
「俺なら最初です。欲しいものがいつまでも残ってるかわからないじゃないですかー」
「あれー?もしかして意外と岳くん肉食タイプー?」
「ぶっ、ごほっ。さ、さあどうでしょうー?ど、どうせならこの後試してみます?」
「岳くんのエッチ...」
「じょ、冗談ですよ」
「でも、私たち婚約したわけだからね...
私はいつでもいいよ?」
.....
この後、俺と環さんは初めて体を合わせた。
そして、これが...最初で最後になるとは初めて彼女と 繋がれた喜ぶを感じていた俺にとって知る由もなかったことである。
「ヒーローさんとママはけっこんするのー?」
「そうだよー!柚葉のパパになるんだからちゃんとパパって呼んであげるのよ~」
「わかったー!パパヒーローさんだね」
「柚葉ちゃんもこれからもっともっとよろしくね?」
「ふつつかものですがよろしくおねがいします」
「柚葉ちゃん、そんな言葉どこで覚えたの?」
「ママがずーっと繰り返しながらニヤニヤしてたから おぼえっちゃったのー」
「ちょ、ちょっと柚葉ー!」
「へえ、そうなんですねー!」
「そこ!ニヤニヤしないの!」
「「はーい」」
本当に幸せだった。
「岳くん、変わったね。」
「え、変わりました?」
一瞬ダメな意味なのかと思ったが、優しいそうな瞳で 見つめる彼女の表情を見るとそれが悪い意味ではないと俺は感じた。
「前に比べるとね。なんだか少し自信がついたっていうのかな?生き生きしてるよ」
「そうですね、自信がついたかはわからないですけど目標はできましたよ。その目標の為ならなんでも頑張れそうな気がします!」
「うん!いいこといいこと!岳くんはもっともっと自信持っていいんだからね!何たって私と柚葉が選んだ男なんだから!」
「だったら、今はまだまだでも俺は環さんの夫で柚葉ちゃんのお父さんだって誇れるようにならないとダメですね!」
「そうだぞー!頑張れ新米パパ」
「ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします」
「まっかせなさーい!」
俺たちは年甲斐にもなく、指切りげんまんをし、仲良く笑い合った。
......ここから先はあまり思い出したくない。
悲劇が起きたのはそこから3日後の話だった。
俺と環さんはプロポーズが成功し、結婚をすると決まって からも初心を忘れずと言って、ランチを食べる日課を楽しんでいた。その日も変わらない日常を過ごすはずだった。
横断歩道を挟んで、その先に俺を見かけた彼女は笑顔で手を振る。それに照れ臭くなりながらも振り返す俺。信号が青になり、彼女がこちらに駆け寄ろうとした瞬間。
キキー!!ドン!ガシャーン!
信号無視をした車が横断歩道を渡る数人を巻き込み、近くの車にクラッシュした。
きっと一瞬のことだったのだろうが、俺には時が止まった ような...すべてがスローモーションになったように思えた。
周囲の騒音でハッとする。
「た、環さん!」
俺は早足で駆け寄る。
「環さん!しっかりしてください。い、今救急車呼びますから!」
地面に打ちつけられたせいだろう......
出血が酷い。
「ごめんね、岳くん。まだまだ......まだまだ いっぱいしたいことあったのにね......」
か細い、発された声はすぐにでも消えてしまいそうな、 そんな声で彼女は言う。
「そ、そんなこと言わないでください。一緒にいっぱい思い出作るっていったじゃないですか!俺には、俺には環さんが必要なんです」
「ううん、うっ......大丈夫だよ......岳くんなら 大丈夫......」
「柚葉ちゃんのお母さんはこんなことじゃ死にませんよ。 だから!」
「ねえ、岳くん。ごめんね...柚葉を...お願いね...
岳くん...私と出会ってくれて...ありがとぅ......」
彼女はそう言って、目を閉じた。
「環さん?環さん?やだよ。ねえ、返事してくださいよ! ねえ!」
......
彼女がその目を......
再び開けることはなかった。
後から聞いた話だが、運転手は居眠り運転をしていて、ふと気づいた時には赤信号、急いでブレーキを踏んだが、 間に合わず。そのまま環さん含む歩行者5人を轢き、車に ぶつかった衝撃で気を失っていたらしい。環さんの命を 奪った運転手だが、彼はエアバッグに守られ、首を打ち付けたもの、命の別状はなし。
俺は運転手を恨んだ。おまえが死ねばいいとさえ思った。
なんでお前は生きてるんだ。お前が轢いた、お前が轢き殺した彼女はもう戻ってこないんだぞと憎悪の気持ちは増していくばっかりだった。
「ねえ、ヒーローさん。なんでママはしんだの?ヒーロー わるい人からママを守ってくれるんじゃなかったの?」
環さんの死を知り、足元で泣きじゃくる少女に俺は何も話しかけることはできなかった。
お葬式が終わった後、前から老夫婦がやってくる。
女性の方には彼女の面影が感じられ、すぐに環さんの両親であると分かった。
「藤原くん。君が柚葉を無理して引き取らなくてもいいん だよ?」
「私たちは老夫婦だが、環の代わりに柚葉を育てていくことはできなくはない」
「それにね、君はまだ若いんだ。環と婚約をしていたのは 人づてながら聞いているよ。でも 彼女はもういないんだ。私が冷静なことに君は憤りを感じるかもしれないが、私は まだ実感が湧かないんだ。自分の娘ながらもう長いこと話もしていない」
「俺は...環さんに柚葉ちゃんを頼むと言われました。でも これは押し付けられたものじゃないんです。何にも自信が 持てなかった俺に彼女は希望を託してくれんたんです。柚葉ちゃんは俺が責任を持って育てます」
しばらくお義父さんは黙り込んだ後、
「環は...環は、ようやく君みたいないい人に巡り会えたんだな。それなのに......娘は、環は大学を中退してまで柚葉を生むと言った彼女を私は心から応援できなかった。どこの誰かも私たちに名乗らない男との子など1人で育てていくのは無理だと判断した。案の定、環はどんどん痩せていった。 でもどこか親としてその判断が間違ったような気がして毎月お金を送ったりしたものさ」
「きっと...君となら環といい家庭を築くことができたん じゃないかな。なのに...そうだ、ようやくお前の人生 これからだったんじゃないか!なのに親より早く...」
張り詰めた糸が切れたようにお義父さんはその場に 泣き崩れた。
その様子を見て、枯れたはずの涙が止めどなく溢れてくる。そしてお義父さんと御母さんの泣き崩れる様子を見ると、 環さんがもう2度と戻ってくることはないんだと、これは たちの悪い悪夢なんかじゃなく現実なんだと 思い知らされた。
「環の親として君に頼む。柚葉のことをよろしく頼む。 出来る限りの手助けはする。」
「俺が柚葉ちゃんを育てます」
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いつのまにか寝ていたらしい。
夢でも...見ていたのだろうか。環さんとの思い出が走馬灯のように蘇っていた。
わからないよ、環さん。
俺がどんな人間になれてるかなんて...君はもういないんだ。
写真の君に話しかけても、もちろん君は俺の問いに答えて くれることはない。
もう君がいなくなってから10年だ。10年間、君のこと 思わなかった日など1日もない。
もうすぐ夜が明ける。
柚葉は高校3年生になった。
今年は受験生だー、進路どうしようかなーなんてぼやいてる。親として、親身になってやれたらと思うけど、高卒の俺には難しいこともある。進学なんて専門外だ。そんな時、 君なら彼女になんて声をかけるだろうなんて考えたりも する。
もちろん答えなどわからないけど
君ならきっと、
「柚葉のやりたいようにやればいいんだよ!」
なんて明るく言うんじゃないかな?
だから俺もどんな道を選ぼうと応援するつもりだ。
「ねえ、がーくさん。早く起きて〜!」
「なあ、柚葉。お前もう高3なんだから毎回俺のこと馬乗りになって上で暴れて起こすのはやめてくれないかー?」
「へへー。ドキドキするー?ねえねえ!ほらほらードキドキしてる〜?」
「女の子なんだからはしたないことはやめなさい」
「ちぇー、つまんないのー」
「ご飯できたから早く一緒に食べよ」
「はいはーい」
それと明るい話題をもう一つ。柚葉はちゃんと成長して くれているよ。年を重ねるごとに君に似てきて、ふとした 仕草や表情は君を連想させ、ドキッとしてしまう時すら ある。
ただ、男親だけで育てたせいかもう少し女の子らしい 振る舞いを教えてあげたほうがよかったかもという後悔も あるよ。娘とはいえ、毎日馬乗りになって起こしに来るのも卒業までにはやめさせないとな。
「ねえねえ、今度友達とランジェリーショップに行くんだ けど...」
「わかったわかった。お小遣い渡すから気にせず友達と 遊んでこい」
「あ、お金が欲しいわけじゃないよ?自分でバイトだって やってもいいんだし!それよりー岳さん、私のサイズとか 気になったりする〜?最近またちょっときつくなったんだよねぇ」
その胸をムギュってする動きやめなさい。
「ゴホッ、、こら柚葉!そういうことは女の子が言うんじゃありません」
「ママも私を産む前は大きかったって言うし まだまだ成長するのかなぁー?」
「ねえねえどう思う〜?」
反抗期がないのが良しとするべきなのか、いかんせん距離が近い気もするがいつも仲のいい姿は環さんもきっと喜んでるはずだ。
「さっさとご飯食べて学校行きなさい。それとバイトは しなくても大丈夫だからな!今日早く出るんだったろ?」
「あ、そうだったー!」
早くいってよーなんて軽口をたたきながら、そう言って柚葉はご飯をちゃっちゃっと食べると、
「ねえねえ、岳さん」
「今度はなんだ?」
「さっきの問いだけどね、私はずっと感謝してるし、尊敬 してるからね!」
「それと...いつまでも私のヒーローでいてね!」
「いってきまーす」
それだけ言って、柚葉は玄関を飛び出していった。
「ほんと...ありがとな柚葉」
君がいなくなって10年。柚葉の親になってから
10年。君にまた会えるのはきっとまだまだ先だけど君に捧げれなかった残りの人生は柚葉の為に使うよ。
だから、
「環さん...これからも見守っててくださいね」
最後までお読みいただきありがとうございました。
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