一角イノシシ -02
今回と次回は狩りのシーンとして流血描写があります
苦手な方はすっ飛ばしてください
私としては今回は少しですが、駄目な人はおそらくダメだと思われます
「どれ後でうちの小僧にひとっ走りカツレツって伝えに走らせるか」
「俺は串揚げだな」
「選択肢を増やすなよこの馬鹿ウィリー!」
げらげら笑いながら、ウィリーは貸馬屋の親父に妖精馬の前金を払った。残りは、戻ってきてからだ。
「ま、何はともあれ、二人とも無茶だけはすんなよ。無理も無謀も無茶も業者のお家芸だけどな、無事に帰ってくるんだぞ」
「ありがとう。行ってきます」
「まあ帰ってくるだけなら、妖精馬もいるし無事だろうけどな」
帰るだけなら、これと言って手綱を持たなくとも彼らはこの店まで戻ってくる。それは何かあったときの救済措置ともなる。
無論状況にもよるだろうが、帰ってきた妖精馬が誰も乗せていなかった場合、貸馬屋はその事実を街に伝える義務がある。
それにウィリーは手慣れているから、手を出してはいけない一角イノシシは見ればわかることだし。
だから親父の言う無事には、ちゃんと良い獲物を取ってこい、というのが多分に含まれている。
妖精馬につけたそりに乗って、ウィリーとジャンは草原を駆け抜ける。街に近い辺りでは手慣れた業者とまだ手慣れない業者が入り乱れて草スライムを狩っていた。おそらくあの中に、カルロスもいるのだろう。
草スライムと業者の群れは、街から離れるにしたがって、草スライムがゆっくりと好物の香草をしゃぶっているだけの空間になる。あっちに一匹、こっちに一匹、そっちには珍しく二匹。そんな具合だ。
妖精馬の足ならものの数分で、草スライムしかいない辺りも抜けてしまう。
空には、そろそろ飛ウサギが飛び跳ねだした。
「さてジャン、ウサギ狩りの時間だ」
「ウサギ狩りっていうか、ウサギ取りだよね。むしろウサギすくい?」
妖精馬の引くそりには、ウィリーの扱う大きな斧と、それからジャンが持つ大きな盾が転がしてあった。この盾はジャンの私物ではない。一角イノシシ狩りを専門にしているウィリーのものだ。扱いも、ウィリーに教わった。
飛びウサギを捕るのにはコツがいるが、それほど難しくはない。飛ウサギが入るほどの網で掬うだけだ。
飛ウサギを掬う網も、妖精馬のそりに積んである。これも、ウィリーのものだ。
「二、三羽捕れたら、うちにも回してくれ。ブーケが好きでなあ」
「いつもお世話になってるし、もちろんだよ」
ウィリーは妖精馬を御す必要があるため、手綱を握ったままそりの御者台から離れられない。そのため、網を操るのはジャン一人の仕事になる。
グローブをはめた手で棹部分の長い網を持ち、数回振るう。網の重さで棹はしなるが、操れないほどではない。
ジャンは疾駆するそりの上で膝立ちになり、そこそこ近くにいる飛ウサギをじっと見つめた。
飛ウサギは地面を蹴って空に飛び上がり、もう一度空を蹴って飛ぶ。彼らがなんのために飛ぶのかをジャンは知らない。楽しいからか、移動手段なのか、空中にいる虫でも食べているのか。
飛ウサギの耳と、目と足の角度から進行方向を推察し、網を振るった。飛ウサギはまるで自分からジャンの振るう網に飛び込んだかのようにあっさりとキャッチされた。棹はたわんで、ジャンの腕に力が加わる。
初めて飛ウサギを捕ったときは、驚いて手を離してしまった。けれどもう慣れた重さではあるし、慣れた作業だ。
ジャンは棹を持つ手を緩めて滑らせる。網の口を片手で押さえて飛ウサギが外へ逃げられないようにし、腰に吊るしたナイフで喉を切った。まずは、一羽。
網から取り出したら足をくくって、そりに頭を下にして吊るす。血がそりの中に溜まっては困るから、傷をつけた喉から先だけを外に出す形だ。
飛ウサギの血の臭いにひかれて、一角イノシシはそのうち寄ってくるだろう。飛ウサギを捕るのは、それまでの勝負でもある。
ジャンは同じ手順でもう一羽、ひょいと網を揺らして掬い捕った。妖精馬が地面を蹴る度に揺れる、そりの上で。
「ジャンはスライム狩りよりも、ウサギ捕りの方が向いてるよなぁ」
「俺もそう思います。むしろ父ちゃんやウィリーさんが飛ウサギが上手く捕れないって言うの、俺わからないですもん」
ウィリーとナマンは、決して飛ウサギの動きが読めないわけではない。ジャンに飛ウサギの捕り方を教えてくれたのは、この二人なのだから。
「まあ、思うように網を振るえて掬えや、世話ねえんだけどなぁ」
「だよなぁ。思うように振るえても、あいつら直前で軌道変えやがるからなぁ」
飛ウサギは空を蹴って飛ぶ。だから、網には入る直前に方向転換をすることなんて、日常茶飯事だ。
教えて貰ったときにふんふんと二人のその言い分を聞いて、実演を見て。ジャンはそれなりに覚悟を持って網を振るったが。
編みも棹も、ジャンにとっては操るのは容易かったし、飛ウサギが直前に軌道を変えても追うことができた。
それを才能と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
ジャンは三度ひょいと網を振るい、サンバの飛ウサギを捕って絞めてそりに吊るした。これだけあれば、十分だろう。
「お、きなすった」
その証拠に、遠くから地響きが聞こえる。一角イノシシだろう。
ウィリーは妖精馬の手綱を一度強めに引いて、スピードを落とした。元々それほど出ていなかったが、一角イノシシを迎え撃つ場所を決めなくてはいけない。
ここは森の中ではなくて草原で、どこまでも広い。一角イノシシがもう少し近づけば、飛ウサギも草スライムもどこかへと行ってしまうから気にしなくていい。
完全に止まった妖精馬を、正確にはそのそりにくくりつけられた飛ウサギめがけて一角イノシシはやって来るはずだ。ウィリーはジャンほどの大きさのある斧を、ジャンはそのからだがすっぽり隠れてしまうほどに大きな盾を持って妖精馬のそりから降りた。
ナイフも怪我をしたら危ないので、そりへと残す。
二人が一角イノシシを迎え撃つ場所として選んだのは、川の近くだった。捌くときに、楽な場所である。
「じゃ、いつも通り頼むぜ」
「うん、怪我する前にいつも通り仕留めてくださいね」
二人は気負わずに離れる。近くにいては、仕事がしにくいからだ。
ジャンは妖精馬のそりの前、一角イノシシが来るだろう方向に盾を構えて待つ。
ウィリーはそれを横から見える位置へと離れて立った。
待つこと、しばし。
地響きはどんどん大きくなり、妖精馬は迷惑そうに眉をしかめた。草スライムも飛ウサギもどこかへと姿を消していた。
次回更新は1月24日(金)12時になります