草スライム -07
「……サイコロ状に切った一角イノシシの肉の、素揚げ。塩を振って食べると、それだけで旨い」
常連のおっちゃんたちが口々に、食べたい一角イノシシのメニューを語るのを聞いて、今日はじめてスライム屋に来たカルロスも参戦した。それは、この辺りでは食べられていないメニューだ。
「いいなあそれ!」
「ガキ共の夕飯にもなるし、つまみにもなりそうだな」
「草スライムの塩、あれでもよくねぇか?」
新しい料理の提案に、結局それはそれで盛り上がりを見せる常連一行を、ブランシュもマリーもジャンもただ見ていた。ほんの少しだけ、笑いながら。
一角イノシシを獲るのは簡単ではないが、それはあくまでも一人では、という冠詞がつく。
一角イノシシ肉屋のウィリーは必ず一人では行わない。一角イノシシをシェアするだけで手を貸してくれるジャンやナマンがお気に入りだ。他の業者に頼むと、当然それだけ手数料なりなんなりがかかるもんだから。
「おうジャン、盛況だな。
二人前、持ち帰りで。器持ってきたから、その分皮追加してくれ」
近所のあんちゃんが嫁さんと食う分を買いに来たり、客は増えたり減ったりを繰り返す。一角イノシシのメニューに思いを馳せていたおっちゃんたちも、なんのかんのと言いつつみんな、午後の仕事へと戻っていった。
ただ一人、カルロスを除いて。
食事代は前払いだから、金がないということはない。
現在のスライム屋に男手はない。ジャンは男手に分類されるはずなのだが、まだ幼く見えるからか、力仕事はそれなりにこなせるようになってきたが、どうにもカウントされないことが多い。
「お願いがあります」
ランチはすべてはけ、店内に人影はカルロス以外にない。
彼の口調は真摯だが、切羽詰まっている様子ではない。ジャンとブランシュ、マリーの三人は顔を見合わせたが、ブランシュがひとつ頷いたのを見てまずはジャンが動いた。
「といあえず、閉店させちゃうね」
話を聞くにも、このままだと他の客が来るかもしれない。まあ、閉めていたとしても、入ってくる奴は入ってくるのだけれど。
「マリー、お茶を淹れてあげて」
「はぁい。ミルクとお砂糖は?」
「砂糖ひとつだけで」
割りとちゃっかりしているが、業者にはそういうものが多い。
カルロスが業者なのは、彼の荷物を見ればわかることだ。だから、彼の話、にも大体の検討はついていた。
マリーはブランシュに料理を仕込まれていて、お茶を淹れるのが上手い。特に出がらしを美味しく淹れる方法の研究に凝っていて、近所のおかみさん連中から絶賛を受けるほどだ。
そんなお茶を四人分淹れて、マリーはカルロスの座る大テーブルに運ぶ。
それにあわせて、ブランシュとジャンも着席した。
「お話とは、どんなことですか」
やんわりと、ブランシュが口火を切った。
「不躾ですみません。俺は、カルロスといいます。
今遠征に出ているという業者の方が帰ってくるまで、俺をここで雇っていただけませんか」
想定内である。
これまでにも、ナマンが居ない時はそういう申し出は多かった。
「ごめんなさいね。ありがたいけれど、そこまでのお金がないのよ」
「じゃあ、獲ってきた草スライムを一匹でも二匹でも構わないので、買い取っていただけませんか。めちゃくちゃ旨かったです。他の料理も、たらふく食いたいです」
だが理由はちょっと、想定外だった。自分が色々と食べたいという理由で売り込んできたのは、ナマン以外でははじめてだ。
「メニューが少ない理由が、草スライムの数が足りていないのであれば、俺に補わせてください。
草スライムと戦うのははじめてですが、俺の生まれ故郷にもスライムはいました。だから多分、獲り方は変わらないと思うんです。……槍で核をつく、であってる?」
最後は、ジャンに向けた問いかけだった。
「俺は剣で殴って粉にしてるけど、巧い人なんかはそうしてる。そうすると、その姿のまま焼いて食えるんで」
「草スライムはそういう食べ方もできるのか!
俺の獲ってきた草スライムで、料理を作ってくれませんか。食ってみたいです。最初は、今みたいに頼もうと思ってたんです。でも、今メニューの数が減ってるというのに、どう見ても近所の常連さんで一杯だ。
その人たちだってきっと、他のも食いたいと思うんです」
常連客は、これまでも食べているし、ナマンが戻ってくるのを待てばこれからも食べられる。次にナマンが遠征にいく頃には、ジャンはもっと獲れるようになっているかもしれない。
カルロスだって、それはわかっている。なんなら、この街に居着いて、自分も常連になればいいということもわかっている。
「俺は旅暮らしを好んでいます。だから、専門業者にしてくれと頼むつもりはありません。
フォーコニエで次の路銀を貯めるまでの間に、上手いものが食いたいんです」
「それなら、香草亭がいいんじゃないかな。この街では一番羽振りのいい店で、買取り価格も高いって聞くよ」
「そういう店は、俺みたいな流れ者とは契約しないよ。いつ来なくなるかわかったもんじゃないからね。
まずは、その街に長くあって、地元の常連客がついてるあんまり大きくない店に売って、最低食いっぱぐれにならない程度に飯が食えるようにして、信頼を得てから大きい店に買ってもらうんだ」
カルロスがひとつの街に逗留するのは、半年ほど。よほど美味いものにありついたって、それ以上の逗留はできなかった。
誰かに追われているというわけではない。それくらい経つと、次はどんなところにいこうかと、旅の虫が騒ぐのだ。
草スライム編、これにておしまい。
次は一角イノシシのお話になります。
おわりとはいっても、草スライムはこの街の主食なので、次回も普通に食べますけど。
一角イノシシの次は多分これ、草スライムの姿焼きの話になりそうだな。
沼スライムが食べられるのはいつだ。