草スライム -06
「はい、ルイさんが一人前。銅貨五枚ね」
ブランシュが作ってマリーがセッティングしたお盆を持って、ジャンがテーブルの間を歩く。トレイを置いたら銅貨を受け取って、数えてエプロンのポケットに入れる。
「セルベットさんとブリュノさんが銅貨一枚分皮追加で」
「お、待ってました待ってました」
「いつもうまいもんありがとうね、ほい、二人分で十二枚」
厨房ではマリーがジャンに向けられた注文を聞いて、どんぶりに草スライムの皮とオオ鳥の肉団子を入れる。それを受け取ったブランシュが、作ったスープを注げば出来上がりだ。どのトレイがどの注文だったかをマリーが管理して、ジャンへ渡し、ジャンが再度口頭でお客に確認してからトレイを渡し、料金を受けとる。
スライム屋には、すべてを管理できる手慣れたウェイトレスがおらず、まだ子供であるジャンとマリーが行っているのだから、仕方ない。
ドアが開き、見たこと無い顔の青年が店内を見渡した。
「いらっしゃい。この街ははじめてですか?」
一通りの料理を渡し終わったジャンは、青年のところへと向かった。
「ええ、はい。そうです」
スライム屋に来るのは常連ばかりで、新規の客なんて滅多に来ない。常連客に連れて来られた客でもないから、街自体が初めてなのかもしれない。
「本日のランチは、外の黒板にも書きましたけど、草スライムの皮入りスープです」
「他のメニューはないんですか?」
至極もっともな問いに、聞き耳を立てていた店内の常連客からの苦笑の声が漏れる。いや、聞き耳を立てていなくても聞こえるけれど。
「すみません。今生憎父ちゃん……専属業者が沼スライム取りに遠征に行ってて。代わりの業者がまだまだ未熟な俺だけなので、複数メニューに対応できないんですよ」
「あ、こちらこそすみません」
「や、常連のおっちゃんたちは知ってるから、文句言いつつ協力してくれてますし」
メニューが少ないことに対して文句はよく言われる。やれ腰が入っていないから草スライムに当たらないんだ、とかなんとか。しかし他の業者の伝手を紹介されたことはそういえばなく、単純にジャンに発破をかける声が大きかった。あとは、産まれた時から知ってるジャンをからかっているだけだ。近所のおっちゃんじいちゃんなんて、そんなもんである。
ジャンも産まれた頃からこの環境にいるから、さっぱりそれが気になっていなかった。
「そんなわけなんで、うちの店じゃなくて大通りにある食堂の方が」
「まあなんだ。兄ちゃんせっかく入ってきたんだし、この店の飯食ってみろって」
「うめぇよ、体暖まるしよ」
「先週に比べりゃ上手く獲れるようになってきてんだ。来週くらいにゃ二品に増えてるかもしんないぜ?」
笑いながら、近所のおっちゃんたちが援護射撃をしてくれる。ほんのちょっと落とされているような気が、しなくもないが。
「席、空いてるところならどこでもいいんですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
中には指定席扱いしてる客もいるが、そういう人はもう来てお気に入りの席に座っている。今日まだ来てない、ないしは来ないかもしれない客の中に、そういうことを気にする人はいなかった気がする。
「あ、うちの店、ちょっと変わってて。飯をのせたトレイを渡すときの前払いになります」
「食べ終わったら、トレイはどうすれば?」
「こっちで引き上げるので、テーブルに置いておいてください」
「ありがとうございます。あ、そうだ。おかわりってできますか?」
「えぇと、母ちゃん、スープの残り具合どう?」
草スライムの団子の追加はできないし、皮は二枚の追加が銅貨一枚だ。おかわりについては、スープとそれから具材の残量による。
「まだあるよ。
銅貨二枚で、団子一個と皮二枚のスープのおかわりができますよ」
ブランシュの言葉に、カルロスは少し考え込んだ。財布の中身との相談は、大切なことだ。
「おかわりは、おかわりをするときにお代をいただきますから、まずは一杯食べてみてください。お腹一杯になるかもしれませんし、他の店とか、大通りにある広場には屋台出るんで、そっち行きたくなるかもしれないですし」
「それもそうか。じゃあ、ランチ一人前、お願いします」
「はーい」
ジャンはカウンターへと戻り、マリーが準備してくれたお盆を持って、カルロスの元へと戻る。その間にカルロスは座って荷物を下ろして、財布から銅貨を取り出した。
「パンは食べ放題じゃないですけど、持って帰ることができますよ」
「いやあ、残す方が難しいかなぁ」
「飯時ですもんね。じゃあ、ごゆっくり」
カルロスにランチセットを渡して、銅貨を受け取って、ジャンはカウンターへと戻った。エプロンから銅貨を取り出して、カウンターに備え付けてある小型の金庫へと納める。
「ごちそーさん。
ジャン、ディナーはどうなりそうだ?」
「ああ、ウィリーさんから誘われてるんだ。一角イノシシ狩り」
「やったぜ、ステーキだ!」
「俺は生姜焼きがいいねぇ」
「なんつったっけ、あれ、ほら、前の夏に出た、薄切りをさって湯がいてさ、水できゅっとしめてよ。特性ドレッシングで食べるやつ。あれまた食いてぇなあ」
「さすがに今の季節寒くねぇか」
常連のおっちゃんの一人の帰り際の問いかけから、食堂ないは一角イノシシのメニューで盛り上がる。あれが食べたいのこれがいいだの、言っておけばもしかしたらメニューになるかもしれないので、みんなどこか必死だ。
よほど腹が減っていたのか、無心にかなりのスピードでパンとサラダと草スライムのスープを、文字通りかっこんでいたカルロスは、ビックリしたようにその手を止めた。
「……サイコロ状に切った一角イノシシの肉の、素揚げ。塩を振って食べると、それだけで旨い」
特に声を張り上げたわけではないが、しみじみとその味を噛み締めるようカルロスは、いった。
次回更新は16日(木)12時の予定です。
次で草スライム編はおしまい、一角イノシシ狩りのお話になります。