草スライム -01
【ゆる募】スライム屋って店名がダサすぎるのでなにか店名
はじまりの街、フォーコニエ。
街の四方は草原に囲まれ、ドラゴンが飛来したりはしないし、近くに強力なモンスターがすむ森もない。
しかし決して初心者マークがとれない業者向けの街ではない。
初心者マークがとれた中級業者向けの街である。
じゃあ何がはじまりなのかと言われれば、それは流行。ファッションも魔法も食文化もフォーコニエの街から発信されている。フォーコニエの街で流行したものを、旅芸人や商人たちが他の街や、遠くの村へともたらすことが多いのだ。
「でえぇぇぇやああぁ!」
まあそうは言ってもこの街にも営みはある。すべての業者がそれぞれの生まれ育った場所で、それなりに戦えるようになってからフォーコニエの街に来るわけではない。
つまり何が言いたいのかというと、初心者マークがガッツリついた初心者だって、いるということだ。
少年は中古の皮鎧に、同じく中古の鉄の剣。それなりに痛んでいない手袋に、これだけは真新しいブーツ。おそらく予算の都合で買えなかったのだろう、左手の手袋にくくりつけられた盾は、木製だ。
すまない、嘘をついた。ブーツだけではなく、この木の盾も新品だ。
そもそも木製のものに中古品はない。中小屋に下取りに出そうにも二束三文にもならないから、焚き付けにでもした方が有意義だと思われているからだ。少なくとも、暖は取れる。
気合いとともに振り下ろされた剣は、街を取り囲む草原のあちらこちらでぼんやりとした薄緑色の草スライムに叩き込まれた。
ぽいん、ぽよん。
所詮はスライムである。動きは鈍く、初心者であっても何度か剣で殴り続ければいつかは倒せる。反撃も三回に一回程度だし、それすらちゃんとスライムを見ていれば避けるのは容易い。
ただ戦うだけなら、確かに初心者向けの生き物である。
あるのだが、ここ、フォーコニエにおいてはその限りではない。
ジャンの一撃は、草スライムの一部を斬り飛ばした。すわなち、表皮に傷がついた。
「っふ!」
ジャンの向こうでは、年季の入った槍に、同じく使い古された鎧、手袋、ブーツの青年が、軽い呼気と共に槍を草スライムに突き刺した。
ぷちゅん。
きれいに一撃で、草スライムの心臓部分を指し貫いたのだろう。ゆっくりと草スライムは広がった。そして、ほんのわずかに不透明になる。
生きているスライムは草スライムに限らず透明度が高い。しかし死んでしまうと、その身についた傷の過多により透明度が変わってくる。
今のクリストフの一撃のように、草スライム磁針が死んだことに気がつかないほどにきれいな傷のみであればまだ向こう側がよく見える状態でテーブルに並ぶことになる。
薄くスライスして刺身にするのもいいし、少し厚めに身を切って、さっとお湯に通したものも美味しいかもしれない。
クリストフの槍に刺し貫かれた草スライムは、ゆっくりと草原に広がり、しかし完全に潰れはせずにだらんと四肢を伸ばすかのように弛緩した。槍の石突き部分を草原に立て、クリストフは腰を折って草スライムを拾うと、持参した袋へと放り込んだ。
沼蔓草で編み上げあられた袋には【香草亭】と縫い取りがされていた。クリストフは、この街にいくつかある高級店に卸しているようだ。
クリストフは草スライムが好んで食べるタイムを一緒に袋へと放り込んだ。
この草原には、いくつか香りの強い草が自生している。草スライムはそれを好んで食べることが多い。また、すべての個体が同じ香草を好むわけでもない。その個体によって好む香草が違い、そして死んだ草スライムからはそれと同じ香りがする。
「うりゃああああぁぁ!」
ジャンはもう一度剣を振りかぶって、草スライムに叩きつけた。
がつん。ぷりん。
何か、固いものに剣が当たる。
それは、草スライムの心臓たる核だろうか。それとも下の石か。草スライムが元気に震えていることを考えると、石かもしれない。
ジャンの向こうではクリストフが、草スライムの入っている沼蔓草の袋を担ぎ直して、数歩先にいる新しい草スライムを短い呼気と共に刺し貫いた。それを拾って、またそこにある他の香草と一緒に袋に放り込む。
「とぉおおう!」
三度目の気合いをあげ、ジャンは剣を草スライムに叩きつけた。
初心者向けの剣のほとんどは、斬るよりも鈍器としての適正の方が高い。本人や仲間に間違って当たって怪我をさせるのもよろしくないし、何より研ぎには金がかかる。
後この辺りにいる生き物で初心者向けといえば草スライムだが、そもそもスライムには斬撃は効きづらい。よほどの熟練者であれば、一撃でスライムの開きを作るが、ジャンではそれができない。二重の意味で。
そして今度こそ、叩きつけられた剣は草スライムの表皮を削り、核を砕いた。
ぷよん。どろん。
クリストフが刺し貫いた草スライムとは異なり、弛緩して広がる過程で完全な不透明となる。この個体からは、強いタイムの香りがした。
おそらく、タイムを好んで食べる個体なのだろう。
「よっし、まず一匹!」
ジャンは拳を握りしめ、嬉しそうにそう声をあげた。彼の向こうでは、クリストフが三びき目の草スライムを沼蔓草の袋にいれ、継戦を軽く検討していた。
これが大体、彼我の戦力差である。慣れぬ新人がなんとか一体倒す間に、熟練の業者は傷をつけずに三体。
ただその日を暮らすだけであれば、ここで戻っても問題のない数だ。しかし貯金をしたいのであれば、倍は持ち込んだ方がよいだろう。
多分疲れていたんだと思う
スライムってどんな味なのかなとか
どんな風に食べたら美味しいかなとか
冷やしスライム始めましたとか
それはスイーツなんじゃないかとか
鍋物に合いそうだとか
なんか、乞う、そんな話です。