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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

普通の冒険者の俺、Sランク冒険者を助け惚れられる ~ただしその娘は男の娘♡~

作者: もあい


 俺の名前はリヒター。十九歳の、いたって普通の冒険者だ。


 本当にそうとしか言いようがないほどにオーソドックスだから、逆に説明しづらい。能力はいたって平凡だし、なにか特技があるわけでもない。


 これがいっそのこと、オークのように不細工なら話の種にもなるけれど、残念なことに際立って特徴のない、まさしく普通の容姿である。


 だが俺にも、ついにそんな普通ではなくなってしまった。


 昼も間近だというのに、俺はふかふかのベッドで三度寝を決め込もうとしている。高級宿もかくやのふかふかさだ。


 こんなもので寝れる普通の冒険者はいない。安宿のかび臭い布団がせいぜいだ。


 加えて言うなら、今俺が寝ているこの部屋。赤を基調としたこの部屋には、高級であろう家具や、柔らかなカーペットが敷かれている。そして広い。なんとなく寂しさを覚える程度には広い。


 なぜ普通の冒険者である俺が、こんな普通でない生活を送っているかというと、それには一つの理由がある。


「リヒターさ~ん。起きてます~?」


 可愛らしい声が部屋に響く。それはまるで、聞くものすべてに癒しを与える天使の歌声のようだ。天頂の鈴の音でさえかなわないだろう。


 続いてコンコンコン、と三回のノックの後、ドアが開く。


「ご飯、できてますよ。一緒に食べましょう」


 そう言いながら現れたのは……どう形容すればいいのだろうか。およそこの世界全ての賞賛の言葉を集めたとして、全くの役者不足だ。あえて言うならば、この世に遣わされた美の天使であろうか。


 神々しく輝く銀の髪に一点の曇りもない瞳。その容姿は幼さと、しかしどこか妖艶さを秘めており、まさに美を体現しているといって過言ではない。そしてその体は、老若男女がため息を漏らすほどに均整が取れている。


 なぜだかその顔は、うっすらと上気しているように見える


「あ、ああ。分かってるよ、フレイヤ。で、でも、疲れていてな、もう少し眠らせてくれないか?」


 さて。なぜ、俺がここまで動揺しているのか。それはフレイヤのあまりの美しさにキョドっているわけではない。いや、それもあるかもしれないが、問題は別のところにある。


 部屋着だろうか、フレイヤはスパッツのようなものを履いている。だからハッキリクッキリ見えてしまうのだ。


 その、凶悪なまでに反り返り、先っちょがあわやこんにちはしそうになっている、デカくてぶっとい()()が。てか、なんで起ってんだよ……。


「そうですか……」


 フレイヤはしゅんとする。あ、モノも少ししゅんとなった。しかしすぐに元気を取り戻す。


「じゃあ、起きてきたら声をかけてくださいね! 下で待ってますんで!」


「お、お~う……」


 そうしてトテトテと、彼は部屋を出ていった。


 それを見送って、俺は軽く眉間を揉む。あ~、目に焼き付いちまったよ……。夢に出てきそう……。



 そう、美の女神でさえも霞んでしまうほどの美しさを持ったフレイヤ。()は男の娘なのである!


 そして、俺は今まさに、彼に養われているのである!



・ ・ ・



 ことの始まりはこうだ。


 平凡な冒険者の俺はその日、はぐれオークの掃討依頼を受けてとある山岳地帯にいた。


「ふぅ……たく、こんな山奥になんでオークがいるんだよ……」


 そんなことを愚痴っていると、突然地面が揺れ始めたのだ。


「お、おお!? 地震か!?」


 思わず身を屈める。大の大人になったとはいえ、怖いものは怖い。


 そのまま落石を警戒してきょろきょろしていて見たのだ。山頂から転がり落ちてくる黒いドラゴンと、そしてフレイヤを。


「え、えぇぇええええ!!」


 思わず叫んださ。なんたって、二つの伝説が突然目の前に現れたのだから。


 黒いドラゴン。またの名を覇王龍ファフニール。話によれば一国を焼き尽くしたという悪龍だ。その挙動は全国家、全冒険者ギルドによって常に情報交換がなされ、警戒されている。


 フレイヤ。その美しさと強さから“戦女神”と称されるSランク冒険者だ。もっとも有名な逸話は、ギルドに登録して数日後に、やはり悪龍として名高い炎龍ヴリトラを倒したことであろう。その時の彼女、いや彼は、傷だらけ、血まみれの体でありながら神々しささえ感じられたという。


 そんなのがゴロゴロと、俺の目の前を転がり落ちていく。正直、夢でも見てるんじゃないかと思ったね。


 で、ドガァンみたいな音がしてどっちも地面に叩きつけられたんだ。


 よく見ると、ファフニールのほうは首を落とされていて、もうすでに息絶えている。ただ、フレイヤもすでに虫の息だった。


「おいおいおい! まじかよ!」


 俺は普通の人間だから、目の前で死にかけの女の子――その時は女の子だと思っていたんだが――を放っては置けなかった。幸いクエストの前だから、回復ポーションだっていっぱい持っている。そうして、一目散に崖を滑り降りた。


「いて! ……くそ、かっこよくは決まらないな……」


 あいにく、気取った着地は出来なかったが、それでも俺は彼女の――何度も言うが、このときは絶世の美女、ならぬ美少女だと思っていたんだ――もとまで駆けつけると、すぐにポーションを飲ませようとした。


 だがフレイヤは気を失ってしまっていて飲んでくれない。そこで俺は、ポーションを口に含んで、彼女の――何度も言うが……いやもう止めよう。だが、それだけ近づいても美少女にしか見えなかったんだ――口へと流し込んだ。


 ……ああ、役得だと思ったね。これだけの美人に救命措置とはいえ口づけなんて、もう二度とないだろう。だから、あんなことを言ってしまったんだろう。


 やがて、うっすらとフレイヤは目を開ける。そんな彼女に俺は微笑みかけながら、こう言ったのさ。


「大丈夫。安心していいんだ。俺が、君を守ってあげるから」


 ――思い出すと今でも死にたくなる。なんで自分より何十倍も強い相手に、守ってあげる、なんて言ったんだろう。


 おまけに、彼女を街まで連れて帰った後ギルドに寄ったら、依頼放棄だって大目玉だ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。


 んで、違約金を払わされて金が無くなって、どうしようと黄昏てた俺の前に顔を赤く染めたフレイヤが現れて。


 で、「い、行くところが無いなら、ボクの家に来ませんか……!」とうるんだ目で見つめられて。


 あれよあれよという間に彼女の家に同棲することになったとさ。


 ちなみに、彼女が彼だと知ったのは、俺が風呂に入ってるときに、フレイヤが乱入してきた時だった。その時の俺の気持ちは、たぶん誰にも分からないだろう。


 一瞬、ほんの一瞬なんだがな。ついててもいい、なんて思っちまったんだ……。



・ ・ ・



 それからもう一か月。俺は彼と同棲を続けている。いや、養われているといったほうが正しい。食事も何もかも、フレイヤが用意してくれるのだ。


 だが、普通な小市民であったので、正直気が休まらない。


 思えば、なぜ俺はあの時、ほいほいとついていってしまったのか。たとえフレイヤの「ぼ、ボクの初めての人だから……」なんて恥じらいの表情とともにすがられたのだとしても、もう少し考えるべきであったのではないか。


 心苦しいものがあるし、俺だって普通なりのプライドってのがあるし、それに……たまにフレイヤがトロンとした目で見るんだ。その、俺の尻を……。


 童貞を卒業する前に、処女は散らしたくない。俺の、偽らざる本音だ。


 何度か出ていくことを打診したこともある。するとフレイヤはこの世が終わったような顔をするのだ。いったい誰が抗うことができようか。


 はぁ……。


「とりあえず、下に降りるか……」


 意を決した俺は、自分の部屋から出ると、一階のダイニングへと向かう。


 ダイニングでは、エプロン姿のフレイヤが、キッチンへ立っていた。さながら、エプロンを着た天使ってところだ。


「あ、おはようございます! 良く寝れましたか?」


「お、おう……」


「どうぞ。ちょっと遅いですけど、朝ごはんです」


 ことりと、フレイヤは笑顔で俺の前に朝食……いや、昼食を置いてくれる。


 スクランブルエッグにゆでた腸詰肉、白パンとスープ。なんとも贅沢な昼食である。俺は「ありがとう」と礼を言って、食べ始める。


 ああ、だから嫌なんだ……。


 料理が旨すぎる……。


 フレイヤの料理を食べるたび、俺の胃袋がキュンキュンときめいているのが分かる。こんなに旨いもんを毎食食べられるのであれば、俺の尻の一つや二つ――


 ――ハ!? いかん、なんかヤバい方向に思考が流れている気がする。


「お味、どうですか? この腸詰もパンも、ボクが作ったんですよ」


「ああ、すごく旨い。フレイヤの料理は最高だ!」


「ホントですか! ああ良かった! リヒターさんが喜んでくれて、ボクもうれしいです!」


 喜ぶさまは、まるで天使の舞だ。見るものすべてが、その美しさと愛らしさに頬を緩めるだろう。もっとも、さすがに毎食見てるからなんとか慣れはしたが。


 そうこうしているうちに、あっという間に料理を平らげてしまう。


「……ごちそうさま」


「お粗末様です。どうぞ、食後のお茶です。ボクは食器を片付けますので」


 フレイヤはすぐさま俺にお茶を出すと、空いた食器を片付け始める。以前、俺が手伝うといったら断られた。なんでも「リヒターさんはこの家のご主人様みたいなものなんですから、どーんと構えていてください」とのことだ。


 俺はいつからこの家の主人になったのだろう。


 とはいえ、無理やり手伝おうとしたら無理やり座らされるので、最近はもう「ありがとう」くらいしか言っていない。こうも甘やかされていると、なんだか脳みそがトロトロに溶けてしまいそうだ。


 そうは思いつつ、俺はカップを手に持つと、ゆっくりとお茶を楽しむ。紅く甘い香りのするお茶で、甘さと渋みのバランスがちょうどいい。


 フレイヤの気持ちが詰まってるからか、なんだか体も温かくなるようだ。


「ほぅ……」


 と一息ついていると、食器を片付けたフレイヤも席に着いた。


「お口に合いましたか?」


「ああ、うん旨いよ」


「それはよかった!」


 俺の言葉に、フレイヤはふわりと、花がほころぶような笑顔を見せた。そして――


鬼太刀(おにだち)草を使った、特製のハーブティーなんです! 気に入ってもらえて良かった!」


 そんな、浮かぶ背景とはかけ離れたことを言った。俺は思わず、口に含んだお茶を吐き出す。


「お、鬼太刀草!?」


 説明しよう。鬼太刀草とは、最高難易度ダンジョンの一つ、鬼厳山に生える薬草である。代謝促進、傷の修復作用、強心作用に加え、滋養強壮成分もたっぷり入っている。その効果は、一口かじれば老人でさえ鬼を斬れるとさえ言われている伝説の薬草だ。


 だが、一つ大きな欠点がある。


 この鬼太刀草、強力な媚薬成分もたっぷり入っているのである。この草を一口かじってしまえば、ノンケの不能ですら衝動に抗えず、鬼と一発ヤってしまうとさえ言われる、恐ろしい薬草だ。


 気持ちなんて生易しいもんじゃねぇ。体が温かくなってんじゃなくて、昂ってきてるだけだコレ!


 幸い吐き出したし、ほぼ飲んでないし、抽出したものだからまだ効果は薄いはずだが、それでもちょと股間のあたりが熱くなってきてる気がする! なんか怖い!


「ちょ、おま……なんてものを……!」


「……」


 俺が吐き出したのを見ると、フレイヤはスッと真顔になり、自分のカップに手をかける。そして勢いよく飲み干した。


 そして、トロンとした顔でゆっくり、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「いいじゃないですかぁ。ボクだって、恋い焦がれる人とまぐわいたいって思うんですよ? でもリヒターさん、奥手だし、ボクも恥ずかしかったし……」


 ヤバい。これはヤバい。


「ま、まず、その恋い焦がれるってのがなぁ。俺にはよく分からんのんだが……」


 後ずさりながら退路を探す。だが、さすがS級冒険者。的確に動いて退路を潰してくる。その本気っぷりが恐ろしい。


「だからぁ、何度も言ってるじゃないですかぁ。周りのみんなが無視するのに、リヒターさんだけが守るって言ってくれたんです! それに、守ってやるって言葉、ボクはあれにキュンと来ちゃいました!」


「そりゃそう何度も聞いたがさ……」


 キュンと来てるのは、そのまたぐらでいきり立つ一物じゃねぇかよ!


「さぁ……大丈夫……怖くないですよ……」


 俺の怯えに気がついたのか、フレイヤは優しく微笑む。それはたとえ生死の境にいたとしても、だれもが安心と安らぎを覚えるだろう。だが、だ。


 慈愛を湛える女神の顔も、鬼も慄く悪魔の金棒を見せられた日には、台無しになるというものだ。


 もはやこれまでか……。俺は悲壮な覚悟を決める。裸一貫で荒ぶる悪龍と対峙したとしても、これほどの覚悟は決めないだろう。


 俺は普通の冒険者。対するフレイヤは悪龍さえも屠るS級冒険者。地のスペックが違いすぎる。逃げて逃げられるものではない。


「お……」


 全身に冷や汗をかきながら、俺は意を決して口を開く。


「お手柔ら――」


 その時だった。


 ドガァァァァァアアアン!!!!


 運命の言葉をぶった切るように、爆発音が鳴り響く。外で何かあったみたいだ。


 尋常でない事態に、さすがのフレイヤもそれどころではなくなったようだ。上気した顔色こそ戻らないものの、その表情はすでに引き締まっている。


「いいところだったのに!」


 そう悪態をついて、フレイヤは外へ駆けていく。


「……助かった……」


 こんな事態にも関わらず、最悪の事態を回避できたことに胸をなでおろした俺は、彼の後に続いて家を飛び出した。


 フレイヤは音のした方向へ、全力で走っていく。人通りはかなりのものであったはずだが、海を割るかの如く人混みが割れ、道ができていく。おかげでフレイヤも俺も、楽に目的地にたどり着くことができた。


「なんだこれは……」


 現場へたどり着いた俺は、思わず目を剥いた。


 大通りの一角にある街のシンボル、“ミスリルの鐘楼”が熔けて崩れていた。あらゆる耐性を持つ、堅牢なミスリルをこうも破壊できるのは、たった一種しかいない。


 龍である。


 唖然としている俺の耳に、どら声の怒声がワンワンと入ってきた。そちらを向けば、黒いうろこにびっしりと覆われた、人の姿をした龍が三体立っていた。


 そのうちの真ん中のやつが、再度どら声で騒ぎ出す。


「我らは黒龍三兄弟! 長男、イグニス!」


「次男、ナーガ!」


「三男、サラマンドル!」


「我が父、ファフニールの仇を取るべく参上した! 冒険者フレイヤ! ここにいるのは分かっているぞ! 尋常に、勝負せい! さもなくば、この街が灰と化すぞ!」


 そんなことを言いながら、連中は思い思いに火を吹いている。確かに、あいつらなら街一つ燃やし尽くすのに、十分とかからないだろう。


 龍人。龍の力を人の形に凝縮したような種族で、龍ほどの戦力は無いが、小柄ゆえの機動力に長けている。まっとうな人間では太刀打ちできない存在だ。


「フレイヤ……」


 大丈夫か、そう言おうとした口を、彼はそっと人さし指で塞ぐ。そしてにこやかに笑った。


「大丈夫ですよ。安心して、見ててください!」


 元気にそう言うと、彼はキリリと表情を引き締めた。すると、青白い光を一瞬放ち、次の瞬間には白銀の鎧を身に着けていた。


 これは転送魔法の応用で、いつでも装備を身に着けることができるようになっている。高価なものなのだが、フレイヤの厚意で俺も一応、使わせてもらっている。


 ふぅと一息ついたフレイヤは、スラリと剣を抜き放つと、一飛びに龍人たちの前に降り立った。あまりの美しさに、やじ馬たちからため息が漏れる。


「来たなフレイヤ!」


「我が父の仇!」


「取らせていただきます!!」


 龍人どもは翼を広げ、飛びかかる。フレイヤもまた、正眼に剣を構え踏み出した。


 ゴウと風が吹き荒れ、黒い塊と白い光が交差する。そのたびに衝撃が俺たちの顔を叩き、ビリビリと振動が大地を震わせる。それは、尋常でない戦いのレベルであり、少なくとも俺の眼ではろくに追うこともできない。


 と、一際大きな破砕音が鳴り、黒と白が弾かれたように距離を開けた。そこで俺はようやく互いの状態を見ることができ、同時に動揺する。


 龍人たちは、三体ともいくつかの切創が見える。だが、龍特有の生命力なのか、まだ余裕があるように見える。


 対してフレイヤの、神々しい白銀の鎧には明確な打撃痕が見えた。呼吸も荒く、結構なダメージをもらったのか片膝をついている。


「フ、フレイヤ! 大丈夫かぁ!!」


 思わず叫んでしまう。だが、彼は俺のほうを向くと、笑みを作っただけでそれ以上応えてはくれなかった。それほどまでに、苦戦しているのだろうか。


 あのフレイヤがここまでやられるとは。いや、もしかすると。俺は彼が戦いに赴く前の状態を思い出した。


 そういえばあいつ、鬼太刀草のお茶を一気飲みしてたな。本来であれば戦闘の助けになるはずだが、摂取量が多すぎて、上手く体を動かせないのかも……。


「フハハハハ! 脆弱なり!」


「我らの力にかかれば!」


「父を倒した敵もこんなものよ!!」


 龍人たちはそう勝ち誇る。確かに今の状況、どう考えてもフレイヤに勝ち目は無いように見える。タイミングが悪すぎたのだ。

 俺は思わず歯噛みをする。本来の実力さえ出せれば、フレイヤだってもっと戦えるだろうし、勝てるだろう。だからこそ、今の状況がたまらなく口惜しい。


「強敵へのせめてもの手向け!!」


「父への供養も込めて!!」


「真なる龍の吐息で、灰すら熔かしてやろう!!」


 龍人たちが横一列に並び、胸部が膨らむほどに息を吸う。龍最大の攻撃手段、ブレスの前段階だ。もし直撃を食らってしまったら、さしものフレイヤでも、致命傷は免れないだろう。なにせ、山をも吹き飛ばすほどの攻撃だ。フレイヤがどれだけ頑丈でも人の域、炎は彼のすべてを吹き飛ばしてしまうに違いない。


 気がつけば、走り出していた。


「「「死ねェェェェえええええ!!!!!!」」」


 龍人たちは一斉に炎を吐き出す。それは一つに混じりあい、一筋の熱線と化してフレイヤに迫る。フレイヤは動くことができないのか、片膝をついたままだ。


「フレイヤァァアアア!!」


「リ、リヒターさん!?」


 そんな彼の前に、俺は踊りこむ。フレイヤの驚いた顔がよく見えた。だから俺はニヤリと笑みを作って彼に向け、同時にある装備を呼び出した。


 炎が差し迫る。


「お前をぉ!」


 髪の毛がチリチリと焼けているのが分かる。


「殺させたりはぁ!!」


 そして――


「しなあぁい!!!」


 呼び出した黒い盾で、真正面から炎を受け止める。強烈な衝撃が両腕にかかる。一気に体力を削られるのが分かる。


 おお! もうちょっと持ってくれ俺の体!


 それでも、盾は炎の侵入を許さず、全てを防ぎ切った。


 その様を、龍人たちは驚愕の表情で見つめていた。


「ま、まさか……そんなことが……」


「あ、ありえない……」


「あの黒い盾……まさか……」


 それに応えるように、俺はなけなしの体力を使って笑みを作る。


「そうさ。これはお前たちの父親のうろこで造った盾だ!」


 そう、普通の冒険者である俺が唯一持つ普通ではない装備。それがこの覇王龍の大盾だ。フレイヤを救出したそのお礼としてもらっていたファフニールのうろこを使った、強靭な盾である。その防御力は、今使った通りだ。


「……リヒターさん……」


 後ろで、フレイヤのつぶやきが聞こえた。俺はおどけるように肩をすくめる。


「俺が守ってやるっていったろ?」


「……はい!」


 嬉しそうに、フレイヤは頷く。彼は立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。


「少し、待っていてくださいね」


 決意に満ちた表情で、彼は敵へと向かっていく。


「……すぐに終わらせますから」


「……ああ、頑張ってくれ」


 俺は盾を手放すと、へたへたとへたり込む。一瞬見えたフレイヤの表情は、地獄の悪鬼すら凍りつくほどの怒気をはらんでいたように見えた。


 そして、姿が掻き消えた。


「な、なんの! もう一度――!?」


「ブレスを――!?」


「喰らわせて――!?」


「遅いよ」


 龍人の長男、イグニスは、驚愕の表情でゆっくりと声のしたほうを振り返った。そこには、いつの間にかフレイヤが立っている。


 そんなイグニスの両側に、ボトリ、ボトリと何かが降ってくる。次いで、黒いうろこを赤く染めるほどの血の雨。


「ナ、ナーガァ! サラマンドルゥ!!」


 黒い龍人の悲痛な叫びを聞きながら、しかしフレイヤは一切表情を変えない。ヒタリ、ヒタリと慟哭するイグニスへと近づいていく。


「き、貴様ぁあああ!!」


 イグニスは、叫びとともに胸を膨らませ、ブレスを吐こうとする。だが、それが口から吐き出されるより、フレイヤの剣のほうが数舜、早かった。


「じゃあね」


 キン、とフレイヤは剣を鞘に納めると、固まるイグニスに背を向ける。切られたイグニスの頭は真上へと打ちあがり、今まさに吐こうとしていたブレスが切断面から噴き上がって、それを灰まで燃やし尽くした。


「や、やったな。フレイヤ」


 ゆっくり俺に近づいてくるフレイヤに、そう声をかける。もう立ち上がる元気もないが、やはり祝福の言葉くらいはかけてあげたかった。


「……」


 だが、フレイヤはそれに応えることなく、俺に近づくと、そのまま抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。


「フ、フレイヤ? 正直、これは恥ずかしいんだけど……」


 いや文句を言う筋合いが無いのは分かっている。ただ、なけなしでも男のプライドというものがありまして……。こんな人目のつく場所でこの格好はちょっと……。


 しかしフレイヤは、俺の控えめな抗議も無視すると、そのまま帰路につく。


 ああ……晒し者だ……。俺は今度、どんな顔をして冒険者ギルドに行けばいいのだろう。フレイヤのことを女性だと思っているやつも多いはずだ。そうなると、冷やかされるのは間違いない。


 そんな地獄ともいえる時間も過ぎ、ようやくフレイヤの家へと帰りつく。いや、実際には数分程度のはずなんだが、しんどいことこそ長く感じるものだ。


「あ、ありがとうなフレイヤ。もう降ろしてくれていいぞ?」


 フレイヤの肩をポンポンと叩いてそう言ってみる。しかし、やはりフレイヤは反応しない。そのまま、家に入ると、ある部屋の前へ俺を運ぶ。


 この方向は……まさか……!?


 彼はドアを開けると、大男の五人でも寝られそうな巨大なベッドへ、俺を横たえる。そして、自分の装備をゆっくりと脱ぎ始めた。


「あの~フレイヤさん? 一体、何をなさってるんです?」


 思わず敬語になってしまう。ヤバい。これはヤバい。


 俺の問いに、鎧を完全に脱いだフレイヤが、上気した表情で、目を潤ませながら言った。


「だってリヒターさん……。もうかっこよくて! ボクもう、あなたへの気持ちを抑えきれない!」


 ヤバい。スパッツの上のほうに染みができてるレベルでヤバい。


「一旦、落ち着こう! な! そういうのは結婚してからって言われたでしょ!」


「大丈夫ですよ! このあと、役場にいって婚約届を提出しましょう!」


「そ、そういう意味じゃ無くてな!? そもそも、男どうしってのはどうよ!?」


「ボクは気にしません!!」


「俺は気にするって――ちょ、おい飛びかかってくんなよ!? マジで!?」


「リヒターさぁぁぁん!!!」


「ちょ、まて、ア、アッーーーーーー!!!?!?!?!」




 さて、この後どうなったかは語るべきではないだろう。一つ言えるのは、俺はまだ童貞だし、処女だ。あ、あと金棒に襲われる夢を見るようにもなったな。


 ただ、この一件以降、フレイヤとの距離が縮まったことは確かだ。


「リヒターさん。ご飯ですよー」


「今行く」


 そして、今日もまた、俺はフレイヤのご飯を美味しくいただくのだ。


 

なんだこれ。正直、書いてて楽しかった。




一応、宣伝です。

「スキルが最弱すぎて飲んだくれてたら、翌朝俺に娘ができていた」と「追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった」の主に二つを現在メインで更新しております。

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