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とある天使の決意

 112号さんは何か言いたげに、しかし何も言えずに付いてきてくれた。

 扉が完全に閉じると、俺たちも物理的な拘束を解かれる。


 8枚羽の天使2人はどこまでも機械的に、しかし紳士的に謝罪を告げる。


「申し訳ありません、若き天使たちよ。ですがミカエル様の御考えは我々よりも遥かに先を見据えていられる。天使の未来のためにも、可能な限り従っていただきたい」


「775号様も、本日は寮へと帰っていただいて構いません。いえ、希望とあらば部隊へ所属したあとも寮で暮らす程度ならば叶えられるかと」


 きっとこの2人の天使も、大天使には逆らうことができないのだろう。

 それでも最大限気遣ってくれているのが伝わってくるので、何も言えなくなってしまう。


「代わりと言ってはなんですが、なにか困りごとがあれば我々を頼ってください。任務中でなければ精一杯ご助力させていただきます」


「我々はU型14号と15号。悪魔を打ち払った英雄たちに、最大限の感謝と尊敬を」


 そう言い残して、2人の天使は飛び去っていく。

 天宮殿をこえて見えなくなってから、ようやく一息つくことができた。


 へたり込んで泣きじゃくっているナナコの頭を撫でながら、これからのことを考える。


「ごめんなさい、125号に任せてなんて言っておきながら、私、何も…」


「謝らないでください、112号さん。別に、何か悪いことがあったわけではありません。ナナコが学校を卒業して、6枚羽部隊に所属するだけ。喜ぶことはあっても、悔やむことなんてありません」


 ナナコは幼い子供のようにイヤイヤと駄々をこねているけれど。大天使の頂点に座するミカエル様からの勅命は、どうあっても覆すことは出来ないだろう。


 それに元々学校ではほとんど別行動をしているので、一緒にいられる時間はさほど変わらない。

 だが、そんなことを説明しても納得はしてもらえないだろう。


 仕方なく涙に濡れる顔を起こさせ、しっかりと目を合わせる。


「聞いてくれ、ナナコ。俺たちは、強くならなきゃいけないんだ。あの悪魔よりも、ミカエル様よりも、もっと強く。そうでなきゃ、あの地獄を地球に戻すことなんてできない。そのためには、6枚羽部隊は格好の訓練相手だ。あれほど強大だったベリアルでさえ、地獄では4番手だと名乗っていた。つまり、地獄にはアイツと同じくらい強い悪魔が沢山いて、アイツより強い悪魔は3体もいるってことだ。今のままじゃ、たとえ暴走した時の力を十全に使えても、きっと太刀打ちすることはできない。ミカエル様に見込まれたってことは、お前はまだまだ成長できるはず。いつまでも学校なんて退屈な場所で燻っている場合じゃないんだ」


 優しく、けれど甘やかしはしない程度に語りかける。

 ミカエル様はしばらくは攻め込まれることはないと言っていたが、一度悪魔が襲来してきた以上はこちらの居場所の見当は付いているということだ。


 そう悠長にしている時間はない。


「その点6枚羽部隊なら、6枚羽の使い方を効率的に学ぶことができる。多数の羽を持った相手との戦い方も身につけられる。それは、ゼロの俺と訓練しても絶対に経験できない貴重な機会だ」


 なんせ、そもそも羽がない俺には羽を使って魔力を制御する方法なんて知るよしもない。


「で…でも、レイ君、は…?どうする、の?」


 嗚咽をこらえながらの途切れ途切れな問いかけだったが、そう聞いてくることは予想していた。

 しかしその方法はあまりナナコには言いたくなかったので、直接の言及は避けつつ答える。


「俺にも、強くなるアテはある。あの悪魔との戦いで、自分に足りなかったものはわかっているんだ。あとは、克服するまで」


 ナナコの手を取り、包み込むように両手で握る。


「強くなろう。悪魔なんかに負けないくらいに、大天使にだって文句を言わせないくらいに。俺はもう、お前の足を引っ張りたくはないんだ」


 それは、嘘偽りない本心だ。


 離れたくない心と、邪魔をしたくない心。

 どちらも本心で、どちらもただの感傷だ。


 だからこそ、今は合理的な選択をする。

 本気を出した悪魔に手も足も出なかったあの無力さを、もう味わいたくはなかった。


 そう思ったのが伝わったのか、ナナコはいつの間にか泣き止んでいた。

 彼女なりの決心をしたらしく、涙をぬぐい笑って見せた。


「足を引っ張られたことなんて、一度もないよ。私、レイ君を抱っこして飛ぶのが大好きなんだから。…でも、そうやって飛んでるだけじゃ何も守れないんだね。私、強くなるよ。強くなって、今度はちゃんと自分の力でレイ君を守ってみせるから」


 どうやら彼女なりに、あの悪魔との戦いには思うところがあったらしい。


 先程までの気弱さはどこへやら、とても頼もしい表情に一安心した次の瞬間。

 気づけばナナコに抱きしめられていて、勢いのあまり尻餅をつく。


「でもでもっ、寮に帰ったらいっぱいレイ君を甘やかさせてね!ごはんのときも寝るときもずっと一緒だからね!」


 どうやら、まだ完全には吹っ切れていないようだ。

 けれど、それでいいとも思う。

 強さのために心まで犠牲にしてしまえば、それは悪魔と変わらなくなってしまう。


 俺たちは俺たちのままで強くなることに意味があるのだ。だから、振り払わないのは寂しくなるからとかではなくて。

 ナナコを宥めるためなのだと、誰にともなく言い訳をした。

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