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とある大天使との会談

 天宮殿にたどり着くと、8枚羽の天使が出迎えてくれた。

 俺は面識がなかったが、ナナコの様子からすると学校に救援に来てくれた天使のうちの一人らしかった。


「あ、あの時はその、ありがとうございました」


「構いませんよ、そちらの方が無事で良かった。中でミカエル様がお待ちです。失礼の無いようにお願いしますね」


 優しそうな女性型の天使だったが、口調にはどこか荘厳さがあった。

 そして伝えられた悪魔の襲来について報告をするべき相手、それは2桁台の天使なんて比較にならないほどの大物だった。


 天使の手によって量産される天使とは一線を画する、正真正銘"神の被造物"である大天使。

 その中でも今や頂点に座する、ミカエル様が直々に話を聞くと言うのだ。


 たしかにそれほどの異常事態ではあったが、突然の展開に頭がついていかない。

 背中にくっついているままのナナコも、珍しく緊張しているのか少し震えていた。


 さすがにこのままミカエラ様に謁見するわけにもいかないので、ナナコを背中から引き剥がし代わりに手を握ってやる。


 それだけで震えは収まった。

 ナナコだけでなく、俺自身の震えも。


「大丈夫。何も心配する必要なんてないんだ。あの悪魔を追い返したのはお前だって、胸を張ってミカエル様にお伝えしよう」


「レイ君…うん、ありがとう」


 その一言で安心したのか、それとも吹っ切れたのか。

 俺たちは躊躇うことなく、堂々と天宮殿への一歩を踏み出した。


「ようこそ、天宮殿へ。歓迎しよう、勇気ある天使たちよ」


 天宮殿の内部は、思っていたよりは質素な造りだった。


 だだっ広い空間と、いくつかの不自然な出入り口。

 どうやら天宮殿とは名ばかりで真の重要施設は地下にあるらしかったが、余計な詮索はしない。


 ミカエル様は、入り口から見て真正面にある椅子に威風堂々と腰掛けていた。普通の天使の倍はある体躯に、抑えきれずに漏れ出す魔力。

 その頭上には、どこまでも赤い大天使の輪が輝いていた。


「まずは謝罪を。憎き堕天使の襲来に、何も手を出せなかった我が身が不甲斐ない。君たちには後に勲章を授けよう。」


「そんな、謝罪なんて。たまたまベリアルが落ちてきた場所が学校で、その場にいたもので対処したまでです。」


 開口一番に謝罪をされるなんて思っていなくて、慌てて返答する。

 大天使に謝られるなんて、そうそう経験できるものじゃない。


「ありがとう。では早速で悪いが、今回の事のあらましを説明してはもらえないだろうか。」


 ナナコは不安そうに俺の手を握るばかりなので、仕方なく俺が全てを説明する。


 自らを悪魔ベリアルと名乗る堕天使の襲来。

 敗北と死、そしてナナコの暴走。

 最後に10枚羽のことと魔法陣を内包する宝石について。


 全ての話を聞き、ミカエル様は納得したように頷く。


「悪魔、ベリアル…やつはかつて神に叛逆した堕天使のうちの1体、堕天使ルシファーの右腕とも呼べる存在だ。堕天使どもに天球の所在を知られるのならやつが初めだろうとは懸念していたが、こんなに早くとは…」


「堕天使ルシファーの、右腕…それほどの実力者が、一体何の目的で…?」


 少し腑に落ちない気もしたが、それは今考えても仕方ない事だ。

 それより心配すべきは、地獄から天球に干渉できるという事実と、こちらの戦力。


 そう考えたのを見透かされてか、ミカエル様は今の状況をわかりやすく教えてくれる。


「地獄から襲来した悪魔がベリアル一体というのならば、まだ自由に移動できるほどの用意は出来ていないのだろう。おそらく召喚魔法陣を内包した宝石は、本来ならばこちらに軍勢を呼び寄せるためのもの。それを撤退に使用したのなら、しばらくは攻め込まれることはない。改めて、君たちの奮闘に感謝しよう」


 あの悪魔を放置していたら、天球は堕天使の軍勢によって蹂躙されていたかもしれない。

 そう考えると、改めて事の緊急性を実感する。


「そして、ベリアルはルシファーと行動を共にしたがる。やつが飛来した軌道からルシファーが根城とする場所が割り出せるだろう。そうなればこれ以上の狼藉を許すことはできぬ、こちらから地球へ、いや地獄へと攻め込むべきであろう。決戦は、思いのほか近くに迫っているのかもしれぬ」


 そう断言した大天使は、対峙するだけで動けなくなるような圧力を放っていた。

 いや、実際に魔力が漏れ出していて、思わず後ずさる。


 後ろの方に控えていた112号さんの白衣がはためく音でミカエル様は我に返り、穏やかな口調に戻った。


「とはいえ今すぐというわけにもいくまい、戦いの準備が必要だ。月が天球へと生まれ変わって以来、1番の大戦となる。そこでだ、775号。君には学校を卒業してもらい、6枚羽部隊へと加わってほしい。君の存在は今や天使中に知れ渡っている、士気の向上にも繋がるはずだ」


「ま、待ってください!羽が増えたのはあの時だけで…今はただの2枚羽なんです、それには未熟が過ぎるのではないかと!」


 ナナコがミカエル様に反対する。

 たしかにあの時以来、2枚羽よりも多く羽をだしてはいなかった。


 隠しているのかとも思ったが、どうやら本当に羽を増やすことは出来ないようだ。

 まさか俺と離れたくなくて辞退を申し入れようとしているのかと勘ぐったが、そういった様子ではない。


 だが、ミカエル様はある意味無慈悲な程に状況を理解していた。


「すまない。だが、こちらとしてもあまり時間がないのだ。今はとにかく戦力が欲しい」


 そう言い放つと自らの6枚羽、そのうちの1枚から羽根をひとつちぎり、ナナコへ向かって放り投げた。


 風に吹かれるように一直線に飛んできたミカエル様の羽根は、吸い込まれるようにナナコの胸元に突き刺さり飲み込まれた。


 途端に握っていたナナコの手が熱くなり、手だけではなく全身が紅潮し始めた。

 全身に汗が滲み、目には涙が浮かんでいた。


 苦しそうに悶えるナナコをせめて離さないように強く手を握りしめて、ミカエル様に問いかける。


「一体これは、何が起こって、いえ、何をなされたのですか…!?」


「案ずることはない。ただ、覚醒の手助けをしたまでだ。長い間貴方の近くに居たからだろう、その子は随分と力を溜め込んでいた。感情の高まりを切っ掛けに溢れ出したその力を、今度は私の、大天使ミカエルの力を切っ掛けにして制御できるレベルで引き出しているだけだ。よく見ているといい、これが775号の、真の実力だ」


 なぜかミカエル様は俺を敬愛するように貴方と呼ぶ。

 その意味を考える暇もないまま、ナナコの体に異常が起きた。


 額にはチカチカと聖痕が瞬き、魔力が溢れ出している。

 その魔力には、ミカエル様の魔力が混ざっているように感じた。


 聖痕の明滅が早まると同時に膨れ上がった魔力が背中に集まり、そして新たに4枚の羽へと形を変えて出現した。以前のように肥大化した歪な羽ではなく、普遍的な6枚羽。


 羽という形をとることで安定したのか、溢れ出していた魔力は収まっていき、額の聖痕も薄れていって消えた。ナナコはしばらく荒い呼吸を続けていたが、やがて握りしめていた手の力も緩められるほどに落ち着いてきた。


 今のナナコは、正真正銘6枚羽の天使だった。


「安定したようだな、手荒な方法をとってすまなかった。だが、これが一番安全な方法なのだ。歓迎しよう、新たな6枚羽の天使の誕生だ」


 ミカエル様は今にも拍手をしそうなほど喜んでいた。しかし対照的に、ナナコの表情は暗い。


 こんどこそ、先ほどの心配が形になる番だった。


「あ、ありがとうございます、ミカエル様。ですが、ひとつお願いがあります。私が6枚羽部隊へと加わるのなら、レイ君も一緒に…!」


 大量の汗を拭う手間も惜しんで、ナナコは懇願する。

 その頰には明確に、涙が流れていた。


「結論から言おう。それは、不可能だ」


 対するミカエル様の態度はどこか決然とした雰囲気を纏っていて、なぜか俺のことを愛おしそうな、陶酔しているような眼差しで見つめていた。


「0号、貴方には…なすべき役割があります。しかし、それは今ではない。手繰り寄せなければならない未来のために今はまだ雌伏して、時が満ちるのを待つのです」


 なぜか恭しい態度を取り始める大天使を前に、俺は混乱の極みにいた。

 断られるのは想定内だったが、自らの出自が唐突に明かされようとしているというのは期待どころか予想すらしていなかった。


「役割…?いや、そもそも俺は一体…!?」


 しかし、それ以上を聞くことは叶わなかった。


 ミカエル様が指で椅子の肘掛けを叩くと、8枚羽の天使が2人現れ、俺たちを天宮殿の外へと連れ出そうとする。

 抵抗しようとしたが、有無を言わせぬ膂力によって押し流される。


「待ってくれ、まだ話は…!くそ、こいつらU型か…!?」


「待ってください、ミカエル様ぁ!私は…!」


 思い思いに叫ぶ俺たちを意に介さず、ミカエル様は一方的に告げる。


「これも人間の、地球の未来のため。全ては神の思うままに…」


 そうして、天宮殿の扉は閉ざされる。

 最後に見た大天使の表情からは――何の感情も読み取ることができなかった。

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