とある戦いの決着
今話題から0号視点に戻ります
実際、なぜ自分が生きているのか不思議でしょうがなかった。けれど、そんなことより今は優先することがあった。
たった一人の大切な存在を、これ以上泣かせたくはなかった。
そう思って強く抱きしめるけれど、むしろ感極まってしまっている気がする。
どうするべきか思案していると、不意に何かが砂の上に落ちる音がした。
あの悪魔に違いないと思い、抱擁を一時中断する。
羽も角も失い、満身創痍の悪魔の姿がそこにはあった。
「ふ…ふふ…想像以上だ、期待以上だ!いいや、むしろ異常だ!だが…少し無作法が過ぎたな。これ以上はこちらが持つまい。今日のところは退散するとしよう」
そう告げると、懐から赤い宝石のようなものを取り出し、宙に放り投げる。
宝石から染み出した魔力が魔法陣をかたちどり、そこから地獄の瘴気が漏れ出していた。
間違いない、あれは地獄へと繋がる召喚魔法だ!
「待て!お前は逃がさない――!」
「いいや、逃げさせてもらう。君の存在はとても興味深い。また会える日を楽しみにしているよ。その時は――全力でお相手しよう」
追いかけようとしたが、体がついてこない。
なにせ先程まではたしかに死んでいたのだ。
あっという間に体勢を崩し、ナナコに受け止められる。
そうこうしているうちに、ベリアルは新たに2枚の羽を生やし、魔法陣に向けて勢いよく飛翔した。
魔法陣に触れたところから空間が歪み、消えていく。
その様子を、歯噛みしながら見届けるしかなかった。
「まだ2枚の羽が…やつは本来、10枚羽なのか…」
どうやら本気ではあっても全力ではなかったようで、あの悪魔の底を見ることすらできなかったのは心残りだ。
だが、天球が生まれて以来初である悪魔の襲撃を乗り切ったことは大いに誇るべきだろう。
今度こそ本当に安堵したためか、視界が揺れ始める。
そのまま立っていられなくなり、倒れこむように意識を失った。
あとから聞いた話だと、俺が再び意識を失ったのでナナコは軽くパニックに陥ってしまったらしい。
救援に来た8枚羽の天使数人が到着するや否や猛烈な勢いですがりつき、治癒を懇願したらしい。
もっとも疲労による失神だったので治癒の必要もなく健康そのものだったのだが、状況が状況だったので責めることはできない。
俺が次に目を覚ましたのは、ナナコの膝の上だった。
「…あ、レイ君起きた?…ふふ、夢じゃないよね、本物のレイ君だ。…暖かい…!」
膝枕のまま、器用に抱きしめられる。
中途半端な体勢になり辛かったが、しばらくは好きにさせてやる。
異常事態だったとはいえ、心配をかけすぎた。
だがぐずぐずと泣き始めたナナコがまだ会話できるうちに、聞きたいことを聞いておくことにする。
「あれから、俺はどれくらい寝てたんだ?」
「ほとんど丸3日だよ。怪我どころか傷ひとつないのに一向に目を覚まさなくて…心配したんだから!」
3日も寝ていたのか。
ちなみに日付や時間の感覚は人間が制定したものに合わせられている。人間の守護をする際に状態を把握しやすくするためだ。
涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになったナナコの顔は、よく見ると目の下にクマができていた。
俺が寝ていた間、ずっとこうして膝枕をしていたのだろうか。
呆れると同時に今回は仕方ないかと思う気持ちもあったので、思うままに抱きしめられる。ナナコの胸元に顔をうずめることになって少し気恥ずかしかったが、今はその暖かさが心地よかった。
しばらくそうしていると看護服を着た4枚羽のR型が巡回に来て、驚いた顔をして他の天使を呼びに行った。
み、見られた…。
他の天使たちが駆けつける前に、なんとかしてナナコをなだめる。
顔を洗わせ、目の下のクマを自己治癒してもらう。
M型なので少しくらいは治癒も出来る。
いつも通りのナナコに戻ったが、俺の治癒を担当してくれたらしい6枚羽のR型の天使から話を聞いている間も、後ろから首元に抱きついてきて離れなかった。
「0号さんは意識こそ取り戻しませんでしたが、体はいたって健康そのものでした。衰弱しない程度の治癒を与えた以外は、何もする必要がなかったくらいです。一体学校で、何があったんですか?」
「それは…」
正直言ってわからない。
何があったかというと堕天使の、悪魔の襲来があったとしか言いようもない。
なぜ死んだはずの俺が生きているのか、そして傷口も完治しているのか。
その理由は、自分自身にも理解することはできていなかった。
たとえ8枚羽のR型からの治癒を受けても、あんなに大きな傷は治すことはできないだろう。
それこそラファエル様でもないとあの傷を短時間で治すのは不可能のように思える。
しかしラファエル様の加護があっても、死んだ天使までは生き返らない。
確実に即死だった俺が生きているのは、一体どんな奇跡が起きたのだろうか。
そこまで考え込んでせめて状況を説明しようとすると、頭の中に声が響いた。
「112号、ご苦労様です。お仕事の途中で申し訳ありませんが、775号と0号からの状況説明は天宮殿にて行ってください。今から来ていただけますか?」
「は、はい!了解しました、775号さんも0号さんもよろしいですか?」
どうやら目の前のR型は112号らしかった。
それがこんなに恐縮するということは、交信元は二桁台、それも8枚羽以上のG型に間違いない。
そんな大物が直接交信してくるなんて、普段ならばありえないことだ。いつも通りの日常が崩壊してしまった実感が、ひしひしと湧き上がってくる。
しかし唯一の予定らしい予定である学校も悪魔の襲来で吹き飛んでしまったので、拒否することもできずに天宮殿へと向かうことになった。
そして天宮殿への道のりは…やはりナナコに抱きかかえられたまま、空の旅路を行くことになったのは言うまでもない。
天宮殿には非常事態でもない限りは天使服でないと入ることはできないので、一度寮に戻って着替えることにする。
ナナコは着替えの最中もべったりとくっつきたがったが、物理的に着替えが不可能なためなんとか説得して別々に着替える。
久しぶりに天使服を着て食堂に向かうと、125号さんと112号さんが仲良く話していた。号数も近いし、旧知の仲なのだろうか。
「あらあら、0号さんは随分と大荷物ですね?」
大荷物とはもちろんナナコのことだ。
自室に戻ったかと思えばすぐに天使服になり戻ってきて、再びべったりとくっついていた。
着替えの途中で突撃されたので引き剥がそうとしたが、逆に器用に着替えさせられてしまった。
「からかわないでください、125号さん…。でも、今回はご心配おかけしました、すみません」
「いいえ、あなたが無事に帰ってきてくれたのなら、私から言うことはありません。…お帰りなさい」
そう言って125号さんは優しく抱きしめてくれる。
背中にナナコがくっついていたが、2人まとめて抱きしめられた。
無性に暖かくて涙が出そうになったが、必死に誤魔化す。
バレバレなのはわかっていたけれど、仮にも育て親にあまり情けない姿は見せたくなかった。
「では、天宮殿に向かいましょう。125号、あとは任せてください。帰ってきたら、美味しいご飯を期待していますよ」
「ええ、3人ともいってらっしゃい。快復祝いにご馳走を用意して待っていますね」
きっと天宮殿に行ってしまったら、これまでとは何かが変わってしまう。
それをわかっているだろうに、125号さんはいつも通りに俺たちを送り出してくれた。
それが嬉しくて、頼もしくて。
「「いってきます!」」
俺たちは、晴れやかな気持ちで空へと飛び出した。