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とある天使たちの戦い

キリの良さを重視したため、始めは0号視点、途中から775号視点でお送りします。


「レイ君…!どうして、何かあったら逃げるって!今がその何かあった時だよ!相手は…!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ幼馴染の口を手で物理的にふさいで静かにさせる。

 もう、何かあったなんて平和な話の次元はとっくに超えている。


 逃げるだなんて約束も、きっと範疇外だ。


「お前こそ、今のは明らかに自殺行為だろ。人に言うことを聞かせたいなら、まず自分が手本を見せるんだな」


 ナナコの手を離れ、自分の足でしっかりと地面を踏みしめる。


 天使の輪こそ無いが、足元には魔力が渦巻き、周囲の砂に波紋が広がる。


 制服の裾がはためき、髪が逆立つ。


 ああ、こんな気分は久しぶりだ。

 力を抜いた自然体で、けれど警戒は緩めずに敵に向き合う。


 ひたすらな破壊衝動を抑えずに、気の向くまま暴れまわった毎日。かつての自分を思い出して、自嘲的な笑みがこぼれる。


 けれどあの時とは違い、これは守るための戦いだ。

 一向に攻撃してこない敵は、この茶番を見届けるつもりのようだ。


 乗ってやるのはしゃくだが、せっかくなので普段言えないことを言ってやることにする。


「それに。お前がいない世界なんて、俺にとっては意味がないんだよ。無意味だった、ゼロだった俺に生きている意味を、名前をくれたのは。お前だけだったんだからーー!」


 言い終わると同時にこちらから仕掛ける。

 こんなセリフ、小っ恥ずかしくて返事なんて聞いていられない。


 8枚羽の堕天使は、こちらの攻撃をまるで片手間のように防ぎ、つらつらと語り始める。


「ああ、素晴らしい!実に人間的だ!天使モドキにも、随分と見込みのあるやつがいるじゃないか。天使に肉を与えるなんて正気かと疑ったが、こんなドラマが見られるのなら大いに祝福しようじゃないか!もっとも、それは悪魔の祝福だがね」


 空も飛べず、魔力を放つこともできない俺は基本的に徒手空拳で戦うしかない。体に魔力を纏うことはできても、炎や雷に変換することはできない。


 それは羽も天使の輪もないゼロの俺が背負ったハンデだ。それを知ってか知らずか、堕天使も徒手空拳で対抗してくる。


 こちらの攻撃は流され、2、3発いいのをもらう。

 思わず呻き声が漏れるが、大したダメージじゃない。このままでは埒があかないので、一度距離を取る。


 堕天使なんて目にしたのも初めてだけど、力の差は絶望的じゃない。油断している間にカタをつければ、なんとか――!


 そう思ったのもつかの間、光線が飛んできたので横に飛んで回避する。

 相手がこちらに合わせて戦ってくれることを想定していたので、一度認識を改める。

 こいつは、油断も隙もなくこちらの実力を見定めてくるタイプだ。


「妙なものだ。有する魔力が高いかと思えば、それを活用する素振りはない。羽も出さず天使の輪も顕現しないが、手を抜いているわけでもない。どこまでも人間的に振舞って見せたが、人間ほどに脆弱ではない。貴様、本当に天使モドキか…?」


 8枚の羽から絶え間なく飛んでくる光線を避けるのにも限界がある。

 避けきれないものは弾いて逸らし、なんとか無事を保つ。


 このままだとこちらが一方的に消耗させられて、本格的に勝ち目がなくなる。

 そうなる前に、こちらから仕掛ける――!


「俺は、天使だ。あいつが俺をそう呼ぶ限り。だから天使の使命に則り、お前を排除する!」


 吼えるのと同時に、堕天使に飛びかかる。

 足にかなりの魔力を溜めたので、軽く制御できないほどの速度が出た。


 音すら切り裂いて辿り着く先は堕天使のの8枚羽、そのうちの1枚。根元近くから引きちぎったその羽を、無造作に投げ捨てる。


「まずは1枚。お前も俺と同じ、ゼロにしてやるよ」


 羽を持たない俺が目の前の堕天使と対等に戦う方法、それは羽を全て毟り取ることだ。

 ちぎられた羽は時間が経てば再生するが、逆に言えばある程度の間は羽が失われたまま、魔力も体力も激減する。


 その隙をつけば、どんなに強大な相手でも勝てないことはないはずだ。


 ただ、いくつか失念していたことがある。


 まず堕天使の羽は8枚で、今まで喧嘩してきたどの天使よりも羽が多いこと。そして、羽を毟られた相手は本気になるということだ。


 2枚羽の天使が相手ならば飛ぶことも出来なくなり、魔力も半減近くになるので相当有利に立ち回れた。


 しかし8枚羽から1枚の羽を奪っても変わらず飛ぶことは可能で、魔力の4分の1も奪うことは出来ない――


「…ああ、本当に本当にスバラシイ。それこそが人間の強さで、天使の底力だ。こんな素晴らしい素質を秘めているなんて、他の天使モドキの評価も改めてやってもいいかもしれないな」


 堕天使は2枚の羽で頭を隠し、同じく2枚の羽で下腹部を隠した。毟られた羽と対になる1枚で心臓のあたりを隠し、残った2枚で空へと浮かび上がる。


 空には先程までと比べ物にならないような魔力が渦巻き、空は闇色に侵されていく。


「君には最大限の敬意と賛美を込めて、本気でお相手しよう。我こそは悪魔ベリアル、地獄の4番手だ」


 遥か上空で全ての羽を広げると、頭からは2本の角が生え、身体中に赤い模様が光り輝いていた。

 立ち込める暗雲に、四つの赤き死兆星が浮かび上がる。


 この辺り一帯は悪魔の魔力に支配されてしまったのだろう、逃げ出そうとしていた生徒たちは重苦しい重圧に囚われて飛ぶことも出来なくなっている。


 全身に魔力を張り巡らせていないと、立つことさえ出来なくなりそうだ。

 ただ存在するだけでその場を支配する威圧感、背筋が凍るほどの気持ち悪さ。


 これが本来の、悪魔の実力。


 ベリアルがこちらに手を向けると、空に浮かぶ死兆星からこれまでとは比べ物にならないほどの圧倒的な魔力の奔流が襲いかかってきた。


「ぐ…あぁあ…がああぁっ!」


 全身全霊で受け止め、弾いて霧散させる。

 下手に逸らしていたら、周囲の天使が無事では済まなかっただろう。


 安堵したのも束の間、急降下してきたベリアルと目が合い、額がぶつかる。


 触れあうような距離で、悪魔は囁く。


「君は本当に素晴らしかった、摘んでしまうのが惜しいほどにね。けれど数百年もオアズケされて、我慢ができなかったようだ。寂しいけれど、ここでお別れだ」


 愛しいものにそうするように抱きしめられ、頬ずりをされる。


 名残惜しそうにしている悪魔の右腕が、胸元に突き刺さっているのが見えた。


 訳もわからず全身の力が抜けて、崩れ落ちる。

 ゆっくりと引き抜かれた悪魔の右腕が血で赤く染まっているのを見て、ようやく自分が致命傷を受けたことに気がつく。


 胸元に大きく開いた穴からは、血がとめどなく溢れ出して、一向に止まる気配はない。

 倒れながら最期に見上げた地球は、変わらず漆黒に包まれていた。


 ◇


「う、嘘、だよね、レイ君…」


 私は崩れ落ちるレイ君を前に、一歩も動くことができなかった。


 それなのに、現実を信じたくなくて、最愛を失いたくなくて、未練がましく問いかける。


「レイ君はいつも私を守ってくれて…私が、守ってあげたくて。それなのに、こんな、こんな…!」


 ああ、レイ君。

 レイ君、レイ君レイ君レイ君レイ君。


 今まで彼と過ごした日々が、走馬灯のようによぎる。


 体中から血の気が引いて、目の前が真っ白になる。

 頭が凍りつくように冷たくて、胸が沸騰しそうなほどに熱くて。


 私は、自分が自分じゃいられなくなってしまった。


「あ、ああ、ああああああぁっ!」


 天使の輪が二重になり、無尽蔵に魔力を撒き散らす。額には聖痕が輝き、頭が割れるように痛む。


 背中から新たに4枚の羽が生え、一枚一枚が自分の体と同じほどの大きさに膨れる。


 叫び声に魔力がまとわりつき、おぞましい暗雲をかき消していく。

 地面から砂が魔力に引き寄せられて、校庭を覆うほどの砂嵐となった。


 魔力を吸った砂嵐は赤く光り、一粒一粒が悪魔の存在を脅かす毒になる。


 驚いた悪魔が臨戦態勢を取るが、そんなもの関係ない。


 一刻も早く、レイ君のそばから排除しなくちゃ。


 無造作な羽の一振りで、ベリアルは木の葉のように吹き飛んでいった。


 そのまま赤い砂嵐に絡め取られ、全身が蝕まれていく。その姿をぼんやりと眺めながら、私は、何の感慨も抱くことができなかった。


 砂嵐は規模を増し、今にも逃げ遅れた生徒たちを巻き込もうとしている。

 すでに悪魔は全ての羽を奪われ、角を折られ、無残な姿となっている。


 けれど、止め方がわからない。

 そもそも止めたいとも思えない。


 レイ君がいない世界なんて、どうでもよくて。

 もう、何もかも失ってもかまわないと思えた、その時。


「いつも言ってるだろ、やりすぎだって」


 後ろから抱きとめられて、胸に暖かい火が灯る。


 6枚羽のうち4枚が、溶けるようにして消えていく。


 砂嵐は少しずつ綻んでいって、赤い砂が雪のように降り注ぐ。


 天使の輪もひとつに戻り、聖痕は薄れて消えていった。


「…レイ…君…?」


 間違えるはずもない。

 毎日聴いても聞き飽きないその声は、間違いなくレイ君のものだった。


 凍っていた手足が溶けていくように、震える手をゆっくりと持ち上げてレイ君の手を握りしめる。

 頰を暖かい涙が伝ったのを皮切りに、私は情けなく泣き出してしまった。


「わ、私、レイ君が死んじゃったかと思って、もう会えないと思って…!」


 改めて正面からレイ君に向き合い、抱きしめられる。


 制服こそ破れてしまっているけれど、胸元には傷ひとつ見当たらなかった。


「俺にも何が起こったのかよくわからないけれど…心配させて、ごめん。カッコつけたくせに、情けないよな」


 レイ君の熱を求めるように、強く強く抱きしめる。


 夢でも幻覚でもない。

 確かにそこに、私の最愛の天使が立っていた。

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