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とある天使の非日常

 学校というものは不便なものだ。


 わざわざ小さく区切った部屋に大体25人の天使を振り分け、部屋ごとに最低一人は4枚羽以上の天使が教師として常駐している。


 わざわざこんなことをしなくても、G型で6枚羽以上の天使ならば場所や人数を選ばず直接イメージを伝えることが出来る。

 たしかに能力の高い6枚羽は数が少ないが、4枚羽をこうも大量に駆り出すよりは効率的に思える。


 一度そう尋ねてみたことがあるが、これもやはり人間の営みを模倣しているのだという。

 人間ならばG型のようなメッセンジャーは存在 しないだろうし、こういった形式をとるのは当然なのかもしれない。


「うう…レイ君と離れたくないよー、心配だよ!何かあったら呼んでね、授業を放り出してでも駆けつけるから!」


「はいはい、いいから早く行ってくれ。たかが授業の間くらい何も起こらないし、何かあってもさっさと逃げるって約束しただろ。これ以上は本当に遅刻するぞ」


 一定数の天使がいくつかの部屋に割り振られるということは、当然俺とナナコが別の部屋になってしまう時もあるということだ。


 一度そう割り振られてしまうとしばらくの間は部屋替えがされることはない。

 たしか人間は学校の部屋を教室、部屋分けのことをクラスとか呼ぶと先生が言っていた。


 朝登校してから授業が終わり、放課後とやらになるまではクラスとして過ごすことになる。


 クラス同士の間で交流が無いわけでもないが、基本的には別の部屋で授業を受けるため必然的に半日近くは離れ離れになる。


「じゃあ行ってくるけど…嫌がらせとかされたら私に言ってね、レイ君の代わりに私が反撃してあげるから!」


 ナナコはしばらく名残惜しそうに俺の手を握っていたけれど、観念したのか自分のクラスに向かっていった。

 5メートル程進んでは振り返って手を振ってくるので、見えなくなるまではこっちも手を振ってやることにした。


 角を曲がってナナコが見えなくなってからようやく、自分のクラスへと向かう。


 当然クラスにはナナコのように仲の良い天使はいないが、かといって危害を加えられるほどには嫌われてもいない。


 皆遠巻きに、触れてはいけないもののようにひそひそ話をするだけだ。

 それはかつての俺の悪行だったり、根も葉もない荒唐無稽な噂話だったりするが、もう慣れたので気にもしない。


 綺麗に並べられた机の一番左端、その最後列へと着席する。使いもしない教科書を並べて、今日もまた退屈な時間が過ぎていく。


 授業にもさまざまな種類がある。

 天使と堕天使の辿った歴史を学ぶ歴史学、人間の生活や文化を学ぶ人間学、神の御技を学び感謝をする神学などなど。


 そんな授業の中でも、特に役に立つのは実践学と天使学の授業だ。


 実戦学の授業では生徒である天使同士が模擬戦をして、文字通りに実戦を学ぶことになっている。

 クラスの区切りとなる終了期が近づくと先生に直接戦闘のイロハを教えてもらえることもあって、血気盛んな天使から戦いが苦手な天使まで積極的に参加する。


もう一つの天使学では、主に天使ごとの得意分野について学んでいる。


 ミカエル様の羽根を核としているM型の天使は万能的に能力が高いので何をするかは授業のたびに変わるが、より優れた天使となるために6枚羽以上の先生が教鞭をとっている。


 M型以外にはラファエル様の羽根を核としたR型、ガブリエル様の羽根を核としたG型、ウリエル様の羽根を核としたU型がいて、これらの天使は得意分野が決まっている。


 R型なら治癒の力が高く、G型ならば感受性と魔力が高い。

 U型は得意分野というか、単純に身体能力が高い。


 なので天使学の授業の間はクラスに関係なく、型ごとに分かれて専用の授業を受けることになる。


 窓から覗いた校庭では、U型の天使たちが飛行の速さを競っていた。


 一方ゼロの俺が何をしているかというと、何もしていなかった。


 羽根もなく輪っかも出ないだけでなく、俺は自分がどの天使の羽根を核としているのかもわからない。

 それでもこの天使学校に通えているのは、ひとえにナナコのおかげだ。


 おかげというか、「レイ君も一緒じゃないと学校なんて行かない!」とダダをこねた結果なのだけれど。


 ともかくそんな微妙な事情のある天使など他に例がなく、仕方なく天使学の授業中は一人だけ休み時間となっているのだった。


 授業の邪魔をするわけにもいかず、かといって教室に篭っていても暇なので邪魔にならない程度に学校中をうろついていた。


 天使のいない学校というものはなかなかに不思議な雰囲気で、響き渡る足音が空間を支配しているように思えた。


「昼にはまだ早いし…屋上で寝てるか」


 食堂はまだ空いていない。

 仕方ないので天使学の授業が終わるまで、惰眠を貪ることにした。


 昨日の夜は嫌な考えが頭を巡ってあまり寝られなかったのでちょうど良かった。


 階段を登って屋上へと上がる。

 鍵なんてものは当然かかっていない。

 かけたところで、天使ならば飛べるので外から屋上に入るだけだろう。


 屋上はそれなりに広くひとりで使うにはもったいないように思えるが、授業中なので他に天使はいない。


 何に使うのかわからない設備に背を預け、座り込むようにして眠る。


 校庭からは天使たちの歓声や雄叫びが聞こえる。


 風が葉っぱを巻き上げて、そのうちの一枚が頭に貼り付いた。

 本物の植物ではなく天使の魔力によって作り上げられた模倣品なので、枯れたり虫食いで穴が開いたりすることのない、いつまでも緑の瑞々しい葉っぱだ。


 手で払おうとして、カサリとした音に違和感を覚えて掴み取る。

 枯れることのないはずの葉が、茶色く変色し固まって縮んでいた。


 思わず背筋が凍りつく。


 どうしようもない焦燥感にかられて立ち上がるが、この異常事態の原因も解決方法もその糸口すらわからない。


 それでも胸に湧き上がる不安と警戒を最大限に感じながら、ふと空を見上げる。


 依然として黒いままの地球から、一筋の黒い彗星がこちらへと向かってきている。

 地球から何かが降ってくるなんて、月が天球に生まれ変わって以来初めての緊急事態だ。


 彗星は恐るべき速さで接近して、そのまま学校へと突き刺さった。


 轟音と衝撃波がデタラメに撒き散らされ、一瞬にして平和だった時間は悲鳴と戸惑いに染められた。


 G型の先生同士の交信が絶え間なく飛び交い、U型の先生は直接空を飛び交っている。


 やがて彗星が直接落ちた場所から、黒いシミが這い出してくる。

 それは地獄からの使者、異形の怪物としか言いようのない化け物の大群だった。


 屋上のフェンスを握りしめ、事態を俯瞰する。


 4枚羽の先生は異形の怪物と交戦し、2枚羽の生徒たちは泡を食ったように一目散に逃げ出している。


 パニックになってはいるものの、8枚羽以上の天使が常に控えている天宮殿へ向かって飛んでいくので、伝令と避難を兼ねた的確な判断ではある。


 ただ、飛んでいく天使がU型とG型の生徒ばかりなのが気になった。

 必死に記憶を辿り、彗星がどこに落ちたのかを考える。


(たしかあそこは救護室の近くで…R型の天使学の授業に使われていた教室の筈だ。そして、今日のM型の授業はR型との共同授業で…!)


 そこまで思い当たったところで、6枚羽の先生が校舎から校庭へと勢いよく弾き出された。

 続いてR型やM型の生徒数人も同じように弾き飛ばされて、校庭に積み重なる。


 ぐったりと動かない天使たちは、大小様々な傷を負っていて、中には生存が絶望的な負傷をしている天使もいた。


 戦闘には参加しなかったのか、無事だったR型の生徒数人が飛びつき治癒を試みているが2枚羽の力では出血すら止められていない。手遅れになってしまうのも時間の問題だろう。


 新たに数人のM型を放り投げながら、校舎からひとりの天使が歩み出てきた。


 ただし、天使は天使でも堕天使。

 それも、8枚の羽を備えた高位の堕天使だ。


 異常事態どころか、最悪の事態。


 地球に…地獄にいる堕天使に天球の場所がバレたのだろうか。

 それにしては随分と少数の手勢だけれど、天使側はまだ戦力を整えている途中だ。


 堕天使と対等に渡り合うどころか、一矢報いるのが精一杯といったところだ。

 それなのに攻め込まれるというのは、絶望的な事態というほかない。


 どちらにせよ、巻き込まれる前に自分も避難をしないと。そう思って逃げ出す直前、一度だけ校庭を振り返る。


 そこには、今にも堕天使の攻撃を受けようとしているナナコがいた。


「……………ナナコ!!」


 目の前が真っ暗になる。


 時が止まったように感じて、考えるよりも早く体が動いた。


 掴んでいたフェンスを引き裂き、亀裂に体を滑り込ませる。

 そのまま屋上の淵を蹴り、堕天使に向かって一直線に飛び出した。

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