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とある天使の日常②

「たっだいまー!今日はシチュー!?」


「あら、おかえりなさい775号さん、0号さんも。まだ晩御飯には早いですよ、良ければ手伝ってください」


 寮に帰り着くなりご飯をせびるナナコを、慣れたように4枚羽の女性型天使が出迎える。

 彼女はG型125号、この寮の料理長だ。


 入ってすぐに食堂があるほど食事を重要視しているこの寮では、一番の権力者と言っても過言ではない。

 ガブリエル様の羽根から生まれたG型の天使は感受性が豊かで手先が器用なため、料理をするのに適しているのだ。


 特に125号さんの料理は、長く生きているからなのか他の天使の料理とは一線を画する。


「ただいまです、125号さん。ほら、ナナコもまずは手を洗いに行くぞ。料理にホコリでも混ざると味が悪くなる」


 そして125号さんは、俺を差別的に扱わない数少ない天使のうちの一人だった。

 出自も胡乱な俺を育ててくれた育て親でもあり、頭が上がらない。


 ちなみに俺が0号と呼ばれているのは侮蔑的な意味ではなく、単にいつ産まれたのかもわからないため通称として0号と名付けられたからだ。


「はーい。ついでに着替えちゃおう、制服って窮屈だよねー?おしゃれなのはいいことだけど」


 鞄をぐるぐると振り回しながらナナコは部屋に戻っていく。


 人間の着る制服というのはやけに体に合わせて作られているので、動きにくい。

 しかし装飾にはこだわっているため学校以外でも制服を着用する天使は多く、俺もその一人だ。


 なんせ天使服と呼ばれる天使の普段着というのは真っ白でだぼっとした、人間でいうところのワンピース一枚なのだから。

 動きやすく汚れることもないので重宝するが、皆があの服を着ている光景はいささかげんなりする。


 これも人間的な思考で良いのだろうかと考えながら手を洗うと、調理場に行き野菜や肉を切り分ける手伝いをする。


 天使なので寄生虫や雑菌といったもので体調を崩すことはないが、ホコリや土がついていては食感や味が悪くなるため念入りに洗ってから調理する。


 もっとも食材については人間の食事を天使の魔力と土や植物を使って再現した物なので、寄生虫や雑菌など初めからつきようもないのだけれど。


 どうやら食事周りを再現しようとした過去の天使は畑や牧場といった施設や食物連鎖などの自然の仕組みを再現する程の手間を好まなかったようだ。

 それでいて食事自体は大切なものだと説くのだから、線引きがよくわからない。


 あらかた食材を切り終えると、ナナコが天使服に着替えて戻ってきた。


「よーし、お手伝いを…ってあれ?もうほとんど終わってる感じ?レイ君はお料理上手だね、褒めてあげる!よしよしよし〜」


 なぜか抱きつかれ、頭をワシワシと撫でられる。

 毎日のように料理の手伝いをしているため、こういった作業は得意だ。味付けなど肝心な調理においては、125号さんの足元にも及ばないけれど。


「775号さん、お料理はむしろこれからです。お鍋をぐるぐるとかき混ぜる役をお願いしてもいいですか?私が調味料などを調節しますから」


「了解です!やったー、お鍋のいい匂い独り占め!あ、でもレイ君が言ってくれたらいつでもいい匂いをお届けするよ。むしろいっしょにかき混ぜる?共同作業ってなんか良いよね!」


「匂いなんて放っておいても部屋中に広がるだろ、独り占めは無理だ。俺は荷物を置いてくるから後は頼んだぞ、ナナコ」


「はーい!」


 そういえば自分の荷物を置きっぱなしだったことに気付き、キリがいいので一旦自分の部屋に戻ることにする。


 途中で何人かの天使にすれ違うが、ひとりとして目を合わせることもなかった。

 ひそひそ話が自分のことを野次っているように聞こえるのは自意識過剰ではないだろう。


 125号さんのお陰で表立った嫌がらせこそないものの、まるで腫れ物を扱うように遠巻きから蔑んだ目で見られるのはよくあることだった。


 人当たりがよく、能力まで高いナナコが俺にべったりなのもその一因かもしれなかったが、ナナコは気にしていないので俺も気にしないことにしている。

 彼女の前では口が裂けても言えないが、俺はナナコがそばにいてくれるならどんな仕打ちにだって耐えられる。耐えてみせる。


 そう思うくらいには、大切に思っているのだ。

 気づけば自室に辿り着いていて、鞄をベッドに放り投げてからふと我に返り、急に恥ずかしさがこみ上げてきて顔が熱くなる。


「なに恥ずかしいこと考えてるんだ俺は…アイツには絶対バレないようにしないと…」


「え?恥ずかしいことってどんなこと?アイツって誰?もしかして…私!?やだ、あんまり恥ずかしいのは嫌だけど、レイ君になら…人間的なコト、してもいいよ。それも天使の役割だもんね、125号先生も褒めてくれるよ!」


「…………!?」


 いつのまにか背後にナナコがいた。

 というか悶えていた。


 たった一言の失言でこんなにも熱くなられると、逆に引く。


「お前はどこからそんな変な態度を覚えてくるんだ…あと人間的ってそういうことじゃないぞきっと」


 125号さんは人間の営みが好きで、その一環で料理を作っているらしい。

 とはいえこんな変態的な営みは例外だと思う。

 もっとも人間なんて会ったこともないので例外なのかの判断も出来ないけれど。


「あれ?あんまりこういうの好きじゃない感じ?人間の間では大人気って聞いたんだけどなー」


「誰だそのホラ話を吹き込んできたバカは。今後の付き合い方を考えた方がいいんじゃないのか?」


「えっとね、125号先生だよ?」


「まさかの!」


 がっくりと脱力する。

 このあと食堂にどんな顔をして行けばいいのだろうか。


「あ、そうそう!ご飯が出来たから呼びにきたんだった。レイ君は着替えなくていいの?」


「俺は制服の方が好みだ。天使服は羽がないと違和感を覚えるだろ?人間のために作られた制服ならそんな心配もいらないしな」


 そう言って部屋を出る。

 ナナコは少し悲しそうな顔をしてこちらを見ていた。


 ちょっと自虐的な言い方だったかもしれない、こんな事を言ってばかりいるからあんなに過保護で心配そうにしてくるんだろうか。

 食事前に暗い空気にしたくはないので、弁明を込めて頭を撫でてやる。


「単にデザインがそうだって話だ。もう昔とは違うんだから、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。お前は、笑っている方が似合ってるよ」


「……うん」


「さあ、早く行かないとご飯が冷めるぞ。それに125号さんにも怒られる。今日はお前の好きなシチューなんだろ?」


 ナナコは縋り付くように制服を掴み、一度握りしめてから2、3歩離れた。


「そうだね、今日はシチューなんだった。それも、レイ君と私が一緒に作ったシチュー!これはもはや共同シチューだよね、共同シチュー!食べる時も一緒だよね、食べさせあいっこしよう、むしろ食べさせてあげる…!」


 ツッコミどころが多い復活の仕方だけれど、作り笑いでも無理して明るく振舞っているわけでもなさそうなので、まぁいいかと思ってしまう。


 あっという間に追い抜かされて、やれやれと追いかけようとする前に、ナナコが振り返って笑った。


「…でもね、レイ君は制服でも天使服でも、変わらずかっこいいよ!」


 ああ、ほんとうに、勝てない。

 周囲が向日葵畑になったんじゃないかと思うほどに、その笑顔は眩しかった。


 きっとこの先も一生、この笑顔を見せられては敵わないのだろう。

 この笑顔を守るためならきっと、命だってかけられる。そう、思った。



 その夜、寮の天使たちが眠りについたあと、俺はひとりで大量の洗い物をしていた。


 昔から洗い物も手伝ってきたし、馴れたものだ。

 125号さんには休んでもらうように言いくるめたので、きっと今この寮で起きているのは自分だけだ。

 ナナコは寝つきが良いので、今頃はぐっすりと夢の中だろう。


 この寮にいる天使はおよそ100人で、それ以上は他の寮へと割り振られている。

 当然洗い物も相当な数になるが、洗い物をしているこの時間はわりと気に入っていた。


 物音ひとつしない静かな夜に、水音と食器が重なる音だけが響いている。


 明かりが点いているのはこの洗い場だけで、まるで舞台に立っているかのようだ。

 ただし観客は食堂に並べられた椅子と机なのだけれど。


 考え事をしながら洗い物をしていると、ふと洗っていた包丁で指を切ってしまった。


「痛っ…最近考え事ばかりだな。もっと集中しないと…」


 一旦洗い物を止め、治療具を取り出す。

 ナナコみたいに料理が不得意な天使などに手伝わせると結構な頻度で指を切ったり火傷したりするので、簡易治療具が調理場に用意されているのだ。


 もっとも、普段ならR型…ラファエル様の羽根を核とした天使を呼んで治癒して貰えば直ぐにでも完治するのだが。


 ただし、ほとんどの天使に忌み嫌われている俺は治癒をしてもらえるとも思っていない。

 ナナコにはどう言い訳しようか…そう考えながら小さめの包帯を取り出すが、ふと手元を見ると切り傷が見当たらなかった。


「あれ?たしか右手の人差し指を…左手だったか?」


 もちろん左手の人差し指にも、それどころか他のどの指にも切り傷どころかささくれひとつすら存在しなかった。


「気のせい…?疲れているのかもな。今日は早いとこ終わらせて寝るか…」


 指を切ったのは気のせいだったのだろう、あるいは軽く当たったが切れていなかったとか。

 そうでなければ、治癒を行なっていない傷口がひとりでに治るわけがない。


 少しだけ滲んでいた血を擦って誤魔化し、自分にそう言い聞かせた。


 けれど心のどこかで、自分は本当に天使なのか、もしかしたら天使どころか悪魔の類なのではないかと、そんな心配が頭をよぎった。

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