とある嵐の前の静けさ
さすがに毎日授業をサボるわけにもいかないので、それからは授業の合間を縫って修行をした。
たとえば天使学はもともと休み時間扱いだったし、実践学もゼロの俺は空が飛べないからと自由参加になっている。
777号も片翼なのと腕輪が付いているということでそのふたつの授業は休み時間になったようで、俺の修行に付き合ってくれた。
意外だったのは、750号まで度々授業をサボって修行を見に来ることだった。
俺がびしょ濡れになるだけな修行の何が面白いのか、それともたまに熱視線が送られる777号目当てなのか。
どちらにせよ、妙な3人組での修行は少しずつ身についてきている。
水の上を自由に歩けるようになる頃にはだいぶコツを掴んできて、2.3歩なら空も歩けるようになっていた。777号は集中を逸らすようにちょっかいをかけてきて、750号は俺の破れた制服を縫ってくれていた。
もちろんその間、5日ごとに天伏殿に通い戦闘のイロハを教えてもらうことも忘れていなかった。
まずは基礎的な筋トレから始まり、ヨガ?というらしい姿勢の維持のトレーニングをしたり、反撃をせずひたすら攻撃を避けるというものまで様々なトレーニングをした。
天伏殿にはトレーニング用の器具が驚くほどあり、ひたすらに重い鉱物を持ち上げたり、布を巻いた殴る蹴るための人形など初めて見るものばかりだった。
14号さんと15号さんの基本的な方針は魔力を使わなくても戦えるようになる、というものだった。
魔力はあくまでも補助的な使い方をするだけに留めれば、かなり節約しながら戦うことができる。
天使の輪が無く魔力の補給が不安な俺に合わせた、実践的な方針だと思う。
…天使の輪が無いゼロの俺は、どこから魔力を調達しているのだろう。
自分の正体を知るどころか疑問が増えるばかりだ。
5日ごととはいえ体力的にかなりキツイ時間だったけれど、14号さんと15号さんが任務でいない間やトレーニングの休憩時間は48号さんがお茶とお菓子でもてなしてくれたので精神的には苦ではなかった。
48号さんは驚くほど博識で、授業なんて目じゃ無いほどに様々な知識を教えてもらった。
たとえば、天使が生まれる時には4体の大天使の羽根を核として、残るもう2体の大天使から肉体を得るのだという。
4体の大天使というのは当然ミカエル様、ラファエル様、ガブリエル様、そしてウリエル様だ。
ここまでは学校でも習うことだし、核となる羽根ごとに区別されることも多いので知らない天使の方が少ないだろう。
しかしもう2体の大天使の存在は少なくとも学校では教えられることはない。
教師に聞いてもはぐらかされるので長らく疑問だったけれど、48号さんはあっさりと教えてくれた。
その二体の大天使の名はメタトロン様とサンダルフォン様と言うらしい。
かつての叛逆を生き残った2体の大天使は天使でありながら元は人間だったらしく、その体躯は空まで届くほど巨大なのだとか。
ちなみにメタトロン様は男性型で、サンダルフォン様は女性型の大天使らしい。
男性型と女性型のどちらが生まれるのかは母胎となった2体の大天使の性別によって決まるのだとか。
4大天使の羽根を核として、残る2体の大天使が肉体を与える。そうして新時代の、人間の肉体を持った天使が生まれたらしい。
しかし何故天使に人間の肉体が必要なのか、何故メタトロン様とサンダルフォン様の存在は伏せられているのか。
知れば知るほど疑問も出るが、48号さんもその全てを知っているわけではなかった。
特に肝心の堕天使の叛逆については知らないことも多く、いくら古参とはいえ新時代の天使であることに変わりはなかった。
14号さんと15号さんにも聞いてみたけれど、堕天使の叛逆については1桁台の天使でもないと正確な話はわからないという。
わかっているのは生き残った大天使は6体だけということ、叛逆を企てた堕天使は少なくとも5体は今も地球にいるということ。
俺はベリアルの顔を思い浮かべながら、ほかの4体はいるらしい堕天使を想像する。
その頭には天使の輪ではなく角が生え、黒い羽を広げて地球を…地獄を支配している。
かつては大天使だった堕天使も、今はもはや悪魔と呼ぶにふさわしいほどに堕ちてしまった。
そのきっかけは、何だったのだろう。
それを知るためにも、訓練に身が入る。
14号さんと15号さんにも攻撃が入るようになり、本格的な模擬戦闘を行うようになった。
魔力を全開にしても到底かなわないけれど、空中を歩く技術はまだ見せていない。
今でこそ協力してもらっているけれど、ミカエル様の様子からするといつか一時的にでも敵対することがあるかもしれない。
奥の手は多ければ多いほど良いのは間違いないだろう。
疲れ切って寮に帰ると、ナナコが遠慮がちに服の裾を掴んでくる。いつものように飛びついて来ないのはナナコなりに疲れている俺を気遣っているのだろう。
疲れているのは確かだが、離れている時間もそれなりに長いのでひとりで休むのは味気ない。
なので逆に腕を掴んでベッドに連れて行き、勝手に添い寝することにした。
これなら休息を取りつつナナコと一緒に居られる。
ナナコは初めは戸惑って、けれど拒絶することなく眠ってしまった。
あんなに疲労困憊だった俺より早く寝るなんて、ナナコはナナコで疲れていたらしい。
そっと頭を撫でてやり、あとを追うように眠りにつく。
ここしばらくはそんな風に食事も取らずに寝てしまうことがほとんどだった。
125号さんは何も言わずに、朝ごはんを少しだけ豪華にしてくれた。
以前はしていた料理の手伝いも後片付けも、最近はほとんどできていない。
そのことを申し訳なく思いながらも、今は優しさに甘えてしまう。
小さかった頃を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになってしまうのは、125号さんには秘密にしておこう。
以前とは大きく変わった日常。
悪魔との戦いが近づいているのを感じながらも、充実したこの日常がいつまでも続いて欲しいと思ってしまった。