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とある天使と泉

 そうして引きずられて辿り着いた場所は、校舎を挟んだ校庭の反対側、小さな森や湖がある通称「聖なる泉」だった。


 人間の生活環境を再現するために作られたこの泉は、魔力を帯びた水が循環していて汚れることがない。

 天使の魔力によって作られた木々は成長もしなければ枯れることもないが、葉は落ちるし枝も折れる。

 そうした欠落を聖なる泉の水を吸い上げることで回復しているのだそうだ。


 魔力でできた木なので魔力を帯びた水を吸うのは当たり前のようだが、この循環機構を安定させるにはかなりの時間と試行錯誤があったのだとか。


 そんなわけでこの泉や森の周りには魔力が満ちていて、天使にとっては安らげる場所なのだ。休み時間にはいつも何人かの天使がいるが、今は授業中なので俺たち以外は誰もいない。

 大体の流れは察したが、一応確認をする。


「おい片翼、こんなところで何をするんだ?というか、もう授業が始まっている時間だぞ。こんな堂々とサボっていいのかよ」


「お前がそれを言うのか、お前が!昨日はひとりでサボりやがって、おかげでしばらくは目をつけられたままだぜ」


 そう言って777号が右の袖をまくると、そこには首輪じみた見た目の腕輪が巻かれていた。


 魔力を抑制する腕輪で、それがある限り天使の輪を出すことができなくなる。天使の輪は炉心のようなものなので、顕現させなければ魔力量は半減どころでは済まない。


 しかもその状態で魔力を使い切れば、供給がされないため干からびてしまうこともある。

 どうやら昨日の騒ぎはそれなりにおおごとになってしまったらしい。


 まあ、自業自得だろう。


「どうやって誤魔化したんだ?俺のこと」


「新技の練習中に魔力が暴走したってことにしたんだよ。ああクソ、なんで俺がこんなものを!」


 苛立ちを抑えきれずに腕輪をカリカリと引っかいているが、あの腕輪は相当な硬さなのでそれこそ天使の輪を顕現させでもしなければ壊すことはできないだろう。


 ともかく、思った通りに俺の関与はバレなかったらしい。

 丸投げしたことには罪悪感がないでもないが、勝負の結果なので仕方ない。


「まあ腕輪程度どうとでもなるが、今派手に暴れてもしょうがねぇ。この腕輪が取れるまではお前の約束とやらに付き合ってやるよ」


「それは良かった、とっておきを披露した甲斐があったな。じゃあ早速だけど…お前はどうやって飛んでいるんだ?昨日はああ言ったけど、やっぱり空を飛べるのと飛べないのじゃ大きな差がある。俺も、空くらい飛べるようにならないといけないんだ」


 天使同士の戦いにおいて、空を飛べないというのは大きすぎるハンデだ。

 まして遠距離攻撃もまともにできないゼロの俺は、空を飛ぶ相手に一方的に蹂躙されてもおかしくない。


 先日の、本気を出した悪魔にそうされたように。


 777号もこちらが何を求めているかは察していたらしく、無言で泉に向かって歩き始めた。

 泉の縁に足をかけ――そのまま、泉の上を歩き続ける。


 よく見ると足元には魔力が集まっていて、それを足場にしているようだった。

 泉の真ん中の辺りで立ち止まり、振り返ると説明を始める。


「一言で言うなら、魔力を足場にしているだけだ。だが、当然足場になる魔力はそれなりの量か質が必要だ。自分の魔力を使うなら、空間を支配するレベルの量を。そこら中にある他所の魔力を使うなら、魔力以外の不純物を取り除く質を。それがあれば、あとは固めて足場にするだけだ」


 たしかに昨日の戦いでは3枚羽になり、空間を支配するほどの魔力が広がってから空を飛び始めた。

 そして今は、よく見ると足下から水が押し退けられている。


 どうやら泉の水から魔力だけを抽出して足場にしているようだった。

 つくづく器用なやつだと思う反面、案外簡単なのではとも思う。


 いつも体に魔力を纏わせてるし、魔力量だけなら777号にも負けない自信はある。

 羽による緻密な魔力コントロールこそできないが、むしろ普段から魔力と肉体を連動させている自分に向いているのではないかと。


 そう思って泉へと一歩踏み出し。


 水しぶきを上げながら、膝あたりまでがびしょ濡れになった。


「…冷たっ!?」


 驚いて飛び退る。

 たしかに魔力が足元に集まる気配はあった。

 それなのに、なんの抵抗もなく足は泉へと沈んでしまった。


 おそるおそるもう一度試すが、またしても同じ結果になってしまった。

 777号は笑いを堪えるようにしながらこちらへ歩いてきた。


 ずぶ濡れになった俺がそんなに愉快なのか、プルプルと肩と声が震えている。


「それじゃあ魔力を固めてるだけだ。鎧を着て踏み出しても沈むだけに決まってるだろ?足元を固めるんじゃなくて泉の水を固めるイメージをしろ。この際水を凍らせるイメージでも良い。この程度でつまづいてたら空中なんて1年かかっても無理だぜ」


 笑いは堪えているが、笑うように羽がパタパタと動くのが癪に触る。触るのだが、今はその助言がなければ水に浮くことすら出来なかった。


 何度か足を濡らしながら、ようやく水の上に立てるようになった。

 ずぶ濡れになった靴と靴下は脱いで、裸足でやった方が水を直に感じてやりやすかった。


 だが、戦いのたびにいちいち裸足にならないといけないと言うのはどうなのだろうか。

 まるで薄い氷の上に立っているような不安定さを覚えながら、なんとか感覚を掴もうとする。


 目を閉じて集中、その場で足踏みを数回。

 沈まないという確証を得たその瞬間、後ろから肩を叩かれた。


「あの、今は授業中ですよ?こんなところで一体何をしているんですか?」


 ザブン。

 驚いた拍子に集中が解け、魔力が霧散していく。

 急なことだったのと振り向こうとしていたのもあって、バランスを崩し盛大に泉に落ちてしまった。


 深さ自体は膝ほどまでしかなかったが、綺麗に仰向けに倒れたので全身びしょ濡れだ。

 隣で777号がついに爆笑し始めていて、肩を叩いてきた天使は驚いておろおろしている。


 俺は空を見上げながら、この修行が一筋縄ではいかないことをひしひしと感じていた。

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