とある天使の誤解
寮に着いて48号さんが帰った途端、ドアが開いて125号さんが出てきた。
「…おかえりなさい、0号さん。今の女性型のことは、775号さんには秘密にしておきますね?」
「何もやましいことはしていないしただ送ってもらっただけですがナナコには秘密にしておいてください」
別にナナコに知られたところで何もないが、妙に機嫌を損ねられるのが目に見えているので黙秘をお願いする。
「あまりからかわないでください。ナナコに聞かれでもしたら何を言われるか。ただでさえ離れ離れになって不安にさせているのに、これ以上問題の種を増やしたくはないです」
「ふふ、わかっていますよ。…あら、やけに制服が汚れていますね。ところどころ破れていますし、一度手入れをした方が良さそうです。是非私に任せてくださいませんか?」
「いや、自分でなんとかしますよ。125号さんは色々忙しいでしょう、こんなことまでお任せするわけにはいきません」
「いえ、そう言わずに。私はお裁縫も好きなので苦になりませんから。ほらほら、上着だけでも脱いでいってください」
無理矢理上着を脱がされそうになる。
125号さんは料理に掃除にと毎日忙しそうにしているので、これ以上仕事を増やすわけにはいかない。
あまりゼロの俺ばかりに構ってもいられないだろうし、制服を直すくらいなら自分でもできる。
いくら裁縫が趣味だと言っても、学校に関係ないことで汚れてしまった制服の手直しまで押し付けたくはなかった。
次回から訓練は天使服で行うべきだろうか…
なんて考えていると、突然ドアが勢いよく開いた。
「たっだいまー!疲れたー!レイ君はどこ、早く会いたいよー!ってあれ?レイ君…?」
あまりの勢いの良さとそこから現れたナナコに驚いて、足がもつれて転んでしまった。
当然、制服を脱がそうとしていた125号さんも巻き込んで後ろ向きに倒れる。
結果的に、半分ほど制服を脱がされた俺に125号さんが覆いかぶさる形になってしまった。
「125先生とレイ君が…!?嘘、私どうしたら…125号先生にはいつもお世話になっているけど、まさかレイ君がそっちの意味でお世話になってたなんて…!」
「待て待て、誤解だ!これはただ転んだだけで、というかそっちの意味ってどっちの意味だ!?」
ナナコは顔を半分青く、半分赤くして混乱している。どうでもいいが、たまにする妙に下世話な言い回しはどこで覚えてくるのだろうか。
とにかく、まさか育ての親同然である125号さんと特別な関係になるなんてことはありえない。
そう思ってとりあえず立ち上がろうとすると、125号さんはほんのりと頰を染めて抱きしめてきた。
まずい。
何がとは言わないが非常にまずい気がする。
少し申し訳ないが無理やりひっぺがす。
「125号さん!?ち、ちょっと一回離れてください。いつまでもこうしてると誤解が解けません!」
「あ、あら。ごめんなさい。簡単に受け止められてしまったので、随分大きくなったなと思いまして、つい」
125号さんは我に返ったようで慌てて飛び退る。
文字通り飛んで少し距離を取った後、照れ顔で弁明をしていた。
天使は人と同じように肉体があるとはいえ、人間のように赤子で生まれるわけではない。
しかしある程度小さな体躯から成長することに変わりはなく、転んで受け止めた際にその成長を感じて感動してもらえたらしい。
自分が成長したことで喜んでもらえるのは嬉しいことだ。嬉しいことなのだが、この状況でそんな表情をされると誤解が深まってしまう気がする。
案の定ナナコは致命的な勘違いが加速していて、もはや顔を真っ赤にしながらぶつぶつとつぶやいていた。
「お、大人の態度…!レイ君はこういうのが好みなの…!?レイ君が取られちゃうのは嫌だけど、125号先生はお母さんみたいなものだし…いや、お母さんにレイ君が取られちゃうなんてもっと複雑だよ…そ、そうだ!3人で暮らしませんか?それならなんとか!」
「なんとか、じゃないバカ」
とりあえず暴走しきっているナナコをチョップして止める。制服を着なおし、鞄を拾って自室に逃げることにした。
「制服は自分で直しておきます。125号さんはもっと休まないといつか倒れてしまいますよ。それでは、また後で」
「あっ、待ってレイ君!今のまた後でっていうのはやっぱりそっちの意味?わっ私今日は早めに寝るから!その後何があっても邪魔しないからね!」
「…普通に後で料理の手伝いに行くって意味だよ。そろそろ落ち着いてくれ…」
あらぬ妄想を続けるナナコは放っておくことにした。
6枚羽部隊で嫌なことでもあったのだろうか。
いや、元からこんな感じか。
当たり前だが、その日の夜は何もなかった。
翌朝、妙に眠そうなナナコを送り出してやっと一息つく。
どうやら何事かを期待してあまり眠れなかったらしいが、知ったことではない。
そもそも、俺がナナコ以外の女性型になびくわけがないのに。
そんなスネた感情は胸にしまい、今日は予備の制服で学校へ向かう。
汚れてしまった制服は天使学の授業中にでも直しておくとしよう。
そう思って教室に入ろうとした途端、後ろから首根っこを掴まれどこかへと引きずられる。
抵抗しようとして見上げると、そこには限りなくキレ気味の777号が見えた。
眉間にシワがよっているし、歯を食いしばっているように見える。
その上かなりの強さで襟を握られていて、破れないか心配になる。
有無を言わせず攻撃してこないだけマシだが、何を考えているのか表情からはうまく読み取れない。
なので、しばらくは大人しく引きずられることにした。
これで2日連続サボりだな、なんて呑気なことを考えながら。