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とある天使の日常

初投稿です、よろしくお願いします!


 ――神は死んだ。


 あらゆる奇跡は破棄され、全ての希望は失われてしまった。

 熾天使ルシフェルは自らを堕天使ルシファーと名乗り、数多くの堕天使と共に叛逆を起こし、ついには神をも殺してみせた。


 神の国は堕ち、地球そのものまで侵すほどに闇に染まってしまった。地球は地獄へと変貌を遂げ、堕天使たちが跳梁跋扈している。

 秩序は乱れ、規律が無意味となった世界で、それでも我々天使は諦めたわけではない。


 たとえ今は辛酸を舐める日々だとしても、力を蓄え憎き堕天使どもを根絶やしにしてみせる。

 いつの日か、愛おしい人間たちの再興を助けるために。それが神の遺志であり、天使の意地である。


 今は人間と呼べる生物はもはや存在しないと言っていいが、その生体情報は神の御技によって保存され、月の内部へと保管されている。


 それから数百年が経ち、生き残った6体の大天使の手によって我々のような新時代の天使が生まれた。

 天使の奇跡と人間の体を持つ我々は堕天使を打倒しうる力を秘めていて、地球を取り戻すために今は力を蓄えている。


 いつの日かあの堕天使どもを駆逐した暁には、美しい地球と人間たちの営みを取り戻し、今度こそ絶やすことなく守り続けてみせる――



 ――以上が、俺たち天使が送ってきた敗北の歴史と未来の願望だ。


 毎日のように聞かされて耳にタコができそうだけれど、今は授業中。あまり先生の話に興味がない素振りを見せれば、補習は免れないだろう。


 ただでさえ俺は先生たちに、もっと言えばほとんどの天使に目をつけられているのだ。

 あまり目立つわけにもいかないので、授業に集中するフリをしておく。

 別に話を聞かなくても、テストで赤点を取るほど間抜けた脳みそはしていない。だが、テストの点数さえ取れれば良いというものでもないので毎日退屈な授業を聞き流している。


 黒板を見るフリをしながら前の席に座っている天使の背中を見ると、その背中には制服を突き抜けて一対の白い羽が生えていた。

 いや、目の前の天使だけではない。授業を聞いている天使も教卓に立つ天使も、皆背中からは白い羽が生えている。


 ーーただ1人、俺を除いて。



 放課後。

 あまり居心地が良いとは言い難い学校からさっさと帰るべく、教科書を鞄に詰め込む。

 そもそも教科書なんてほとんど使わないし本当に必要なのかとも思うが、ある天使曰く「かつての人間たちの営みを忘れないため」だそうだ。

 かつての人間たちがこんなに発達した印刷技術や製本技術を擁していたとは思えなかったが、正常に歴史が進めばこれくらいの文化水準になるらしく、正常な歴史とやらを知らないので納得はともかく受け入れるしかなかった。


 そんなことを思い返しながら歩いていたため、前から歩いてきた天使にぶつかってしまった。


「なにぶつかってんだテメェ。俺様が誰だかわかってんのか?この聖痕が見えねぇのか!」


 突然の恐喝。

 およそ天使には見えない目の前の大男はどうやらたいそうな天使らしかったが、もちろん誰かなんてわかるわけもない。

 ただ、聖痕があるということはそれなりの実力者であることは間違いないのだろう。


「あん?誰かと思えば…ゼロ野郎じゃねえか。ははは、ついに目玉までゼロ個になったのか?この天使の恥さらしが!」


 ゼロと呼ばれたのは、当然俺だ。

 なぜゼロと呼ばれているかというと――俺は、天使ならば必ずあるはずの羽も、天使の輪も、ひとつたりとも持っていないからだ。


 天使の位階が崩壊した今では、羽の枚数こそが実力だとみなされている。羽が多い天使は魔力も膂力も桁違いに強いため、ある意味当然の帰結ではある。

 ただし、目の前の男のように聖痕がある場合は魔力が特別高かったり、そもそも核となる羽根の種類によって得意分野が違うので一概に羽の数が全てとは言えないのだが。


 そんな現実逃避的な物思いにふけりつつも、この場をどうするべきかを考える。

 いくら考えたところで、最終的な解決方法はひとつなのだけれど。


「なに黙ってやがる…ちょうどいい、テメェは前から気に食わなかったんだ。自分の立場ってやつを思い知らせて…うぼぁっ!」


 今にも襲いかかろうとしていた目の前の男が哀れな断末魔と共に吹き飛ぶ。

 俺の後ろから唐突に飛び出した天使に、華麗なドロップキックを食らったのだ。

 受け身も間に合わないような速度で吹き飛んだ男を尻目に、飛び出してきた女性型の天使はやたらと俺を心配する。


「レイ君、大丈夫!?ケガとかしてない!?あんな大男に迫られて…怖かったよね、嫌だったよね、もう大丈夫だよ!私が守ってあげるから!」


「ナナコ…いつも言ってるけどやりすぎ。しかも心配しすぎ、俺は勝手に逃げるなりするから大丈夫だ。毎回こうだと、お前まで目をつけられるぞ」


 俺がナナコと呼ぶこの天使は、正式名称M型775号。ミカエル様の羽根を核として生まれた、いわばエリートだ。


 揺りかごにいた頃からの付き合いで、良く言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁。

 しかし、かつて全てを諦め荒れていた俺を唯一見捨てずに寄り添ってくれた恩人であり、俺のことをゼロではなくレイと呼ぶたった一人の友人だ。


「そんなこと言って…前にレイ君が4階の窓から飛び降りた時なんて、目の前が真っ暗になったかと思うくらい心配したんだよ?逃げるにしても、もっと安全な方法で逃げてよ…」


 先程考えていた解決方法とは、ずばり逃走、逃げることだった。

 面倒事を起こせば退学だときつく言われていたので、何かあれば逃げ出すようにしているのだ。


 仮にも天使の体なので4階程度の高さから飛び降りても傷ひとつつかないのだが、羽が無く飛べないことも相まってナナコには心配をかけたようだ。


 もっとも、そんな事件を起こすより遥か前からこいつは過保護で心配性なのだけれど。


「ハイハイ、次からはちゃんと安全に逃げるから。そんなことより早くここから離れるぞ、騒ぎを聞きつけて先生でも来たら困る。幸い目撃者も多くないし、あの煩い天使もお前のことを覚えていないだろう。今回は平穏に終わりそうだな」


「オッケー!じゃあひとっ飛びで寮まで帰ろー!今日の晩御飯はシチューだよー!」


 そう言うが早いか、ナナコは俺を後ろから抱きかかえて窓から飛び出す。

 たしかに飛んで帰った方が早いし楽だけれど、こんな抱え方しなくても!?


「待て待て待て!別にそこまでしろとは言ってない!というかめちゃくちゃ目立つだろう!降ろしてくれ、この際走って追いつくから!」


「ダメダメ、地面を爆走してた方が目立つよ?これが一番早いんだから、大人しく抱えられてて!あぁ、レイ君はあったかいなー♪」


 ダメだ、話を聞く気がない。

 ジタバタともがいてみるが、あまり動くと背中に押し当てられたモノに意識がいってしまうため、程なくして諦め脱力する。

 こいつには女性型としての恥じらいとかは無いのだろうか。


 しばらく飛び続けていると、ナナコはふと真面目な顔をして空を見上げた。


「ねぇ、レイ君。今日も地球、黒いね」


 そう、元々地球だった惑星は、今は地獄と呼ばれる堕天使の根城になってしまっていた。

 かつての緑と青の輝きは消え失せ、ひたすらに黒が支配する星として存在感を放っている。


 では俺たち天使がどこにいるのかというと、一言でいえば月だった。


 地上が堕天使によって黒く染め上げられる前に生き残った人間たちを保護した神は、その生体情報を月に保管した後、6体の天使をその守護者として月に送った。月の表面は神の御技によって隠されていて、地球からは探すことができないらしい。


 その後幾ばくかの時を経て、地球を取り戻すための戦力を整えるために人の身を持った天使の量産方法が確立され、人間たちの営みを忘れないようにと人らしい生活を送るように環境を作り変えたらしい。

 そうして生まれ変わった月は、地球をイメージしてか"天球"と呼ばれている。


 先ほどの授業でも聞いたような話の続きだが、これ以上詳しい話は4枚羽以上の天使でないと知ることができない。

 どうやって人の身を持った天使が生まれるのか、そしてどのように悪魔と戦うのか。

 それを知るためには、強くなるしかない。


 力を蓄え、4枚羽以上になれば学校を卒業して天使部隊に所属することになる。

 4枚羽部隊から6枚羽部隊、大天使直属の護衛部隊など実力や羽の枚数によって配属される部隊は様々だ。


 "片翼"や"非対称"などの天使は例外として高待遇だったりするらしいが、そもそも羽すらない自分には関係のない話だ。


「私ね、いつの日か青い地球を見るのが夢なの。たくさんの木々や動物、人間たち…たくさんの命が、生命の神秘って呼ばれる海から生まれて、繁栄して。私たちは、そんな星を誰にも気付かれないように見守るの。おとぎ話みたいで、素敵じゃない?」


 天使という人間にとってはおとぎ話の世界の住人のような存在が、当たり前の人間の営みをおとぎ話のように語る。

 なんだか不思議なことだけど、その光景はとても魅力的に思えた。


「ああ、そんな未来がいつか来るといいな。そのためにも、俺たちはもっと…強くならないと」


「…うん。そうと決まれば、まずは晩御飯だよね!たくさん食べて大きくなろー!」


 ついさっきまでの真面目な空気はどこへやら、一転していつもの明るい彼女に戻る。

 それはナナコなりの、未来への決意表明なのかもしれない。

 今はまだ戦うことすらできなくて守られているけれど、いつか強くなるために自分にできることを精一杯しようとしている。

 そんなナナコを背中に感じながら、とりあえず早く降ろしてほしいと思うのだった。

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