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第1話 シスコン


 そうか、俺は忘れていた……頭に妹のパンツを被っていることを――


「そ、それがどうした?」


 だがオドオドしていては疑われる。強気に構えることで疑いは晴れるかもしれない。


「そのパンツは何って聞いてんの」


「俺が彼女にあげようと買ったんだ。それを頭で試着して何が悪い?」


 そうだ、妹のパンツでなければ家庭内ヒエラルキー最底辺のお父さんと同等くらいには維持できるのだ。


「ふーん……ちょっと貸して」


「え」


 俺は渋々パンツを外し、投げ渡す。普通に渡すか考えたが頭に被るくせに大切に扱い過ぎるのも問題だと思った。


 プレゼントなのに投げ渡すのも問題だが。


「んー」


 姉貴はパンツに糸を縫うように眺め、次第に顔を近づける。スンスンと嗅いでいるらしい。




 暫く経ち、俺を見据えると『夏芽だね』と言った。


「……分かるわけないだろうが」


「プレゼントにしては失礼なくらい使い古されてるし、女の匂いがする。その匂いが夏芽」


 なんで匂いで妹まで分かるんだよ……!


「俺の負けだ」


 姉妹の絆に勝てるわけがない、早く許してもらおう。


 俺は決死の土下座で姉貴に命を乞うた。


「だが言わないでくれ……妹に嫌われたら生きてけない……」


 重度なシスコンなのは分かってる。なんなら警察に行ったほうがいいのも知ってる。



 だが嫌われるのは胸に刺さるんだ!



「……別にいいけど、代償は要るよ」


 俺の謝罪が姉貴の気持ちを揺らしたのかは定かではない。だが、小さな活路は見出すことが出来たのは事実だった。


「分かった!なんでもしてやる!」


 食い気味に答えると、膝をついた俺の前にしゃがみ「明日、昼休みに食堂に来て」と言って部屋から出て行った。


「明日の命は繋いだか」



 安堵からか不意に呟く。少し経ってパンツを持って行かれたことに気づいた。


 没収されるのは普通か……しかし、なんで学校で話をするんだろうか。家族に聞かれたくない話かもしれない。


 疲れた俺は夕飯まで寝る事にした。









『きてよ』


 可愛い声が頭に響いた。声の主は細くて愛らしい手を差し伸べる。俺はその手を……



『起きてよー!』


 握った瞬間に少女は消え、見慣れた天井が視界を覆う。見回してみると少女に似た子……いや、妹が俺の顔を覗きこんでいた。



「……」


 一瞬何が起きたのか分からなかったが、時計の針から夕飯が近いのは分かった。


「起きた?」


 可愛い妹に見つめられて目覚めるのはかなり運がいい。


「まあな」


 俺はそれだけ言ってベッドから降りた。姉貴が秘密を漏らす事を恐れていたが杞憂だったみたいだな。


「何か言う事はー?」



 その証拠に夏芽は可愛らしい笑顔を咲かせている。



「ありがとう」


 起こしてくれた事に、元気になれる笑顔に。


 心の底から感謝を。



「ならいいよ、早く行こ」


 俺の手を掴んだ妹はせっせと部屋から出ていく。寝起きだからゆっくり歩きたい俺の意見は耳に入ってないらしい。


 本当は指を編むように繋ぎたいが、そんなことは言えなかった。




 階段を降りてリビングのドアを開ける。暖かい空気と同時に魚が焼ける良い匂いが鼻をくすぐった。


 ちらりとキッチンを見やり、本日の献立を確認しようと試みるが母の背で大鍋が隠れて見えなかった。


 俺はテーブルについてる父の隣に行き、出来あがるのを待つことにした。皿洗いしかできない男がキッチンで頑張っても料理は美味くならないからな。



 しばらく待っていると見終わっていない今朝の新聞を広げていた父が「テストは出来ているのか」と聞いてきた。


「参考書を持ち込んだから大丈夫だよ」


 決死のジョークで心配させまいと乾いた笑いを取り繕うが有効的な返事ではなかったのか「……家庭教師を考えておく」と言われてしまった。


 しかし、赤点ギリギリでなければ勉強という名目で妹とお部屋デートが出来なくなってしまう。次回のテストでは良い点を自力で取って父を安心させなければならなくなった。


 地雷に自ら飛び込んでしまった事に後悔を募らせていると母が姉貴と夏芽をキッチンに呼びつけた。いつもなら俺もセットで呼ばれるはずなのだが……




 二人に運ばれた皿はまず父の元に行く。その後、彼女らが座るであろう場所へ並ぶ。俺のゾーンは何故かスルーされていた。


 どういうことか訝しんでいると姉貴が辺りに並ぶ和食には不釣り合いな大皿を持って俺に歩み寄る。



 俺の元に皿を置くと手で口元を隠しながら「はいどうぞ」と含みを持たせて言ってきた。隠しきれなかった口角が釣り上がっているのは分かった。



「……おいィ?」


 このスパイスが香る洋風なインド料理は、昨日の夜に食べたカレーだ。もはや昨日どころか今日の朝と昼に食べている。



 正直、めちゃくちゃ飽きている……。



「何が? 粋な計らいなんだけど?」


「楽しみだなー」


 だが妹の前では寛容な兄として君臨しなければ行けないので、表向きはホクホク顔で姉貴からスプーンを受け取った。


 姉貴が席に着いたのを母が確認すると「いただきます」と言った。俺らもつられて手を合わせた。



 母から始まって母で終わる夕飯。




 粋な計らいって奴を見せてもらおうか、姉貴。







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