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◆五年前 サデナエ平原、魔人の勇者との邂逅

◆ ~五年前~ サデナエ平原 魔人の勇者との邂逅 ◆


 お忍びで冒険者としての活動を始めて、三ヶ月が経った。


 ゴブリン退治という初陣を勝利で飾った後は、コカトリスやオーガなど中級冒険者でも手こずる魔物を退治したり、魔物が巣くうダンジョンを踏破したり、本来数年の修行がかかるステップを二段三段飛ばしで駆け上がった。神から授かった剣の技量は確かに本物だった。自分より数倍の体躯の魔物でさえも両断することできた。


 また、レネスの魔法の腕も冴え渡っていた。

 ただ人徳だけで聖女になったわけではない。それを裏打ちする確かな実力があるのだ。傷を癒やす魔法や魔物を攻撃する魔法を満遍なく使うことができる上に、水を出したり火を起こしたりと生活に役立つ魔法を使い不便無く旅をする術を心得ていた。


 ときおり困っている人を放っておけず無茶な行動をしたり、光明神ミスラト教の教えに反する振る舞いに対しては誰に対しても厳しかったり、そんな頭の堅いところはある。だがそれを差し引いても心強い仲間だ。むしろ、俺が馬に上手く乗れず乗馬訓練に時間を費やすことになったり、俺が食事番のときに失敗したりと情けないところを見せても、嫌な顔一つせずに俺をサポートしてくれていた。早く様々な物事を覚えたり凶悪な魔人を倒して、レネスに報いたいものだと思った。


 そして、俺とレネスが上級の冒険者として差し支えない実力があると認められ、正式に俺が光明神ミスラトに呼び出された勇者であること、聖女レネスと共に旅出つことを発表することとなった。


 光明神ミスラト総本山、そこでもっとも神聖とされる「神託の間」において、レネスはその小さな身体に似合わぬ堂々とした態度で、神に誓いの言葉を述べた。


 段取りは入念に整えられていたし、俺が何を言うべきかも決められていた。ただのお披露目の式典にすぎない。それでも、レネスの言葉には心が震えた。


 こんなにも美しいものがこの世界にあったのかと。


 この世界を救うと言う使命が俺には与えられているが、俺にとっては単に課せられた仕事であるというだけで、崇高であるとは思っていない。だがこの子の願いは叶えたい。そう思った。


 そして、俺は魔人達が現れ襲われているという国……光明神ミスラト総本山の東側の隣国、ベナエ連邦へと向かった。ここを「国」と称するのは難しい。様々な部族民族が集まって合議制で国のような形態を為しているが、実際は様々な小国が入り乱れており、連邦内部の国境線も複雑で曖昧だ。ただし外敵に対しては一致団結して立ち向かうため、精強無比の軍を持つ集団と恐れられている。


 だが、魔人は人間の国のように大規模な軍を作らない。それぞれの群れが好き勝手に暴れ回る賊のようなものなのだそうだ。しかも通常の賊とは違い、魔人は一人一人が怪物じみた力量の持ち主だ。ベナエ連邦はまとまった軍を倒すことには長けていても、地球で言うところのゲリラ戦法に対しては弱かった。そこで、俺が招かれることとなった。


 俺自身の技量は確かに一流の冒険者を超えている。だが、一人に過ぎない。一騎当千の猛者を倒すことはできても戦争で勝てるかはまた別の話だ。そこはどうなのかと教主ベルモンディに尋ねると、「強い弱いも大事ですが、何よりも旗印があることが大事なのです」と答えた。劣勢に立たされているベナエ連邦にとってはそれだけで十分力になる、魔人達のゲリラ戦法に対処する準備が整うまでの時間稼ぎと戦意の維持ができるならそれで万々歳……ということらしい。


 まあ、納得できる答えだった。勇者の名前や箔が大事だと本音を言ってもらえるならば十分だ。俺が誰と戦うかというよりも俺が存在すること自体が一種の武器なのだろう。戦争なんてテレビと歴史漫画くらいでしか知らないが、なんとなくわかった。そして俺はレネスと、そして部下となる教団の騎士達と共にベナエ連邦……その領内、魔人と人間との激戦区、サデナエ平原へと派遣されることとなった。


 そこで、出会った。


 長きに渡る戦いの中での一番の好敵手。


 勇猛な黒豹の顔を持ちながら将や軍師よりも怜悧で聡明な頭脳を持ち、鬼種を超える剛力を持ちながらそこらの剣豪剣客が裸足で逃げ出すほどの精妙な剣を持つ、最強の敵。


 魔人達の勇者、ダルクレイ。



 俺もそれなりに冒険を経験して自信というものが生まれつつあった。


 とはいえ今俺の手にある力は自分で鍛えて血肉にしたものではなく、授かったものでしかない。だからこそ、この力を振るうのは正しい行いのためにしようとか、慢心せず謙虚を心がけようと、そう思っていた。


 故に、この加護の力を正しく使いこなそうとは思っていても、そこから更に鍛え伸ばそうという発想を持っていなかった。だが、サデナエ平原での魔人達と戦闘になったときに、そんな甘い考えではいずれ死ぬということを思い知らされた。


「甘いッッッッ!!!」

「ぐあああっ!!!???」


 受け止めるのが精一杯の一撃だった。


 勇者として、冒険者として戦った期間は短くとも、ゴブリンから始まりオークやコカトリス、そして自分の倍の身長はあるオーガを屠ってきた。それらとはまるで比較にならない、これまでの冒険の中でもっとも強い衝撃に、感動にも近い恐怖を覚えた。


 姿形にも驚きはした。虎や豹といった獰猛な猫科動物の頭。分厚い皮鎧のような毛皮。その毛皮の下には、針金を束ねたような分厚い筋肉が確かにあった。長に付き従う兵ですら一騎当千の猛者に感じる。精鋭なのだろう。これが精鋭でないとすれば魔人達というのはどれだけ恐ろしいのか。


「はっ……勇者と聞いて襲いかかってみれば、ただの小僧ではないか」

「なんだと!」

「剣の使い方も知らず、ただ与えられた加護の上にあぐらをかく。それを小僧と呼んで何が悪いッ!」

「勇者様を侮辱する気ですか!」

「女はすっこんでいろ!」


 レネスが言い返すも、豹頭の男はびりびりとひりつくような凄まじい怒号で応じた。

 

「我こそは魔人の勇者にして陽なる世界を終わらせる者。剣士ダルクレイ」


 ダルクレイと名乗った男は、剣を構えた。

 血よりも赤い刀身の、両手持ちの大きな剣だった。

 まるで生き物のように鳴動している。

 只の剣ではない。これでは、俺の授かった聖剣では……


 このままでは死ぬ。


 向こうと俺の実力差を鑑みた瞬間、結論が出てしまった。俺だけではない。レネスも、俺についてきた騎士達も、あっけなく惨殺される。この世界に来て初めて本物の死を意識した。


「冥土の土産に教えてやろう。俺も、神より加護と聖剣をたまわった身だ」

「なんだと……?」

「だが俺の剣はお前では勝てぬよ……俺は授かった物に満足せず、鍛えに鍛え上げた」


 ダルクレイが自分の剣を掲げた。

 その瞬間、ぶわりと、恐ろしく冷ややかな風が頬を打った。

 


「恨みは無い。だがお命頂戴する」


 奴がそう言った瞬間、レネスが立ちはだかった。


「勇者様! お逃げください!」

「馬鹿! やめろ!」

「いいえ、やめません! 私には代わりが居ても勇者様には代わりは居ないのです」

「ここで逃げたらもう勇者じゃないだろう!」


 加護を鍛え上げたというならば、この場は逃げて再起を試みるのが賢い生き方なのだろう。


「俺は諦めないぞ! 『黎明』! お前だって、似たような剣を相手に逃げたくは無いだろう!」


 俺は、剣に呼びかけた。

 まるで馬鹿みたいに見えるかもしれない。

 だがこの剣は時折、まるで意志があるかのように振る舞うときがあった。

 敵を斬りたいと思ったときにはそれに応えるように軽やかに舞い、敵の攻撃を防ぎたいと思ったときは大地に根を下ろしたように盤石になる。

 そして向こうの剣も、まるで生きているかのように血を求め、鳴動している。

 あの剣から放たれる必殺の一撃を防ぐことはできるのか。


「応えろ、『黎明』!」


 今のままでは駄目だ。

 俺一人では駄目だ。

 だが


「ぬっ……!?」

「勇者様……?」


 そのとき、剣が青白く輝き始めた。

 まるで、夜が明ける直前の空のように。


「ちっ、喋りすぎたか……! 『黄昏』よ! その威を示せ!」


 ダルクレイが剣を構えた。

 彼の威風堂々たる大上段はまさに神話に語られる戦士の姿だ。

 赤々とした刀身が、沈みゆく太陽のように深く輝き始めた。


 互いの剣から光の奔流が流れ出した。


 俺は、無我夢中でそれを振り下ろし――



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