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◇現在 名も無き開拓村、いつもの夜2

◆ ~現在~ 名も無き開拓村、いつもの夜2 ◆


「いや、ギルドに行ってくれよ。直接客から仕事を受けるのはここじゃ御法度なんだ」


 俺は、玄関前で突然土下座した男……ええと、農夫のケネルさんにそう告げた。


 冷たいと思われるかもしれないが、冒険者というのは命を張る仕事だ。

 仮にどんな簡単な仕事であったとしても命のやりとりをすることには違いないし、一瞬の油断で命を落とすことだってある。安い値段で請け負うことは皆の命の値段を下げることと同義だ。俺もレネスもそれを痛感していた。


「そっ、そうしたいところなんですが、どうしても銀貨10枚は用意できなくて……!」


 それで直接お願いに来た、と。

 ギルドは依頼者の報酬の1割程度を手数料として徴収し、冒険者に支払っている。

 危険を冒さずピンハネしているという批判も無いわけではないが、それでも俺達はギルドを通して受けることに否は言わない。困り切った依頼者が依頼料を踏み倒すということは、どこでも日常茶飯事なのだ。また同様に、依頼料を先払いで貰っておいて依頼を遂げずに逃げる冒険者も少なくない。だからこの村では、ギルドという仕組みを作ることになった。


「びたいちだってまからないよ」


 奥に居たレネスが、低い声で言った。


「ハルト……一番最初にこなした依頼、覚えてる?」

「ああ、丁度こんな感じだったな」


 ゴブリンの退治と、捕われた村民の解放。

 村に到着して話を聞いてみれば、約束していた報酬が用意できていなかった。

 それでもレネスと俺は依頼を快諾した。

 このときの俺達の旅の最終目的は世界を救うことであり、それは即ち、どこにでもいる人間一人一人を守ることでもあった。だから条件を付けた。

 後から調べてみれば、その条件も守られることはなかった。

 人間は弱ればどんな空手形だって切る。

 俺達は骨身にしみて実感していた。


「いっ、今は無くとも後から必ずお支払いします! どうか! お願いします!」

「しかしなぁ、ギルドを通さない依頼は受けられないんだよ。ゴブリンが出たとなったら村から金を集めてギルドに行けば良いじゃ無いか。何もあんた一人がこんな夜中にこなくても」

「よっ、嫁と娘がさらわれたんです! すぐに助けないと食われちまう!」

「……そうか、家族が」


 ケネルの焦っている様子に嘘の色は見えない。

 助けてやりたいのは山々だ。

 だが、ここで暮らすと決めたときに皆で決めたのだ。

 たかがゴブリン退治と言えど、誰かに便利に使われることは巡り巡って皆に迷惑が掛かる。


「ねぇ、ハルト」


 考えあぐねていたら、嫁から声を掛けられた。


「どうした、レネス?」

「銀貨五枚、私達が立て替えよう」

「……ふむ」

「本当ですか!?」


 レネスが胡乱げな目をするが、ケネルは喜色満面で俺の手を握った。


「ただ、証文は書いて貰うよ。あなたが私達から銀貨五枚を借りて、いつまでに返してくれるかってこと。それと……」

「は、はい」

「返せなかったときの担保も」


 つまりは、銀貨五枚を返せなかったときに何で弁償してくれるのか、という話だ。

 俺はこのあたりで、レネスがやろうとしていることに察しが付いた。


「た、担保……そ、そんな、俺が出せる担保なんて、家と土地くらいしか……。土地だって無くなったら、俺達は生きていけねえ……。それに家も土地も、流石に銀貨五枚じゃ手放せねえ……」


 ケネルは愕然とした顔をする。

 だがそれを見たレネスが、首を横に振った。


「ううん、そうじゃないよ」

「へ?」

「担保っていうのは、あなたの娘さんのこと」



 ケネルはひとしきり迷ったが、結局レネスの言う通り証文をしたためた。

 ケネルの証文に加えて俺達が依頼を受けたこと、報酬の一部を立て替えることなどの経緯を書いた手紙を添えて、レネスが『アポート』を使ってギルドに届けた。レネスの『アポート』はますます磨きがかかり、10キロ程度の範囲ならば確実に宛先へと届けてしまう。

 だから後は、ゴブリンを倒すだけだ。

 そのための武具を用意していると、レネスがぽつりと呟いた。


「……もし、あの人がお金返せなかったとして」

「うん」

「それで娘をこっちに寄越したとして」

「うん」

「浮気したら怒るよ?」

「するわきゃないだろ」

「……絶対?」

「あのなー、お前がそんなもんを担保にした理由、俺にわからないと思うか?」

「わ、わかっちゃうの?」


 レネスは慌てふためいて俺を見た。

 こんな恥ずかしがるレネスの姿は久しぶりだ。あられもない姿ばかりだったし。

 俺はレネスを抱きしめて、唇を重ねた。


「……昔みたいなことには、ならない」

「うん……」

「じゃ、さっさと終わらせようぜ」

「うん……『テレポート』」


 レネスが俺に抱きしめられたまま呪文を唱える。

 周囲が虹色に歪んだ。

 百キロ先であろうと千キロ先であろうと一瞬で移動することができる、便利かつ凶悪な魔法だ。諸事情で今は海の外には出れないのだが、同じ陸続きであればどこへだって移動できる。すぐにケネスのいる村まで辿り着いた。


「見れるか?」

「……洞窟は魔力が濃いから千里眼じゃ見れないね……『マナソナー』」


 レネスが右手を上げて、ごく小さな魔力をさざ波のように周囲に流した。

 これはレネスが独自に編み出した魔法だ。俺は地球にある科学技術をよくレネスに話しているのだが、レネスはそれを応用して様々な魔法を作っている。マナソナーもその一つであり、つまるところ音波では無く魔力を使ったソナーだ。漁船の魚群探知機のように魔力を持った存在の位置を把握することができる。既存の魔法では難しい調査や探索に使えるためにレネスは重宝していた。


「見つけた。山の中腹あたりの洞窟。あんな狭いところでよく頑張るなぁ……あ、人の気配もある」

「冬はまだ遠いし、食料は豊富なんだろう。保存食にする気だな」


 人間は存外にしぶとい。

 水と塩さえあれば相当長く持つ。

 精神はともかくとして、だ。

 ゴブリンは最低限の水や食料を与えて、「ごちそう」を保管する習性がある。

 つまり、人質は生きている。


「ハルト、だっこ」


 俺が真面目に考えていたら、レネスが手を伸ばした。


「わかってるって……ちゃんと掴まれよ」

「うん」


 俺はレネスの小柄な体をひょいと抱き上げた。そして、


『絶技・韋駄天』


 俺には、神より頂戴した加護をさらに鍛え上げて身につけた技が幾つかあり、その一つがこれだ。

 超高速で走り抜けることで一瞬で距離を詰めたり離脱したりする。

 まあ、テレポートとは違って単に「物凄く速い」というだけなのだが、テレポートは一度行ったことのある場所にしか行けない。未知の領域に行くには自分の足で歩くしか無い。


 瞬く間に景色が過ぎ去っていく。

 走り、跳躍し、徒歩で数時間は掛かる距離を数分で辿り着く。


「ここか」


 木の幹を牙で削ったような、粗末な棍棒を持ったゴブリンが門番のごとく洞窟の前に立っている。

 『韋駄天』を解かずにそのスピードを保ったまま蹴り上げた。

 この移動速度はそれ自体が一種の武器のようなもので、ゴブリンは悲鳴をあげる暇すらなく岸壁に叩き付けられる。


「『フレイムスネイク』」


 レネスが俺に抱っこされたまま、怜悧な目つきで呪文を唱えた。

 その手から10匹の炎の蛇が生まれ、俊敏な動きで洞窟内へと入っていく。

 これは姿だけではなく行動も蛇に酷似している。

 敵の体温や呼吸を見分けて、正確に敵を狙い撃つことができる。

 か細い断末魔と、じゅっと燃える音が洞窟から響いた。


「……よし、終ったよ。囚われてる人は二人かな」


 我が嫁ながら恐ろしい精度で魔法を繰り出してくる。

 俺は勇者なんだが、この子に勝てるイメージが全然わかない。


「じゃあ、あのおっさんの家族だけだな」

「魔力を見る限りでは怪我とかはない感じかな……ずいぶん怯えている感じだけど」


 俺はレネスの言葉に頷いた。

 色んな意味で怖かっただろう。

 多分、ゴブリンが目の前で焼き尽くされてるのを目の当たりにしてるはずだ。

 とはいえ、こうして人を助けられることは救いだった。


「……よし、さっさと助けてさっさと帰るか」

「うん!」


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