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◆五年前 とある峠の村、ゴブリン討伐の依頼

◆ ~五年前~ とある峠の村、ゴブリン討伐の依頼 ◆


 ミスラト教総本山の周囲には幾つか村落があり、西国へ通じる峠の中腹にも小さな村があった。


「ここにゴブリンが現れるとのことですね……早くなんとかしないと」


 旅の途中、村が見えてきたあたりでレネスが心配げに呟いた。


「いや、その……レネスさん」

「あ、レネスで良いですよ、勇者様」

「えっと、レネス。まず修行目的で冒険者として旅をするってのはわかるんだけどさ」

「はい」

「その……本当に大丈夫なのか? 俺、剣を振ったこともないんだけど」

「ええ、そこは大丈夫です」


 レネスは何の憂いも無く頷く。


 光明神ミスラトに呼び出された勇者には剣や弓矢、杖などの何かしらの聖なる武具が与えられると同時に、それを扱う技量や体力、病や毒に倒れにくい頑健さといったものも神の加護として与えられるのだそうだ。俺は何の苦労もせずに、一流の戦士と同じ力が与えられている……らしい。

 とはいえまだ実戦を経験していないので、まったく実感が無いのだが。


 だから、『加護』に振り回されないよう自在に使いこなすための訓練が必要となった。まずは勇者とは名乗らずに一回の冒険者として総本山の周辺の村々を周り、魔物退治などを通して授かった力を我が物とすること。それが旅の第一歩だった。


「私にはハルト様に神聖な魔力が渦巻いていることがわかります。まだハルト様はその使い方を知らないだけ。それよりも……」

「それよりも?」

「……良いですか、ハルト様」


 レネスは立ち止まり、神妙な顔をして俺の顔を見つめた。


「ゴブリンと言えど、殺生には違いありません。たとえ苦しむ村人を救うためと言えど、どうしてもそれができる人、できない人が居ます……特に、ゴブリンは魔物の中でも人間に近い姿をしていますから」


 ごくり、と唾を飲んだ。

 これから待ち受けるゴブリン退治を思っての緊張では無い。

 元の世界では中学生に見えるような少女が、厳しい現実を既に知っているのだ。


「挫ける人って、いるのか?」

「どうでしょうね……いろんな勇者様が居たので戦いが嫌という人も居たとは思います、記録にはあまり残らないでしょうけれど」

「でも俺みたいに死んだところを生き返らせてもらって、人生をやり直すチャンスをもらったんだ。簡単には投げ出せないよ。否も応も無いんじゃないか?」

「そうかもしれません。でも……」


 レネスは、今から言うことは内緒ですよ? と言って微笑んだ。


「挫けてしまったら、挫けてしまったで良いのです」

「え、良いの?」

「あくまで私の考えですけれど、戦いとは残酷なものです。誰かのために戦うことは尊いですけれど、その残酷に馴染めない人を情けないとは思いません。優しい人や強い人、いろんな人が居てこその国、いろんな人が居てこその世界です。総本山の神殿ではこんなこと言えませんが……」


 空の向こうを見つめるレネス。

 今日は、雲一つ無い快晴だった。

 おそらく彼女の見る世界は、この青空のように美しいのだろう。


「もし戦いを辞めて剣を捨てる日が来たら、そのときは自分の優しさやミスラト様の教えを大事にしてください。誰かのために何かをしているのであれば、それがなんであれ誇り高い生き方だと思うのです」

「……そっか」


 俺は、剣の柄を握った。

 そんなことを言われたならば、ますます引けなくなるな。



 村長は、俺達を丁重に迎え入れてくれた。

 村長の宅で白湯を出された。

 この国において茶は高級品だ、これが精一杯のもてなしなのだろう。

 俺達が総本山から派遣されたということを知っていた、というわけではない。

 俺は元々顔が知られていない。レネスはこのあたりでは有名だったが、ミスラト教の正式なローブではなく茶色の何の変哲も無いローブを纏っていたし、ご丁寧なことに髪の色も黒に染めていた。今のところ勇者を召喚できたことを発表するタイミングを慎重に検討しているため、今それが漏れるのはまずいらしい。大人の政治の世界だな。


 ともかく、俺達の素性はまだバレていない。

 それでも村長が冒険者である俺達に頭を下げる理由は、用意していた報酬のことだった。


「……つまり、銀貨10枚のはずが、5枚しか用意できていないと」

「本当に申し訳ございません……!」


 村長達は平伏して詫びた。

 どうしたものだろうか。

 俺はレネスの顔をちらりと見るが、その顔に驚きも動揺も無い。


「顔をお上げください」

「はっ、はい……」

「報酬は、用意できた分だけで構いません」

「おお、なんと……!}


 ははぁ、と村長は一度上げた頭をこすりつけるかのように下げた。


「そのかわり条件があります。さして難しいことではありません」

「じょ、条件ですか?」


 おそらく想像していなかった答えだったのだろう。

 演技でも何でも無く、村長は焦っていた様子だった。


「もしゴブリンに拐かされた娘子供が居ても、見捨てずに庇護をしてください。それが光明神ミスラトの御心に叶うことでしょう」

「……ええ! それはもちろん!」


 そして村長はまたも頭をこすりつけるように平伏した。


 ゴブリンは、人をさらう。

 人の肉を食うために積極的に人を襲う。

 ゴブリン一体一体は弱くとも、群を作り人の集落を狙うとなれば賊よりも厄介だ。

 だからゴブリンの巣に対して人は常に敏感だった。


 ここまでは、俺もレネスに説明されて知っていた。

 だが、この時点では知らされていなかったことがあった。


 俺がレネスが要求したことの真意を知らされたのは、ゴブリンを退治した後のことだった。


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