◆三年前 交易都市エメラーディへの旅4
ミスラト教エメラーディ支部の、ダナンの執務室に俺達は腰を掛けた。
そして俺達が座ると同時に、ダナンは頭を下げた。
「お二人とも、本当にありがとうございます」
「なに、できることをやっているだけだ」
「……いえ、尽力してくれてることではなく、加減してくれてることがありがたいのです」
バレていた。
「ああ、誤解しないでください。皮肉ではなく純粋にありがたく思っているのです。他言するつもりはありません」
「……まあ、こっちはこっちの思惑があるってだけだ。むしろ、説明がいるのはとっちとダナンの因縁の方だと思うんだが」
皮肉げな口調になってしまったが、実際俺はダナンに対してはちょっと怒っている。
思わせぶりなマロードとのやり取りについてこれまで説明がなかった。
こんな因縁めいた話なんて聞いていなかった。
『前回』は問答無用でマロードを倒したから説明する暇がなかったにしても、『今回』はちゃんと説明してもらわなければ困る。
「申し訳ありません、勇者様。騙そうとしたわけではないのです」
ダナンは恐縮しながら頭を下げた。
「まあ最初にあまり話を聞かずに飛び出たこっちも悪い。ただ……」
「ええ、お話しましょう。マロードと、この街。そして私の罪について」
「ああ、聞かせてくれ」
「……この街は、よく台風が来るのです」
「ああ、海沿いの街だもんな」
そういえば俺も、子供の頃に近くの川が決壊して体育館で泊まったことがある。
とはいえ懐かしいなどと言ってられないな、現実に起きている天災なのだ。
「水も不足せず雪も降らない良い土地なのですが、台風ばかりには勝てません。昔、百年に一度という凄まじい台風が着たときの被害は凄まじく……港も壊滅に近い状態になって」
「魔族や妖魔には勝てても、天災には勝てないからな」
「むしろ、援助を申し出たのがマロードでした。マロードはこの街の恩人なのです」
「なんだって?」
どうも詳しく話を聞けば、食料や怪我の手当などの援助をしてくれたらしい。
ダナンも住民も困惑していたが、結局は申し出を受け入れた。
最初は仲良くやっていたらしい。
妖魔の姿形は恐ろしいが、やがてそれにも慣れて偏見が薄らいでいった。
ある事件が起きるまでは。
「桟橋が壊れて、子供が海に落ちたことがあったのです。溺れて死にかけて……私や住民達では施しようがありませんでした」
その死にかけた子供を救ったのが、マロードだった。
より正確に言えば、マロードがもたらした食物だ。
人間に大きな魔力と生命力をもたらす禁断の食物。
「アンブロジア、という名前の薬草でした」
「その薬草とやらが何か問題があったのか?」
ダナンは頷く。
そして、レネスがはっとした顔をした。
「禁断の薬草、アンブロジア。それは……」
「光明神ミスラト教において禁忌とされるものです。その禁忌となる理由が……」
そこで言いよどむダナンを、レネスが補足した。
「人を魔物へと変貌させること」
「そんなものがあるのか!?」
俺の驚きに、ダナンは頷いた。
「事実、その子はマロードと同じ妖魔へと変貌してしまいました。しかもそれを、住民たちが目撃してしまった。結果として妖魔達は港から追い出され、血気盛んな者は妖魔を攻撃さえしました。子供を救ったのにこの仕打ち。彼女らが人間の街を恨み、攻撃するのも無理はありません」
まあ確かに、子供が妖魔に転生させられたとあれば怒るやつも出てくるだろうな。
逆にマロードの方は、「助けてやったのに」と恨んでいると。
「それに、私がこれを受け入れてしまえばミスラト総本山は私を異端として裁くでしょう。マロード達妖魔を私が弁護してしまえば、ミスラト教の総本山はこの支部を危険視します。もしかしたら異端審問さえされかねません」
「うーむ……」
そんな事情があったとはな。
前回は問答無用で攻撃してすまなかったという気持ちがより強くなる。
「ちょっと2つくらい聞いていいか?」
「なんでしょう、勇者殿」
「そもそもマロードってなんなんだ? 妖魔って確か、根無し草の魔族のことじゃなかったのか?」
「あれは海の巫女……古き創造神の一人、海の神ペレスを信奉する妖魔です。相当な長命で、もはや精霊に近い霊格をもっていますが」
「じゃあ、いろいろと知恵もあるわけだ」
「人間の知らない知恵や魔術は多いでしょう」
よし、それは良いことを聞いた。
「もう一つ聞きたい。ダナンは今後、どうしたいんだ?」
「それは……」
「俺はあくまで勇者として派遣されただけで、できることは剣を振って相手を倒すことだけだ。でもこの経緯でマロードをぶっ殺しちゃまずいんじゃないか?」
「それでも、私はこの街の神父であり、支部を束ねる身です……。皆の意思を代弁しなければ」
「代弁しなければ、ってことは」
俺とレネスが、視線を交わす。小さく頷きあう。
「ダナンが思っていることは、この街の総意やミスラト教の意思とは違う。そういうことだな?」
その問いかけに、ダナンは答えなかった。
答えてしまえば旗色を鮮明にしてしまう。
だから言えない。
俺達が「普通の」勇者であれば聞き捨てならない発言だからだ。
だが、
「なあダナン。俺は別にミスラト教の言うことが正しいとは思っちゃいない。レネスも、だ」
「なっ……!?」
ダナンは、二の句も告げないほどに驚愕した。
「だから協力する。マロード達妖魔と和解する方法を探そう」
「あっ……あなた達は、何を言ったかわかっているのですか!?」
「まあ、他人に聞かれたらまずいんだがな。ここ最近、義理立てする理由ってのが無くなっちまったんだ。俺達は裏切られたから」
「裏切られた……? どういうことです?」
「全部説明する。そのかわり……」
ダナンが、ごくりと唾をのみこんだ。
俺の言葉の続きは、レネスが引き継いだ。
「これを知ったら、後戻りできないからね?」
そしてレネスは、懐から小さな水晶玉を取り出した。




