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◆三年前 交易都市エメラーディへの旅




◆ ~3年前~ 交易都市エメラーディ





 俺達は休養と研究を兼ねてエルフの森に住み着いていた。


 レネスは3ヶ月の間、狂乱としか言いようのないひどい状態で身動きなど取れるはずもなかった。

 俺とユーデルは自分の体験ではなくあくまで『死霊術士レネスの見た光景』を見ただけだ。ユーデルは自分の故郷が死の世界となったこと、それが自分の研究が切っ掛けだったことにショックを受けていたが、それでも俺や弟子達の励ましによって持ち直した。


 だがレネスがあの黒い玉から得たのは、知識や光景といった生易しいものではない。自分自身の記憶や感情だ。一時的に自我が曖昧になり、俺の姿を見ると「生きてる……ハルトが生きてる……!」と言って、泣いて縋り付いてきた。そして『未来の自分』の凄惨な行為を思い出しては嗚咽し、吐瀉した。


 レネスを初めて抱いたのもこの頃だ。口づけを交わし、結婚してずっと一緒に居ようと約束し、何度も何度も退廃的でどろどろとした夜を過ごす内にようやくレネスが落ち着きを見せ始めた。ちょっと早まった気がしないでもないが、俺自身レネスを見過ごすことなどできなかった。俺のために世界を滅ぼしたことを思えば、少しでも彼女のために何かしてあげたかった。


「……あの未来を回避したい」


 いつものようにレネスを抱いた後、レネスはそう呟いた。


「ああ、もちろんだ」

「……色んなことしなきゃいけないと思う」

「だろうな」

「将来、総本山を敵に回すよ」

「毒殺してきた連中に遠慮するわけないだろう」

「今はまだ言うことを聞かなきゃいけないよ。ベルモンティはまだ表向き裏切ってないから、今敵対したらこっちが逆賊だし」

「それもまあ、仕方ない」

「……勇者としての名誉も、なくなるかも」

「そんなもんいらん」


 そんな会話をした翌日から、レネスは俺とユーデルを伴って、あの月光樹の洞の最深部の部屋……『死霊術士レネスの研究室』へとこもった。

 おそらくそこに、半年近くこもっていただろう。未来の『死霊術士レネス』が送ったのは自己の体験の記憶だけではなかった。自分で研究した死霊術や時魔術をまとめた資料を山のように遺していたのだ。


 時魔術についての資料には、ユーデルがこれから研究して発見するであろう内容とその問題点が事細かに記してあった。時魔術の問題点を大雑把に語ると、まず範囲を設定するのが難しいらしい。植物の生育を早めるために時魔術を実行すると、その周囲……「土」までも一緒に時間を進めてしまう。ここに気付かずに時魔術を乱発すると、土が死んでしまい植物の育たない死の大地となってしまうのだそうだ。時間の設定と空間の設定をほんの少しでも誤ってはならない。それが死霊術士レネスからの箴言だった。


 そして死霊術の方はと言うと、レネスは完璧にマスターしてしまった。


 とはいえ、使い勝手は難しかった。なにせ死体やさまよえる魂が無ければ魔術がそもそも成り立たないし、成り立ったとしても死者を口説けるかどうかは別問題だ。


 そこでレネスは、小鳥の魂と会話して「もう一度空を飛びたい」とか、事故によって死んだエルフと会話して「子供達の顔が見たい」とか、おどろおどろしさとは正反対の依頼をこなすことで技に磨きを上げた。死霊術は確かに恐ろしい魔術だが、こんなにも優しい使い方もできる。「死霊術士レネス」が死霊術に傾倒した理由がわかった気がした。


 そもそもあの滅んだ世界においても、死霊達が復讐を願わなければ「死霊術士レネス」による総本山崩壊など決して成立しない。死者達と死霊術士レネスの間には怨念による絆、そして共通の敵があったのだ。だが今現在はそんな復讐に燃えるガッツのある死霊など居ない。実は死霊術士とは単に魔術の腕だけで評価されるものではなく、コネとコミュ力を求められる厳しい世界だった。


 俺はというと、月光樹の洞を行き来するための護衛に専念した。俺の場合、魔術についての知識が乏しすぎることや、身に備わった魔力が特殊過ぎて普通の魔法が使えないので役に立たない。たまに日本や地球の知識を求められて助言することはあっても、基本は脳筋仕事担当だ。もっとも、ここに出没する魔物は相当ランクが高いために良い訓練になる。魔力を剣に集中して解き放つ「絶技・光柱」と、凄まじい速度で移動する「絶技・韋駄天」、瞬間的に魔力で体の表面を覆い防御する「絶技・錬体」を習得した。絶望的な未来を見てしまったものの、俺達は諦めず、建設的に活動していた。


 だがそれも、総本山からの命令によって終わりを迎えた。


 再び、戦争が始まろうとしている。



 遠くからでも見える白亜の城壁。

 磯の香りをたくわえたそよ風。

 港を行き来する大きな船舶の群れ。

 どこから聞こえる、鉄を叩く音。

 そして羊皮紙や木材に魔術を刻むための、鼻を刺すような塗料の匂い。


「……交易都市か、名前の通り栄えてるみたいだな」


 日本の港町を思い出す。

 それも漁師と旅館がたくさんあるような観光の港ではなく、造船所や鉄工所が並ぶような工業のための港町だ。


「ここはもともと物流と造船が盛んだったんだって。そのうち魔術を貼り付けて沈みにくい船や破れても自動で治る帆を作ったり、鉄馬……馬のゴーレムを作ったり、いろんな魔法使いの働き口も増えてきたって聞いたよ」


 と、レネスがすらすらと語ってくれた。


「来たことあるのか?」

「巡礼や修行で来たことはあるよ。あんまり長居したわけじゃないけど、一応ミスラト教の支部もあるし」


「なるほど」

「で、商船団とか交易商人が本拠地をここに構えて栄えるようになったんだって。でも造船職人は造船の街だって言ってるし、工場の人間は鉄鋼の街だって言ってる。あとはウチみたいな教会も我が物顔で出入りしてるし。とにかくごちゃまぜって感じ?」


 ごちゃまぜ、とは言い得て妙だ。いかにも堅そうな雰囲気のインテリの商人が、汗にまみれた大工や職人と話し合っていたり、あるいは昼間から酒を飲んでいる酔っぱらいもいれば、辻説法らしきことをしている神父らしき人間もいる。


「確かに……雑然としてるな。地球を思い出す」


 俺の言葉を聞いたレネスはくすくすと笑う。


「こんな街ばっかりなんて、地球って変なところ」

「ああ、一度見せてやりたいな」

「あー、地球の映画館とか漫画喫茶とか行ってみたいな。あと喫茶店のスイーツ食べ放題とか、夢見たい」

「おいおい、聖女様にしては俗っぽいな」

「そーなんだけどねー、あの記憶を渡されてから、なんかもう心の若さとか純粋さとか遠くの彼方なんだよねぇ……あー疲れた疲れた。はやく宿泊まろー」

「まったく、すれちゃって」

「あーあー聞こえなーい」


 レネスの口から、神の愛と人類愛を信じていた頃には決して出なかった冗談も出るようになった。


 ……だが、こんな冗談が出るようになったのは素直に嬉しい。

 純粋無垢であることよりも、今この瞬間、生きていることの方が大事だった。


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