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◆四年前 月光樹の洞、最深部3 //◇現在 名も無き開拓村、マロードのお誘い




◆ ~四年前~ 月光樹の洞、最深部




「い、今のは……?」


 訳がわからない。


 ……などと言うことは無かった。

 ほんの一瞬でありながら、数年に渡る記憶と知識を脳に叩き込まれた。


 今、俺が見た光景は、「この未来に起きた出来事」そのものであり、「未来のレネスが体験した出来事」だ。決して幻や嘘の光景ではない。このままでは近い将来、あの悲劇が……起きてしまう。


 俺は魔族との戦争に勝ち、そして死ぬ。


 光明神ミスラト総本山の連中に謀殺されて。


 ユーデル、そしてその弟子達は、時魔術を欲したエルフの権力者に俺と同じく謀殺される。


 だがエルフの権力者は時魔術を上手く扱えず、エルフの森ごと自滅してしまう。


 そして唯一生き残ったレネスは……血塗られた復讐の道へと進んだ。


「うっ……」

「レネス!」


 見ればレネスの顔は蒼白になり、今にも死にそうなほど弱り切っていた。


「そ、そんな……わっ、わた、わたしが……あんな、あんな恐ろしいことを……!?」


 わなわなと自分の両手を見つめている。

 俺はその手を掴んだ。


「落ち着け、大丈夫だ!」


 だが、レネスはますます怯えるばかりだった。


「ち、違いますハルトさん、わたしは、わたしはこんな……!」

「大丈夫だ、大丈夫だから……!」


 半狂乱になるレネスを必死になって抱きかかえた。


「ユーデル! レネスが……!」


 俺は手助けを求めようとしてユーデルに声を掛ける。

 だが、ユーデルは呆然としたままだった。


「……ぼ、ぼくの研究が……エルフの森を、滅ぼす……?」

「ユーデル! しっかりしろ!」

「い、いやよ……こんな、こんな未来……いやよ……」


 レネスとユーデルは嗚咽し、涙を流し続けた。

 どんな場所よりも深い洞窟の奥底で、俺達は絶望という病に取り付かれていた。




◇ ~現在~ 名も無き開拓村、マロードのお誘い




「ああ、勇者様……私は自分の愚かさが恨めしい……いっそ死んでしまいたいほどに」


 レネスは自宅のベッドに横たわり、今にも死にそうな顔で呟いた。


「二日酔いくらいで何を言ってるんだよ……ていうか回復魔術は?」

「今の頭痛、ダメージじゃないからダメなんだよね……。酒に含まれた神性が強すぎて魔力の上限が強制的に引き上げられたの。二日酔いじゃなくて薬の副作用って感じかな……」

「お前、それだけ魔法を極めておいてまだレベルマックスじゃなかったのか」


 我が妻ながら恐ろしいほどの才能だ。

 勇者より強いんじゃないだろうか。


「うう……気持ち悪いよう……。具体的に言うと、ネクロマンサーになった私の記憶を脳みそに突っ込まれたときくらい」

「嘘つけ、水飲んで寝てろ」


 あのときは本当に酷かった。レネスは泣きわめいて幼児退行するような有様で、四六時中一緒に居て一緒の布団で寝かしつけないといけない状態だった。ユーデルはユーデルで自分の研究した資料を燃やそうとしたり、菜食主義を捨てて森で猪狩りをしてバーベキューと酒盛りをしたりという奇行に走り、エルフの森のお偉方から随分と怪しまれたものだった。


 俺自身も、戦争の立役者となったのに裏切られて死んだという話を聞いて、というかその光景を脳みそに叩き込まれてショックだったが、この二人の面倒を見るのに忙しくてそれどころではなかった。


 むしろ心のどこかで「あ、やっぱりな」と思うところがあった。いきなり異世界に召喚されて「さああなたこそは栄光ある勇者でござい!」などと言ううまい話は無かったのだと。


「ねっ、ネクロマンサー!? 奥方様は、ネクロマンサーなんですか……?」


 俺達の話を聞き流しながら掃除をしていたジルが、いかにも怖々とした顔で尋ねた。


「んー? 死霊魔術もかなり勉強したよ。別に邪悪な魔法とかじゃないよ」

「そ、そうなんですか? 死んだ人や動物を操ったり、誰かを呪い殺したり……って聞いたんですけど」

「あ、それは本当。呪い殺すのは死霊術じゃなくて呪術だけど」

「邪悪じゃないですかっ!?」

「んー、ジル。良い?」

「は、はい」


 レネスは体を起こして、のそのそと椅子に腰掛けた。


「あなただって死んだら死体になるのよ。裏技でもしない限り、人間はいつか必ず死ぬの」

「そりゃそうですが……」

「じゃあ、死体とか、死そのものって邪悪なの? あなたのご先祖様は邪悪?」

「……あ」


 ジルは神妙な顔をして黙り込んだ。


「死んだ人を操るというけど、まず死者の魂と対話しなきゃ駄目なのよ。お互い取引をして、納得ずくでやるのが基本。ちゃんと契約して行動を縛ることはできるけど、最初から何の条件も無しに一方的に死者をこきつかうことはできないわ」

「そうなんですか……」

「呪術もそう。恨みをもって誰かを呪い殺すことはできる。でもそれは、魔法でやるか剣や手でやるのと変わらない。恨みとか憎しみを一切もたない人間なんていないでしょ? そういう暗い感情を晴らす手段は、魔法じゃなくたっていくらでもある。剣でもできるし、なんだったら台所のすりこぎで殴ったりね」


 レネスはちらりと台所を見やる。

 ちなみにうちのすりこぎは、霊験あらたかな月光樹から削り出したもので金属より硬い。人間の頭蓋骨くらい簡単に砕くことができる。やらんけど。


「強い感情を魔力の媒介にするのが呪術。でも、呪いの力に長けていれば自分の感情をコントロールできるし他人の呪いから身を守ることができる。呪術の本質とは他人を呪い殺すことじゃない。自分の暗黒面と向き合うことなのよ」

「む、難しいですね……すみません、学が無くて」

「いいのよジル。学がないことは恥じゃ無いわ。それを恥と思わないことが恥なのよ」


 レネスは微笑み、ジルの頭を撫でた。

 ジルは嬉しそうにはにかむ。


「それに死霊術士って死生観がゆるゆるで、罪悪感なくうっかり人殺しすることもあるからちょっと困るところあるのよね」

「やっぱり邪悪じゃないですか!?」


 ……死者と対話することに慣れすぎると、生者と死者の区別が曖昧になる傾向があるんだよな。

 仲間が死に絶えて死霊術士となったレネスはうっかりいろんな人を殺していたようだった。


「あー、つまりレネスが言いたいのは、普通の魔法でも悪用したら邪悪な魔法使いだし、外法と思われるような魔法でもまっとうな使い方をすれば、それは邪悪じゃないってことだ。包丁で人殺ししたらそいつは悪党だろう」


 そう言って俺は話をしめくくった。

 ちょっと詭弁だなと思いつつも、レネスを必要以上に怖がられても困るしな。


「なるほど……」


 ジルは顎に手を当てて考え込んだ。

 まあ仕方あるまい。

 死霊術なんかを普通の魔法と同レベルで語れる方が実際のところおかしいんだし。


「あの、奥様、聞いてもよろしいですか?」

「なにー?」

「奥様は、ええと……何の魔法使いなんですか?」

「何の魔法使い?」

「最初は水をいくらでも出せるから水属性の魔法使いとも思ったんですが、火も出せるし、でも司祭様よりも回復魔法は得意で……って思ったら、死霊魔術も知ってるし、わけがわかりません……」

「あー、なるほど」


 冒険者界隈ならば、回復魔法と攻撃魔法の両方を仕えただけで十分に重宝される。

 攻撃魔法だって属性を3種か4種ほど使えるだけで器用な部類だ。

 だがレネスは器用なんて言葉で表せられるほど可愛いものじゃない。

 あらゆる魔法のエキスパートと言えよう。


「レネスの場合、大賢者とか?」

「あんまりそういう称号やだなー、重たいし。ただの魔法使いで良いよ」


 レネスが興味なさげに「ふぁーあ」とあくびをする。


「はぁ……それじゃあ、奥様の得意な魔法とかは?」

「得意な魔法……ってわけじゃないけど、たぶん私にしか使えない属性はあるよ」

「奥様にしか使えない……って」

「この島とか、この国とかじゃないぞ。今の時代において、人間や魔族の中で唯一と言って良い」

「すみません、すごすぎてよくわかりません」

「だろうな」


 と、そんな話をしているときだった。


「ハルトさん、レネスさん。おられますか」


 とんとんと優しげなノックと同時に、たおやかな声が聞こえてきた。

 この声は……


「マロードか」

「だね」


 この開拓村の住民の一人だ。

 聖魔戦争には直接的な関わりはあまり無かったが、光の勢力からも闇の勢力からも一目置かれていた人物だ。ある意味、俺やダルクレイよりも有名人かもしれない。


「あ、はーい」

「まてジル! いきなり出るな!」

「ん? ああ、大丈夫ですよご主人様。ダルクレイ様みたいな獣人さんには慣れましたし」

「そ、それなら良いんだが……」

「それに、いくら私でもこんな綺麗な声の女性に驚いたりしませんよ」


 そしてジルは、ガチャリと扉を開いた。


「あら……どなたかしら?」


 そこに居たのは、人ではなかった。

 ダルクレイのような獣人ではない。そもそも体の構造が人間の形をしていない。

 上半身こそ人間だ。

 ただし肌は青白く、つやつやときらめいている。

 下半身は異形だった。

 イカや蛸などの軟体動物のように何本もの触手が生え、うごめいている。


 そしてよく見れば顔も、美麗でありながらどこか人間離れしていた。

 猫科動物のように収縮する漆黒の瞳は、今は細長く鋭い目でジルを見つめている。

 本人はそんなつもりは無いにしても、まるで獲物を射すくめる動物。

 まだ感情というものがわかりそうな陸上哺乳類ではない。

 まさに精神のありかさえも読み取れない海棲生物の目だ。


 つまり、まあ、


「海の魔物みたいな奴でな……」


 俺がそう言う間もなく、ジルは気を失っていた。


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