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◆四年前 ネルザス大森林、月光樹の洞

そろそろ1日1回投稿になります




◆ ~四年前~ ネルザス大森林、月光樹の洞




 俺達は太陽神ミスラト教の総本山から旅立ち、様々な土地を旅した。古代の遺跡や伝説の迷宮をめぐって秘宝や武具を探しながら、人に仇なす凶悪な魔物を倒し己の技量を高めてきた。そして半年の後、エルフ達の住む森、ネルザス大森林へと向かった。ここは長命なエルフ族の集落の中でも、もっとも古い歴史を所有する場所であった。


 このネルザス大森林、浅部にはエルフ達が住み着いて魔物を退治しているために危険度は高くないが、深部ともなれば一流の冒険者でも二の足を踏む大迷宮だ。一度入ればエルフの案内無しには抜け出ることができないとさえ言われている。深部において古代から生い茂る草木はまさに宝物のごとき様々な恵みを産むが、同時に数多の毒を孕む。それは獰猛な獣であったり、毒虫であったり、あるいは意思を持つ凶悪な植物であったりする。


「しゃッ!」


 俺はダルクレイとの戦いを経て、聖剣の使い方を徐々に理解できるようになっていた。ただ剣として振るうだけではない。自分の力を強化したり斬撃を飛ばしたりと、戦うための様々な恩恵がある。それを引き出すためには、実戦で磨くしか無い。今俺が、ネルザス大森林の深部に出没するイービルプラントを斬ったように。


「お見事。流石だね」

「とどめは刺さなくて良いんですか?」

「この切り口を見ると良い。魔物自身が持つ魔力の流れが滞っているのがわかるかい? これはあなたの魔力が剣を通して相手に伝わったということさ。ただ相手の体を傷つけたのではなく、魔力の流れをちゃんと断ち切ってる」


 俺にそう問いかけたのは、金髪をさっぱりとしたショートカットにした女性だ。

 地味な緑色のローブに樫の木の杖という地味な出で立ちだが、爽やかで溌剌とした声がその地味さを一切打ち消している。だがそれよりも特徴的なのは、彼女の長い耳だった。


「いや、その……俺はエルフじゃないので目ではよくわからないです」

「あ、あっ、ごめんよ。人の目には魔力が見えづらかったのを忘れてた」


 彼女の名はユーデル。

 ネルザス大森林の深部を案内してくれる、俺達の協力者だ。


「ただ……何となく魔力が伝わったなって感じはします」

「ええ、魔力を操る技量が上がっている証拠さ。レネスはどうだい?」

「はい。聖剣も勇者様自身も、巡っている魔力が一段階上がったような……」


 レネスは驚いた顔で俺を見ていた。

 無理も無い。これより上はあるまいと思っていたものに、さらに先があったのだ。


「本当にありがとうございます、ユーデルさん。指導してくれたおかげでようやく道が見えてきました」

「きみが強くなったのはきみの努力だよ。ぼくはあくまでぼくの知っていることを教えたに過ぎないからね。施しなど微々たるものさ」


 ユーデルは微笑んだまま首を横に振った。

 そんな謙虚な姿にレネスはいたく感動したようだった。

 実際彼女はただのエルフなどではない。

 エルフの中でもっとも深遠な知恵を持つ賢者ユーデル=エクス。


「それに、ぼくもきみらの力を頼りにしていることも事実だからね。お互いに助け合う以上、過剰な礼は不要というものさ」

「ご配慮痛み入ります」

「ほら、レネスはそうやってかしこまる」

「あっ、はい、すみません」


 ユーデルはくすくすと笑った。

 こうしてみるとごく普通の女性ではあるが、エルフは人間の三倍の年月は生きる。既に70歳を過ぎており、総本山の教主ベルモンティと大体同じくらいだ。


「さて……これから深部の中心、月光樹のうろへと行くよ。準備は良いかい?」


 俺達は何も言わず、ユーデルの言葉に頷いた。

 おそらくこれまでの旅の中で最難関のダンジョンに挑むことになる。

 たとえ勇者の力があると言えど決して油断はできない。



 こんな危険なところまで来た理由は、ただがむしゃらに強い魔物を倒すといった修行するためではない。俺よりも前に召喚された勇者がこの月光樹の洞に立ち寄り、奥義を開眼した……という話を聞いたからだ。とはいえ、実際のところあまり期待はしていなかった。似たような噂のある他の迷宮や遺跡を巡ってもさほど実のある成果はなかったからだ。危険な迷宮で実戦経験を重ねて技を研ぎ澄ませることはできたものの、ブレイクスルーと言えるほどの成果は今のところゼロだ。


 やはり、近道などは無いのだろうか。


 エルフ達の集落についたときも人助けと修行を兼ねて魔物退治をしたら、また総本山へ戻ろう。そうレネスと話していたときだった。エルフの賢者ユーデルの話を聞いたのは。


 彼女――ユーデル=エクスは賢者と謳われてはいるが、隠者ではない。むしろ積極的に世俗と関わりを持ち、魔術師や研究者と交流を深める活発な人であった。魔術の教師としても有名で、人間やエルフ問わず数多くの弟子もいる。それに今回コンタクトを求めてきたのは俺達からはなく、彼女の方からだ。ネルザス大森林の最深部を探索するため護衛になって欲しい……彼女は俺達にそんな依頼を出してきた。


 なんでも彼女が言うには、大森林の最深部にはエルフの秘術が秘匿されていると言う。しかも、以前現れた勇者の詳細な記録までもがあるらしい。太陽神教の総本山にも記録は保管されているが、どれも輝かしい業績を褒め称えるばかりで、実際にどんな困難に向き合い、どう解決していったのかまでは記されていなかった。一切改竄されていない生の情報。これは欲しい。俺とレネスはその提案に一も二もなく飛び乗った。


 そして共に冒険を出かけてみれば、彼女の知識の深さに俺達は舌を巻いた。聖剣の使い方さえも知っていたのだから。


「聖剣といっても、魔力を放つ魔道具と性質は変わらない。きみの持つ『黎明』ほど強い剣は見たことはなかったけど……それに劣る聖遺物や魔剣は触れたこともあるから」

「いや、そんな知識を持ってる時点でそうとう凄いと思うんだが」

「ふふ、あんまり年増扱いすると怒るよ?」


 俺やレネスの賛辞をそうやってひらりと交わす。

 年齢の割に妙にお茶目なところのある人だった。

 だが同時に、胆力もある。月光樹の洞という最難関と言っても過言では無い迷宮の中ですらそんな冗談を言えるのだから、女性的で柔和な見かけでは想像できないほど肝が太い。いくら休憩用の結界を張って食事をしているとはいえ、普通はここまでリラックスはできない。世の中は広い。自分が最強の力を得たと錯覚していたが、ダルクレイやユーデルといった本当の強者に出会い、自分の視野が広くなったという気がした。


「ところでユーデルさん、その……食事はそれだけで大丈夫なんですか?」

「うん」


 ユーデルは、俺達と食を共にはしなかった。

 俺達は魔道具を使って湯を作り出し、干し肉や乾物を使ったスープとパンで食事を取っていた。冒険者の中では食事はしっかりと取っている方だろう。俺自身、粗末な食事があまり好きじゃないという我が儘もあるのだが、食事や休憩を疎かにしては長旅はできない。


 一方でユーデルは、肉や魚、あるいは卵などを一切口にしなかった。今彼女が食べているものはピクルスと黒パンだけだ。これまでも酢漬けと粥だけであったり、野菜を煮炊きしたものだけであったりと、菜食主義を貫いている。


「食べられない、ってわけではないですよね?」

「そりゃそうさ。……でも、エルフの里は人里ほどに豊富に食料は手に入らないんだ。森は広大で豊富な恵みがあるとは思うだろうけど……同時に気まぐれで恐ろしいものだ。常に日々の糧を確実に得られる場所では無いからね」


 ユーデルは寂しそうな目で、だがしっかりとした声で話を続ける。


「獣を狩ることもあるが、ここの森の獣はひどく強い。いつも命がけだ。弱い獣もいるが、それはそれで逃げるのが上手い。エルフが人間達の国に協力しているのはまず魔族に対抗するためだけど……同時に、身を危険にさらす必要の無い安定した食料供給を求めているんだ」

「だからと言って、ユーデル様ほどの身分であればそこまで切り詰めずとも……」

「弟子達からもよくそんな風に叱られるさ」


 レネスの言葉にユーデルは微笑み、言葉を続けた。


「……そういえば、ぼくの目的を伝えてなかったね」

「ん? エルフの秘術を見つけることですよね?」

「それはあくまで手段さ。エルフの国の問題を解決するためにね」

「それは、どんな秘術なんですか?」


 レネスが問いかけると、ユーデル微笑みを浮かべた。


「ぼくが必要とする秘術とは……時魔術。時間に干渉する魔法だよ」


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