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◆五年前 光明神ミスラト教総本山、旅立ちの誓い // ◇現在 名も無き開拓村、いつもの朝

◆ ~五年前~ 光明神ミスラト教総本山 旅立ちの誓い ◆



 雲海よりも気高く美しき威厳をもって生きとし生ける者を守り


 蒼穹よりも清く果てなき秩序をもって健やかなる心の安寧を授け


 陽光よりも温かく尊き慈愛をもって希望と繁栄をもたらす、


 神々の中でもっとも神聖にして侵すべからざる光明神ミスラトに、


 卑小なる我が宣誓を聞き届けたまいますよう


 この場を借りてお願い奉ります。




 我らが光明神ミスラトが創りし喜び溢れた大地カテラネルに


 静謐せいひつを知らぬけがらわしい足をもって我らが田畑を薙ぎ倒し、


 慈しみを知らぬ粗野なる腕をもって我らが糧を食らい、


 命の尊さを知らぬ血に濡れた爪牙でとがなき神民の命を奪う、


 この世のあらん限りの暴虐と悪徳を尽くす悪にして邪、


 厚顔無恥なる魔人共が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしております。


 わけてもあらゆる悪の中の悪、災いの中の災いたる魔王は


 光明神ミスラトの尊き教えに唾を吐き、人に仇なし、


 神で非ざる身でありながらこの世界を支配せんという


 愚かしき野心を憚ること無く叫ぶ魔人の長であり、


 これを討たぬ限り大地カテラネルに平和は訪れることはないと


 光明神ミスラトに仕える我ら神官、そして大地カテラネルの神民は


 悟り、はばかりながらも救いをい願いました。




 慈愛溢れたる光明神ミスラトは卑小なる我らの願いを聞き届け


 この地に勇者を遣わしましたこと、まさに神の御業、


 神の寵愛の顕現であり、神官並びに神民すべてに代わり


 ここに感謝の言葉を述べると共に、それに報いるための神命を、


 光明神ミスラト教第五十八代聖女、レネス=ダルメルが誓います。


 魔王を討ち世界に安寧がもたらされるその日まで


 勇者の険しき旅に同道し、


 彼が剣を振るときはその身を呈して盾となり鎧となりて守り、


 彼が寝食を取るときは姉となり母となりて労り、


 彼が傷を負いしときは医者となり癒やし手となりて治し、


 彼が迷いしときは人として神官として


 正義、慈愛、勤勉、誠実、貞節の五徳倫の教えを授け、


 献身と奉仕を絶やさずに彼の者を支えることこそが、


 私の神命にございます。


 もしも私の心がくじけ魂が堕落し神命に背いたそのときは、


 聖女の証たる聖なる短剣で心の臓を貫き


 我が血、我が肉、我が骨、我が魂を光明神ミスラトに


 還し奉ることをここに約束致します。




 光明神ミスラトよ!


 どうか我らが旅を、我らが神命を見届けたまえ!


 尽きせぬ愛の輝きをもって迷える我らを永久とわに照らしたまえ!





 光明神ミスラト教総本山、ミスラト大神殿の中央に位置する神託の間。


 そこは本来、十年に一度の神託の儀でなければ開かれない、教団の中でもっとも神聖な場所である。


 教団の最高位である教主といえども、おいそれとそこで祭礼を開くことはできない。


 白亜の大理石に囲まれた純白のその広間には、余計なものは何一つ無い。


 広間の一番奥に、光明神と人間をつなぐ契約の言葉を記した石版が置かれているだけだ。


 それこそが、ここがもっとも神に近い場所を示す聖遺物であった。


 ゆえに神託の間を使うことが許されるのは、まさしく神のおわす天上の世界へ言葉を届けねばならないときのみであり、今こそがまさにそのときに他ならない。


 神託の間、石版の手前に急遽用意された壇上で誓いの言葉を朗々と話している者は、それを取り囲むどの神官よりも小さかった。


 声にはまだあどけなさが残り、真っ白い儀礼服もどこかぎこちない。


 それはまるで神官と言うよりも、結婚を控えた少女のようであった。


 だがそれでも、神官達は少女を侮ることはない。


 むしろ真剣な眼差しで壇上の少女と、その隣に立つ少年を見つめていた。


 様々な権謀術数、様々な虚と実が渦巻くミスラト教総本山と言えど、このときばかりは誰もが思った。


 この少女の言葉は、まさに神の名に誓って真実であると。


 そして誰もが心の中で侘びた。


 こんな年端もいかぬ少女達を、艱難辛苦に満ちる旅へと送り出さねばならぬのかと。


 誰もが心の中で恥じた。


 神聖なる誓いの場であってさえも、陰謀と策略を巡り合わせなければならない己の身を。


 だがそうした翳った心を照らすかのように少年が前に進み出て、そして鞘から抜き放った剣を掲げた。


「我こそが光明神ミスラトの加護を受けし勇者だ! 太陽と大地の力を秘めし聖剣『黎明れいめい』こそがその証だ!」


 神託の間がどよめいた。


 噂だけは耳にしつつも、これを目の当たりにすることが初めての者も多かった。


 あれこそ光明神ミスラトが選びし勇者、そして授けられたという聖剣『黎明』。


 鞘から抜き放たれた瞬間、剣に秘められし莫大にして聖なる魔力を神官の誰もが感じ取った。


「聖女と共に魔王を討つことを、光明神ミスラトに誓おう!」


 今ここにいる誰もが、自然と膝をついた。


 そして少年と少女の過酷な旅の行末を案じ、だが己の野心ゆえにほくそ笑みつつ、神に祈った。






◆ ~現在~ 名も無き開拓村 いつもの朝 ◆


 この世界にも四季がある。


 夜空にまたたく星や気候の移り変わりを見る限り、地球と同じくこの世界は丸い星なのだ。

 一日の体感時間も地球と変わらない。

 また、四季があると言うことは地軸のズレなども同じかもしれない。

 そうした考えを初めてレネスに話したときは「神が定めた大地の理を見極めようだなんて不遜ですよ!」などと怒られてしまった。

 あのときはレネスもひどく純真で、世間の冷たさから守ってやらねばと思ったものだ。


「んむぅ……? もう朝ぁ……?」

「おっと、起こしたか、すまんレネス」

「それは良いんだけどぉ……」


 俺のすぐとなりで、もぞもぞとレネスが体をよじった。

 春めいてきたとは言え朝の気温はまだまだ寒い。

 彼女の銀色の長髪がはらりとベッドかこぼれる。

 旅に出て何年も過ぎてレネスも成長したが、このきめ細やかな髪だけは在りし日と変わらない。


「喉乾いちゃった、ハルト、お水ちょうだい」

「横着するなよ……」


 と言いつつも、テーブルに置いた水差しから木のコップへと水を入れる。


「さっすが勇者様、ありがたきしあわせー」

「はいはい、どーいたしまして」


 ついでに自分も水を飲んで一息つく。

 乾いた体にじわりと染み込んでいくのが心地よい。


「今日はどうするの? なんか予定ある?」

「午後から寄り合いだな。畑に何を植えるかの相談と、ダンジョンの見回りくらいか」

「ダンジョン? なんかいるの?」

「地虫が出てきたみたいでな」

「なぁんだ、雑魚じゃん」

「そりゃ俺達とかこの村の人間にはただの雑魚だけどな……普通の人間は命がけだぞ」


 地虫と言うのは、正しくは銀鎧百足ぎんがいむかでという恐ろしいモンスターだ。

 体の長さが通常20メートル、大きなもので30メートルはある。

 強固な銀色の外郭と体の大きさに似合わぬ俊敏な身のこなし、そして鉄すらも噛み砕く顎を持つ、一般人では到底太刀打ちできない相手だ。


 とはいえ俺もレネスも旅で鍛え上げた技量をもってすれば瞬殺できるのだが。


「俺達はともかく隣村には死活問題だからな、まあ頑張るさ」

「んじゃ、暇だよね」

「暇って……」

「ダンジョンってことはハルトだけじゃなくてダルクレイも行くんでしょ?」

「ま、まあ、そうだが……」

「じゃあ何の問題もないじゃん……ちょっとくらい体力使っても」


 レネスは微笑んだ。

 たおやかな外見は想像もつかない、ひどく婀娜あだっぽい顔だった。


 これは、まずい流れだ。


 俺にとってはどんなモンスターよりも恐ろしい。

 現時点で俺の体力はほぼカラに近い。

 せめて午前中はゆっくり休んで英気を養わなければならないと思っていたのに。


「い、いや、まって、昨日の夜さんざんしましたよね?」

「え? さんざんって程ではないよ?」


 さん、よん、ごー、と、レネスは指折り数える。


 この子は俺の妻であり、敬虔さや清らかさにおいて並ぶ人なしと人々に褒め称えられた『元』聖女のレネス。

 貞節を尊ぶ光明神ミスラト教に籍を置いていた子なんだが……


「たった6回かぁ、じゃああと4回はできるね!」


 聖女であることを辞めた彼女は、まさに『底無し』だった。


 そしてレネスはベッドから出て、俺の背中に絡みついた。

 何度となく……三桁は体を重ねたというのに俺は一向に慣れず、何度となく彼女に負けてきた。


「ま、まって! 無理! 無理です!」

「回復魔法いる?」

「いや体力はともかく精力はそんな回復しねーよ!」

「だいじょうぶだよぉ……ね? それとも、いや?」

「うっ……」


 その逡巡こそが隙だった。

 俺はあっという間にベッドへとひきずりこまれ、退廃的な朝を過ごすのだった。


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