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ワルキューレの紀行  作者: 丹下灯葉
チュートリアル
8/19

第07話「遭遇」

アップロード忘れてたPart 2

8話の内容をアップロードしてたので修正。

「何をもらったにゃ?」

レネ子が直人の手にあるロイから貰った包みを見て尋ねる。

直人は慌ててレネ子の口をふさいでジト目でレネ子をにらむ。

防衛者待遇の直人たちは庇護者待遇の他の者たちとは別の馬車に乗せられた。要は庇護者を守る役割を持つ兵士たちと同じ馬車に場所をあてがわれたという事だ。同乗者よりテントや食料などの荷物の方が多いとはいえ、荷物管理の兵士も御者も居る中で、猫が喋っているのを見られるのは面倒な事になりかねない。

「人前でしゃべるな」

と直人。

その様子を見ていたレギンレイヴがレネ子を抱き上げ、膝の上に乗せ、挨拶させるかのようにレネ子の前足を持ち上げる。

「腹話術にゃあ。」

似ているか、似ていないかで言えば似ていないが、直人には強烈な一撃だった。

「切れ味鋭い可愛さだな。」

「ありがとうございます。」

と、レギンレイヴ。

「いまいちかみ合ってない感がすごいにゃ」

直人は咳払いを一つ、レギンレイヴに向き直った。

「良いアイデアだと思うけど、見られたら実演を求められると思うぞ。」

「では、練習しておきます。」

レギンレイヴはそう言ってニッコリ微笑んだ。


「とりあえず、貰ったものを見ておくか。」

直人が慎重に包みを開けてみると、中から厳重に梱包された木彫りのペンダントトップがいくつか出てきた。薄暗い馬車の中ではあったが、鳥、花、幾何学的なパターン模様などの意匠が八点、中央に全く模様が無く外周にだけ装飾が施された意匠のものが四点ある事がわかった。

「すごい細工物だな」

「ザリツの木の細工にゃ」

後ろ足で立ち上がって直人の手元を覗き込んでいたレネ子が再びレギンレイヴに体を預けて囁く。

「良いもの?」

と直人が尋ねると、レネ子は「みゃ」と短く鳴いた。

「模様の入っていないもの以外は売れば三日分の食費くらいにはなるにゃ」

「一か月分以上の食い扶持を持たせてくれたわけか」

レネ子が「みゃ」と短く鳴く。どうやら肯定のトーンらしい。

「扱いが難しいのは何も模様の無いヤツにゃ」

「見た感じ、ちっさい額縁って感じだな」

「それは特殊な力を持った紋様を付与魔術で彫り込む土台になるにゃ。」

「特殊な力を持たせられるってトコか?」

「そうにゃ。力ある(まじな)い師に(しるし)を刻んでもらったものを売れば、一年は食うに困らないにゃ」

「それは(まじな)いだか付与魔術だかの方に価値があるのでは?」

「土台と(まじな)いの価値は掛け算にゃ。ザリツの木は植物としては付与系統の恩寵と相性が良いにゃ。」

「ザリツの木万能すぎるだろ。種はお菓子の材料で、高級家具に向いてて、魔法との相性も良いのか?」

「そりゃ、そうなるように作ったんだから当たり前にゃ。」

「え?ザリツの木作ったのレネ子だったの?」

聞けば、延命研究の過程で動植物の品種改良のような事を繰り返していた時期があったらしく、その副産物で出来上がったのがザリツの木なのだそうだ。

農産物として有利な特性ばかりを詰め込んだが、作って終わりではもったいないし、誰かに褒めてもらいたかったので、適当な体裁を整えて人に教えたところ、レニース村が出来上がったのだそうだ。

全くレネ子が無関係とも思っていなかったし、レニース村ではザリツの木は魔女から与えられたという認識だったので、意外でもなんでもないのだが、もう少しファンタジーな経緯を想像していた直人は現実に引き戻されたような気分だった。

「で、レネ子は付与魔術はできないの?」

「できるにゃ。でも、付与系統の恩寵は腰を落ち着けてやるものにゃ。」

「面倒くさいの?」

「魔晶や木の加工工具、蒸留器、温度管理ができる設備とか、いわゆる『工房』が必要にゃ」

「ああ、そういう――、金かかりそうだな」

「借りられればいいけど、工房は呪い師の研究成果の塊だからまず借りられないにゃ。初期投資で十年分の食費が吹き飛ぶにゃ。」

「そりゃ残念」

そんな具合で、トレニー村への道すがら、キャラバンの荷馬車に揺られながら直人たちは色々な話をする時間を得た。

「そういえば、結局、レネ子の恩寵はどういう能力なの?」

直人はレギンレイヴの膝の上で丸くなって落ち着きつつあるレネ子に尋ねる。

レネ子はあくびを一つ、目を閉じて、直人の質問に答える。

「なんでもできるけど、なんでもはできない能力にゃ」

「なぞかけ?」

レネ子は「うなん」と鳴く。直人は内心、否定かな、とあたりをつけた。

「言葉通りの意味にゃ。ポテンシャルはあっても、ガス欠という事にゃ」

「どういう事だ、さっぱりわからん」

すると横で聞いていたレギンレイヴが助け舟を出す。

「恩寵を使う事で消費するエネルギーの話ですね」

怪訝な表情の直人にレギンレイヴとレネ子が顔を見合わせる。

「面倒だからイヴが説明するにゃ」

そう言って、レネ子は再びレギンレイヴの膝の上で目を閉じる。

こくりと頷くレギンレイヴは直人に向き直る。

「一般的に恩寵は無計画に増やすと効果が弱くなる傾向があります」

「恩寵の数に比例するとか?」

と直人。

「条件次第――ですね」

「条件って?」

するとレネ子がレギンレイヴの膝の上から口を挟む。

「恩寵はデリケートなのにゃ」

「どんなふうに?」

直人はレギンレイヴに尋ねる。

「個々の恩寵の性質は恩寵間で実在の物理現象のように干渉するという事です。」

「つまり?」

「火を出す恩寵を持っている人が、氷を呼び出す恩寵を手に入れると、恩寵の性質同士が混ざって水を出す恩寵だけになってしまうという事です」

「そりゃまた厄介な」

レギンレイヴは頷く。

「問題は二つの恩寵が合成されて、水を出す恩寵になっても、消費されるエネルギーは二つ分だという事です」

レギンレイヴの説明を要約すると、恩寵を受け入れる人の器の大きさを『容量』とか『キャパシティ』、器の容量を消費する恩寵の大きさを『固定費』とか『ウエート』、器に満ちる精神エネルギーを『資源』や『リソース』、恩寵を使うたびに消費される資源を『燃料』とか『コスト』と表現するらしい。

ゲームで言えば、キャパシティが最大MPで、リソースが現在持っているMP、コストが恩寵を使うのに必要な消費MP、ウエートはスキルスロット枠の消費量という事になるが、ウエートに関しては恩寵を持っているだけで消費される固定消費MPといった方が近いようだ。

人の持つキャパシティは人それぞれ違う。魔物を退治する事で得られる加護によっても鍛える事ができないキャパシティは、いわば精神的な柔軟さとタフさ、あらゆる出来事を受け止められる度量の大きさなど、文字通り『器の大きさ』によって決まる。

また恩寵も、その能力の価値に応じて『ウエート』と『コスト』が異なるらしく、価値ある恩寵ばかりを獲得すると、個々の恩寵のウエートがキャパシティを圧迫し、リソース不足に陥ってしまい、いざ恩寵を使おうとしても必要なコストが払えなくなる。

つまり積載過多&ガス欠状態で宝の持ち腐れになるらしい。

「恩寵の数が増えてウエートだけでリソースを使い果たしている場合、支払ったコストに応じて威力が上がるタイプの恩寵は使えなくるか、使ってもろくな効果を発揮できないという事になります。」

すると横からレネ子が口を挟む。

「コストに比例して威力が高くなる恩寵は攻撃や回復魔法に多いにゃ。だから戦闘のための恩寵を獲得するつもりなら、いつもリソースに余裕を持たせるべきにゃ。ウエートはリソース全体の3割以下に抑えるべきと言われているにゃ」

「それってどうやって調べるの?」

「最初の恩寵を得れば体感できるようになるにゃ」

それから、直人はレギンレイヴを見て尋ねた。

「セラーのウエートとコストは?」

「ゼロです」

「相変わらず破格の能力だな」

「エインヘリャルとしてのお給料とでも思ってください」

するとレネ子がまた口を挟む。

「私もエインヘリャルとかいうのになれる可能性はあるにゃ?」

レギンレイヴは首を横に振った。

「直人の所有物である間は他のワルキューレが手出しできないという意味で不可能です。そうでなくてもワルキューレに選ばれる確率は天文学的に低いので、可能性という言葉の不自由さについて議論するより、無いと言った方が正しいでしょうね」

「無念にゃ」

「俺、そんな低確率を制して選ばれたのか」

と、直人は話が脱線している事に気づいて、改めてレネ子を問いただした。

「で、結局、『なんでもできるけど、なんでもはできない』ってのはどういう事なんだ?」

すると、レネ子はじっと直人を見た後、あくびを一つして「まあ、良いにゃ」と言った。

「私の恩寵は『巻き戻る世界』と『恩寵除去』、そして『並行詠唱』にゃ」

それを聞いた瞬間、直人が前のめりにレネ子に顔を寄せる。

「時間遡行か!?」

レネ子は前足で直人の顔を押し返しながら「うなん」と鳴いた。

「そんな重そうな恩寵は存在できないにゃ。『巻き戻る世界』は能力の発動中であればどんな恩寵でも使える代わりに能力が切れた瞬間に時間以外の全てが能力を使う前の状態に巻き戻る』能力にゃ。」

直人はレネ子の説明を聞いてすぐにその能力がおかしい事に気づいた。

「それって――」

レネ子も頷く。

「記憶も元通りになるから、この恩寵は『気づいたら時間が過ぎていた』能力でしかないにゃ。」

「なんでそんな恩寵が存在するんだよ」

直人の当然の疑問にレネ子は答えず、目を細めた。

「続きにゃ。『恩寵除去』は指定した対象や範囲における恩寵の影響を完全に除去するにゃ。」

「それはまた強力そうな恩寵だな。恩寵の攻撃ならなんでも無効化できるって事だろ?」

レネ子は「うなん」と否定する。

「どこに出るかわからない敵の恩寵の効果を無効化するためには、あらかじめ広範囲を除去対象にする必要があるにゃ。でも、ただでさえ高ウエート高コストなのに、広範囲で長時間なんて使い方したら一瞬でリソースが吹き飛ぶにゃ。それに、『除去』で取り除けるのは恩寵による影響力だけにゃ。すでに出現した水を消す事も、恩寵の使用を阻止する事もできないにゃ。」

「使い道はありそうだけど、何の役に立つんだ?」

「そこで『平行詠唱』にゃ。『巻き戻る世界』で使いたい恩寵を自由に使って、能力を停止する前に『平行詠唱』で『恩寵除去』を使って巻き戻りを阻止するにゃ。」

「すげぇな。なんでもできるじゃん」

するとレネ子は「うなん」と否定した。

「コストは、その恩寵が世界に与える影響の大きさに比例して大きくなるにゃ。『巻き戻る世界』が支払うコストはほぼゼロだけど、『恩寵除去』で巻き戻りを止めた場合、『確定した事象』に見合ったコストを要求されるにゃ。」

つまり、最終的に出したモノに見合ったコストを要求される、という事だ。

「じゃあ、リソースに見合わないものを出したらどうなる?」

「神の呪いを受けるにゃ。自然回復で必要なリソースを支払いきるまで昏倒にゃ。」

予想外の答えに直人は目を丸くした。

「物騒だな。てっきり使えないくらいのもんだと思ったのに」

「恩寵同士が独立して効果を発揮するなら、どうやっても呪いを食らう事はないにゃ。でも、二つ以上の恩寵を干渉させた場合、恩寵の持つ能力以上の事ができちゃう事があるにゃ。」

「出しちゃった以上、取り立てられるわけか」

「そういうことにゃ。容赦ないにゃ。」

レネ子の恩寵が持つ可能性を考えれば考えるほど、神の呪いと隣り合わせである事がわかる。

「これが、『なんでもできるけど、なんでもはできない』という事にゃ。」

このレネ子の『なんでもできるけど、なんでもはできない』能力は、リソース以上の事象を発生させないように入念な消費コストの予測と、行使実績を積み上げてからでないと安心して使えない、という制約はあったものの、その欠点を補って余りある利点により、戦闘ではもちろん、道中の風呂事情において絶大な威力を発揮する事になる。


さて、レニース村を出たキャラバンの馬車列は半日ほど北に向かって緩やかなアップダウンを繰り返す森の中の小道を抜け、草原と林の混じる平野に入ってから西に曲がった。

レニース村の西に大きな湿地帯があるらしく、この湿地帯近くの道は馬車の車輪が埋まるので北回りに湿地を回り込まないといけないらしい。

この風景を五日、草原を二日走りきった先がトレニー村だそうだ。


初日こそ、馬車の外の風景を見ているだけで楽しかったが、同じ景色が続けば飽きてくる。

二日目は馬車内の兵士に話を聞いたり、レネ子に話を聞いたり、御者に話を聞いたり、レネ子の能力や、レギンレイヴの能力をどう生かせば魔物との戦いが楽になるか考えたり、筋トレをしたり、休憩地、野営地ではレギンレイヴの何の前触れも予備動作も無いえげつない棒の突きを左右の武器だけでいなす訓練をしたり、走り込みをしたりして、馬車旅の退屈を紛らわせた。

この間、目新しい事と言えば、馬車の車輪や車軸など衝撃を受ける部品は強化魔法がかかっているという話を聞いた事、初めての野営の準備は一事が万事に手間取りまくって見かねた兵士さんに助けてもらった事、キャラバンが魔物や盗賊に遭遇した際の警笛の音は二進数で決まっているという事くらいか。

この中では警笛の音についてのみ補足が必要だろう。

敵遭遇時の警笛は、『傾聴笛(けいちょうてき)』、『初笛(しょてき)』、『中笛(ちゅうてき)』、『終笛(しゅうてき)』の四つの音で構成されている。

傾聴笛は単に味方の注意を引くために可能な限りうるさく笛を吹くもので、できるだけ大きく長い音を一呼吸で吹く。傾聴は一回だけ吹かれるとは限らず、笛を吹く者が自分の笛をなるべく多くの者に聞かせたい場合は、二回、三回と繰り返し吹き、注意を促す事もあるそうだ。

ともかく、明らかに長い傾聴笛が聞こえたら、そのあとに聞こえてくる短めの3つの音に集中する癖をつけろ、という事だ。

傾聴笛の後の三つの笛の音はそれぞれ短い『ピッ』という音と、少し長く『ピー』という音で二方向を表現する。

初笛は前後を表し、ピッが前、ピーが後ろ。

中笛は左右を表し、ピッが左、ピーが右。

終笛は高度を表し、ピッが地上、ピーが空中だ。

また、終笛は空中でさえなければ省略される事も多い。

ちなみに、地下は事前に察知できる人材がそもそも希少なので、警笛のルールには含まれていない。

警笛のルールは大きな単位では国や地域、小さな単位では組織やチームで独自のルールを定めるそうだが、基本は共通しているので、覚えておいて損はないという話だ。


三日目の午後、キャラバンに先行していた偵察兵からの報告で直人がレニース村で討伐したのと同じ十二等級と思われるイタチ型の魔物を確認したとの知らせが入った。魔物の動向にもよるが、このまま進めば半日ほどで遭遇するとの事。

偵察兵の報告がキャラバン内で共有されると、否応なしにキャラバン内の空気がピリッと張りつめる。

「お手並み拝見だな。だが無理はするなよ。命あっての物種だ」

同じ馬車に乗って、訪問団の荷を管理する兵士が直人たちに声を掛ける。彼は初日、二日目と慣れない直人に野営の手ほどきをしてくれた人だ。

「危なくなったら頼るんで、よろしくお願いします。」

「ああ、しっかり逃げてこい。」

それから半日ほど走り、林を抜け、背の低い草に覆われた草原に出た所で覚えたばかりの警笛を解読する機会に恵まれた。

単音、長音、単音。

「右前方だ。」

距離はかなりあるようだ。キャラバン内からではなく、先行していた偵察兵が鳴らしたのだろうか。

御者が「つかまれ」と馬車内に声をかけ、直後、馬車が急停止する。

完全停止を待たずに兵士が武器を手に馬車から勢いよく飛び出す。すさまじい勢いと速度だが、慌てているわけではなく、あらかじめ決まっていたかのような整然とした動作で他の馬車の兵士と合流、隊列が形成されていく。直人たちも後に続く。

「せいれぇーつ」

と、ライネスの声が響き渡り、兵士たちが等間隔で横一列に並ぶ。

「構えー!」

続けてライネスの声が聞こえ、兵士たちが大盾を正面に構える。

「密にぃー!密にぃー!かき込みぃー前進!」

その号令で兵士たちは進行方向の少し先の地面に盾の下先端を打ち込み、そのまま土を手前に引き寄せるような動作で自分たちの体を前進させはじめた。

速度が要求されない魔物との戦いにおいて、速度よりも安定性を重視した結果、生まれた前進方法なのだろう。

直人とレギンレイヴは隊列を組んだ兵士の壁の内側で指揮を執るライネスに出撃の断りを入れ、兵士たちの盾の隙間から前線へと躍り出た。

レネ子は直人たちの足元をスタスタ付いてくるが、戦闘になったら距離をとるように言ってある。最悪の場合、恩寵でサポートしてもらうためだが、レギンレイヴに全力を出してもらい、兵士にも助けてもらい、セラーの力も使って、それでもどうしようもない場合の保険としてだ。

「じゃあ、とりあえず俺が最初にぶつかってみるわ。イヴはピンチになったらサポートよろしく。」

レギンレイヴは頷いた。

間もなく、レニース村で見たウサギ型より一回り小さい黒い影がゆっくりこちらに向かってきているのが見えてきて、直人はレネ子に手で待つように指示を出す。レネ子は指示通りその場に座り、直人の後ろ姿に声をかける。

「イタチ型はウサギ型と動作のテンポが違うから注意するにゃ。ウサギより遅いけど、足が短い分ウサギより動きが変則的にゃ。攻撃も突進じゃなく、相手に取り付いて爪や歯を使ってくるにゃ。体を駆け上がらせちゃダメにゃ。」

直人はそれにこたえる代わりに、左右の武器を抜き、構えた。

そして、魔物に発見されるまで距離を詰めてゆく。

アクロバティックな身体操作ができるわけではないので、闇雲に突撃して姿勢が不安定な状態で魔物の反撃を受けるより、どのような動きにも対応できるように両足で地面を踏みしめている状態でカウンターを狙う方が理にかなっている。背後にワープでもできれば別だが、高速で右に左に飛び回る魔物を相手にとびかかって攻撃を加えるというのは現実的ではない。

いよいよもう気づかれるという所まで近づいた所で、直人は柄を握った手の汗を左右交互に服で拭い、大きく深呼吸した。

それから、カチーンと、左右の武器を打ち鳴らす。

ビクッと魔物の体が反応し、後ろ足で立ち上がって周囲を見回す。腫瘍は後頭部全体だ。

魔物はすぐに直人たちを発見した魔物は、でこぼこなアスファルトの上を不規則に跳ねるゴルフボールのような動きと速度で一気に直人に襲い掛かってきた。

レギンレイヴの攻撃を嫌というほど見て、食らった経験が生きたか、かろうじて魔物の動きに合わせて体が動き、左足側に迫った魔物を左手の解体ナイフを振り下ろしてはじき飛ばした。独力で成し遂げた初ヒットだ。

「イヴ!こいつ軽いぞ!」

直人は興奮気味に叫んだ。

そう、見た目の大きさが明確に違うので、当たり前と言えば当たり前なのだが、このイタチ型の魔物は、レニース村で戦ったウサギ型より体重がずっと軽かった。

これは攻撃を受け止めるという意味では大きな利点となったが、軽いがゆえに手ごたえが弱いのが気にかかる。

なにせ魔物の体の組成は強靭で、よほどの名刀でもない限り、上手に引き斬らないと斬撃というより殴打になってしまう。重ければその重さを利用して刃を食い込ませればよいのだが、軽いと刃が肉を切断するより前に衝撃でぶっ飛んで行ってしまうのだ。

地面に押し付けるようにすれば、さすがの魔物も切断できるかもしれないが、まな板の鯉じゃあるまいし、俊敏な魔物がおとなしく切られてくれるはずもない。

「ノミに爪楊枝で戦いを挑む気分だ」

そして、レギンレイヴの突きに比べれば、よほど遅いとはいえ魔物は魔物。

未熟な直人の立ち回りをあざ笑うように、集中力が途切れた一瞬を突いて足や腕に絡みつき、鋭い前歯で肉をえぐろうとしてくる。

そうして直人の身に降りかかる危険の度合いが一段階上がると、次の瞬間、少し離れた所で直人の戦いを見守っていたはずのレギンレイヴが背後に居て、その手元から繰り出される閃光のような鋭い突きが直人にまとわり付いたイタチの頭部を射抜く。

レギンレイヴの一撃は、まるで特殊な効果を発揮するかのようにイタチの意識を一瞬奪い去り、直人の足や腕に食い込ませた爪から力を奪う。

するりと地面に落ちると同時に意識を取り戻すイタチを追撃しつつ、直人は自分の未熟な剣さばきと体の動かし方を改善していく。

例えば、魔物の素早い動きに慌てて力任せに剣を振り回すと、刃は狙った場所から大きくずれた場所に当たったり、そもそも当たらなかったり、インパクトの瞬間に魔物の強靭な筋肉や毛にはじかれて刃が横に滑る。取り回し、振り上げ、振り下ろしの一部始終を100の力で考えなしに武器を振り回すのではなく、インパクトの瞬間だけ100になれば、あとは楽をすればよいのだ。

つまり、刃物には重量があるので、これを利用すればよい。

攻撃の時には手元に支点を置いて切っ先に重量を集中させ、取り回す時は重心に支点を置いて重量を回転させる事で力を節約する。防御なら受け止める場合は受け止める場所と支点を接近させ、受け流す場合は直後に攻撃に転じるために支点は手元に残しておく。

これらの理屈を感覚的に振り回す事ができるように、思考と動作の指向を一致させるべく志向し、これを繰り返し試行する。

つまり、こうしたいという意思に体の動きが一致するまで練習あるのみだ。

だが、そうして武器と体を最も効率よく動かす事を意識してみると、双剣というスタイルが思っていた以上に困難な技術である事に気づく。

右の剣にとっては左腕と左の剣が、左の剣にとっては右腕と右の剣が、それぞれ可動範囲を制限して邪魔なのだ。『武器の持ち手以外が自分の体をすり抜ける』恩寵でもあればいいが、そんな恩寵は無いのだから、左右それぞれの武器と腕がお互いを邪魔しないように、左右の武器を振り回す順序、すなわちコンビネーションをあらかじめ体に叩き込んでおく必要がある。

しかし、今それに気づいたのだからそんなコンビネーションは用意していない。

となると、簡単そうなのは左で敵の攻撃を受けて、敵の隙を右で刺すスタイルだ。

直人は左半身と左手の武器を魔物に向け、敵の隙をいつでも突けるように右手の武器を矢を引き絞るように引き構えた。

地表を右へ左へ軌道を変える魔物が直人の死角からとびかかってくるたびに、紙一重で左の武器を合わせて地面に叩き落とし、間髪入れず右手の武器で一突きにする。

最初こそ全くかすりもしなかったが、迎撃に失敗した場合はレギンレイヴがフォローしてくれたので、十回、二十回と試行を重ねた後、二十三回目にようやくイタチの後ろ足の付け根あたりを地面に縫い留める事に成功した。

ギュァアアアというおぞましい悲鳴がこだまする。

自由にするしてなるものかとばかりに直人はスティレットに体重をかけつつ、右足でイタチの胴体を地面に押し付けるように踏みつける。

魔物はすさまじい力で暴れていたが、かろうじて直人の全力で抑え込む事に成功していた。体重が軽いおかげで前後の足で地面を蹴ってもスティレットに刺さった体が上下するか、地面の方がえぐれて土が飛んでいき足場を失っていくばかりで、抜け出せなくなっていたのだ。

しかし、いざトドメを刺そうとしたところで直人の出番はおしまいだった。

別に攻撃を食らったわけではなかったが、魔物を縫い留めたスティレットに体重をかけつつ、魔物の腫瘍に左手の武器で一撃を入れようとしたのだが、なんど斬りつけてもまるで刃が通らず、横に滑ってしまう。力を入れにくいことを差し引いても左手の武器を握る手に力が入らない。

そうして初めて、直人は自分が体力切れで短刀を振り回す力も残っていない事に気づいた。

直人はとっさに短刀の刃を暴れる魔物の腫瘍に押し当てて叫んだ。

「イヴ!頼む!」

間髪入れずに、背後に控えていたレギンレイヴが助走とともに飛び上がり、落下のエネルギーと自身の重量を棒の切っ先に重ね、一突きの下に短刀の背を打ち抜いた。

魔物の首が胴から離れ、直後、背後から兵士たちの歓声が沸き上がった。

「ああ、見られてるのすっかり忘れてた」

そう言って地面に崩れ落ちた直人をレギンレイヴの膝枕が受け止める。

それからすぐに兵士たちが駆け寄ってきて直人とレギンレイヴの無事を確認すると、兵士たちはライネスの指示の下、魔物の死骸の後片付けと、キャラバンの再出発に向けた準備に取り掛かった。

少しして、一通り部下に指示を出し終えたライネスが直人の元にやってくる。

「二人ともお見事だった。特に直人、君の戦いは少々危なっかしいが、それでも見ていて熱いものがあった。部下たちの士気も上がったようだ。」

賞賛に返礼したい所だが、出し尽くした直人には感謝を込めてゆっくり目を閉じ開く事しかできなかった。

それでもライネスは直人から何かを受け取ったかのように頷くと、レギンレイヴの方を見た。

「そして、君だが……」

ライネスがそう言いかけた直後、直人の視線と緊張を敏感に感じ取って肩をすくめた。

「……まあいい。準備ができるまでゆっくりしていろ。寝られるなら寝てしまうといい、君を運ぶ命令を疎ましく思う部下はいないだろうからな。」

ライネスは「ではな」と言い残してその場を後にすると、部下の報告を受けにあわただしく働く兵士たちの輪に戻っていった。

ライネスを見送った直人は、自分の頭を受け止めてくれているレギンレイヴを見た。

「イヴの実力はバレてるな、ありゃ」

するとレギンレイヴはにっこり微笑んだ。

「問題ありません。私が目立つより先に直人が強くなれば済む事です。」

「が、頑張ります。」

と、周囲に傾聴笛が鳴り響いた。

「また魔物か?」

直後に単音、長音、単音の警笛。

怒号にも似たライネスの指示が飛び、兵士たちは再び盾を手に、警笛の示す方角へ走っていく。

直人も四肢に力を入れるが、倦怠感がすさまじく、体中に空いた穴から力が抜けていくようだ。

「さすがに、兵士の皆さんにお任せするしかないな」

「それでよいと思います」

とレギンレイヴ。


兵士たちが一向に戻ってこないので、レギンレイヴに支えられてなんとかキャラバンの馬車まで戻ってきた直人は、小さいリュックを枕に仰向けになった。

馬車の幌を眺めながら、うつらうつらとしていると、間もなくレネ子が戻ってきて、横になっている直人の胸の上に座った。

「どこ行ってたんだ?」

「情報収集にゃ」

「どうだった?」

「魔物が大移動しているにゃ」


ちょっと別の作品思いついたからそっちの1話書いてくる。

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