表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワルキューレの紀行  作者: 丹下灯葉
チュートリアル
7/19

第06話「旅立ち」

アップロード忘れてた。

黒猫を肩に乗せた村への帰路。

黒猫、魔女、呼びにくい訳ではないが、一般名詞過ぎる。長い付き合いになるなら名前くらい教えて欲しい。

と、黒猫にそう伝えたら「セレーネーにゃ」という答えが返ってきた。

「じゃあ、レネ子で良いか」

などという、直人の雑なあだ名にもどこ吹く風で「名前なんか、呼びやすきゃなんでも良いにゃ」と、器が大きい。伊達に千年単位で生きているわけではない。

「で、レネ子の特技は?」

「説明が難しいにゃ。とりあえず、戦いに使えそうなのは雷と閃光、キャンプには火や水にゃ。回復魔法は使ったら疲れて半日は何もできなくなるにゃ。」

「さすが魔女、そんなに色々使えるのってかなり凄い事なんじゃないの?」

「きわめて希少な恩寵ではあるけれど、実験に特化した能力だから威力は低いにゃ。戦うなら弱くても戦況を左右する能力でサポートする事になるにゃ」

「いやいや、かなり楽になりそうで助かるよ」

するとレネ子は「うなん」と直人の言葉を否定した。

「エンブラーギに到着するまでは私は手伝えないにゃ」

「なんでさ?」

「直人はまだ正式な手続きを踏んで恩寵貰った経験も無ければ、実力で売れた名もないにゃ。巡回訪問団に同行してる有象無象の目の前で、私が色々な力を使ったら面倒な事になるにゃ」

「具体的にどうなる?」

なんとなく、セラーを人前で使うのは避けていたが、何がどうマズい事になるのか、この世界に慣れていない直人には具体的に予測を立てる事ができなかったので、ここぞとばかりにレネ子に尋ねる。

「恩寵の数と質は稼いだ魔晶の量に比例するにゃ。見るからに駆け出しの小僧が、金より価値のある魔晶を大量に持っているかもしれないと判断されたら、それはもう面倒な事になるにゃ」

直人はレネ子の示唆する結末を想像して身震いした。

「そうでなくても、硬軟織り交ぜた勧誘合戦やら情報収集やらが始まるにゃ。私の能力を詮索されるのは御免にゃ。エンブラーギで恩寵をもらうまで、可能な限り二人だけでがんばるにゃ」

直人は苦笑した。

「二人、というか、俺ががんばらないと意味ないんだよなぁ」

今すぐに加護を得る事ができない以上、剣技や体術といった戦闘技術を身に付ける事が急務だ。

技術はいくらあっても無駄にはならない。

一つ、問題があるとすれば、その技術を手に入れる手段に心当たりがないという事だ。

大きな街に行けば剣術道場でもあるのだろうか?

こういう世界で、技術はどうやって手に入れるものなのだろうか?

まあ、エインヘリャルとして世界を渡る事ができる自分の場合、剣の腕で名を知られる歴史上の人物たちの時代へ転生し、教えを請うなり、喧嘩を売るなりすれば良いのだが、それだけのために今生の体を捨てるというのも(はばか)られる。

「ああ、そうか」

「なんか言ったかにゃ?」

直人はため息を一つ、レネ子の頭を撫でてやりながら「なんでもないよ」と答えた。


さて、巡回訪問団のキャラバンは予定通りレニース村にやってきた。

訪問団が訪れたのは昼過ぎ頃で、その日はキャンプの設営、翌日から二日間はキャラバンに帯同してきた商人や他の村の農民が、自分たちの作ったものとレニース村の生産品とを物々交換したり、お金で売買したりする交易のための市が開催される事となる。

月に一度の市という事もあり、ちょっとしたお祭り騒ぎである。


最初に直人が驚いたのは巡回訪問団の規模であった。

体感で、レニース村とほぼ同じくらいの人数がレニース村の広場に押し寄せたのである。

そんな巡回訪問団を構成する人たちは、二割がこの地方を治めるエウディス男爵領の直轄領エンブラーギの街を守る兵士で、二割が巡回訪問団の経由地のうち一つ前の『港町プロフィス』の商人、二割がレニース村の次の経由地である『牧畜村トレニー』の村民、残りの二割はエンブラーギやエウディス男爵領と他領との境にある『三領交易都市トーラ』の商人たち、最後の二割は、護衛や荷物持ちのために商人たちに雇われた討伐士や奴隷だ。

レニース村が『村』というよりは『集落』という印象だったので、魔物の脅威のために人類は衰退の危機にでもあるのだろうかと、直人は過剰に悲観的なイメージを抱いていたのだが、聞けばレニース村の人口がとりわけ少ないのだそうだ。

どうやら直人はロイの話を重く受け止めすぎたらしい。

『レニース森の魔女』のお話にもあったように、この村は職人が良い素材を求めた地なので、場所としては広大な森のど真ん中にあり、良質な木と香り高い木の実はいくらでも採集できるが、牧畜も農業も難しい土地らしく、職人以外の人間には仕事を見つけるのが難しいのだそうだ。

実際、レニース村では最低限自給自足できる程度の家畜の飼育や木の実の加工は行っているものの、それはあくまでも木工職人の仕事との兼業で、得にくい他の食料品や生活必需品は巡回訪問団と共に流れてくる他の村からの交易品に頼っている。

そうした職業的に偏った村が成り立っているのも、レニース村の周囲に自生しているザリツの木の木工製品の評価が高いからだ。トーラの商人たちの目的も主にレニース村の産品だというから相当の事なのだろう。

巡回訪問団は元々、エウディス男爵領内において自力で交易路の安全を確保できない地方コミュニティを救済する目的で組織されたキャラバンなので、エンブラーギからプロフィス、レニース、トレニーを経由してエンブラーギに戻るという経路を一か月かけてぐるぐる巡回しているに過ぎない。わざわざその巡回訪問団に帯同してまで他領の商人たちがレニース村に来るのだから、よほど人気なのだろう。


旅の支度を終えた直人たちは、そんな話をレニースの村人たちやキャラバンの商人たちから聞きながら、キャラバンを率いる巡回訪問団の団長を務めるエンブラーギ軍の小隊長に帯同を願い出るため、村の広場に設営されたエンブラーギ軍のコテージに向かった。

テントの設営に精を出す多くの兵士たちの間を抜ける間、レギンレイヴはいつも通り黙って直人の後に続き、黒猫は直人の頭の上に座って「にゃあ」しか言わない。

すれ違いざまに数人の兵士に話を聞き、巡回訪問団団長のいるコテージに入った。

直人のイメージしていた軍人よりかなり軽装の簡易的な金属鎧に身を包んだ、しかし立ち居振る舞いに全く隙の無い、ベテランの風格漂う軍人だった。年齢は三十代前半くらいだろうか。

「エンブラーギ軍巡回訪問団団長のライネス、軍における階級は軍曹だ」

そう言ってライネスは直人に手を差し伸べる。

「直人です。お会いできて幸栄です」

挨拶をしつつ、直人はライネスの手を取り、握手する。

その手は分厚く、力強い。

「話は村長から聞いている。十二等級の魔物を倒したそうだが、本当か?」

「ええ、まあ。二人掛かりでなんとか。そのあとすぐぶっ倒れて三日寝込みましたけどね」

ライネスは信じられないという様子で唸った。

「にわかには信じられんが、それが本当なら君らは私と同じくらいか、それ以上強い事になるな」

確かにセラーを利用した岩落しを不意打ちで後頭部に直撃させれば大抵の人間には勝利できるだろうが、正攻法で目の前の軍人に勝てる要素は全く見つからなかった。

「作戦が綺麗に決まっただけで、結局、剣は一度も自力で当てられませんでしたから、兵士さんには勝てませんよ。」

「ほう、作戦とは?」

興味津々に食いついてくるライネスに、直人は面倒な事になったと内心思ったが、無下に扱うわけにもいかず、セラーの事を隠したままやり過ごす事にした。

「罠にはめたんです。小型の獣のようだったので、大き目の岩を頭に落として、足さえ止めさせてしまえば、腫瘍に剣を突き立てるだけでしたから」

「岩を落とすと言っても、あんな素早い相手には簡単ではないはずだが」

ライネスはまだ信じられないという様子だったが、しかしすぐに何かを思い直したようにうなずいた。

「まあ、君が討伐士になるような人材なら、むしろ物足りないくらいか?」

どうやら、魔物討伐士になるような人材は非常識な人たちが多いらしい。

「一応聞いておくが、キャラバンには庇護者か、防衛者か、どちらで帯同する?」

おおよその違いは言葉通りなのだろうが、念のため確認しておくべきだろう。直人は慎重を期してライネスに質問する。

「具体的に待遇はどう変わるんですか?」

「『庇護者』は、魔物に襲われた時に戦う必要は無いが、キャラバンに『防衛費』として輪金貨1枚を支払ってもらう。軍の荷馬車に乗りたいなら一人輪金貨1枚、荷物は人一人の大きさごとに輪金貨1枚だ。『防衛者』は我らエンブラーギ兵の後ろで防衛にあたってもらう代わりに防衛費は徴収しない。また、謝礼は出せないが軍の荷馬車の一角を防衛者の人数分無償で提供する。その代わり前線で戦ってもらう。エンブラーギまでなら魔物と四回は戦う事になるだろう。戦った結果、使い物にならないと判断された場合や、戦う力もないのに防衛費をケチるために『防衛者』を選んだと判明した場合は、後で防衛費他の費用を徴収する。」

直人は少し考えた後、ライネスに尋ねた。

「ちなみに、兵士の前に出ても構いませんか?」

「言い方は悪いが、囮になってくれるだけでも我々としてはありがたいし、個人的にも君らの戦う所を見てみたいが、『防衛者』以上の待遇はできないし、魔物の素材も渡せないぞ?悪いが、我が軍の貴重な予算源なのでな」

「それで構いません。訓練をしたいだけなので。というか、罠を準備できないので、勝つのは難しいと思います。最悪、死にそうになっても兵士の皆さんが助けてくれる状況なら安心して訓練ができそうなので、むしろ助かります」

ライネスは生唾を呑み込んだ。

「魔物で訓練とは、発想からして討伐士を目指す者はぶっ飛んでいるな」

「ちなみに兵士の皆さんはどうやって魔物と戦うんですか?」

「少数で戦う君らの参考にはならんと思うぞ?」

「別の形で役に立つ可能性はあるので、何でも聞ける時に聞いておこうかと」

そう言って照れ笑いする直人に、ライネスは頷く。

「十一等級までと十等級の魔物の一部までは、基本的に突進攻撃しかしてこないので、大盾を装備した重装兵で隊列を組み、面の防備を固めつつ、シールドアタックや盾でのしかかって魔物にダメージを蓄積させ、弱って動きが鈍った所を軽装兵が追い込んで仕留める」

なるほど、装備を固め、数にものを言わせる事ができれば、無難な戦術だ。

一番近くの知的生命体を襲撃する魔物の特性上、回り込まれる可能性があっても、防御を固めた兵士が引き付けてしまえば帯同している商人や村民たちは安全なのだろう。

「何か参考になったか?」

と考え込む直人にライネスが尋ねる。

「ええ、自分も盾の代わりに岩を落とす罠で似たような方法を取ったので、これを罠に頼らず一人でできる方法を探してみます」

ライネスは頷いた。

「話を戻そう。それでは『防衛者』待遇で良いのか?」

「はい、それでお願いします」

「では、出発は三日後の朝だ。君らの働きに期待している。」

そう言って職務に戻ろうとするライネスを直人が呼び止める。

「あ、ライネスさん。ちょっと待って頂けますか?」

「なにかね?」

「一度で良いので、どなたか兵士の方と模擬戦のような事をさせて頂きたいのですが」

「なぜかね?」

「先ほど、ライネスさんは魔物を倒したなら我々は兵士より強いとおっしゃいました」

ライネスは頷いた。

「魔物と戦ったのは、二人だったかね?――で、魔物を倒せる者はうちの連中には居ない。」

しかし、すぐに首を横に振って自分の発言を訂正した。

「いや、正確ではないな。倒せる者も居るかもしれないが、基本的に二人だけで魔物に対峙するという選択は兵士には許されていない。我々に求められる強さは『必ず勝つための戦いをする事』にある。ゆえに個の戦力では、二人だけで魔物に相対した事がある君らの方が実力、経験共に勝っていると思う。」

ライネスの言葉は直人にとっては内心複雑なものだった。

褒められている事自体は悪い気分ではないが、その賞賛のほとんどは、レギンレイヴに与えられるべきものだからだ。

「ライネスさんの言葉を疑っているわけではありませんが、俺は自分が強いとは思っていません。しかし、ライネスさんに強いと言われた事で、自分が認識している自分の強さに疑問を感じるようになりました。だから一つの基準として、強者の代名詞である兵士さんと自分の力を比べておきたいんです」

ライネスは少し考えた後、直人に尋ねた。

「君はなぜ魔物と戦わねばならないのかね?復讐か?」

直人は少し躊躇した。エインヘリャルとしての目的、すなわち『英雄としての実績を残す』というのは、エインヘリャルという身の上に関する説明ができない状況下では、今生限りの人生を歩む人々の目には、人生を軽視している、愚弄していると映るのではないだろうか?

かと言って真剣に話を聞いてくれた人に適当な嘘で相対するのも心苦しい。

ならば真実を誤認させるべきだろう。

「生きるため。そして愛する人のために」

「兵士になる、というのではだめなのかね?」

直人は肩をすくめた。

「兵士ではその国しか守れませんから」

ライネスはため息を一つ、コテージの入口の警備兵に声をかけた。

「コテージ内の机を外に出せ。あと木剣を二つ調達してくれ」

コテージ内に居たライネスの部下たちは思いがけない命令に動揺していたが、言われた通り素早くコテージ内の机を運び出し、ライネスに指示された木剣を二振り持ってきた。

ライネスはそれを受け取ると、コテージ内で状況を見守っていた数名の兵士に向かって言った。

「これから起こる事については他言無用だ」

状況の目まぐるしい変化についていけない直人が目を丸くしていると、ライネスは受け取った木剣の一つを直人に差し出した。

「お相手して頂いて良いのですか?」

直人は確認する。

「これが君にとっての価値ある一歩だというなら、その礎になるのも悪くないと思ったまでだ。だが討伐士を目指しているとはいえ、民間人の君を相手に、部隊を指揮する立場にある人間が勝っても負けても、軍の名誉と士気に関わる可能性がある。よってこのコテージの中で戦う事が条件だ」

直人は木剣を受け取り頷く。

「それで構いません。ありがとうございます」


――で、結論から言うと、直人のボロ負けだった。

まあ、当たり前だろう。

ろくに訓練も受けていない十五の少年が、ベテランの軍曹に勝てるはずがない。

とはいえ、収穫は大きかった。

中でも大きいのは三つだ。


一つは、ライネスとの立ち合いで、『誰に教わるべきか』を確信できた事だ。

ライネスは強く、技術のある武人なのは確かだが、それでもレギンレイヴの技術には遠く及ばない事がわかった。

レギンレイヴ曰く「余暇に修めました」との事だが、その余暇が万年、億年ともなれば、達人の域を遥か通り過ぎ、神域に至っていてもおかしくはない。

比べる相手を得て、直人は確信に至ったのだ。自分はレギンレイヴにこそ教わるべきだと。


一つは、レネ子を仲間にした日に思いついき、この数日続けてきたある『特訓』が無駄ではない事がわかった事だ。

元々、レギンレイヴの技術から得るものが多い事はある程度わかっていた。『目を慣らす』という意味でもレギンレイヴの攻撃に慣れておく事は有意義であるように思われた。

そこで、レネ子を仲間にした日からレギンレイヴに頼みこんで、彼女の槍から繰り出される連撃を右手のスティレットと左手の解体ナイフで逸らす練習を繰り返してきた。別にレギンレイヴに攻撃しないという条件を付けたわけではなかったのだが、純粋にただの一度も反撃するチャンスを得られなかったのだ。

直人が攻撃に転じようとした兆候を見抜いて振り上げようとした腕を振り上げる前に棒で抑えつけられたり、突きを繰り出そうと腕を引いた溜め動作を引ききった所で棒の切っ先で固定される。

振り下ろした武器をぶつかる直前で受け止められたり、いなされたり、そらされるとかいう以前の話だ。武器をレギンレイヴに向けて突き出す動作全てが前もって潰されるのだ。

そればかりか、レギンレイヴとの立ち合いでは直人の体には一つのあざも残らなかった。いや、寸止めされたわけではない、攻撃を受けた事を直人に理解させる程度のインパクトはあったのだ。にもかかわらず、あざにはならなかった。つまり、全力の直人相手に正確無比な力加減をする余裕まであったという事だ。

そうした経験を経て迎えた一般的強者であるライネスとの立ち合いは、レギンレイヴの技量が神域にある事を察する助けになった。

いや、神域にあった事は嫌というほど理解していたのだが、その理解ではまだ足りない事を理解させられた、といった感じだ。


最後の一つは、一対一でさえあれば、セラーを使うだけで大抵の人間に勝てそうだという事だ。

ライネスは紛れもない強者だったが、セラーによる岩落しを使うチャンスはいくらでもあった。もちろん、それはここ数日のレギンレイヴとの訓練あってこその話ではあるのだが――。

ともかく、これは大いに直人の自信になった。


「ありがとうございました」

肩で息をしながら、痛む四肢を押して木剣をライネスに返却する。

ライネスは木剣を受け取り、頷く。

「期待通りと、期待外れが半々といった所か。」

ライネスは部下に木剣を渡しつつ、机をコテージ内に戻すよう指示を出した。

「期待を裏切ってしまったようならすみません」

と直人。

「いや、あくまで要素ごとの話だ。武器の扱いは素人同然だが、攻撃を見極める目は予想以上だった。体の動かし方は知らないようだが、要所要所でヒヤリとさせられた。そう、何か……」

ライネスは言いよどんだ後、首を横に振った。

「いや、君への評価はむしろ上がったと言える。というより、底が見えない。という印象だ。」

「お褒めにあずかり光栄です。わがままを聞いて頂きありがとうございました」

「いや、こちらも良い息抜きになった。ここまで痛めつけておいて言えた義理ではないが、キャラバンへの防衛者としての貢献に期待している。」

「お手柔らかに願います」

「なに、若いのだから二日もあれば回復するだろう。」

ライネスはそう言ってニヤっと笑うと、今度こそ職務へと戻って行った。


結局、ライネスとの戦闘訓練によるダメージの回復には丸々二日かかってしまった。

筋肉痛で痛む体をなんとか動かして、旅の荷物の最終チェックをしたり、村民への挨拶回りなどをしていたら、あっという間に出発の朝を迎えてしまった。

今日までに準備した旅の荷物を詰めたやたらとデカいリュックサックと小さいリュックサックを二つずつ、巡回訪問団の馬車に積み込み、その上に荷物番とばかりにレネ子を乗せる。それからレギンレイヴと直人も馬車に乗り込んだ。

見送りに来た村民を代表して村長夫妻と握手する。

「お世話になりました。このご恩は忘れません」

直人は村長の手を握って頭を下げる。

「こちらこそ、魔物を倒してくれてありがとう」

と村長。

「体に気を付けるのよ?」

そう言って村長夫人はレギンレイヴの手をぎゅっと握った。

「お気遣い感謝します。ウィルマさんもお元気で」

とレギンレイヴ。

直人とレギンレイヴは握手する手を交換し、それから広場を見回した。しかし、目的の人物の姿は見当たらない。

「あの、ロイさんは?」

直人が尋ねると、村長夫妻は困った顔をした。

「見回りに出ているわ。出発の時間は伝えたんだけど」

と村長夫人。

「それはまた、ロイさんらしいですね」

直人は苦笑した。

間もなく、ライネスの掛け声とともにキャラバンを構成する馬車が先頭から順に動きだした。次の経由地である牧畜村トレニーへ向けて出発するのだ。

「ロイさんによろしく伝えてください。教わった事は忘れないと」

「ああ、わかった。伝えるとも」

と村長。

まもなく直人たちの乗る馬車も動き始める。

直人とレギンレイヴは共に徐々に小さくなっていく村長夫妻と村民の皆に向かって手を振り続けた。


村の北門を出て、村の皆の姿が見えなくなると、直人はリュックに体を預けて寝転がった。

「たかだか魔物を倒して、旅の支度をしただけの関わりでも、別れとなると感傷的になるもんだね」

そう言って隣に座るレギンレイヴを見上げる。

「一か月近く滞在しましたからね」

最後にロイに挨拶ができなかったのは残念だが、また会いにくれば済む話だ。

エインヘリャルとして目的ある今生の人生で自由になる時間は少ない。だが、そのうちの一か月を何もない村のために割いても罰は当たるまい。

少し開けた用水路沿いの道を馬車は進む。やがて背の低い木々が増えてきて、馬車を引く馬の頭越しに森の入口が見えてきた。先を走る馬車が次々に薄暗い森の入口に吸い込まれていく。

「おい、直人!」

突然の声だったが、声の主を察した直人は飛び起きて幌の中から馬車の正面側に顔を出し、周囲を見回した。そして森の入口付近に立っている人と犬の影を見つけた。

「ロイさん!ルグル!」

「これを持っていけ」

ロイが手に持っていた布の包みを放って寄越す。

「お前らに持たせてやれるものはそれくらいしか無かった。金に困ったら売れ。」

直人は思いがけない贈り物に言葉を失い、受け取った包みを掲げて叫んだ。

「ロイさん、ありがとうございます!お元気で!ルグルも!」

馬車は薄暗い森のトンネルに呑み込まれ、やがて村もロイの姿も見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ