第05話「森の魔女」
荷造りと並行して、直人が調査していたのは、『レニース森の魔女』というおとぎ話についてだった。
『レニース森の魔女』というお話は、この村の言い伝え、というより子供を寝かしつける時に語り聞かせる物語のようなものとして村民の間に伝わっているお話だ。
本になっているわけではなく、口伝えのお話なので、話し手によって内容が少しずつ違うのだが、大筋は同じ内容で、レニース村ができる経緯に関する少し不思議なお話だった。
大昔、このレニース村ができる前、領主の街エンブラーギに暮らしていた初代村長となる木工職人が良い木材を採取できる森を探して旅に出た。
しかし、行く先の森の中で道に迷い、そのうち周囲はすっかり暗くなってしまい、途方に暮れていると、風に乗せて女の声が聞こえてきたそうだ。
声の主は森の魔女を自称して曰く、『この森に移住し、年に一回捧げものをするなら恵みを与えましょう』と言ったそうだ。ろくな木材もない土地だったが、その言葉を信じた初代村長とその家族、そして仲間の職人たちは村を作り、その年初めての捧げものをした所、森の木が全て良質な木材に変わっていたのだそうだ。職人たちはその森の良質な木材を使い、たくさんの良い家具を作り、それをエンブラーギで売って、裕福になりました。めでたしめでたし。
――というようなお話だ。
そして、その良質の木というのが、この村の特産品であるザリツの木という事らしい。
では、なぜ直人がそんなおとぎ話の調査をしようと思ったかというと、それは旅の準備で交流を持つ事になった村人たちの家々で、幼い子供たちの相手をしたのがきっかけだった。
彼らの話では全体像はさっぱりつかめなかったが、『夜を昼に変える』、『魔法で木の実を集める』、『魔女』という断片的な要素が直人の注意を引いた。
あとは、その話を子供たちに話して聞かせた親たちに詳しい話を聞いて回るだけだった。
そうしてわかったのは、魔女の起こした奇跡にはいくつかのバリエーションがあるが、一貫して共通しているのは、森に迷った初代村長が、夜なのに昼のように明るい丘に出たという話と、おなかをすかせた初代村長のために魔女が木の実を魔法で集めてくれたという話だった。
他にも、道に迷った村長を浮かせて空から帰り道を教えたとか、村長を追っていた魔物を魔女が魔法で浮かせてそのまま谷に放り投げて倒したとか、時代時代ごとの母親の改変が入っているので、どこまでが本当かわからないが、ともかく、直人とレギンレイヴがこの世界に来てからまだ説明のついていない出来事のいくつかを一挙に解決できるのが『レニース森の魔女』であったというわけだ。
そんなわけで、レギンレイヴを連れ立って森にやってきた直人。
森の入口に立った所でレギンレイヴが直人に尋ねた。
「当てはあるんですか?」
直人は肩をすくめた。
「まったく無い。森の木の根元に何かを置いてる小さい子の夢は見たけど、ただの夢だと思うし、何を置いてたのかはわかんないし、どこかもわからない。というか、見てわかるものなら、とっくにこの村の人が発見してると思う」
「それは困りましたね」
「ただ隠れてるって事はないと思うんだよね。なんか不思議な力で見えにくくしてると思う。だから、森の中で適当に騒いで注意を引いた後、超死の魅了使ったらひっぺがせないかな?」
「最初の一手でいきなり殺そうとするのは、何を目的にするにせよ、良い方法とは思えませんが」
「ですよねー。とりあえず散策して、なんか痕跡でもないか探そうか」
そうして、最初こそ木々の後ろをのぞき込んだり、少し道を外れて藪をかき分けたり、捜索らしい事をしてみたものの、何も見つかる気配がない事がわかってくると、そのうちただブラブラと森の中を歩きながら、レギンレイヴと会話する事に比重が移っていった。
森の小道を歩きながら、直人はレギンレイヴに尋ねる。
「そういえばさ、この人生では英雄になるような実績を積む事が目的だけど、エインヘリャルとしての俺は武力を集めるのが目的なんだよね?」
「その通りです」
とレギンレイヴ。
「今後、俺が転生する世界ってのは、みんな剣と魔法の世界なの?」
レギンレイヴは首を横に振る。
「あらゆる時代、あらゆる世界に転生する事が可能です。この世界はラグナロクでの戦いの基礎を身に付けるのに最適なので私が選びました」
ここまでは概ね直人の予想通りだ。問題はこの先だ。
「それならさ、戦闘機とかロケットとか自動小銃とか、なんだったら大量破壊兵器とか集めた方が効率的なんじゃないの?」
レギンレイヴは首を横に振った。
「神々の戦において、『複雑兵器』はほとんど役に立ちません。」
「複雑兵器?」
「簡単に言うと、神々の戦場では開戦と同時に敵も味方も複数の部品、複数の構造、複数の機能で構成された武器や機械の弱体化のための呪いがばら撒かれます」
「なんでまた?」
「新兵器と、その対抗手段の開発合戦が行きつく果てに思いを巡らせた神々は、因果を逆転させ、経緯を飛ばして兵器自体を無力化する御業を生みました。そして、それを互いに掛け合う事で、結果的に戦場全体のエネルギー量を縮小する事になりました。そもそも、神々が神々の叡智によって作り上げた兵器同士を用いて衝突すると、戦いの理由ごと世界を吹き飛ばしかねないので、暗黙の了解で、まずお互いに『複雑兵器』を無力化する事で、世界への影響を最小化しています」
神々は人と違って自らを滅ぼす力を生み出すという愚は侵さないという事か。
「なるほど、兵器を無力化する開発やりすぎて兵器が役立たずになったから、一周回って原始的な戦いに回帰したってコトね。あ、だから神話の武器はこん棒とかスリングなのか」
「もちろん、その常識の不意を突いて飛び道具を使うエインヘリャルも居ますし、科学系の世界で入手したハイテク素材を、魔法系世界の魔法で加工したり、逆に魔法を高度な科学技術で加工するエインヘリャルも居ますね」
「俺が今から他のエインヘリャルの後追いして間に合うのか?」
レギンレイヴは肩をすくめた。
「正確さを欠きますが、エインヘリャルとなった時点で自分の時間を止める事も過去に送る事もできるようになるので、エインヘリャル自身がラグナロクの発生する世界と時間に向かうと決断するか、これ以上の戦力増強を望めないとワルキューレが判断するまでは、いくらでも準備のための時間を作る事ができます」
「さすが神様。贅沢な時間の使い方してるなぁ」
直人が納得した所で、レギンレイヴはカズマに尋ねた。
「ところで、森の魔女が居たとして、どうするつもりなのですか?」
「そりゃ仲間にできないかな?って」
「仲間ですか?」
小首をかしげるレギンレイヴ。
「魔法が使えるっぽい。長く生きてるなら色々知ってるはず。村人助けたり、俺たち助けたり、良い奴っぽい」
「優良物件ですね」
「だろ?」
そう言った直後、直人に疑問が生じた。
「ねえイヴ、エインヘリャルとして仲間を作るってのはアリなのかな?」
「別に作っても良いと思いますよ。直人にはこの世界で天寿を全うした後があるという点以外は普通の人と同じなわけですから。ただ、この世界から持ち出せるのはセラーに格納できるものだけというだけの事です」
「ソレなんだよね。連れていけないのに仲間作って良いのかな?って」
レギンレイヴはふふっとほほ笑む。
「死ねば別れるのは当たり前です。いつまでも共にある仲間の方が珍しいと思いますよ。直人には死んだ後の人生があるからと言って、それが無い仲間を劣っているとも、軽んじようとも思わないでしょう?」
「そらそうだけど、千年くらいならともかく、万年、億年とか言われたら、いくら軽んじる気が無くても忘れちゃうんじゃないかな」
「それはそれで仕方ないのでは?効率よく忘れる事もエインヘリャルには必要です。全て覚えてしまえばあっという間に心が歳を取りますから。いつか紙を手に入れて、1年に一回日記でも残して、見て思い出せれば十分です」
「そんなもんかね?」
「そんなものです」
自信満々に断言するレギンレイヴの様子がおかしくて、直人は思わず噴き出し、そんな直人の様子を見てレギンレイヴもクスクスと笑った。
そうこうしているうちに森のかなり深い場所まで入り込んで、分厚い枝葉の天蓋が日の光を遮り、周囲は薄暗くなってきた。
「おとぎ話に沿って迷子になってみるというのも一つの手かな?」
「迷子になる、ですか。ちょっと難しいですね。苦手です」
冗談みたいなセリフだが、レギンレイヴにしてみれば大真面目なのだからおかしい。
「苦手ったって、目閉じてぐるぐる回った後で俺が手を引いて歩けば迷えるだろ」
「木々の隙間から見える星や、周囲の植生も隠して頂ければ、恐らく」
レギンレイヴの頭の中には全天の星の配置でも格納されているのだろうか?
「じゃあ、迷うプランをやる時は俺一人でやるしかないな」
「それはちょっと困ります」
「寂しいから?」
からかうように尋ねる直人。
「そういう事にしておきましょうか。十五歳の少女ですから、不安にもなります」
そう言ってレギンレイヴはニッコリとほほ笑む。
軽くいなされた気がする。
ワルキューレとしてエインヘリャルの活動を見守る必要があるとか、そういった理由であろう事は直人も重々承知しているわけだが――。
「しかし、雑談してても出てこないな。見通しが甘かった」
存在する確証はあったのだが、いかんせん出てきてくれる当ても、見つけ出せる当てもない。探すと言ったって森をうろつくくらいしか思いつかないのだから仕方がない。
「直人、少しやってみたい事があるのですが」
「何?なんでもやってみて。どうせなんも思いつかないし」
レギンレイヴは頷くと、大きく息を吸い込み、次の瞬間、森に響き渡る大声で言った。
「森の魔女さんっ!お話がしたいのですがっ!お時間頂けないでしょうかっ!」
素直な発想だなと、内心直人は感心した。
レギンレイヴの声の余韻が引き、しんと静まり返る森の中。
何か反応を期待したが、何の音も聞こえない。
「駄目かな?」
「残念です」
「仕方ない、帰るか」
「はい」
そうして踵を返した二人の目に入ったのは、明るい森の出口だった。
無言で顔を見合わせる直人とレギンレイヴ。
「ここまでどれくらい歩いてきたっけ?」
「三十分くらいですね」
「あそこまで三十秒くらいじゃない?」
「そのようですね」
恐る恐る明るい森の出口に向かって歩いていき、そのまま森を抜けると、そこはかつて訪れた草原と丘へと続く道。丘の上には大きな広葉樹が腕を広げている。
「とりあえず、最初の丘に登ってみようか」
なぜかはわからないが、来た道を戻っても、草原に続く道を行っても、そして丘を越えた先に行っても、恐らくどこにもたどり着けないような気がした。この世界はあの丘が行き止まりなのだ。
二人は暖かい陽気の中、丘へと続く道をゆっくりと進んだ。
やがて、この世界に来て最初の場所に到着すると、その木の根元に一匹の黒猫が座っている事に気づいた。
「魔女と言えば黒猫ってヤツかな?」
直人がレギンレイヴに小声で話しかけていると、不意に黒猫が口を開いた。
「何の用にゃ?」
幼い少女の声。
「おお、喋った。さすが魔女の使い魔」
黒猫が首を横に振る。
「使い魔じゃないにゃ。本人にゃ」
「なんてこった。猫だったのか」
黒猫は面倒くさそうにあくびをすると、前足で顔を洗った。
「私の事はいいにゃ。さっさと要件を言うにゃ。簡潔に、冗長な言い回しは嫌いにゃ」
心得たとばかりに直人は間髪入れずに自分の目的を告げる。
「仲間になれ」
黒猫は面倒くさそうな顔をする。
「断るにゃ。私にはやる事があるにゃ」
しかし、直人も引き下がらない。
「条件を言え。どうすれば仲間になる?」
「その前に、なんで私なんだにゃ?私を仲間にしてどうなるにゃ?」
と黒猫。
「魔法使える、いいヤツっぽい。魔物と戦って英雄を目指すから強い奴を仲間にしたい。あと知識ありそうだから色々教えて欲しい」
「私の魔法はリソースの大半を別の事に割いていて大したことはできないにゃ。そもそもなんで私が魔物と戦わなきゃならないにゃ。英雄って何なんだにゃ」
なるほど、と直人は思った。富や名声を求める相手なら、英雄になるという直人の目的は勧誘材料とは言わないまでもプラスに働くと思ったが、どうやらそういう事を目的としているのではないらしい。
「だから仲間になる条件を言ってくれ」
「そんな条件は無いにゃ。私の目的にお前らが役に立つとは思えないにゃ」
直人はしめたとばかりに畳みかける。
「もしも役に立てたら?あんたは千載一遇のチャンスをフイにする事にならないか?」
直人の指摘に黒猫はぐっと押し黙るが、すぐに意地悪く直人に尋ねた。
「では、どんな形でも良いから時間を止めてみせるにゃ。それができなきゃお話にならないにゃ」
思わず直人は目を丸くしてレギンレイヴと顔を見合わせる。
それを無理難題を突き付けられたがゆえの反応と受け取った黒猫は興味を失った様子で、あくびを一つ、草むらに丸まった。
「できるわけないにゃ。話は終わりにゃ。出口を村に繋いだからさっさと帰るにゃ」
直後、黒猫の体がふわりと宙に浮かぶ。
抱き上げた直人が黒猫の目の前でレギンレイヴがこちらに投げた小石を消し、それから少し離れた場所に出して、小石が再び運動を再開する様子を見せつける。
黒猫はその様子を見て「にゃあ……」とうめくと、はっとした様子で直人の胸に前足をついて鼻先を直人の鼻先に付き合わせた。
「時間停止できる対象物の条件は!?」
「自分に所有権があるもの。っていうか、語尾は?」
黒猫の勢いに圧倒されて直人は答える。
「所有権の定義は?」
「自分が今居る地域で支配的なルールに従うらしい。法律があるなら法律かな」
黒猫はそれを聞くと、直人の胸を蹴って地面に着地し、何事か考えた後で直人を見上げて尋ねた。
「人の死体はどういう扱いになる?」
何やら物騒な事を言い出したなと思ったが、自分では答えられないのでレギンレイヴを見る。
直人の視線を受け取ったレギンレイヴが代わりに答える。
「大抵は親族の所有物として扱われるはずですが、身寄りが無かったり、身元不明な死体は、発見した地域に特別な法律が無い限り、発見者の所有物になるはずです」
「霊体や意識体、死霊といった無形のモノは?」
「まず、直人がその存在を認識できる事が条件ですが、そういったモノを対象とした法律がある事の方が少ないでしょうから、自我が崩壊している場合は所有権を宣言した者に所有権が認められると思います」
「自我がある場合は?」
と黒猫。
「その霊体の意思によると思います。霊体自体が所有される事を受け入れるのであれば、直人の所有物になりえると思います。拒絶している場合はまず不可能かと」
それを聞いた黒猫が笑い出した。
黒猫が幼女の声で笑うというのもシュールな状況だが、様子を見る限り、お気に召したようにしか見えない。
「じゃあ、仲間になってくれるか?」
と、直人。
すると黒猫は笑うのを止めて直人を見て言った。
「条件がある」
後出しの条件は卑怯だと糾弾しようとした直人だったが、黒猫の目が思いのほか真剣だったので降参する事にした。
「わかったから、もう全部出し切ってくれ」
「お前が私を助ける事ができる能力を持っている事は認めるが、お前に助けてもらうという事は、私はお前にかなり致命的な弱点をさらす事になる」
「大チャンスだけど、同時に大ピンチって事?」
頷く代わりにゆっくりと瞬きする黒猫。
「だから、お前も私に弱点を提供してほしい」
直人は肩をすくめた。
「例えばどんな?」
「私を裏切ったら締まる首輪をつけてくれるとか」
「ん?それ、そっちの主観で決まったら一方的な奴隷契約じゃね?」
黒猫がふいっとそっぽを向く。
「うーっわ、コイツ腹黒いぞ」
「黒猫なんだからお腹だって黒いにゃ~」
また、わざとらしく語尾を取り繕って、黒猫は媚びるように地面に背中をこすりつけ、右に左に転がりつつお腹を直人に見せつける。
「……あざとい」
そう呟きながら、黒猫の横にしゃがみこんだ直人は、おもむろに黒猫の腹をわしわしと撫で始める。
「あ、いい毛並み」
「そこを撫でられるのはむやみに腹立つにゃああああ」
直人の手を抱え込むように腕でホールドして猫キックをお見舞いする黒猫。
「痛い、痛てえ」
そんな二人の攻防を眺めていたレギンレイヴであったが、ふと視界に入った木の根元の異変を察知して直人の肩をちょいちょいとつついた。
直人は黒猫の腹を撫でながらレギンレイヴを見上げる。
「イヴも撫でる?魅惑の毛並みだよ?」
「いえ、そういう事ではなく、今気づいたのですが、この木の根元、何か埋まっているようです」
「なんでわかったの?」
直人が尋ねると、レギンレイヴは木の根元を指さす。
直人がレギンレイヴの指さす先を見ると、そこにはあからさまに何かを埋めたばかりといった様子で、草むらの一角を長方形に切り取ったように、茶色い土が覆っている。
「こんなんあったっけ?」
「なかったですね」
すると、直人の手をキックしていた黒猫がスルリと直人の手から抜け出して、直人の服に爪を立てて肩まで駆け上がって耳元で言った。
「掘り返してみればいいじゃない」
「爪立てんな――良いのか?」
「埋めてあると言っても、土を乗せただけみたいだから、すぐ掘り出せるでしょ」
許可と捉えた直人が茶色い土をかき分けると、黒猫の言う通り、薄く盛られた土のすぐ下から、彫刻が施され黒く塗装された木の板が現れた。
そのまま、掘る、というよりは払いのけるようにして土をどかしていく。
そうして土の下から全容を表したのは、予想通り、小さめの棺であった。
蓋に見たことも無い文字のような装飾の彫刻が施され、黒く塗装された棺は、触れただけで重厚な木材からできている事がわかった。
「せっかくだし開けてみなさいよ。あ、土を中に入れないようにね」
いつの間にか邪魔にならない場所に移動して毛づくろいをしていた黒猫が直人に棺を開けるよう促す。
直人は言われた通り、蓋の周囲から慎重に土を払いのけ、棺のふたを持ち上げる。
外界の光が棺の中を柔らかく照らし出す。
そこに横たわっていたのは、漆黒のワンピースに身を包んだ幼い少女だった。
血色が悪くない所を見ると死体というわけではないようだが、呼吸をしている様子はない。
直人は、すぐに何か重大なものを見せられたような気がして黒猫の方に振り返った。
「良かったのか?俺、何もリスク負ってないぞ?」
「うしろめたさを感じてくれているなら、すぐにそれの時間を止めてほしいのだけれど?」
直人は棺の蓋を閉めると、すぐに棺ごと少女の体をセラーに収納した。
「あれ、お前の体か?」
直人が尋ねると黒猫はため息をついた。
「察しが良すぎるのも考え物よ?知らない方が幸福な事なんていくらでもあるんだから」
「だったらしっかり隠してくれよ」
直人の抗議を聞いて黒猫がクスクスと女の子らしく笑う。
「心配してもらってるとこ悪いけど、別に同情されるような出来事は無いのよ」
「あ、そうなの?」
「そりゃ、自分でああしたんだから」
意味を理解できない直人が首をかしげるのを見て、黒猫は楽しそうに続ける。
「知ってると思うけど、私、魔女なのよ」
「『レニース森の魔女』だろ?」
「そう、それ」
「それがアレと何の関係が?」
「魔女にしろ魔法使いにしろ、大なり小なり、魔法を研究するために百年、千年単位の時間を必要としているの。だから魔女を志した者は、その瞬間から、できるだけ早く、その時間を手に入れるための魔法を開発しないといけないの。その魔法を手に入れるのが通過儀礼なのよ」
「ああ、なるほど、あれは時間を止めようとしてたわけか」
「そういう事。と言っても、時間停止は難しくて、『延命』どまりね。この千年で三歳くらい成長しちゃってるもの」
直人は先ほど見た少女の見た目と三年という時間に違和感を覚えた。
「待て待て、あの体何歳なんだ?」
「十歳くらいかな」
「七歳の時に『延命』魔法を開発したって事?」
「そういう事になるわね」
「そんな事ありえるのか?」
直人はアルバムで見た程度の記憶しかない自分の小学生時代のイメージを思い出して黒猫に尋ねた。
「私のおばあ様が魔女だったの。残念ながらおばあ様に『延命』魔法に至る資質は無かったけれど、おばあ様が残した資料は大いに孫である私の役に立ったわけね」
「それにしたって、千年で三歳しか成長しないで済む方法を七歳で見つけるとか、すごい魔女なんじゃ」
「ほめても何もでないわよ」
フイっと横を向いた黒猫は、言葉とは裏腹にゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「仲間になってくれれば十分だよ」
すると黒猫は直人の肩に駆け上がって言った。
「それなんだけど。私としては、あなたが死ぬまで程度の時間、私の体の時間を停止できるくらいで、あなたの仲間になったつもりは無いのよ」
「どういう事?」
「私、あなたたちが森で話してた事は聞こえていたの。その時は私には関係ないと思ってたけど、今は違う。あなたが死ぬ時、あなたに預けた私の体はどうなる?」
核心を突いてきた黒猫の言葉に、直人は回答に窮しレギンレイヴを見た。
すると、意外な事にレギンレイヴは頷いた。
「俺が持ったままだと、あんたの体だけ俺の来世に持っていく事になるから、俺が死ぬ前に返す事になると思う。それか、もう一度この世界に転生して返すとか」
「そこでさっき聞いた、時間を止められる条件の質問に話を戻すんだけど、この黒猫の体と、その中身の私の精神を私の体と同じ場所に持っていって時間を止める事はできるのかしら?」
直人がレギンレイヴを見ると、レギンレイヴは頷いた。
「あなたが直人に所有される事を受け入れれば可能だと思います」
黒猫は「にゃあ」と満足そうに鳴いた後、意地悪く直人の耳元で囁いた。
「私が、あなたの最初の奴隷よ。末永く大事にしてちょうだい」