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ワルキューレの紀行  作者: 丹下灯葉
チュートリアル
2/19

第01話「開幕問答」

目を開けると、視界には空と雲の青と白、そこに精一杯腕を伸ばす木の枝葉が作る影と、陽光を透かした黄緑、緑、濃い緑。

木漏れ日は暖かく、頬を撫でる風は涼しく心地よい。かすかに甘い香り、花の香りだろうか?

直人は体を起こし、周囲を見回す。

背の低い草で覆われた小高い丘、自分はそこに根を張る広葉樹の足元に寝ていたようだ。

眼下には濃い緑の森と、その森の輪郭に沿った一本の道が見える。

ハっとして、すぐに自分の体を確認する。

「肌がきめ細かい。十代か?」

「十五歳です」

声のした方を見ると、そこには一目で十五歳のレギンレイヴとわかる少女が一人、草むらにちょこんと座っていた。

そのなんと愛らしい事か。

あの夜の世界で出会った神々しいまでの美貌にも驚かされたものだが、幼さの残る彼女の愛らしさもまた驚嘆の一言だ。

この勝手の分からない世界で、早急に自分の置かれた状況を把握し、衣食の確保を急がなければ、という焦燥感があったはずなのに、今湧き上がってくるのは、目の前のレギンレイヴを視界にとらえ続けなければならないという強烈な欲求だ。

いや、欲求なんて生易しいものじゃない、限界まで息を止めた時の大きく息を吸いたくなる衝動に似ている。彼女を見る事をやめようとする事が息を止める事に比肩するほどに苦しくてたまらない。

こんなに人の目を引き付けるのでは、目立って困るというより、レギンレイヴを見た相手側に何らかの問題がでるのではないか?

いや、やはり、この引力は異常だ。

「何か問題ですか?」

あんまり直人が黙ったまま自分を見るものだから、レギンレイヴは小首をかしげて尋ねる。

「いや、君の容姿は人目を惹きすぎる、というか文字通りの意味で目が離せない」

すると、次の瞬間、レギンレイヴが放つ凶悪な魅力が喪失した事を感じ、直後、強烈な息苦しさが直人を襲った。

咳込むように息を吸い、自分が窒息寸前の状態にある事を自覚して混乱した。

「何……だ?どう……して?」

混乱する直人に、レギンレイヴは申し訳なさそうに頭を垂れた。

「申し訳ありません。『超死(ちょうし)の魅了』の抑制が不十分でした」

「なんだ……それ」

大きく胸で呼吸しながら直人が尋ねる。

「生物の魂は生と死、そのどちらにも魅了されています」

直人はレギンレイヴの話が自分の質問にかみ合っていないような気がしたが、彼女が無駄な話をするようにも思えなかったので、素直にレギンレイヴの話に乗る事にした。

「普通、死ぬのは……嫌なもんじゃない?」

レギンレイヴは首を横に振った。

「魂が生と死に感じる魅力は同等です。ただ、より近しい方をより強く感じるので、生きている間は死の魅力を意識する事は無いかもしれません」

レギンレイヴは説明を続けた。

「生きている間で死の魅力を感じるのは、生に絶望した時や、生を求める事で耐え難い苦痛を感じる時です。前者は精神的なダメージを受け自殺という選択を受け入れる時に、後者は肉体的なダメージを受けて意識を保つ事で激痛を感じる時に、それぞれ人は生よりも死に向かう事に魅力を感じてしまいます」

直人はレギンレイヴの説明から残った結論を察した。

「『あの夜空』が『死』で、『あの夜空』に感じた感覚が『死の魅力』か」

「ご明察です」

とレギンレイヴ。

「って事は『超死の魅了』はその死に魅了された人の意識を無理やりワルキューレに向けさせて、魂が死ぬのを阻止する能力、って感じか」

レギンレイヴは満足そうに頷いた。

「仰る通りです。死に近い魂に使えば死から離れ、生に近い魂に使えば生から離れるのが『超死の魅了』です。今、直人は生きていますので、『超死の魅了』を受けると、生に関わる活動が抑制されます」

「それで俺は呼吸を忘れたわけか」

「はい。申し訳ありません」

再びレギンレイヴが頭を垂れる。

殺されかけた直人であったが、頭にあったのは怒りよりも自分の行いに対する疑念だった。

「もしかして、生きている人に使うのは初めて?というか、能力を持った状態で人としての人生を送るのは初めてだったりする?」

直人の質問の意図を察したレギンレイヴが答えを言いよどむ。

「いや、こういうのは今後、遠慮無しでいこう。トラブルの原因特定は迅速にして、早急に改善に繋げたい」

直人がそうフォローすると、レギンレイヴはこくりと頷いて彼女に起こった出来事を話し始めた。

「直人のおっしゃる通り、通常は死した魂にしか『超死の魅了』は用いません。『超死の魅了』というのも死に用いる事を前提とした名前です。なにより、ワルキューレは、いわば魂だけの存在ですので、生きた人間には干渉できませんでした」

「生きた人と死んだ人とで『超死の魅了』って使い方が違うの?」

「いえ、そういうわけではないのですが、人の体を得てから、注意力や、思考力、思考の多重性、発想力、というような能力が低下しているらしく、今まで自然にできていた事や、気づく事ができた事に霞がかかっているような、もどかしい感覚です」

そう言って、レギンレイヴは何かに集中するような様子で目を閉じた。

「『超死の魅了』もそうですが、他の能力も何が発動していて何が停止しているか、以前より意識して自分の内側に意識を向ける必要があるようです」

直人はすぐに、それが女神に準ずるワルキューレという存在としての能力と、人としての能力の差だと気付いた。

「人になったから?」

レギンレイヴは頷いた。

「恐らく、そういう事であると思われます。普通、ワルキューレの能力はどの世界でも『奇跡』以上の能力として世界の均衡を崩すものとして扱われるので、生身の体を得て顕現するにあたり封印されるものなのですが……」

「何が起こってるのかは俺には見当もつかないけど、元をたどればやっぱり俺の『願い』のせい、って事か」

つまり、あの黄昏の世界でレギンレイヴに叶えてもらった直人の『願い』により、レギンレイヴは直人が転生する世界に直人と共に生きた体を得る事になったのだ。

そうして人となった事で、様々な能力が人並みになった実感があったので、『超死の魅了』も無くなったものと思っていたが、これが実は利用可能で、しかも発動状態のままになっていた。――という事らしい。

確かに、レギンレイヴはあの黄昏の世界で、死にそうな直人に『超死の魅了』を使っていたのだから、ワルキューレから人になる過程で能力に連続性があるなら、『超死の魅了』がオンになったままなのも無理からぬ事だ。

このワルキューレから人への変化による能力低下により、能力がある事に気づく事も以前のようにはいかないらしく。レギンレイヴは少し苦労しているようだった。

「恐らくですが、ワルキューレであった頃の能力のうち、物理法則を越えたものはこの世界では『恩寵』として機能するようです」

「『恩寵』ってなに?」

直人が質問すると、レギンレイヴはひとまず自分自身の内面を探るのは後回しにして姿勢を正した。

「その説明を含め、まず私が知っているこの世界の情報をお伝えしておこうかと思います」

「それはありがたい。ついでに持ち物とか、身体能力とか、現状確認もしよう」

レギンレイヴは頷く。

「まず、私が知っている情報の全体像についてご説明しておきます」

そう言ったレギンレイヴの話を要約するとこうだ。

彼女は生まれてからずっと様々な世界と場所と時間を旅行していたのだという。

人の時間に換算したら、どれほどの時間になるのかはレギンレイヴ自身にもわからないそうだが、ともかく無限に近い時間を様々な世界を見る事にのみ費やしてきたのだそうだ。

そんなワルキューレとしての彼女の目的は二つ。

一つはエインヘリャル候補の発見であるが、これは直人の発見により完了した。

そして、もう一つはエインヘリャルの育成のために必要な環境を持つ世界に関する情報の収集だ。ゲームに例えれば、勇者を探しつつ、レベル上げに適したダンジョンも一緒に探していた、という感じだろうか。

各世界の情報は、ワルキューレとしての彼女の記憶に保存されているが、その内容はせいぜい紀行文に準ずる程度のものであるらしい。

「直人の世界と時代で言えば、『科学技術』がそうであるように、その『世界』を支配している概念に関する調査はエインヘリャルの育成に必要な情報でしたので、ある程度詳しく説明できますが、文化や慣習などは旅行者の日記程度の情報が関の山です」

「科学以外の世界もあるの?」

素朴な疑問をぶつける直人。

「そうですね。直人にもわかりやすい所で、直人の世界に無いもので言えば、『魔法』がその一つですね」

「あ、あるんだそういう世界も」

「この世界にも魔法はありますよ。ただ、支配している力は別の力ですが」

「何が支配してるの?」

直人の質問にレギンレイヴは少し微笑んで首を横に振った。

「それは直人が自分で見つける事をお勧めします。別に生存には影響しない情報ですしね」

「そういうもの?」

「はい、そういうものです」

レギンレイヴを問いただす事もできたし、恐らくだが、粘るというほど頑張らなくても、何回かお願いすれば教えてくれただろう。

しかし、彼女の言う事だ。きっと、自分で見つけるのが良いというのは事実なのだろう。

「んじゃ、まあ、それは自分で見つけるので他の情報を頼む」

レギンレイヴは頷く。

「先にもお伝えしましたが、私たちの身体年齢は十五。これはこの世界の主要国家の成人年齢です。身体能力、構造は転生前の直人の世界とあまり差異は無く、またこの世界で得た体も年齢相応です。ただし、以前の直人の世界と明確に異なる点が一つあり、それは、条件を満たした者に対して特別な加護が与えられる点です」

「どんな加護なの?」

と直人が尋ねる。

「魔物や魔獣、悪魔の討伐の対価として与えられる追加能力の付与です」

直人はゲームを思い浮かべながらレギンレイヴに続きの説明を促す。

「どういう能力が貰えるの?」

「『筋力』、『反射神経』、『耐久力』、『(えにし)』、『恩寵』、『技能』の六つの能力の強化、あるいは補助的効果の獲得です」

ますますゲーム然としてきた。と意識の片隅で思いつつ、直人は聞き覚えのあるキーワードを聞き逃さなかった。

「お、出た、『恩寵』。『恩寵』と、あと『縁』も説明よろしく」

レギンレイヴは頷いて説明を続ける。

「『恩寵』とは自分より上位の存在、一般的には神と呼ばれる存在から与えられる能力の事で、物理法則を越えた能力やスキル、ギフトの事です。私のワルキューレとしての能力も『恩寵』として扱われるようですね」

「物理法則を越えた能力やスキル――って、魔法以外にもあるの?」

レギンレイヴは頷いた。

「超常的な力としては、魔法、神技、精霊術、召喚術、それから幾つかの種族固有の物理法則を越えた技があります」

「種族固有って事は知的生命体は人以外にも居るのか?」

話が脱線する事は自覚していたが、直人は興味に任せて質問した。

レギンレイヴも気にしない様子で直人の疑問にすぐに答える。

「妖精類を起源に持つ、ファータ、アールヴ、ドワーフ。哺乳類を起源に持つ人族、獣人族。爬虫類を起源に持つリザードマン、ドラゴン、サーペント。菌類を起源に持つファンガス。植物類を起源に持つドリュアス、ニンフ。そして悪魔により生み出された魔族、魔獣。他にも多種多様な種族と、その混血種族が存在します」

掘り下げればなんとも面白そうな話が聴けそうではあったが、知的好奇心を満たすのは後だと自分に言い聞かせる。

「概ね理解した。脱線させて悪い。『縁』の説明頼む」

「『縁』というのは、基本的には『運』と同義であるようです。ただ、目に見えるものではないので、その捉え方は一定の共通点はあるとはいえ、基本的には各個人ごとに違うらしく、あまり情報がありません」

とりあえずゲームと同じ感覚でとらえて問題無さそうな事が確認できたので、直人は話題を次に移す。

「国や都市、社会構造は?」

「その種族の知能レベルに比例したコミュニティを形成しているようですが、個々の社会に関する情報は説明が長くなるので、必要となったその時に」

レギンレイヴも直人の求める水準を把握したのか、要点を抑えて大胆に説明を省く。

直人は頷いて、気になった点だけを掘り下げる。

「種族間の利害関係、敵対関係は?つまり、不用意に遭遇していきなり攻撃されたりする可能性はあるのかな?」

「基本的には悪魔、魔族、魔獣が他の全種族を害しているため、これを排除するという利害は一致しているようですが、直人の世界で言う所の人種差別より苛烈な種族間の摩擦もまた存在しているようです」

「だとすると、最初に見つけた集落が人間のものかどうかは慎重に調べた方が良いのかな?」

「ある程度知能のある種族同士は政治的折衝により大きな戦争を避ける傾向にあるので、家屋や柵を形成している集落であれば、いきなり攻撃されるという事は無いかと思います。」

どの世界に転生しても、差別は避けられない問題であるらしい。

差別は無知より生じると言われるが、ここまでくると差別は生物に必要な要素なのではないかという疑念すら湧いてくる。

直人は気を取り直して話のテーマを切り替える事にした。

「経済は?」

「物々交換の比重が大きいですが、先にお伝えした知能レベルの高い種族のコミュニティでは『金貨』、『銀貨』、『銅貨』と、それらの重量がちょうど半分になるように穴が開けられた『輪貨(りんか)』と呼ばれる硬貨が利用できるようです。慣例的に各金属貨の交換比率は金貨1に対し、銀貨100、銀貨1に対し、銅貨100枚に定められています」

「どこでも同じ貨幣が使えるの?」

「いえ、貨幣を採用している各コミュニティが独自に硬貨を発行しています。各コミュニティを横断していくつかの商人組合が経済規模の大きい主要なコミュニティに両替所を開設しており、コミュニティの経済力に応じて変化する貨幣の体積や、構成素材の混ぜ物の比率に応じてコミュニティ間の貨幣の両替を行っています」

「貨幣を得る方法と物価、生活はどんな感じ?」

「雇用として一般的なのは土木、建築、狩猟、農業、採集などにおける単純作業の需要に基づくものです。日給は貧しい農村では銀貨1枚以下、大きな街では多くとも10枚程度です。魔物、魔獣討伐の需要は非常に高いのですが、危険が多いため対応できる戦士や魔法使いの絶対数が少なく、必然的に高い報酬で実力者による討伐の順番を奪い合っているようです」

直人は首を傾げた。

「加護があるなら誰でも強くなれるんだし、人手不足にはならないんじゃないの?」

「加護を得ても、追加能力は討伐を重ねないと得られないので、加護無しでも魔物と渡り合える強者でないと生計を立てるのは困難であるようです」

「加護を得る方法は?」

「一般的なのは、各コミュニティの宗教組織、国家機関が提供している儀式による方法ですが、加護を媒介する道具、これを『門器(もんき)』と言いますが、この門器の作成に特殊な貴金属が必要となるため、必然的に初期費用が高くなってしまい、庶民にはその費用の捻出が難しいようです。このため、加護を得た冒険者は世襲となる傾向があるようです」

「子供に引き継げるの?」

「親の技能を引き継げるわけではありませんが、門器は元の持ち主が使用しなくなれば再利用可能です。門器は神に代表される上位の存在から与えられる加護の力を、儀式を受けた人に中継する媒介として機能するため、使用者は肌身離さず身に付けている必要があります。このため、門器はピアスや指輪、腕輪などの装飾品の形を取る事が一般的であるようです。」

「一般的にはって事は装飾品以外の形態もあるの?」

レギンレイヴは頷く。

「形状に制限はないので、様々な門器があるようですが、身に付けるタイプではない門器は、窃盗被害を避けるために門器である事を隠すのが一般的らしく、あまり情報がありません」

「なるほど。奪われにくく、高価な金属の使用量が少ない小物ってのがポイントか。旅するならデカいのを持って歩くのはキツそうだしなぁ」

すると、それを聞いたレギンレイヴから直人に提案があった。

「直人、所持品について先にお話しておきたい事があります」

「服以外なんか持ってたか?」

直人は自分の服のポケットをまさぐった。

「いえ、直人は服の上下と下着に靴、あとはハンカチだけです」

尻ポケットにベージュのタオルハンカチが入っていた。

「……まあ、無いよりマシだけど、なんでハンカチ?」

直人の問いには答えず、レギンレイヴは話を続ける。

「いえ、お話したいのはハンカチの事ではなく、持ち物の収納スキル『セラー』についてです」

レギンレイヴの言葉に直人は身を乗り出した。

「それってもしかしてゲームでよくある、その場で自由にアイテムを出したり消したりできるやつ?」

「はい。ただ、アイテムに限らず、エインヘリャルは自分のあらゆる所有物を自由に収納できる能力を与えられています。出し入れ自由ですし、収納してしまえば重さはゼロ、収納できる大きさの制限も無く、セラーに収納したアイテムの時間は停止するので、収納時の状態から一切変化したり劣化したりする心配がありません」

これは直人としては完全に想定外の答えだった。

物をいくらでも無制限に持てるというのは控えめに言って神話の武器に匹敵する能力だからだ。

極端な話、海を収納して、敵の拠点で取り出せば水攻めだって簡単にできる、という事だ。

「なんというか、破格の待遇だな。もっとキツい旅を覚悟してたんだけど」

「我々の目的はラグナロクに備え、個人の戦闘力だけではなく、武力を蓄える事にあります。それが武器であるにせよ、道具や食料であるにせよ、無駄にはできませんので、それらを保存する能力の提供は必然です」

「なるほどね。ちなみに、なんでも収納できるの?さすがに一切制限無しって事はないだろ?」

レギンレイヴは頷く。

「もちろん、制限はあります。自分に所有権が無いもの、所有権のあるものと無いものとが明確に分離していないもの、自分の所有権以外に他者の所有権が付帯しているもの、所有権が発生しないもの、などは収納できません」

ずらずらとNGパターンを列挙してくれたレギンレイヴだったが、直人にはイマイチぴんと来ない。

「んー、例えば?」

「お店で購入したハンカチは収納できますが、落とし物のハンカチは収納できません。折りたたんだテント一式は収納できますが、展開して杭で地面に固定したテントは、仮に杭を打った土地まで所有していても自分の土地と一続きになっている大地は所有できないため収納できません」

「盗品である事を隠して売られているハンカチを買った場合は?」

と直人。

「二つ以上の所有権が衝突しているので収納できません。この場合、何らかの方法で複数ある所有権が一つなれば収納可能です。元の所有者が明示的に所有権を放棄したり、時効の存在するコミュニティでは、盗品であっても時効成立により収納可能になります」

直人はレギンレイヴの説明を自分なりにかみ砕いた上で更に質問した。

「自分で購入した水筒に誰のものでもない湧き水を入れた場合は?」

「『誰のものでもない』の状況次第かと思われます」

「つまり?」

「暗黙によるものを含め、無断取得が認められている湧き水は『採集』扱いになるので、採集した時点で所有権が認められ、収納可能です。一方、国や個人の所有する土地にある水源で、無断取得が禁じられている場合は『窃盗』扱いとなるため、収納できません。私有地であっても所有者が黙認している場合は収納できると思います。逆に無断取得が認められていても、それが公共の財産である場合、他の利用者の不利益になるくらい大量に取得した水を収納するのは不可能だと思います」

「今居る国なり地域の法律やルールの違いでも所有権が認められる条件に違いが出そうだな」

直人が収納ルールを理解した事を確認するとレギンレイヴは説明を続けた。

「具体的な利用法についてですが、基本的には仕舞う時は仕舞うモノに触れるか目で見るか、認識している状態で『セラー』に仕舞いたいと思うだけで大丈夫です」

「出す時は?」

「出したいモノを思い浮かべて『セラー』から出したいと思うだけで出せるはずです」

「簡単だな。内容物の確認方法はある?」

レギンレイヴは首を横に振った。

「内容物は自分で記憶するか、量が多くなってきたら目録を作成する事をお勧めします。また、収納物品の管理のために『セラー』に自ら入る事も可能です。やり方はモノの収納と同じです。ただし、『セラー』に入ると『セラー』内部に収納したアイテムに対する時間停止の効果は無効化されます。利用者自身の時間が停止すると出られなくなりますからね」

レギンレイヴの説明は、直人に一つの疑念を抱かせた。

「例えば、最初に掌に載せた塩を一つまみ『セラー』に収納しておいて、次に水を両手ですくって、それをセラーに収納したら塩はどうなるんだ?」

「収納した後、利用者が『セラー』に入らずに塩を取り出せば、収納したときと同じ状態で取り出す事ができます」

「『セラー』に入ったら?」

「入った瞬間に時間が動き出すので、容器に密閉していない水は『セラー』内で床にこぼれて広がります。この時、塩も床に散らばっているはずなので、こぼれた水に溶けてしまいますね」

「その状態で『セラー』を出て、外で塩を取り出そうとしたら?」

「塩は塩水になってしまい既に存在しないので取り出せません」

「じゃあ塩水は取り出せるの?」

「『セラー』を出た瞬間の状態のまま時間が停止するので、『セラー』内で床に広がった状態のまま取り出せます」

直人はレギンレイヴの説明を再度咀嚼(そしゃく)して、更に疑問をぶつけた。

「コップの水に塩を溶かしていって、溶けなくなっても更に塩を入れていった場合、どこからが『塩水』で、どこからが『濡れた塩』になるんだ?」

「使用者の認識に準じます。『セラー』は名前を知らないものでも所有権さえあれば収納可能です」

「んんー?」

一瞬、直人はレギンレイヴの言わんとする所を見失ったが、すぐに要点を察した。

「ああ、そりゃそうか。思考が脱線してた。セラーに入っているものをイメージするだけで出せるんだもんね」

レギンレイヴが頷く。

「セラーについて他に質問はありますか?」

「いや、キリが無さそうだから使いながら確認したり質問したりするよ」

「では、他にご説明した方が良い事はありますか?」

そろそろ話を切り上げて移動を開始するべきだろう。

夜になる前に人里、水、食料、安全な場所、火、などを発見しなければならない。

直人は覚悟を決めると、両手で自分の太ももをパンと叩いて勢いよく立ち上がった。

そして、レギンレイヴに手を差し伸べようとして、思いついた疑問をレギンレイヴに尋ねてみた。

「重要な質問を忘れてたよ」

「なんでしょう?」

レギンレイヴは直人を見上げて尋ね返す。

「君はこの世界でどうするんだ?」

「どう、とは?」

「いや、俺の『願い』のせいで君はここに居るのは間違いないみたいだけど、それでもこの世界での人生は君のものだから、君は君の人生をどうするか決めなきゃいけないだろ?」

レギンレイヴは直人の言葉を聞いて、少し考えた後でイタズラっぽく微笑んで尋ね返した。

「初めて人の人生を歩む事になったみなしごの女の子に、英雄を志す直人が言うべき言葉はそれで良いのですか?」

直人は思いがけず飛び出したレギンレイヴの意地悪な質問に目を丸くした後、ヘタレな自分の後ろ頭をパンと叩いて己を(いさ)めた。

「そりゃそうだわ」

「直人は私を一緒に連れて行く気だったから、『今後、遠慮は無しで』、と仰ったのでしょう?」

そう言って、レギンレイヴはふふっとほほ笑む。

直人はわざとらしく咳払いをして空気を切り替え、そして、レギンレイヴに手を差し伸べ、その『願い』を口にした自分が言うべきだった言葉を告げた。

「君は僕が守るよ。だから僕に付いてきて欲しい」

レギンレイヴはさっきとは違う、優しい笑顔で直人の手を取り立ち上がって言った。

「はい。期待しています。」


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