プロローグ「死と出会い」
チュートリアルは設定資料の位置づけです。
これで設定を作り終わったら、『物語』の構築を始めます。
というわけで、チュートリアル編は説明中心なので面白くないです。
交差点での衝突事故の巻き添え。
それが直人の死因の間接的な、そして根本的な原因だった。
だが、無駄死にではない。
こちらに突っ込んでくる自動車の進路上、直人の右側に居た小学生二人を右手でガードレールの背後に突き飛ばし、自分の左に居た学生を左足で植え込みに突き飛ばした。
『お決まり』に従うなら、他人を助けて自分が犠牲になる展開だが、直人に死ぬつもりは無かった。
突っ込んでくる自動車の挙動を見極め、最悪、四肢を犠牲にしてでも頭と胴への直撃を避けさえすれば『勝ち』であるはずだ。直人は自分の頭と胴を自動車の進行方向から可能な限り遠ざけるために学生を突き飛ばした反動をも利用して右足で地面を蹴って全力で右に飛ぶ。
直人の思惑は予想以上に上手くいき、突っ込んでくる自動車にかする事も無く回避に成功した。
これで解決、大団円、ハッピーエンド。
――そう安堵した直人を誰が責められようか?
直人が飛びのいた先、まさにそこに、事故車両を避けようとハンドルを切ったスクーターが事故車両とガードレールの隙間をめがけて突っ込んできた。
死の訪れは一瞬であった。
痛みなど感じる間もなく、静寂が止める事のできない速度で直人を包み込んだ。
「人の命は儚いものですね」
直人に訪れた静寂は、その訪れと同様に唐突に打ち払われた。
目を開くと、そこは沈んだ太陽が遠くの空の端をわずかに赤く染める、夜まであと一歩の世界だった。
どこかで見たことのあるような、一度も見たことが無いような風景の中、空が美しい事だけしか印象に残らない世界。
直人は太陽の気配のする空に背を向けて、既に十分暗くなった空に見え始めた星の美しさに目を奪われていた。
やや狭い夜に散らばる星々の、深い青を伴う瑠璃色から目をそらす事など、到底できそうにない。
ドクン!
耳に音として聞こえたのではないかというような、未だかつて感じたことのない心臓の脈動。
背中側から皮膚や筋肉を突き抜けて心臓をわしづかみにされているような実感とも錯覚とも判別できないが、確固たる確信。
直人はとっさに後ろを振り返る。
つい先ほどまで、どうやっても星空から目をそらせないと思っていた直人は、とっさの事とはいえ、自分が星空から目をそらす事ができた事に驚きを感じていた。
そして、振り向いた先に居た『彼女』を目の当たりにして、二度驚いた。
白鳥の風切羽を思わせる純白のプリーツが美しい羽衣を身にまとった、それはそれは驚くべき美女がそこに居た。
女神という形容に全く違和感がない、その美しさは間違いなく星空の美しさを凌駕していた。
「あ……あなたは?」
「私と共に来てください、紫藤直人よ」
美女が直人に語り掛ける。
「我が名はレギンレイヴ。汝、招きに応じ、ヴァルハラへと同道せよ」
「ヴァルハラ?君は……ワルキューレってやつ?」
レギンレイヴは静かに頷き、直人に手を差し伸べる。
「あなたにはエインヘリャルになって頂きたいのです」
エインヘリャル、それは、戦場での死後、ワルキューレに導かれ、グラズヘイムのヴァルハラへと至った英雄の事――であるはずだ。
「俺、戦士でもなければ、戦闘経験すら無いけど?」
直人はさっと自分の人生を振り返ってみたが、戦闘と呼べるものは思いつかなかった。
「平和な国に生まれた子らは、類まれなる戦士の資質を持ちえないのでしょうか?」
「つまり?」
「ラグナロクの時は近い。しかし、人の人生の長さ程度なら、来るべき終末までに幾万、幾億を繰り返すには余りあります」
直人はその言葉の意味を察して唸った。
「そんな方法論があるとは、気の長い話だ」
疑問はいくらでもあるが、とりあえず状況を把握した直人は、提示された条件と、未だ提示されていないが生前得た知識で知っている条件について一通り考えを巡らせた後、レギンレイヴに尋ねた。
「戦士として生きたわけではない俺に、戦乙女に選ばれる栄誉は対価にならない」
レギンレイヴは頷いた。
「すべてが始まる前に私が一つ、すべてが終わった後に我が主より一つ、あなたの願いを叶えましょう。」
「前払いとは気前が良いな」
「我が主の力は時空の運行や原理、概念に及ぶが、私の力は私にできる事に限られる。過大な期待はしないでください」
「あなたにできる事というのは、あなたの意思を無視できるのか?」
「主の命に矛盾しない限り、願いを叶えたいというのが私の意思です。私の死すら、その意思には及びません」
直人は肩をすくめた。
「そんな愚かな願いは抱かないよ。でも、オーケー、交渉成立だ」
直人の合意を得たと確信したレギンレイヴは直人の胸に手を当てた。
「では私への願いを教えてください」
「その前に、願いを叶えてもらった後はどうなるんだ?」
「あなたがエインヘリャルに相応しい英雄となるように、いくつかの人生を歩んでもらいます。それぞれの世界で新たな人生を歩み、英雄に相応しい成果を上げていただきます」
直人は頷いた。
「了解した」
「では、願いを仰ってください」
レギンレイヴの言葉に、直人は自分の胸に当てられたレギンレイヴの手に自分の手を重ねた。
「俺の願いは――」