2.ダイアナお嬢様
ダイアナお嬢様はイライラしていた。婚約者のユージィンがいつまで経っても現れないのである。いっつもそう。いつも遅刻してきて、いつも早めに約束の時間を切り上げられる。そんなに私に会いたくないのかと思うと、落ち込むこともある。でも、私はなんていったって婚約者なんだから!
「お前の婚約者だよ。」と、ユージィンの肖像画を見せられたのは5歳の頃。金髪碧眼の優しそうな眼差しに一目惚れした。これが私の王子様なのね、と幼心をときめかせた。
しかし、実際に会ったユージィンは、ダイアナにはまるで興味がないようだった。そして、気を引きたくて、あれやこれややるほどに嫌われていき、とうとう自分も意地を張るようになってしまった。会うといつもヒステリーを起こしてしまう。優しいユージィンは、その場では決して私に怒らずに、ただ優しく窘めるだけだ。だけど、次に会う時には確実に距離を置かれてしまうのである。
それでも、まだ幼い頃はよかった。会う時は他に子どももいなかったので、ユージィンは嫌々ながらも一緒に遊んでくれた。しかし、大きくなってからはそうもいかなかった。
特に、学校に進学してからは、私と会っている時だけ生気がなく死んだ目をして、一切笑わなくなってしまった。
それでも、いつか関係は修復できるはずだ。なんと言っても婚約者なのだから。
この日も、どうせ私に会う時間を少しでも短くするために遅れているのだろう。そして、嫌々私の相手をするのだ。可哀想なユージィン。惨めな私。
そんなことを考えていると、当のユージィンが現れた。
「ごきげんよう、ユージィン様。嫌いな婚約者に会うのはさぞ億劫だとお察しします。」
どうしても嫌味のひとつでも言いたくなる。
声をかけられたユージィンは、ちょっと目を見開くと、不敵に笑って言った。
「ふむ、流石に嫌われているだけあって、気骨のある物言いをするようだ。」
「嫌われているですって……?!」
これまでユージィンに嫌いだと言われたことはなかった。
「こんな私なんて嫌いでしょ?」と聞いたこともあったが、いつも必ず、「そんな事ないよ。」と言ってくれていたのに。
「なんだ知らなかったのか?それとも知って知らぬふりをしていたのか。どうやらこの家中の者に貴様は嫌われているぞ。」
「家中……?!」
流石にそこまでとは知らなかった。そして、こんなにも痛い現実を突きつけられるのは産まれて初めてだ。
「我儘と傲慢の限りを尽くしていたろう。わざとやっていたのではなかったのか。貴様、ある意味見どころがあるのやも知れぬ。」
あまりの物言いにワナワナする。
「誰も、そんな事私に向かって言いやしないわ!いつも、ダイアナお嬢様は正しいって言われて育ってきたのよ!」
「嫌いなやつに真実を語るやつもいまい。貴様が何かする度に貴様は人に嫌われてきたんだ。天才的だ。」
今まで、周りにはどんな我儘も受け入れてもらってきた。何をしても、お嬢様は正しいと言われてきた。しかし、その言葉を発している人の表情はどうであったろうか。自分がした事を人がどう思うかなんて考えたことがなかった。
今まで自分の成してきた事柄が、ガラガラと崩れて自分にはね返ってくるようだ。
人に嫌われているということを、産まれて初めて私ははっきりと噛みしめたのだ。
目の前のユージィンは、もう私とは会話する気すらないようだった。ドカッとソファーに寝そべり、こちらを見向きもしない。
私も、ユージィンに言い返さない。
……真実すぎて反論できなかったのだ。
そうして、しばらくの沈黙のうち、私にある疑問がわいてきた。
「ユージィン。」
声をかけてみるが、こちらに構わず呑気にあくびをしている。
「ユージィン!!」
「ん?ああ、私のことか。何だ?要件を手短に話すが良い。」
「……れ?」
「何?」
「あなた、誰?」
少なくとも、目の前にいるのは、私の好きな人ではない。ユージィンに何が起こってしまったのだろう。
言った瞬間、ユージィンの青い瞳が、紅く染まった。
「―――――ッ!??」
驚いて、座っていた椅子をガタッと揺らす。
「何を驚いている。私はどうみても貴様の婚約者のユージィンだろう。」
「いいえ、違うわ。……あなたは、何?」
私の言葉に、目の前のユージィンは興味を持ったようだった。
ソファーから起き上がり、私の方を見て言った。
「私がわかるとは、面白い。では私は何だというのだ?」
ああ、神様、あの時、私はどうして違う答えを言わなかったのでしょう。
そうしたら、こんなことにはならなかったのに。
「―――誰かは知らないけれど、悪魔に見えるわ。」
言った瞬間、ユージィンの髪が金髪から見事な黒髪に変わり、紅くなった目は私を捕らえた。