14.光射す間で
暗闇が消えて、礼拝堂には午後の優しい光が差し込んでいる。割れてしまった窓のガラスや壊れたシャンデリアだけが、先程の事が夢じゃなかったことを物語っていた。
一体何が起こったのだろう?
ユージィンを仰ぎみると、えらく仏頂面をしていた。髪は金髪に、目は碧眼に戻っている。
「……足りぬ」
「え?」
「全然足りない!力が完全に戻ってない!これでは中級クラスだ。おかしい」
どうやら世界征服は失敗?……本当によかった!!
ほっとすると、どっと疲れてしまった。
「なぜだ……。解らぬ。確かにダイアナが私の真名を呼んだと言うのに」
真名……。そういえば、といつも何となく疑問に思っていたことを口に出す。
「ユージィンの本当の名前って……本当にアレであっているの?」
アレと表現したのは、もうあんな怖いことが起きるのは二度とごめんだからである。私にとっての発言禁止用語だ。
「当然、大魔王様であっている。何百年もそう呼ばれて来たんだ。間違える訳がないだろう」
「でも……それって、敬称じゃなくて?ほら、王様、とか、レディ、見たいな…」
「………………」
ユージィンがすごい顔をして固まっている。図星だったようだ。
「なんて事だ……」
私を床に下ろすと、ユージィンは床に座り込んで脚を投げ出した。
「名前が、解らぬ……。自分の名前が……」
どうやら自分の本当の名前を忘れてしまったらしい。ぼっち過ぎて誰からも名前を呼んでもらっていなかったのだろうか、なんて、ぼっちの私が邪推してみる。
「……まあ、致し方ない」
しばらくショックを隠しきれない様子のユージィンだったが、どうやらひとまず諦めたようだ。本当の名前を思い出せないのは私にとっては好都合だ。世界征服の心配がなくなるもの。
ダイアナも隣においで、と手で合図され、私もユージィンの隣に腰を下ろす。
そうしたら、今度は腕を引かれてユージィンの上に馬乗りみたいにされて抱きしめられた。
「ユージィン!?」
さっきまで恐怖の中心にいたというのに……。でも、世界征服が失敗したなら結果オーライ。闇は怖かったけれど、被害はステンドグラスとシャンデリアくらいみたいだし、この場所には柔らかい光が差し込み続けて今はとても穏やかだ。
「死にかけるわ、世界征服は失敗するわ、今の私は諸々傷心だ。このぐらい甘えてもよいだろう?」
好きな人に優しく掠れた声でささやかれて、私は何も言えなくなってしまう。
「私を想って泣き叫ぶダイアナを見て、心が痛んだ。ただ、あなたが私の名前を呼んだことは真に嬉しかった。ダイアナの心は私のものだ。……それで良いか?」
「………はい」
もう、私の心は決まってしまっていて、これ以外の返事はなかった。
こうして、私たちは甘い甘い、キスをした。