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12.迫害

パリィン!


大きな音がして、礼拝堂のステンドグラスが割れた。

あろうことか、主のおわす祭壇の上部、天使達の光輪の部分からガラスの破片が落ちてくる。

礼拝堂の中は騒然となった。

まさか……これ、ユージィンがやったの?

生徒達は入口に近い者達から順に外に避難を始めた。

そうしている間にも、次々とガラスが割れていく。その度に生徒達から悲鳴が一斉に上がった。

「ユージィン、これ、あなたのせい?」

「私はこのような無粋なマネはしない。あなたに疑われるとは心外だな」

飄々と答えているけれど、ユージィンじゃなくてもまずい!

「だったら私達も避難よ!」

ユージィンの手を取って入口に向かおうとすると、その手でやんわりと否定された。

ユージィンは、首を横に振って肩を窄めると言った。

「私は動けぬ。魔法陣に捕らわれている」


その瞬間、爆音が響き、礼拝堂が煙に包まれた。

「悪魔だ!」誰かが叫ぶと、場内の混乱はいっそう酷くなった。

「……オミニス イムンドゥスム スピリトゥス…」

「オムニ サタニカ ポテンティス……」

粉塵の中、謎の声が響く。

どこかの外国の言葉だろうか?粉塵が落ち着き、辺りの様子がわかるようになってくる。礼拝堂には人がほとんど残っておらず、静寂の中で先程の声だけが響いている。

祭壇に、主の像に片手をつき、もう片方の手で聖書の一節を開いている恰幅のよいイケメンがいた。―――フランシスだ。


「ユージィン……。やはりあなたは悪魔の遣いでしたか。普段のあなたとは違う、その黒い髪と紅い瞳が、あなたが異形のものであることを物語っています。僕が以前講堂で一瞬見た姿は見間違いではなかった」

講堂のドアを蹴破った時のこと……見られてたんだ!

「ふん、私の姿の片鱗を現しめたこと、褒めてやろう。ただ、私は悪魔の遣いなどではない。悪魔そのものだ」

「よけい悪いじゃないか!」

ユージィンにつっこみを入れると、フランシスは再び詠唱に入る。

こちらに近づく気は毛頭ないらしい。

「ねえ、ユージィン、あれ、大丈夫なの?」

私にはただ単に外国語で朗読してるだけに聞こえるけど……。

ユージィンは私の方を見ると、感情のこもらない声で言った。

「悪魔祓いの呪文だ。あんな真言を使うとは、な。ダイアナ、前に言っていたろう。''窮地''ってやつだ」


「……―――嘘」


それは、聞きたくなかった事実だった。

「だってユージィンは悪魔でしょう?!何とかならないの!?」

嫌だ嫌だ。

「悪魔だからあいつの攻撃が効いているんだ。いくら私でも、動けないことにはどうしようもない」

私の発した''悪魔''という単語にも、ユージィンの身体は何も反応していない。それだけ強力な呪文ってこと?


ユージィンは、私の方をみると優しい顔をして言った。その顔は、私が幼い頃に肖像画を見て一目惚れした眼差しそのものだ。

「ダイアナ、私の本当の名を呼んでくれれば嬉しいが……。無理強いはしない」

あなたの自由だよ、と言わんばかりに私の頬を優しく撫でるユージィン。


「嫌よ……そんな……」

大粒の涙が零れる。

ユージィンのことを、「大魔王」と呼びさえすれば、ユージィンはこんな魔法陣なんか蹴散らして瞬く間に復活するのだろう。でも、それをすると今度は世界が終わってしまう。

私は、意を決してフランシスの方へ駆け出す。

フランシスの持っている聖書を奪うんだ!


「ちょっ、お前やめろよ!自分が何してるか分かってるのか!?あいつは悪魔なんだぞ!」

フランシスと取っ組み合いながら、何とか聖書を奪おうとするが、上手くいかない。

「ユージィンは何も悪いことしてないのに!むしろ私を助けてくれたわ!それに引き換え、あんた達こそ最低のクズ人間じゃないの!」

喚きながらフランシスをどついたり引っ掻いたりしたが、とうとう私はフランシスの片腕に両手をギリギリと締め上げられてしまった。

「お前もここで、僕の悪魔祓いを見学してろ」

フランシスは吐き捨てるように言うと、詠唱に戻る。


詠唱が礼拝堂にこだまする中、ユージィンが少し上体を屈ませ――大量の血を吐血した。地面に膝をつき、胸を抑えるユージィン。胸からも赤い血がどくどくと流れている。

「ユージィン!!」金切り声のような悲鳴をあげる私。

「悪魔の血が赤いとはな。てっきり青色をしているかと思ったが。勉強になった」

腹が立ってフランシスをきっと睨みつける。足を踏んづけてやるつもりが、悟られて失敗した。

このままでは、ユージィンが本当にいなくなってしまう。

そんなの嫌。

ユージィンがいなくなったら、私は誰と昼食を取ればいいの?

誰とこれからの時間を過ごせばいいの?

そんなの、ユージィンじゃなきゃ嫌だ。


ユージィンの言った通り、確かに私は自分勝手なのだろう。

この時の私は、ユージィンを助けることしか考えてなかった。

世界の存亡なんて、ひとつも頭に残っていなかった。

私は、自分のできる限りで叫んでいた。


「大魔王様―――――ッ!!!!」


ユージィンは頭をもたげて私を見ると、目を開いて口の両端だけで笑って言った。

「ダイアナ、心は決まったようだな」

私は、その顔を怖気がするほど美しいと思った。








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