11.平和への祈り
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主は正義を愛される。主の慈しみに生きる人を見捨てることなくとこしえに見守り
主に逆らう者を断たれる。
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前回の講堂事件以来、不穏な噂が学園内で囁かれている。
"学園に悪魔がいる”。
そして、私は知っているのだ。それが噂でなくて現実であることを。
「やはり焼き鳥が1番美味だ」
目の前で焼き鳥を20本、幸せそうに頬張っているこの男――ユージィンこそ、悪魔なのだ。最近、鶏モモの醤油ダレにはまっているらしい。
「それよりも!学園の噂知ってる?」
「ああ。私とお前が講堂の壇上で羞恥プレイ!だろう?」
言われて思い出して赤くなる。人生の汚点。完全に黒歴史だ。
「ち……違うわ!この学園に悪魔がいるってやつ!完全にあなたの事じゃない」
この間、派手にやらかしたからなあとユージィンは呑気に頭を掻いている。
「大丈夫なの?噂をもとに、エクソシストが大量に押し寄せたらまずいのではなくて?」
「嬉しいな。私の心配をしてくれるとは。でも大丈夫だ。私には、なんていったってダイアナが側にいるのだから」
「……私じゃ何の役にも立たないわ」
「そんな事はない。いいか?もし私が窮地に陥るようなことがあったら、私の本当の名を呼ぶんだ。そうすれば、私はたちまちに復活するであろう」
「……で、その後は……」
「もちろん世界征服だ」
「やっぱり!」
世界征服だなんてとんでもない。でも、ユージィンも失いたくない。こうなったら、ユージィンを危険からとことん遠ざけるしかない。
「そういえば……平和の祈りは今日だっただろうか?」
「午後から礼拝堂。ユージィンって、礼拝堂入れるの?」
ユージィンは、学園の礼拝堂は問題ない、それに十字架が苦手なのは吸血鬼だけだと言うと、焼き鳥を追加しに購買に行ってしまった。
平和の祈りとは、国全体で行う毎年の恒例行事である。隣国との100年戦争の終焉を記念して終戦記念日に行われるそれは、学園では敷地内の礼拝堂を使い、学園の理事長主催で執り行われる。実際の指揮は、理事長の息子のフランシスがしているらしい。
フランシスはグレゴリウスの姓を名乗り、卒業後は教皇の元で働くことが決まっているから、平和の祈りには外面上はピッタリだ。
ただし、フランシスはクリスティーナの取り巻きの男達の1人で、私は講堂で酷い目にあわされかけたのでとてもそんな風には思えないが。
礼拝堂は普段はひっそりとしているが、この日ばかりは沢山の生徒達の声で賑わう。
「静粛に!」理事長が木槌をうち鳴らすがあまり効果はない。
それでも、祈りの歌が始まると、礼拝堂は段々と静かになり、厳かな雰囲気になっていく。会が進み、祈りの時間がくる。隣にいるユージィンも大人しくしている。
このまま、世界が平和なままで、ユージィンとも今のまま平穏に暮らせればよいのに―――いつしか私はそんな想いを抱いてしまっている。
今日は平和の祈りの日。私の願いも叶えばよいのに……。
祈りのために頭を垂れると、私は地面にチョークで落書きがされていることに気がついた。
見れば、落書きは椅子の向こうの先までずっと続いている。
「ユージィン、これ……?」
「悪魔祓いの魔法陣だ」
誰かが、「さあ、始まりだ」と言った気がした。