恋はいつでも命懸け
僕らには首輪が付いている。
生まれた時から一度も外れた事の無い首輪。
首輪は成長と共に大きくなり、まるで体の一部の様になっている。
「生産人類」
それは僕達が背負う義務の象徴。
僕らは、人口爆発が目に見えて激化した世界で、種の使命である繁殖を禁じられた人間。
「繁殖人類」だけがその自由を持ち、「生産人類」は法によりそれを奪われた。
しかしいつの時代を切り取っても、禁止や制限が正常に機能している時期など存在しなかった。
故にこの首輪は生まれた。
首に付いてはいるが、この首輪は人間の前頭眼窩野の脳波を常に見張っている。
この部分からある波形が検知されると、首輪は縮み、装着者の命を奪う。
この部位は恋をすると活性化される。
「生産人類」は恋を失った。
息苦しい。
ゼーゼーと掠れた息が喉を擦る。
走っている訳ではない、ただ立っているだけだ。
僕は恋をしている。
同じクラスで隣の席の葛島マリア。
彼女の事を思うだけで胸が苦しくなる。
彼女は常にクールでおしとやかで、まるで絵本の人形の様だ。
「繁殖人類」のクラスメイト達からは何度も言い寄られているが、彼女は自分の首に付いている輪っかを指差し「ごめんなさいね、私はコレだから」と困ったように断っている。
その様子をいつも僕は隣で見ていた。
彼らはなんて残酷なんだろう。
マリアさんと付き合う事は、マリアさんを殺す事と同義だというのに。
もしも彼女が死ななかったとしても、それは恋愛の皮を被った片思いだ。
彼女に告白する「繁殖人類」の馬鹿どもが、自分だけはセーフティーゾーンから出ようともしない癖に、ああも軽々しく愛の言葉を語るなど見ていて胸糞悪い。
けれど僕は違う。「生産人類」として、同じだけのリスクを背負って告白するんだ。
その準備は出来ている。
今日の放課後に学校の屋上に来てくれと手紙を書いた。
そして僕は今、屋上で彼女を待っている。
地平線に円の淵を飲み込ませ始めた太陽が、鱗雲を巻き込み空をオレンジ色に染めた。告白にはピッタリの空模様だ。
彼女の足音が聞こえてくる。
その一歩一歩の響きに反応して息苦しくなるが、今の僕にとってはそれさえも快感となっている。
ああ、これが恋なのだ。
彼女が僕の前に立つ。
「…来たわよ。それで、要件って何かしら」
分かっているはずなのに、聞いてくる。
僕はうるさい心音をかき消すように、彼女にハッキリと言い放った。
「僕と付き合ってください!」
副音声は、僕と一緒に死んで下さい、だ。
言い終わると同時に、僕は地面に膝を付いた。
身体中の血液が酸素を呼んでいる。意識を保つので精一杯だ。
「君、確か生産人類よね。今も相当苦しいでしょう。なんでそんな風になってまで恋をしようというの?」
「コィッ、こ、恋がみっ、実らなきゃ…人生なんて意味無いんだ!」
身体中の力を振り絞り、泣きそうになりながら言った。
「そっ、そうなのね…」
僕には聞こえた。
僅かだが、彼女の声が掠れる音を。
彼女も地面に膝をついた。
間違いない。彼女は今、僕の言葉に心を動かしてくれたんだ。
彼女は今恋をしている。
僕らは今恋をしている。
「おね…お願いです、どうか僕とつっ…つ…付き合ってください」
「…わっ…分かったわ…よろしくお…おねがいしま…す……」
途切れ途切れで殆ど聞き取れなかったが、何を言ってるのかはハッキリ伝わってくる。
とうとうやったんだ。今、学園のマドンナこと葛島マリアさんは僕の彼女になった。
『ピーー…恋愛の成就を確認。首輪を収縮を開始します』
僕の首輪から音が鳴る。
おそらく、彼女の首輪もそろそろ鳴るだろう。
…あれ、鳴らないな。
あの首輪ちょっと反応遅いんじゃないの?
「あーあ、さようなら」
彼女は自分の首に手を当て、首輪を掴むと、カチッという音とともにそれを外してしまった。
彼女が放り投げた首輪がコロコロと転がり、地面にうずくまる僕の頭に当たった。
えっ、どういう事…?!
目の前の光景に、頭がついていかない。
「馬鹿じゃない?なんでアンタみたいな冴えない奴と付き合わなきゃいけないのかしら」
「…で、でも…ささっ…さっき息が…」
「息?あんなものただの演技よ」
「なんで…く…首輪が取れ…取れるんだ…」
ああそれなら、と彼女は語り出す。
「私ってカワイイでしょ?だから告白してく鬱陶しい奴をキッパリ振る口実の為に、似た首輪付けてたの。どう?よく出来てるでしょ?」
そんな…なんかの冗談だろ?
ははっ、タチの悪いドッキリだなぁ。
文句の一つでも言ってやろうと思ったが、言葉を発する為の空気が喉に流れない。
僕達「生産人類」の失恋は命と同じ重さなのだ。僕は自分の死を悟った。
「じゃ、ばいばい」
彼女が手を振って別れを告げる。
そして誰もいなくなった屋上に、首の骨が折れる音が響いた。
次話は明後日投稿予定です。