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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
船上の復讐者
7/29

私と海賊は相容れない

 あれから数時間経った。扉の向こうの気配が動き、鍵ががちゃがちゃと開きそうになる。

 やがて開いた扉の向こうから、スープの匂いが漂ってくる。「飯だ」と言って中に入って来た男の顔が、昼に私を連れて来た人の顔とは違った。


 緊張感で息を潜め、その時まで大人しく。そして、扉のすぐ横で機会を伺っていた私は、外に戻ろうとした男の前に立ちはだかって、何か言われる前に重い足を振り上げた。


「ーっっ!!」

「はいお疲れ」


 声に出ない悲鳴を上げて、男は股間を押さえて蹲る。その首に腕を回したおねーさんは、あっさりと男の意識を落とした。

 深く息を吐く。とりあえず、第一関門は突破した。


「大丈夫? この人、生きてる?」

「だーいじょーぶっ。私慣れてるからー」


 どうして? とかは聞かないようにした。

 見張り番が持っていた鍵で全員の手枷足枷を外す。重みとジャラジャラ鳴るものが消えただけで、とってもスッキリした。


 少しでもお腹に何か入れようと、スープを急いで飲み込む。やはり、商品に出される食事は粗末で、まだ家にいたときに出されていたご飯の方がマシだったな、と思った。


 作戦はあらかじめ、昼のうちに決めてあった。3つに分かれ、一つは囮、残り二つは本命の脱出班。

 私とおねーさん、レオナール復讐を誓った女性の3人は元気なので、もちろん囮班。残りの12人が、6人ずつに分かれそれぞれ別のルートで脱出することになった。


「いい、絶対立ち止まったら駄目だよ。もし見張りに会ったら、静かに悲鳴を上げずに冷静に、股間を蹴り上げてね。それと、人が通れそうな窓とかがあったらすぐに逃げて。最悪1人が捕まっても、こっちでどうにかするから、振り返らずに逃げてね」


 そう最後のおさらいをして、囮班が部屋を出る。なるべく遠くまで逃げて、そこに人を集めるのが目的だ。


 確固たる意地と目的があるから、今の私は何でもできるような気がする。


 着いた場所は、酒樽とかが詰まっている場所。そこでおねーさんたちと一緒に、普段は出したくても出ないような甲高い悲鳴を上げる。

 すぐに人がやって来る足音が聞こえて、樽をまとめる縄に手をかけた。


「おい、何事だ!! っでぐああ」

「えええええ!?」

「何があった……ってあああああああああっっ!!」


 三者三様の悲鳴を上げながら、樽に押し潰され流されて行く。思わず、といって笑ってしまった。


 樽で潰れた3人の意識を落としたあと、遅ばせながら女どもが逃げた! と叫ぶ声が聞こえてきた。彼女たちには悲鳴が聞こえたらすぐ逃げるようにと言いおいてきたから、今頃中はもぬけの殻だろう。


「あたしたちも逃げるわよっ」

「うん!」


 出口を求めて駆ける。窓はなかなか見つからなくて、扉近くには必ず男たちがいた。そいつら一人一人を落とすには時間が足りないから、わざわざ避けていたのだけど、何度目かの曲がり角を曲がった、そのとき。


「いぅっ」


 そろそろ火事場の馬鹿力にも限界が来て、最後尾を走っていた私の襟首を掴んだ太い手に囚われる。喉者にはひやりとした刃が当てられ、薄皮を小さく裂いて止まった。


「動くなよ。動いた瞬間、あいつらを殺してやる」


 彼女たちの姿が遠ざかる。焦りと不安からか、最後尾の様子には気付かず曲がり角を曲がり、しばらくして足音も聞こえなくなった。


「全く、余計なことをしてくれた。お前のせいで残り全員に逃げられちまったじゃねえか。仲間も不能にしやがって」


 呼吸が荒くなって、耳元に寄せられた口から吐き出される言葉に、少し安心した。全員、逃げられたらしい。

 若い男らしいそいつは、私の首筋にナイフを当てたまま、歩き出した。引きずられるまま付いて行くと、出されたのは建物の外だった。


 空は暗く、潮の匂いがして、ろうろくの頼りない明かりが道を転々と照らしている。はっきりとは見えない視界でその道の先を見て、絶望に駆られた。


 その先には、船。帆柱の先の先には、存在を主張する海賊旗の姿。慌てて出港準備を進める海賊の中を堂々と歩いて船に乗る男。


 すっかり暴れる気をなくしてしまった私は、この先についてすでに考えを巡らせていた。このまま船に乗せられ港を出てしまうことは確実で、次いでどこでとまるかだけど、私一人ではいささか物足りないはずだ。だからきっと次の港でも商品(・・)を得ようとするはずなんだけど、どうやって連れて来るのかわからない。


 既に前科がある私は、きっと新しい商品と一緒には居られないだろうし、ご丁寧に監禁されるだろう。ざっと考えてただけで、逃げ道はないに等しかった。


 あーあ、諦めるつもりは無いけど、さっき走り回ったせいで残りの体力もないし、抗う前に倒れそうだ。


「おい、そいつだけか?」

「ええ、逃げられました。けど、次のオークションではこいつだけでも十分でしょう?」

「まあそうだな。まさかここでこんな上物を見つけられるとは思わなかったぜ。ハハハハハ」


 商品たちに逃げられたというのに、あまり怒っていないように思える。主犯である私へ罰を与えるでもないし、いきり立っているようでもない。なぜか、考えてみるまでもない。


 私のこの髪と眼の色。この珍し過ぎる容姿からして、絶対に高値で売れるという確信からだろう。残ったのがせめて私で良かった。他の子だったら、どんな扱いになるかわかったものじゃない。


「今度こそ逃がすなよ。手足はもっと頑丈なので繋いでおけ。1秒も目を離すな」

「はい」


 残念ながら、ゲームオーバーのようだ。









 船が大きな音を立てて出港した。この出港が元からの予定だったのか予定変更なのかはわからないけど、遂に逃げ道は本当の意味で閉ざされた。


 またジャラジャラ鳴る手枷と、やたら重い足枷を付けられ、手枷の紐は囚人のように柱に強くくくりつけられている。


 遠ざかる港を真っ暗な海の上から絶望的な気分で見つめる。横でナイフを研いでいた男は、そんな私の表情を見て嗤っていた。


 そして出港してしばらくたった頃、肌寒さが酷くなってきて体を丸めて暖をとっていたとき、その報告が耳に届いた。


「船長ーー!! 後方に海軍の船が見えます!!」


 これには、全員が目を剥き甲板へ駆けて行った。横にいた男もその限りではなく、研ぎ石なんかを放って行く。そのとき、ナイフすらも置いて行った。


 チャンス! と手を伸ばそうにも動かせない。仕方なく足を伸ばすが、上手に掴めなかった。


「帆を出せー! 取り舵全速力ー!!」


 野太い男の声で、指示が端から端まで行き渡る。船が大きく揺れて、ナイフが遠ざかってしまった。オーマイガーである。


 私が繋がれていた帆柱にも人が来て、慌てた様子で帆が下ろされた。一気にスピードが出てバランスを崩す。寒さも強くなって、オークションに出される前に凍死してしまうんじゃないかと真面目に思った。


 ナイフがないことに気付いた男が短い悲鳴を上げて、私の方を睨んできたが知らんこっちゃない。ぶんぶん首を振って言い逃れた。


「ちっ、仕方ねえ。おら来い!!」


 来いって言われても、紐を結んだのあんたじゃん。それを見た男は顔を顰め、紐を切ろうにもナイフがないことに気づいて、解こうとした。しかし、解く事を考えないで適当に結んだ紐は解けない。


 そうこうしているうちに、海軍の船が視界に入って来た。夜目が効かない私にも見える距離に来た船は、とても見覚えのあるもの。


 …………え、あれ海軍じゃないよ。ただの商船だけど。


 私が朝まで普通に乗っていた、あの船が、なぜか海軍の船と間違われている。見れば海賊たちは大砲の用意もしていて、ただの商船に攻撃する気満々のようだ。


 私は悲鳴を上げて、男に必死に訴えた。


「あ、あれ海軍じゃないよ! ただの商売船!! 倉庫には果物とか香辛料が詰まってるだけで火薬とかなくて銃も大砲もないんだって!! それに乗組員も全員闘いとかか知らないようなのほほんとした人たちばっかりだからあんな危険なもので攻撃しないでよ!! みんな死んじゃう!!!!」


「何言ってんだよ。あれが商船な訳ねえだろ! 頭湧いてんのか!?」


「頭おかしいのはそっちじゃん! 見てご覧よ、どこが海軍の船に見えるの!? ねえせめて略奪はいいから殺さないでよ! 一人でも死んだら私も海の藻屑となって消えてやるから!!」


「あああ!? 知るか! いいから黙って見とけ!!」


 だんだんと近付いてくる船に、これ以上ないくらい絶望的な気分になる。待って待って待って止まってよ。この船海賊船なんだから。そっちは貿易しかしない平和的な商船じゃん。みんな死んじゃうって。


 腹に響く、大砲の音が聞こえた。一発を皮切りに、だんだんどんどんと鳴り響く音と、火薬の匂い。木の片が飛び散って、みんなの船が壊れて行く。横に並んだ船から見える景色は、いつもの穏やかなものじゃなくて、夜の闇も相まって一層不安を煽った。


「や、やだ…」


 死んじゃった? みんな死んだ? ベラクローフさんも、マーレットさんも、ハイレさんも? レストリックも? 穏やかなものが壊されていく。耐え切れるものじゃなくて、涙が落ちる。


 大砲の音が止んで、乗り込めー! と指示が出される。無傷な海賊船と、穴だらけな船。


「見ろ、あれが海賊に逆らった者の末路だ。知ってるか? 捕虜になったとしても、殺されるか、売られるか、一生船で働かされるかしか道が無い。恨んでも恨んでも、逃げることは愚か死ぬことすら許されない」


 ああ、よくわかった。どうして船乗りが海賊を恨むのか。身を持って、よく、知った。

 みんなが死んだら、私は海賊を恨むだろう。殺したいほど憎むだろう。復讐なんて生半可なものじゃなくて、怨嗟する。必ず、報いる。


 涙が止まらない。ぼやけた視界で船を見つめる。そして、ふと違和感に気付いた。


 人が、いない……?


 同時に男も気付いたのか、解けなかった紐をそのままに、船へと乗り込もうとした。そのとき、遅すぎる報告が聞こえる。


「前方から、また海軍の船が! もう目の前です!!」


 本当にすぐ目の前、すぐ真横に、大きな大きな船が止まった。挟まれた海賊船に逃げ場はなく、すでに海賊が出払った状態だ。獲物は丸裸になって目の前にいる。


 呆然として、その大きい船を見上げる。海軍らしい制服を纏った男たちが、こちらの船を見下ろしている。側面に固定された大砲は今にも火を吹きそうで、万全な攻撃体制だった。


 商船から戻って来た海賊も、その大きさに目を剥き動けない。うわ言のようにどうして、と呟くばかりだ。


 攻撃する必要は無いと判断したのか、雄叫びとともに兵達が乗り込んで来る。一様に動きにくそうな服装をしていたが、乗り込んで来る様子は手馴れていた。

 狼狽えた海賊のでっぷり太った男は、手にした剣で私の手枷の縄を切ると、首に剣を回して私を人質にした。


 海兵たちの動きが鈍る。男は下品に笑って、じりじりと後退した。こいつ、そういえば船長と呼ばれていた男だった。


「ぶ、武器を捨てろおお!」


 躊躇いがちに剣や銃が降ろされる。

 武器の回収を他の男たちに命じて、男は更なる命令を下した。


「船に戻れ! 金品をすべて渡せ!」


 こいつはどこまで強欲なのだ。耳元でうるさい声に顔を顰め、重たい足枷に意識を持っていかれそうになった。


 少しは鍛えたと言っても、私はもともと何の力も持たない小娘であって、今この時ですら足の骨が外れそうなくらい枷が重くて痛い。


 真っ青になった顔がろうそくで照らされて、薄く笑った。死を以て制裁を下すべきか否か。こいつを海に落として、得るものはあるか否か。


 ああでもほっとした。きっとあの船のみんなは無事だろう。さっき見えたのだ。海軍の船から見覚えのある乗組員の顔が。だから、きっとみんな無事だろう。


 心残りは、凪に会えなかったことだけど。まあ来世に期待しようかな。


 私は本当に、哀れで理不尽で、何の因果か海でしか死ねない運命らしい。


 最後の力を振り絞って、男の腕を解き、重い枷に縛られた足を振り上げる。本日何度目かの攻撃は見事功を奏し、男が踞ろうとしたのを邪魔して肩を押した。


 腕の力だけで落とせるはずもなく、全身の力を使って押す。そんなことをすれば、もちろん私も空中へ身を踊らせることになった。


 小さい目を見開き、驚きを顕にする船長と呼ばれた海賊の男に歪な笑みを見せ、ともに海へと落ちて行く。


 たくさんの泡が立ち上り、夜の暗い海が私を迎える。


 ただいま、と、呟いた。







 意識が海とともに沈んで行くかに思われた、その瞬間、腹に何かが回され、引っ張り上げられる。


 その何かを認識する前に、海面へと連れて出された。それと同時に怒号のような歓声が響き渡り、松明の炎が忙しなく動ていた。生理的な咳を繰り返し、しょぼしょぼする視界で何が起こったのか確認しようとする。


 私は重たい足枷のせいで容赦なく沈む予定だったのに、どうして今は海面に顔を出せている? 


「落ち着いたか?」


 声が出ないので何度も頷いた。口の中が塩辛い。気分が悪くなりそうだ。その人は、船の上から投げられた浮き輪を私に捕まらせ、何度も背中をさすってくれた。


 やっと落ち着いてきた頃、その人が誰かを確認して目を剥く。


 海水で濡れた金髪、空を反射する海ような蒼い瞳。昔から王子様〜と言われてきた整った顔立ちが、私を真剣に見つめていた。


 私は声にならない声で呟く。


 ……どう、して。






一章終了です!

ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

次章もよろしくお願いします。


舞台は船上から移ります。




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