誘拐と詐欺師
アファトを出て3週間後、船は次の港へ着いた。その名もサースシー。
サースシー……さぁ寿司。いや何でもない。
アファトで拾った誘拐犯は、その日のうちに帰されたらしい。私は眠っていたので見送りはできなかったが、きっとたんまりと働かされたのだろう。少し同情する。
これまたベラクローフさんに教わったことだけど、サースシーには有名な死刑執行台があるらしい。
昔に比べれば頻度は減ったけどそれは今も使われていて、2年に一人はその台に登る人がいるようだ。
そのほとんどが海賊といわれる交易線を襲って金品強奪を繰り返す小悪党共で、落とされた首はさらし者にもされてしまうらしい。
「これだから、憎しみの連鎖は終わらないんだ」
そう苦々しく語ったベラクローフさんは、公開処刑否定派。船乗りでは珍しいらしく、マーレットさんなどは不思議そうにしていた。
「俺たちは貿易が仕事だ。もちろん他国にも行くし、海賊に襲われたこともある。昔よりは減ったが、海賊がいなくなったわけじゃない。船乗りは仲間を殺されたり、貴重品を奪われたからと酷い目に遭わされた船長も見ている。そういう奴らは、総じて海賊を憎む。そういうものだ」
「副船長だって、そういう経験はあるはずさ。だから、俺たちは不思議に思ってる」
「もちろん、別に公開処刑を推進しているわけでもない。ただ、憎むと憎まざると、海賊に例え表面上でも優しくすることはできない、っていうだけさ」
同じ船乗りでも、それぞれ違う思いを抱えているらしい。話を聞いた中には、もちろん海賊をこの手で殺したいというほど憎んでいる人もいたし、興味が無いと言う人もいた。
同じなのは、海賊を歓迎する者は一人としていない、ということだけだった。
なんでも、私たちが今乗っているこの船は、まだ襲われたことがないようで、そろそろかもなと縁起でもないことを言って乗組員たちは笑った。
近年、海賊を中心とした人身売買も盛んになってきていて、サースシーはよく人が連れ去られてしまう街でもあるらしい。
その事件には、もちろん軍も関わって粛清を下そうとしているらしいのだが、なかなか尻尾をつかませてくれない海賊に、色々な策を講じて頑張っているようだ。
だから、前に誘拐未遂経験のある私は、ぶかぶかのフード付きローブで髪も目も隠し、レストリックさんとともに安全第一で楽しく街を回った。
さて前振りも済んだところで、私の今の現状を説明しよう。
「おい、新しい商品はどうした」
「さっき繋いで来ました。抵抗もなくて、喋りもしません。大人しいようですが、あれで売れますか」
「中身がどうでも、あの容姿ならすぐ買い手がつく。染め粉でもない、日焼けでもない、天然物の色だ。どんなに品種改良したってあんな色は出ねぇよ。確実に高値で売れるさ」
「そうですね。……気になるのが、あの女に付いてた男なんですが」
「気にするな、ここまで来られる訳がない。いらねぇ気苦労する前に、しっかり護送しろ」
「はい」
…………お分かりいただけただろうか。
扉の向こうから聞こえた悪どい会話に、背後からは女の子たちのすすり泣く声が聞こえて来る。腕を動かすとジャラジャラと鎖が鳴って、足を少し動かしただけでも気力を使うような重さが襲う。
そう、ここは海賊の人身売買の商品である少女たちが囚われた牢の中である。
ああもう本当に、ごめん、みんな。
◆◇◆◇◆
ざっと見ただけでも閉じ込められているのは15人ほど。いずれも可愛らしい顔立ちの美少女で、一般的な黒髪黒目である。この中で私は、とにかく浮いている。
先ほど入ったばかりで一番新参者の私は、とりあえず運ばれる馬車の中で脱出するために足掻こうとしたけれども、足掻く前に疲れていたので戦略的撤退を実行した。
体力勝負は置いといて、今は比較的元気なおねーさんにお話を聞いている。
曰く、ここはやはり海賊船の中で、おねーさんは二日前からここに入れられているらしい。おねーさんはおねーさんだけあって豊満ぼでぃのあだっぽい美人さんで、囚われたのも納得できる麗しさだった。
これから起こることをわかっていてやけっぱち元気なのか、わからないけど空元気なのか、とにかく不思議でテンションの高さが気味悪い。
「だっから〜みんな怖がり過ぎなんだって! 人身売買ってね、今の世の中でも普通にやってるもんだから! そりゃあ売られた先の扱いは酷いけどー。でも別に死ぬわけじゃないし、気に入られれば貴族みたいな優雅な暮らしできるし。たまにいいご主人に合うと、こっそり逃がしても貰えるらしいからさー」
まあ、それは極々偶にだけど。
そう最後につなげて言葉を切ったおねーさんは、周りの人から白い目で見られていることに気付いているのだろうか。というか、どうしてそんなに詳しい? 自信満々に語る様子は嘘を吐いているようではくて、それが余計に違和感を生む。
まあ、気にしたところで鎖につながれているのには変わりない。前がどうであれ、今は同じ鎖に繋がれた仲だ。警戒したところで意味無い。
「私達、どこへ連れて行かれるの?」
「もうやだ! 本当なら今頃、レオナール様と…」
「あんた何言ってるの。レオナール様は、あたしが……!!」
みなさん、おねーさんに影響されたのか、元気になったようです。よかったよかった、と思ったのも束の間、美人さん同士によるキャットファイトが始まりました(※ただし口論)。
手足は鎖のせいで自由に動かせないし、立ち上がって動こうにも、足に嵌められた錠は女の子に付けていいような重さではない。なので、ここにはいないレオナール様というお方を取り合う美少女2人は、間に4人の部外者を挟みながら言い合いをしている。
その、間の4人には私も含まれ、嫌でも話が耳に入ってくるというこの状況。
「彼は私と今度のお祭りに行ってくれるって言ったわ!」
「あたしはもう5回も一緒にナフィの店(喫茶店)に行ってるわ!」
「私が髪紐をプレゼントしたら、うれしいって!!」
「気を遣っただけなんじゃないの? だってあたしが財布をあげたら、お礼にってキスしてくれたんだから! 頬にだけど!!」
この一言で敗北を悟ったたれ目の美少女は、ずーんと沈んだまま立てた足に顔を埋めて沈んでしまった。あそこだけ空気が異様に湿ってる気がする。
ただ、聞いているとそのレオナール様? ただの女好きというよりは、もっとこう…………詐欺師?
この思いつきを不用心に話すには、扉の向こうが気になるし、何より『レオナール様』に心酔している彼女たちの目の前でこんなことは言い辛い。
ということで、私は隣で口喧嘩を余興のように楽しく鑑賞していたらしいおねーさんに訊ねてみた。するとこのおねーさん、さすがおねーさんだけあって街のことには詳しい。
「あなた知らないのねー。まあ、その髪と目を見たところ明らかに旅行者だし、その無知さの可愛さに免じて許してあげましょう!」
「そんな前置きいらないです」
「あの子たちが話してるレオナールっていうのは、最近有名な詐欺師よ。女の子たちに貢がせては姿を消すっていうね。これが、質の悪いことにほんっとうに美形でねー。ただし、これはまだ未確認の情報なんだけど、レオナールに心酔してたんまりと貢がされた、特にかわいい子たちは、いつの間にか街から消えているらしいのー」
「えっ」
今のこの話と現状を合わせて考えると、それはもしや……。
おねーさんはにんまりと笑って、異国の言葉で「その通り!」と言って指を鳴らした。
「見たところ、私とあんた以外のここにいる子は、ほとんど詐欺師の被害者よ。レオナールと街で一緒に歩いてるのを見たことある子ばっかりだしねー。ま、いいバイトがあるって誘い込まれた私も私だけどー」
つまり、レオナールという詐欺師は女の子たちを夢中にさせて貢がせた挙句、この人身売買をする船に乗せて姿を消す……という恐ろしい悪党のようだ。
もしかしたら、海賊の一味ではないにしても、協力者ではあるかもしれない。いや、むしろそれしかない。
おねーさんの捕まり方もお間抜けだし、この中で一般的なまともな捕まり方をしたのって、私だけじゃないだろうか。
おねーさんは更に声を低めて、内緒話を打ち明けるように耳元で話した。くすぐったいなもう。
「私ね、実はレオナールの野郎を取っ捕まえてシバいてやろうと思ってたんだけど、証拠がなくて足踏みしてたのよねー。だから、あんたが来るちょっと前に、女の子たちに話を聞くって決意したところだったのよー」
「だから、そんなに詳しい?」
「そうそう。でもあんた、全然街のこと知らないっぽいし、全く情報持ってなさそうだね。仕方ないから他の子に聞くわー」
と、そそくさと離れて話を聞きに行こうとするおねーさんに、足を引きずって付いていく。どうやら枷をここまで重く感じているのは私だけらしく、おねーさんも話を聞きに行った子も、重そうにしていたが動けないほどではないようだった。
絶対絶対、鍛えてやる。
話を聞いた子は、先ほどのキャットファイトで興奮する人を見て冷静になったのか、ここに連れてこられた経緯を抵抗もなく話してくれた。
諦めの見えるその横顔には、大きな引っかき傷ができていて、腫れていた。抵抗した際、レオナールによってできたものらしい。
「あの人、女みたいに長い爪で……」
「まだ痛い? じくじくする?」
「しないわ。優しいのね。私、あなたが連れて来られたとき、抵抗らしい抵抗もしなくて喋りもしなかったじゃない。それに、体もやせ細って軽い力でも折れそうだし、哀れな子って思ったのよ。きっとここに来る前から虐げられてきた子なんだろうなって」
「あはは私も」
おねーさんが笑って同意する。この溌剌さ、激しく違和感。
「でも、そうね……あなたは、思っていたよりも明るくて楽しそうな子だわ」
「そうかな」
褒められると照れる。蒼の髪を気味悪がりもしないで、優しげに見つめてくれる彼女が、とても……。
「ま、哀れなことには変わりないけどね」
久しぶりに人を殴りたいと思った。
◆◇◆◇◆
「ねえ、みんなは脱出したいとか思わないの?」
はじめから思っていた、純粋な疑問をぶつけると、彼女たちは一様に諦めたように笑った。
「無理よ。一通り試したけれど、何の意味もなかった」
「逃げるって言っても、逃げてどうするの? ここはもう海の上よ」
そう言って顔を逸らす彼女たちの手には、枷のあとが色濃く残り、動くことも辛いのか倒れて動かない人もいる。満足な食べ物も与えられなくて、栄養が足りないと体が言うこときかないのだ。
それは私にとってはよくあったことだからもう慣れてしまったが、やはり普段何不自由なく生活していると耐えられないものなんだろう。
あんな生活をしてきて、よかったのか悪かったのか、私にはとてもわからない。
でも、彼女たちの"諦め"の中には、ひとつだけ違うものが含まれている。
「海の上じゃないよ」
「は?」
「海賊って言葉で誤解しているんだろうけど、ここは海の上じゃない」
2ヶ月も船の上で、船酔いに苦労しながら過ごしてきたんだから、ここが船の中で海の上じゃないことはすぐ分かった。
この部屋には窓がないし、うっすらと塩の匂いがする。連れて来られた時、視界を海が横切ったのも理由だろう。
だけど、ここはやっぱり、海じゃない。
「陸だ。それも地下ですらないよ。この扉を越えて、走れば、街はすぐそこ」
「どうしてわかるの? それに、すぐそこが街だなんて」
「根拠はないけど、そう考えた理由はあるよ。私が連れて来られたとき、風に乗って少しだけお菓子の匂いがしたんだ。それはこのサースシー特産のお菓子独特の匂いで、それを売っているのは港にある店か、街の中心だけでしょう? ここの近くには海が見えたし、まず間違いなく、あの店の近く。だからきっと、そうだろうと」
「でも、どうして地下じゃないって? ここには窓もないし、階段を降ろされたでしょう?」
「地下じゃなくても窓のない部屋は普通にあるよ。私の部屋もそうだったし。ここが造られた目的が、それこそ人を閉じ込めるためなら。階段は降ろされたけど、気付かなかった? やたら長い距離歩かされて、ところどころ段差があって、少しずつ登らされたでしょう? 私は足枷が重くて何度も躓いたから覚えてるんだけど」
犯人は海賊に間違いないだろう。
けれど、船で移動して売られるというのは多分間違い。
恐らく、この建物の本当の地下には、もっと恐ろしいものが詰まっているんだろう。だってわざわざ階下に向かわせたと見せかけて、地下には自分たち以外何も無いと思わせるくらいだ。
もしかすれば、人身売買の会場自体がここなのかもしれない。
「だからきっと、その気になれば抜け出せる」
例え貴族みたいな優雅な暮らしができるとしても、奴隷でいることはお断りなのだ。




