私と彼らと今後の方針
投稿初日の目標達成できたので、二日続けて投稿です!
「ベラクローフさん、この船に王都に行く予定ってある?」
「あるにはあるけど……。どうした、突然」
船を掃除する彼に訊ねると、わざわざ手を止めて話を聞いてくれた。デッキブラシでごしごしと床をこすり、水で流していたので床は水浸しだが、私は椅子の上に体を縮めて足を抱え込んで座っていたから、濡れていたりはしない。
立ち寄った港町であの新聞を見かけたのが一週間前のこと。あれから船は止まらず、ずっとどこかへ向かって波に乗っている。
行く先を聞いても分からないことは分かっているから、あえて聞かないでいたけど、最近はちょっと興味が出てきた。
「王都に行きたい、私」
「王都? お前が? これはまあ……」
……なんだろう、その反応。万年ひきこもりが突然外に出るって言い出したみたいな反応。言っておくけど、私はひきこもりではない。ただ外に出て生きていけるか不安なだけだ。…………もしかして、これ、ひきこもりの思考回路の入口?
「行くことはあるけど、多分、二ヶ月後くらいだぞ? 最近、王都の港は物騒だしな」
「そうなの? うーん、二ヶ月……」
「それは緊急か?」
「そんなこともないんだけど、私はいつ動けなるかともわからないから、なるべく早いうちになぐりとば……会いたいな、と思って」
いけないいけない。危うく物騒な言葉が出てくるところだった。私は淑女、立派なれでぃー。
ベラクローフさんが、訝しげに訊ねてくる。
「会いたいって、誰に?」
「えぇと、確か……ナギ・フェルマータだったっけ?」
「ファだな、ファ。惜しい」
あれ、なんだか馬鹿にされてる? 今笑ったよねベラクローフさん。
国民的英雄の名前を間違えたのは失礼に当たることだから、一応想像の中で謝っておいた。あくまで今世のナギ・ファルマータに、だ。
「そうか、お前も一応女の子だしな。英雄に会ってみたいと思うのも仕方がない。英雄はみんなの憧れだしな」
「…………」
憧れ、とか純粋な気持ちで言ったわけじゃないから気まずい。得心したように頷く彼から、思わず目を逸らした。
しかし、それはとてもいいアイデアだ。確かに、"復讐"と言って警戒されるより、"憧れ"と言って微笑ましく見られる方が何かと便利だろう。反逆罪にとわれても困るし。
そう考えて、私は遅れてベラクローフさんに同意した。
「そ、そうなんだよね! 前の港で凱旋記事を読んでからずっと憧れてて!」
「確かに、男の俺でもびっくりするくらい男前だったもんな。年頃の女がきゃーきゃーするのも無理はないさ」
からからと笑って、彼は掃除を再開する。男前、ねぇ……。
わかってる。あいつの顔が整い過ぎているということは。前世からそうだったが、あいつは嫌味なほど整った顔をしていた。隣に並ぶ度に、何度舌打ちしたことか。
そいつは自分の顔に全く無頓着で、俺の顔のどこがいいんだろうね? と本当に不思議そうに揶揄していた(もちろん嫌味にしか聞き取れなかった)。
自分を過大評価するのは迷惑千万だけど、過小評価過ぎるのも迷惑でしかない。謙虚さがどーとか言うよりも、まずはその思い込みをどうにかすべきだ。
まあ、今更、後の祭りだけど。
「それじゃあ、次の港はどこなの?」
「アファトだ。聞いたことないか?」
首を振って応える。今度は手を休めず、ベラクローフさんは教えてくれた。
「王都から少し外れた街だ。色んなものが見られるし、買えるから下手な街より賑わってる。異国民や変わった容姿のものも出入りしているけど、お前の容姿は目立つから紛れることは出来ないだろうけどな」
「……」
ベラクローフさんにとって、今の言葉は褒めたことになるのだろう。ここ数日の付き合いで、彼のことはなかなか知ることができた。海への深い執着愛も。
だから、断言できる。彼に悪気はない。
「染め粉とは違って艶があって綺麗だしな。ただ、海風にあたって荒れてるからなあ。よし、アファトに着いたら俺が香油を買ってやる。ぜひ使ってくれ」
「いや、そこまでは…」
「遠慮するな。俺のために」
欲望丸出しだ。こんな髪にどんな価値があるのか知らないが、香油で髪をつやつやにさせてから切って彼にあげようかと思う。私いらないし。
腰まで届く長い髪は邪魔でしかない。その重量は、体よりも髪の方が重いんじゃないかというくらいだ。結い上げるのにも一苦労だから、放ったらかしにしている。だって私はいらないし。
本当に、いっそ恐ろしいくらい、ベラクローフさんは青が好きだ。
◆◇◆◇◆
さて、ベラクローフさんに聞いたことで、船が王都へ着くのはおよそ二ヶ月後とわかったわけだけど、それまでどうしようか。
15分くらい考えたけど私一人では解決出来なかったので、暇そうな船員3人を呼んで相談してみた。
黒髪黒目でオールバック、まるでヤクザみたいな見た目のマーレットさん、茶髪眼鏡で気弱なレストリックさん、丸坊主碧眼のいつもテンションが高いハイレさん。そして蒼髪碧眼のやせ細った私。
そんな4人が甲板の片隅で丸くなって額を突き合わせていると、とても目立つ。通り過ぎる人がからかってきたり聞き耳を立ててきたりして煩わしいのだけど、私は保護者であるベラクローフさんから離れることは許されていないので、致し方ない。
ちなみにベラクローフさんは魚釣りをしている。
「……ということで、約二ヶ月間、私は何をしていたらいいと思いますか」
事情を説明し終わる。3人のうち、まともに話を聞いてくれていたのは、レストリックさんだけだった。残りの2人が何をしていたのかというと……。
「~〜もう、煙草吸わないでよ!」
「だからタバコじゃねぇよ。ティッシュだって言ってんだろうが」
「そっちこそ馬鹿なこと言ってないで話聞いてよ。それはティッシュじゃなくて煙草だから!」
この世界は本当に不思議なもので、煙草のことをティッシュと言うのだ。ほら、ティッシュがそんなくさい煙出すわけないでしょ。
私のことなんか気にした様子もなくまた煙草をくゆらせるマーレットさんから、それを引ったくり火を消しでごみ箱に投げ入れる。もし間違って海に捨てたら、ベラクローフさんに激怒されるので気をつける。
「起きてよハイレさん! 私の話聞いてた!?」
「…………」
「なに寝たふりしてるの! ハイレさんが本当に寝たら寝言といびきでわかるんだからね! 本当にうるさいんだよ!?」
「ぐぉー、むにゃむにゃ。…飯、くれぇ〜」
「そんなもんじゃないから! もっとうるさい!! ハイレさんが先に寝たら私たち全然眠れないし!」
「……なんか、ごめんな」
やっと起き上がったハイレさんは、本当に心底申し訳なさそうに謝った。前世の私は父親が一番寝癖が悪いと思っていたけど、ハイレさんは別格だ。比べ物にならない。
そんな私たちの間に挟まれておろおろしている気弱なレストリックさんは、なぜかマッチを持ってマーレットさんの煙草に火をつけさせられていた。何やらされてるの。断っていいんだよ。
仕方ないので私がマーレットさんから煙草を箱ごと強奪しておいた。その様子を本人はおかしそうに見ていたが、この様子じゃまだ隠し持ってるな……。
薬物所持を疑う警察官のように、目を細めて彼を睨んでいると、ハイレさんが気の抜けた声で話題を戻した。
「つーかよ、お前がやることっつったらアレしかねーだろ」
「確かに」
頷いてハイレさんに肯定して見せるレストリックさん。この人は基本的に否定も拒否もしないひとだけど、何回もうんうん言って戸惑いもなく首肯するのも珍しい。
そんなレストリックさんからマッチを返してもらいながら、マーレットさんが私を嘲る。
「何『わかんない』みたいな顔してんだよ。今のお前に何が必要かなんて悩むまでもねえだろ。ほんとに気づいてねえんならただの馬鹿か阿呆だ」
「……」
黙ってマーレットさんの言葉に同意を示す2人。
私だってわかっている。今の自分に足りないものは、ただひとつ(いや調子乗った、滅茶苦茶あるけど最優先なのは)。
「体力、かな」
「あと筋力と、肺活量、身長と体重と胸」
「ぎゃー」
「それと色気な」
これは立派なセクハラである! 真っ赤になって責める私を笑って躱すハイレさんとマーレットさん。レストリックさんは私を笑ったりしなかったので免罪。
この人たちは本当に……!! 年頃の女の子のことをわかってない! 最終手段でベラクローフさんに駆け寄って、彼らの非道を報告する。
ベラクローフさんは微笑ましそうに聞いていて、横から茶々を入れてくるおふざけ2人に邪魔されながらも報告し終わると、駄目押しで年齢の問題をぶっ込んでみた。
「酷いよね!? 私これでも14歳なのに! あと少しで成人なのに!!」
「えぇっ!?」
私の台詞に驚いたのは、ベラクローフさんとその他3人。……何か変なこと言いましたか、私。
呆然として私を上から下まで眺めたベラクローフさんは、そのまま釣りに戻ろうとした。
「ちょっ、何!」
「諦めろ、お前が色気を身につけるには100年が要る」
「本当に失礼!! セクハラ!!」
セクハラ? と首を傾げるハイレさんを睨みつけ、レストリックさんに目を向ける。彼は彼で気まずそうに目をそらした。
「え、ね、本当にどうしたの? 私何か変なこと言った?」
「変なことっていうか…有り得ないっていうか……」
「え、えー…」
私、そんなに幼児体型なのだろうか。身長は日本では平均だし、む、胸はないけどそれはやせ細ってるからだし! いっぱい食べたらおっきくなるもん!
くそぅ、王都に着くまでに色気を身につけて、マーレットさんとハイレさんに一泡吹かせてやる!
私、二ヶ月間頑張ります!!
『10歳くらいにしか見えなかった……』
紛れもない心の声。




