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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
25/29

約束であり誓いである

 そんな簡単に、すべてが終わるわけでもない。


 すっかり、全ての重荷から解放されたんだとぬか喜びしていた私は、振り返って見たベラクローフさんとナギの顔が、晴れやかさとは無縁な色をしていたからぎょっとした。


 なんでそんなに顔が死んでいるのかとおろおろしていたら、苦笑したベラクローフさんがまだ始まったばかりだよ、と言った。


「ティノエがいなくなったからと言って、神殿からの干渉がなくなったというわけでもない。まだまだこれからだよ、ユア」


 確かに問題は山積みだ。神殿は怖いし、海軍の一番上の人も怖い。広まった噂話がすぐになくなるわけでもない。私の髪色が変わるにはあと50年は必要だ。そんな現実を頭から追い出して辛い塔生活からの解放だ‼ と喜んでいた私はとんだピエロである。


 当事者の私よりもそんな現実を重く考えて、責任を感じている彼らが、同じように楽観的に捉えられたはずがなかった。


「そうかもしれないけど、今まで一番に私を苦しめていた状況から解放されたんだから、今は喜ばせてよ」


 恥ずかしさを押し殺して拗ねた口ぶりでそう言うと、真顔のナギが頷いた。野次馬をしていた一兵卒たちに解散を促していたハイレさんが、冗談交じりにお祝いでもするか? とヤジを飛ばしてきたから、飲みたいだけだろうなと思って断る。きっといい言い訳が欲しいだけだ。


 向き合ったベラクローフさんに頭を撫でられる。ベラクローフさんにこうされると悪い気はしないけど頭頂部に危機を感じる。別に狙われているとは思わないけど、この人青色への愛が重いしちょっと…。


「…ユアの自由には遠いな」

「そうかなぁ」


 私はもう随分近づいた気がするんだけど。申し訳なさそうに言われると、そんなことないよって強く返す。だって本心だ。私としてはもう十分で、現状に抵抗もない。きっと解放はされないだろうけれど、みんながいればそれでいいとも思える。


 微かに苦し気に歪めたまま、ベラクローフさんはしっかり目を合わせて、青い瞳に私を捉えた。


「気づいてるか? お前が一番、自由になるのを諦めているだろ」


 ずばり、図星を突かれた気がした。私はどこかでそれを自覚していたから、ティノエに従うことに抵抗がなかったのかもしれない。確かにそれへの執着はあまりない。けど、自由になりたいって、望まなかったことはない。


 制限だらけでストレス溜まりまくりの生活は塔に限らず、実家でも経験済みだ。そこら辺の人より耐性があるから、心配しなくてもそんなに早く壊れたりはしない。でも、どうだろう。私は船の上で、ひとときの自由を知ってしまった。


 あのひとときだけ、私は間違いなく自由で、幸せだったんだ。


「自由って何だろうなって考えてみたらさ、私にはもう無理な未来だなってやっと諦められたんだよ」


 私が心穏やかに過ごす絶対条件はすでに失われた。ならば、潔く認めて、今できる最善を目指すべきだって気づいている。高望みはしない。叶うはずもないのだから。それに、あんなにはっきり否定されたら、諦めるのも当然だと思うんだ。


 私は正しいことを言っているはずなのに、ベラクローフさんの顔が歪むから、つられて自分も平気ではいられなくなる。


「わかってる。おれのせいだよな」


 困ったような、苦しむような、そんな表情でベラクローフさんが謝る。優しく頭を撫でられて、そんな気はなかったのに泣いてしまいそうになった。


 ぐっとこらえて、そんなの思い込みだよって言うみたいに笑ってやる。しかし、取り繕った笑顔にベラクローフさんが騙されるわけもなく、咎めるように頭をかき混ぜられた。せっかくマーニャさんが丹精込めて透かしてくれた髪が、鳥の巣に…‼ 冗談ではない。マーニャさんは気にしないだろうが、私が許さん!


 けれど、振りほどこうと暴れるまでもなく、ベラクローフさんは手を離した。見上げた彼の顔は真剣で、一言の冗談も許される雰囲気じゃない。…もういい加減、この人の豹変ぶりに驚くのに疲れてしまった。


「ユア、自由になりたくはないか?」


 言葉に詰まってしまって、無言でひとつ頷いた。何度も言うけど、なれるものならなりたいに決まってる。


「でもさ、できっこないじゃん」


 みんなのため、なんてそんな綺麗事がなくたって、もう叶わないでしょう?


 ベラクローフさんは変わらず真剣な表情で、自嘲する私を見つめている。


「誰もお前に不自由を強制したいなんて思ってないよ。俺たちは海の男で、理不尽な縛りは大嫌いだ。お前だってそうだろう」


 わかってる。みんなのやさしさは身に染みて理解している。私の自由を妨げるのはみんなじゃなくて、私を構成する私自身の要素だ。それに対する解決策はないし、諦めたほうが公共の利益につながるんなら、私は甘んじてその立場を受け入れるべきだと思うから、私は自分の未来に期待するのはやめたのだ。


 でも、彼らは何度だって諦める必要はないと言う。その根拠のない言葉で簡単に希望を取り戻せるほど私の覚悟は甘いものではなかったし、それにまた裏切られるのは怖い。


 そうだ。私は裏切られるのが怖いから、目の前に現実が現れるまで信じ切ることができないんだ。


「信じろ、とは今は言えないけど、必ず叶うから。だから、お前の望みが知りたいんだ」

「のぞみ?」


 自由にも種類があるんだ、と他の海兵たちと一緒に立ち去らずに傍観していたレストリックが口を挟む。


「海軍に一生保護されて生きるか、神殿に行くか。それとも、逃げるか」


 彼が挙げた選択肢の中に、私の望みはあっただろうか。


 何にも選ぶことのなかった人生で、私は初めて一生の選択を迫られている。流されて生きてきた自分の自我のなさに絶望したこともあったけど、一生に一度の選択がこんなに困ることだなんて思わなかった。


 思えば、一般家庭に育ち地元の小学校中学校を何の疑問も持たずに卒業した私は、人生において最大の選択の一つである受験すらしたこともない。日常生活でも、いつも横にいた凪が最良の選択を教えてくれたし、親の言うことに逆らうのは馬鹿なことだった。


 そんな私が、果たして一番いい未来を選べるのかといえば微妙だ。ぐるぐる考え事をしていた私は、無意識にナギを見ていた。そのことにはっと気づいて、反対側に顔を逸らす。


 いけないいけない。何にもナギは凪とは違うんだから、頼ってはいけない。凪は無理矢理私の陣人生に勝手に入り込んできて、私に他の選択肢を選べないようにしていたけど、今この時にそれを望むのは本末転倒だ。私は自分で決めなければならないんだ。


 でも、そうだなぁ。凪の言うとおりに生きて、失敗したことなんて、一度もなかったかもしれない。


 甘え切っていたことを自覚して、心を奮い立たせる。現実的に考えて、一番賢い道はどれだ、と。最低限の自由と、みんなとともにいられる道を選ばなければ。


「ユア、選ぶんじゃなくて、お前が新しく作ればいいんだ」

「え?」


 さっきまでだんまりだったナギが、突然口を開いた。その表情は柔らかくて、責める色もあきれた様子もない。


「選択肢を狭める必要はないんだ。レストリックが挙げたのは例であって、お前の未来すべてではない。だから、お前は自由に決めていいんだ」

「そんなこと言われても…」

「言い方を変えようか。わがままを言えばいい。迷惑だとか、無理だとかは考えずに、お前が諦めた一番望む未来を言えばいいんだ」


 優しくそう促すナギに同意を示して、ベラクローフさんもレストリックも頷く。ハイレさんは笑って、ひらひらと手を振った。


 まるで味方しかいないような錯覚に陥る。甘えてはだめだ、自立しなければいけないと自分を戒めるのに、これだけは許されてもいいんじゃないかって期待が止まらない。


「私は、優しいみんなと、あの船で、自由に旅がしたいよ…」


 否定されたらどうしようと思って、うつむいて顔を見ないようにそう呟く。審判を待つように、じっと固く目をつむって拳を握りしめていたら、聞こえてきたのは笑い声だった。


 それは馬鹿にするとかの響きはなくて。あさましくも期待して恐る恐る顔を上げたら、ベラクローフさんの笑顔が満開で輝かしすぎてまぶしくて、焼かれそうになって目を覆った。


「ああ。俺も同じだ。ハイレもレストリックも、マーレットだってそう思ってるよ」

「本当に?」


 期待を込めてレストリックとハイレさんを見上げたら、レストリックは大げさにうなずいて、ハイレさんは仕方ないな、と言ってまっさらな頭を掻いた。


「仕方ないからな。俺がいないと、副船長は頼りないからなあ」

「それは、ユアだけの望みじゃないよ。おれもわがままを言っていいなら、今度こそ二人で、シルベを食べに行こう」


 うん、きっと、そうしよう。楽しみだね。


 涙を堪えたせいで、返そうとした返事は届かない。それでもこらえきれなかったものが溢れ出てこようとするから、目元を隠して服の袖で雫を拭った。


「おい、赤くなるだろ」


 そう固い声で注意しながら、ハンカチを差し出してくれる。前はそれだけに留まらず、顔を上に向かせて鼻水まで拭おうとしてきたものだけど、今はその不器用な距離感も心地いい。


 今日は何度、彼らの優しさに涙を堪えただろう。結局無理だったけど、うれしいのは本当で、もともと誤魔化すなんて無理な話だったんだ。


 未来を語るのは楽しい。それが楽しいのならなおさら。


「じゃあ、約束しよう。俺たちはいつかこの島を出て、自由に旅をするんだ」


 なんて私に都合のいい夢なんだろう。楽しいが過剰供給で、笑うを軽く通り過ぎて泣いてしまうよ。新たに出てこようとするのを留めるのは諦めて、顔を上に向けてみる。


 目の前に広がったのは雲一つない晴天で、陽光がまぶしすぎて目が眩んだ。久しぶりに直撃した自然光は不健康な体にはあまり優しくなくて痛いくらいだけど。こんなに晴れやかな気分になれたのは久しぶりだから、それは全然疎ましくはない。


 交わした約束を果たすのは難しくて、きっと無理だってわかっていたけれど、私は確かにそれに救われて、それはみんなも同じだった。


 私が生きたい未来が見つかって、それを絶対に叶えたいと思った。叶わないんだって自由を諦める必要はなくなって、生きる目的を得られた。私は確かに、そのとき幸せだったんだって、胸を張って言える。


 必ず、あの過去を取り戻すのだ、と。





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