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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
24/29

存在理由とその証明

 ツカツカと肩を怒らせ歩み寄って来たティノエは、頭一個分上から見下ろしているのに、もう子犬の迫力ではなかった。穏やかさは消え去り、鬼のような形相で別人のように怒っている。


「どちらへ行っていたのですか」

「ぇ、えっと…」

「……やはり」


 大きく見開かれた夕焼け色の瞳に睨まれ、やましいことしかないから応えられず、どもって斜め上に視線を逸らした。それに何の確信を得たのか、ティノエがひとつ呟いて説教を始める。


「私のいない隙狙ってどこへ行っていたのか想像はつきます。裏切られた気分です、ユア様! 貴方はもう私を裏切ったりしないと思っていました。さあ、塔へ戻りますよ。ファルマータ中将、上へ、早く!」

「断る」


 強く急かされて、ナギは足を踏み出すと思った。遮るように冷静に固くそれを拒んだ彼に、ティノエは眉をひそめて聞き返す。


「断る、とは?」

「お前の言動はそろそろ目に余る。神殿の方針はユアには向かない。わかるだろう」

「目に余るのは貴方の方です! そもそもこれは私とユア様の問題です。首を突っ込んで掻き回して複雑にしているのは貴方だ。ユア様は、私の示す道を歩いて、相応しくなりたいと言ってくれた!」


 そうでしょう? と同意を求めてくるティノエに震えながら頷いた。それは一番最初、できる気がしないなりに頑張ろうと思ってティノエと交わした約束だった。


 あのとき、私が楽観的に構えて交わした約束を、ティノエはずっと真面目に真剣に考えていて。私は覚悟が足りないって自覚する度に、更新するみたいにずっとそれを唱えていた。


 だから、ティノエの言うことは正しい。私が追いつけなかっただけで。


「お前はユアを自分の思い通りに動く人形にしようとしている」

「何を馬鹿なことを。貴方はいつも私の邪魔ばかりですね。何が気に入らないのですか」

「俺がどう思うかじゃない。ユアがどうしたいか、だ。だが少なくとも、俺にはユアにとって今がいい環境には見えない」


 ナギはあくまでも冷静に諭そうとするが、それは私が求めていたことじゃなかった。庇って欲しいわけじゃなかった。悪いのは何も思った通りにできない私の方なのに、ティノエが怒るのも当然だ。


 違うよと首を振るけれど、真っ直ぐティノエを見据えるナギには頭上で首を振る私は見えないようで気に留められない。仕方なく、彼のつむじをぺしんと叩いてアピールする。やっと合った目がびっくりしていたから、ほんの少しだけ和んだ。


「私が、弱いから駄目なんだよ。どうしても逃げちゃうから」

「お前は弱くない。弱いふりをするから駄目なんだ。ちゃんと立ち向かえるのにどうして逃げる? 海賊にも向かっていったのに」

「それとこれとは話が違うって言うか…。やるべきことがそっちにないだけだよ」


 海賊とティノエじゃ全く違うよ。あっちは悪党でこっちは味方だ。あのとき動けたのは確固たる目的があったからで、強くならなきゃどうにもできずに売られてしまうだけだった。


 でも、今回は命が懸かっている訳でもないし、更に私を強くしていた目的もなくしてしまった。結局やる気があるかどうかの話だ。残念ながら、頑張ろうとは思ってもやる気が起きないのが今の現状。つまり私がだめだめだってことだ。


「いいんだ、ナギ。私はなりたいんだよ。ナギは優しいから見てられないんだろうけど、私はまだ諦めるには足りないと思うから。大丈夫だから、守ろうとなんてしなくていいよ」

「お前は当たり前みたいに大丈夫だって言うが、俺には全くそうには見えない。それに、誰がお前に完璧な女神の乙女を求めたんだ? 何の為に頑張る?」


 その質問に対する答えは、どんな問題よりも単純明快で簡単だ。最初から、このためだけに頑張っていたんだから。


 何の為、なんて、そんなのは。


「そんなの、みんなのためだよ。女神の乙女になれば、海軍の力が強まっていいことだらけなんでしょ?」


「はああああぁぁ!? お前そんなことのために今までそんなになるまで我慢してきたのか!?」


 空気を引き裂く叫び声をあげたのは、よく知っている声で。背後を振り返ると、人並みの奥でつるっぱげが今日も眩しいハイレさんがびっくり仰天って顔で突っ立っていた。


 あまりに声がでかかったからか、ティノエが気圧されるように一歩後ろに下がっている。海兵たちも迷惑そうに耳を塞いでいた。


「そんな気遣いなんかいらねーよ! お前みたいな子どもの犠牲の上に成り立つ名誉なんか死んでも欲しくないし、必要もない!!」


 剥き出しの額に青筋を立てて、怒り散らしながら、人並みを掻き分けてこちらに向かって来る。ナギが体ごとそっちに向くから、私も自然と怒りに染った緑の目と向き合うことになった。


「で、でも、総統様が」

「あああん!? 何ヶ月も一緒の船に乗った仲間より、偉いおやじの言うこと信じるってーのか!!」

「え、っと」

「言っとくが、お前には女神の乙女なんか荷が重いって誰よりも知ってるのはオレらだからな! マーレットなんか3日で辞めるに賭けて大損ーー」

「つまりさ、ユア」


 話が逸れてきたハイレさんの口上を遮って、彼を押し退けて姿を見せたのはレストリックさんだった。いつも通りの誰よりも柔らかい表情で、誰よりも落ち着いた声で紡がれる言葉は、異様に心に響く。


「おれたちはユアを犠牲にして何かを得る気は毛頭ないし、ユアがしたいように、自由にしてほしいんだ」

「私、何か間違ってる?」

「間違ってないよ。でも思い込んで空回りしてたんだね。それはおれたちもだけど。でもね、ユアには自由が似合うよ。自由に笑うきみが、不思議なくらい大好きなんだ」


 そんなことを言いながら笑うから、嬉しくて優しさが染みて、彼の首元に両腕を伸ばしてナギの腕から飛び出して抱きついた。大好き、なんてそんなのこっちだって大好きに決まってる。


 勢い任せに飛びついたから、レストリックさんはバランスを崩してハイレさんもろとも後方に倒れ込む。しかし間一髪でナギがレストリックさんの腕を掴んですっ転ぶのは免れた。


 引き寄せられて前のめりになって膝をついたレストリックさんと、力の流れで一緒に尻餅をついたナギの腕の中で、私は男二人に挟まれながら笑った。ハイレさんだけは、見事に背中から倒れ込んで大空を見上げてる。


「…何笑ってるんだ」


 そんなのわからないよ。こんなに笑ったのは久しぶりで、こんなに嬉しいのが懐かしい。


 私が女神の乙女らしくなったって、喜んでくれるのはティノエくらいなものだった。ベラクローフさんも、ナギも喜んだりなんてしなかった。


 …ああ、なんだ…そっか。私が勝手に義務と思い込んで背負い込んでいただけなんだ。何度だって言われていたのに、今それを思い知った。通りでナギが強硬手段を取るはずだ。何度口うるさく申し立てても私が勘違いして決めつけて動かないんだから。


 気の抜けた様子で笑っている私を見下ろして、眉根を寄せているのはティノエだけだ。他の海兵たちは微笑みながら助け起こしてくれる。中にはハイレさんを指さして笑っている猛者もいた。


 ナギとレストリックさんに危険な真似を注意されて、心の中で言い訳を並べ立てる。溢れてしまったのだから仕方ない。反省していないのに気付いているナギの威圧感が重くのしかかって目を逸らすと、その先に1人で立ち尽くすティノエがいた。


 ティノエはすっかり勢いをなくして、目が合うとむしろ哀れな子犬みたいに頼りなく訴えかけた。それに私はやっぱり心が傷んで…でも、どうしても譲れなくって首を振る。


「ユア様、貴方は相応しくなりたかったのでは? もう心変わりされたのですか?」

「なりたいと思ってるよ。みんなが求めるような、綺麗なものに。きっとできるって信じてた。……でも、どうしよう、ティノエ。私、全然向いてないんだぁ」


 涙が込み上げるのは、何をやるにも中途半端な自分への怒りと悔しいからだ。でも、ここで泣くのはずるいから、必死で堪えてむしろ笑ってみせた。


「ですから、そんなものこれからいくらでも…」

「もうやめろ、ティノエ。ここでお前の望みは叶わない」


 遮ったのはベラクローフさんだった。マントのない簡略化された制服を纏って、堂々と歩み寄って来る。


 きついことを言っているのに、彼の表情は場違いにほだらかで優しげだ。何か苦しいものから解放されたみたいに晴れやかだ。それが何だったのか、ちょっと薄々わかる気がした。多分、私が感じたものと同じだろう。


 腰にはいた剣の柄を撫でながら、穏やかに彼はティノエを諭す。


「何を…」

「ユアは神殿の望むような女神の乙女にはなれないよ。だってユアは海そのものだ。縛ることは出来ないし、俺たちが抱えられる器じゃない。わかっていただろう?」

「変わることはできます! 良くも悪くも彼女は素直だ。環境さえ整えば、ユア様は誰からも認められるような、立派な女神の乙女にーー」

「違う。そうじゃない。解ってるはずだ。お前だって同じ気持ちだったはずなのに、どうして目を逸らす?」


 途端、悔しげにティノエが口ごもった。ティノエとベラクローフさんに共通する心があったなんて意外過ぎて何なのかめちゃくちゃ気になるけど、首を突っ込める雰囲気じゃない。あれ、私当事者だったはずだけど、いつの間に話題から締め出されたんだ。


 唇を噛むティノエの瞳は潤んでいて、今にも雫が零れそうだ。私を睨むように見つめて、一歩足を踏み出す。頼りない足取りは、いつもの子犬ながらも堂々とした威厳のあるものじゃなくて。どうして私はティノエの望みを叶えてあげられないんだろうって、胸が傷んだ。


「ユア様…本当に、諦めてしまうのですか……?」


 絞り出すように、縋り付くように、乞い願うように。顔を真っ赤にして一縷の望みに懸けるティノエに、私は心の底からごめんなさい、って頭を下げた。これが、どうしようもなく本物の私の答えだから。


「私は…自由に生きたいって、どうしても望んじゃうから。だから、一生塔の中では生きられない」


 最後の一筋も断ち切って、私は首を横に振った。途端、ティノエの瞳からほろりと一粒涙が零れて地面に落ちた。何を言っても駄目なんだって気付いて、諦めて、沈んでいく。かける言葉を探すけど、私が何を言っても救うことはできないと気付いて諦めた。


「そう、ですか…」

「ごめんね、ティノエ」


 彼は、いえ、と力なく首を横に振る。


「謝るのはこちらの方です。…確かに、私はちゃんと解っていました。けれど、私はあの方に認められたくて。私が貴方を利用したのです。申し訳ございませんでした、ユア様」


 深々と頭を下げる彼の黒髪がさらさらと揺れている。思っていたよりも、ティノエはわからず屋ではなくて、引き際すらも見極めてしっかり謝罪することもできる人だった。人間として好ましい性質をしているから、こんな形でなかったら友達にだってなりたかった。でも、今彼にそれを望むのは違う気がした。


 利用されていたってこんなにはっきり言われても、どうしてだか心が傷つくことはなくて。それは私もティノエを利用していたからかもしれない。だから私たちはおあいこで、どちらがどちらも相手を責められる立場ではないんだ。


「どうか、自由に」


 最後に彼はそう一言、微笑んで告げた。一礼して翻り、立ち去っていく背中が角を曲がって見えなくなるまで見送った。


 寂しさを感じたけど、でも、絶対、戻りたいとは思わない。


 滲んだものを引っ込めて、ずっと私を待っていてくれた彼らに笑ってみせた。






二章はもう少し続きます。

お付き合いください〜

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